編集子のことなど

2020年6月13日 (土)

1980年代から「当たり前の労働組合の闘いと共鳴した本づくり」をしてきた。

 編集子の所属した出版社(労働旬報社)は、産別会議法対部の人たちがつくり、その後は「総評弁護団づくり」を担った先輩たちが創建した出版社だった。三池闘争(三鉱連)を編集した『英雄なき113日の闘い』や三池炭鉱労働組合編『みいけ20年』、「近江絹糸人権争議」の本、『幹部闘争から職場闘争へ』(内山光雄著)などの出版物や労働(組合)運動史といわれた分野で多数の本を編集していた。
 その後も東京争議団運動にかかわって多数の出版・編集を行い「運動の中の出版社」とメッセージを発信していた。

   『斗う労働者のど根性』、『東京争議団物語』から学ぶ《PART Ⅰ》
    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-ba4198.html

 

  「団塊の世代」が社会の多数を占め始めてきた1980年代に編集子は、出版社として子育て・教育書が多数の読者をつかんでいた時期に関わらず、ほとんどタッチすることがなかった(この分野はY社長さんがほとんど編集していた)。Y社長 は、 その時期にも「大企業労働問題」に関する以下のような本も編集・出版をしていたのも事実({関西電力」は除いて)。

 

 

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 一方、1960年代から続く大企業(鉄鋼、造船など)における闘う労働組合の後退だけではなく、1970年代後半から1980年代は「当たり前の労働組合運動が亡くなっていく過程」に直面していた。総評の国民春闘は後退して、民間大手組合におけるJC路線が台頭し、闘う労働者と労働組合運動つぶしが、日本の大企業労働者、全金や食品労働者へ、そして国労へと全産業に広がっていく。編集子は角度を変えて、労働問題の出版物にチャレンジしていた。

  「国民春闘をめざして『春闘読本』を編集していた」
  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-ed2a35.html

 

 「シーアンドシー出版のページ」へ

   http://e-kyodo.net/

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 沖電争議に参加した労働者の多くは、「ポスト団塊の世代」といわれた青年たちであった。
 「沖電気争議の記録 次世代に伝えておきたいこの闘い(1978年~1987年)」(沖電気の職場を明るくする会)
  http://e-union.sakura.ne.jp/okidenkisougi/index.html

 丸一日「雑草刈り」などのイジメを命じたインフォーマル組織・DECに壊滅的破壊攻撃を受けた雪印食品労組の仲間も年若い人たちだった。
 「日本の労働組合と企業社会の劣化をすすめたインフォーマル組織!」
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/informal.htm

 

 一冊一冊を企画したメモは、いま手元にないが、よく出版社経営陣は、がまんして出版させてくれたもんだ。

 この攻撃の中で、財界の危機管理・労働対策部・政府などの攻撃を超える闘いの一つが、現在の闘いにつながる連帯・関西生コン支部の実践だと思う。
 「関西生コン労働組合運動の歴史と到達点――業種別支部型労働組合運動が切り開いたもの 」(新しい労働組合運動の模索―2―他人の痛みはわが痛み)、武 建一、「賃金と社会保障」 847号、 1982年08月。
 「関西生コンの研究」(「業種別職種別ユニオン運動」研究会)

  http://www.gyousyubetu-syokusyubetu-union.com/180627kansainamakon.html

  しかし2020年の現在も、「闘う労働者」への共鳴はつづいている。

 

2020年6月 6日 (土)

国民春闘をめざして『春闘読本』を編集していた

   1974年の30%を超える大幅賃上げを勝ち取った時代、翌年から政府・財界などの抑制政策がすすむなかで、総評などが1970年代中盤から掲げていた「国民春闘」は終焉に向かっていたが、「再構築」というコンセプトで「春闘読本」を毎年、編集していたことがあった。その時の思いの一端を書き留めておく。

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 1 読者対象は、当時、職場活動を担っていた「戦後民主主義世代」といわれた総評傘下および純中立の組合活動家向け(国労、全金、新聞労連などのマスコミ関係、大手民間労組内活動家、自治労、国公関係労組など)だった。
 この時期に「団塊の世代」なども学卒で職場に入ってきており、自治体職員・教育労働者や高度経済成長で拡大した食品・電機産業の労働者などにも読者が増えていった。
 東京争議団をウオッチしていた編集子は、学生運動とは違った大衆的な広がりと率直な要求闘争、社会保障などの制度・政策要求について、共感をもっていた。
 2 総評が国民春闘を掲げており、国労などのスト権スト[公共企業体等労働組合協議会(公労協)が行った日本国有鉄道(国鉄)のストライキ、特に1975年(昭和50年)11月26日から12月3日] の敗北があっても、まだ労働運動の分岐が起こっていない時代だった。岩井章(前総評事務局長)、藁科満治(電機労連委員長)、山岸章(全電通委員長)、太田薫(元総評議長、合化労連)、 槙枝 元文(総評議長)、富塚三夫(総評事務局長)、中西五洲(全日自労委員長)、宮田 義二(鉄鋼労連委員長)、武藤 久 (国労書記長)、吉岡 徳次(全港湾委員長)、引間博愛(全自運のちの運輸一般委員長) など当時の労働組合リーダーもまだ原稿を寄せてくれた。
 3 各単産には「書記」と呼ばれる一種の「運動(政策)研究者」が各分野に存在して、横型ネットワークを持っていて、テーマを持ち込むと「○○○○のAさん」が書けるという、ありがたいシステムがあった。当時は、「総評・中立労連」という枠組みだったが、同盟の中にも繋がりがあり、ペンネームで書いてもらった人もいた。
 4 「職場からの春闘づくり」などを掲げて、沖電気争議などを通じて探して、発言できる職場活動家の参加をめざした。しかし多くは書記さんを通じてお願いするのだが、インターネットがない時代なので、探すのに手間がかかったし、掘り起こしたとはいえない。
 5 毎年、この著者に書いてもらいたい人という意味で、編集子にとって得難い存在の方を探して、「政治社会情勢、春闘、労働者の現状と未来」を忌憚なく発言していただいた。渡辺 洋三(東京大学名誉教授)、高内 俊一(『現代日本資本主義論争、1973年』) 、青山 四郎(経済学者)、鎌倉 孝夫(埼玉大学名誉教授)、森 恭三(『記者遍路』朝日選書、1974、戦後の朝日新聞委員長)、沼田 稲次郎(東京都立大学元総長)、樋口 恵子(女性史研究家)、吉原 公一郎(作家)、金子美雄(日本賃金研究センター所長)、孫田良平(日本労働ペンクラブ)、板垣保(労働ジャーナリスト)、青木慧(ジャーナリスト)、水沢透(経済ジャーナリスト) の各氏だ。
 6 若手と言われた社会政策・労使関係・日本経済など研究者の方々には、毎年、執筆いただき、各地の労働組合の「春闘講座」に紹介したり、みなさん一度、呼ばれると連続して講演するほどになった。
 7 「春闘読本」のコンセプトに「労働組合運動読本」の要素を入れ込みながら、「戦後民主主義世代」、そして「団塊の世代」と言われた多数の「新しい労働者層」にも期待を込めて、メッセージを書いていただいた。

 

 〔閑話休題〕
 編集子は、出版社では『1974年春闘読本』から係わってきたが、今まで出会ったこともない執筆者(研究者)に半ぺら40枚の原稿を毎日、朝(9時まで)自宅にお伺いして、10枚づついただいた経験がある。手書きの原稿をこのようにして先輩たちももらっていたのかと思った記憶がある。原稿はありがたいものだ。
 社内的には、毎年の春闘に出版労連の組合として「賃上げ要求書」を提出するのだが、まず言われるのが「君の仕事は赤字なんだから、黒字にしてからにしてくれ」とかまされた事実。これはなんとかしないと、ダメだと思って「売れる春闘読本」にして稼がないと生き残れない、と思ったことが忘れられない。
 おかげさまで、この時期は、万単位に売れていた(といっても、編集子はヒラなので刷り部数と実売部数がどのようなものか知る由もなかった)が……。旬報社が3号雑誌として発刊された『労働世界』(A5判)の現代版を作りたい夢というは、実現しなかった。

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 『79年春闘読本』――「賃金と社会保障」 (760号、1978年12月25日)

 79年国民春闘情勢と基本的観点
 組織方針からみた79年春闘への提言    中林 賢二郎
 歴史のうねりのなかでの79年春闘(付 戦後労働運動関連指標) 下山 房雄
 国民春闘の強化と産業別、地域別労働運動 早川 征一郎
 経済民主主義・民主的規制と労働組合   角瀬 保雄
 歴史的転換期にたつ春闘・労働運動    大木 一訓
 「ライフサイクル」問題と労働者生活   高橋 祐吉
 円高不況下の企業・経営戦略と労働組合運動 井上 秀次郎
 政府・独占の春闘―労働政策の現局面   永山 利和
 79年春闘をめぐる経済情勢の現局面    黒川 俊雄
 現代日本の状況と労働運動の課題――「有事立法」問題と80年代安保 渡辺 洋三 
 組合活動家とともに考える79年国民春闘――春闘抑圧に抗し大衆的春闘づくりを 深見 謙介、清水 明

 (今、労働組合が問われていること)
 新たな前進を築く地域共闘の展開のために 春山 明、丹下 孚、北尾 才智
 職場における労働組合活動の強化のために 工藤 光喜、小野塚 敬一
 79年春闘への発言――春闘再構築と若き組合幹部へ 槙枝 元文 [他]

  (79年国民春闘要求と基本課題)
 さし迫る健保・年金改革闘争の方向    公文 昭夫
 いのちと健康を守る労働組合のたたかい  深町 治郎
 時短・週休二日制闘争と新たな展開    西山 清雄
 緊迫する「合理化」攻撃とその課題    石川 忠夫
 雇用保障闘争の緊急性とその課題     大野 喜実
 低成長下の労働者家計と制度・政策要求  小越 洋之助
 中高年雇用・賃金と労働組合       庄司 博一
 79年春闘・最賃制要求の基本視点     金田豊
   79年春闘・賃金要求の基本視点      石田 福蔵


 『80年春闘読本』――「賃金と社会保障」 (783号、1979年12月10日) 

 プロローグ 今日と明日を見つめるために
 労働組合の"原点"に立ち返り       中林 賢二郎
 ヨーロッパの労働者と日本の労働者    黒川 俊雄
 保守腐蝕の底流を斬る          吉原 公一郎
 "中流"意識を問い直す          樋口 恵子
 新たなる"人間的連帯"のかがやき     今崎 暁巳
 たたかっています 中屋 重勝 [他]

 (一人ひとりが立ち上がる労働組合をきずくために)
 80年代労働運動の進路 大木 一訓
 現代労働組合運動の危機と80年春闘    富良 敦
 「情報化社会」「管理社会」と労働運動 石坂 悦男
 春闘における経営分析活動のすすめ方
 全国をつなぐ春闘要求へ地道な取組み   山内 博久
 全員アンケートを中心に春闘準備     林 直久
 大衆路線にもとづく要求づくり      工藤 光喜
 賃金要求づくりのポイント        勝山 善介
 日本経済における"不安"と展望      高内 俊一

 (国民と結びついた春闘・要求)
 開かれた労働組合運動と80年春闘     富塚 三夫
 スモン裁判の積極的意義         清水 洋二
 健康不安の激化といのちを守るために   山田 三郎
 今日の教育問題と国民春闘        唯田 のぼる
 不公平税制・一般消費税・減税要求    谷山 治雄
 「行政改革」と公務労働         早川 征一郎
 「高齢化社会」と老後生活保障      高山五郎
 先進諸国の労働時間短縮の動向      藤本 武
 定年延長と中高年労働者         高橋 祐吉
 賃金構造の再編と最賃制         細迫 朝夫
 大企業の管理動向と「支払能力」     井上 秀次郎
 インフレ懸念と生活不安の進展      工藤 芳郎

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 『81年春闘読本』――「賃金と社会保障」 (807号、1980年12月10日) 

 《81年春闘をたたかう仲間へ》
 要求穫得に執念をもって進もう      中西 五洲
 81年春闘こそはもっと怒りを       吉岡 徳次
 職場のエネルギーを産別の力に      立花 銀三
 81年春闘への若干の課題         武藤 久
 JCは81年賃闘をかく闘う        宮田 義二
 総評は81年春闘をかく闘う        富塚 三夫
 道理あるものを求めて          立原 良造
 80年代の権利闘争について        沼田 稲次郎
 新たな出発をめざして--確認してほしい労働者連帯の精神 森 恭三


 《国民春闘編》 (81年春闘情勢をめぐって)
 深い関心をもってみつめるもの      渋川 民夫
 春闘再構築と最賃闘争の発展方向     金田 豊
 私の81年春闘の旗            下山 房雄
 最低基準に積上げられた統一要求を    高木 督夫
 日本経済の現状をどう捉えるか      青山 四郎
 経済整合性と不整合性          黒川 俊雄
 労働界の構図と81春闘――大衆状況との整合性をめぐって 荒川 万之助
 81年春闘情勢と課題――大衆意識状況を中心にして 鎌倉 孝夫

 ルポルタ-ジュ 立ちあがるお母さん労働者――帝国臓器パ-ト組合のたたかい 桜井 絹江、土居 美登
 何が結果し誰が闘ったか--中小企業労働者と国民春闘 永山 利和
 雇用不安とどう闘うか          大野 喜実
 新たな大増税計画との闘い        谷山 治雄
 いのちと健康をどう守るか        西岡 幸泰

 《職場労働者編》 春闘再構築への職場からの取組み
 職場で準備する81年春闘--先輩労働者からのメッセ-ジ 工藤 光喜
 労災・職場病を職場でどう闘うか     深町 治郎
 時短と勤務改善めざす職場からの闘い   宮野 伸介
 企業内教育と人間を守る戦線       田中 金栄
 婦人の権利を守るために         樋口 幸子
 公務員制度見直しと行政改革--その背景のとらえ方と闘いの視点 早川 征一郎
 社会保障を職場で闘う          公文 昭夫
 退職金・企業年金の取組み        庄司 博一
 生涯生活をめぐって要求をどう闘うか――教育・住宅・老後 高橋 祐吉
 君の決意が決める81年春闘        清水 明
 賃金体系の動向と運動課題        深見 謙介
 賃金要求の考え方をめぐって       大仏 一郎
 「整合性による賃上げ自制論」を斬る   小谷 崇

 

 『82年版 春闘読本』(p6~95、「賃金と社会保障」1981年12月下旬、832号)

 ▽82年春闘の大道を語ろう/p6~58
 ・ 9%要求実現で暮らしはどうなるか――立ち戻れ生活実態を土台とした賃金要求へ / 松崎粂太郎/p6~11
 ・ 強すぎる日本経済と悪すぎる国民生活――国民の"保守化"ももはや限度 / 小谷崇/p12~17
 ・ 自主的賃金設定のすすめ――管理春闘からの脱出 / 金子美雄/p18~24
 ・ 「豊かな社会」の「あるべき生活」への衝撃――生活保障における"公的責任"問題(臨調路線の強行は国民生活に何をおしつけようとしているか) / 江口英一/p25~31
 ・ 聞け!ヤマの怒りを(北炭夕張大災害事故ルポ) / 岡村親宜/p32~36
 ・ "管理春闘"とどう闘うか――(生産性基準原理を突破した74年春闘の財産から学ぶ) / 川辺平八郎/p37~40
 ・ 要求の統一と行動の統一――JC回答までにどれだけ闘うか(労働組合の本来の課題にたちかえって) / 柏木朝造/p41~44
 ・ 現代技術革新の波をどうとらえるか――マイクロエレクトロニクス時代と技術労働者(現代の技術革新とそのインパクト) / 湯本哲次/p45~50
 ・ 臨調路線と官公労働組合運動の課題――臨調路線の官公労働者攻撃の本質(官公労働者の戦闘的伝統を受けついで) / 高木督夫/p51~54
 ・ 82年春闘をめぐる労働界の構図(春闘の原点に立ちかえって) / 板垣保/p55~58
 ▽信頼しうる労働組合運動を/p59~77
 ・ 日本式経営の国際的拡散と国際連帯――アメリカ取材の旅から(統一推進会「基本構想」をアメリカ側からえぐる) / 青木慧/p59~62
 ・ 原発に労働組合の陣地――その結成後の大きな波紋(原発と人間と労働者と) / 藤田庄市/p62~64
 ・ 支配体制再編の動きが問うもの(反動攻勢はどのように進んでいるか) / 新井勇一/p64~66
 ・ 暗黒部にうごめく労働副官たち(あなたはどう考えるか) / 工藤光喜/p67~70
 ・ インフォ―マル組織とたたかう――雪印の陰謀と労働者の青春 / 門倉訣/p70
 ・ 心と生活の荒廃に対峙する / 永畑道子/p71~72
 ・ 新しい春闘のうねりを――横浜総行動の経験 / 稲田一男/p73~74
 ・ 地域で共闘を発展させる――東京争議団共闘の経験から / 小林雅之/p74~75
 ・ 労働争議と運動の方向――争議団の経験から(とまらない中小企業倒産,たたかって展望はあるか) / 清水明/p76~77
 ▽要求の声を聞く/p78~95
 ・ 春闘賃上げ率はこのままでよいか / 石田福蔵/p78~80
 ・ 公務員賃金は民間より高いか / 松井朗/p81~82
 ・ 技術労働者は何を要求するか / 佐藤幸男/p83~85
 ・ 商業・サ―ビス労働者は要求する / 高田佳利/p86~87
 ・ 婦人労働者は今…――婦人の職場・家庭とたたかいの課題 / 大塚明子/p88~89
 ・ 臨調の年金・医療保険改悪で生活はどうなるか / 公文昭夫/p90~91
 ・ 行革で公務員制度はどうなるか / 松井朗/p92~93
 ・ 退職金・企業年金はこれでいいか / 庄司博一/p94~95


 『83年春闘読本』(p4~p98、「賃金と社会保障」1982年11月下旬、854号)
 

 ・臨調・人勧凍結下の政・財界の春闘戦略を斬る/p7~37
 ・ 83年春闘にむけて――中曽根内閣の登場と国民社会の選択 / 沼田稲次郎/p4~6
 ・ 財界の危機管理戦略と83年春闘 / 水沢透/p7~10
 ・ 鈴木退陣と′83年政治潮流 / 高橋彦博/p11~14
 ・ 「臨調行革」と日本の進路 / 下山房雄/p15~20
 ・ 長期経済不況下の財政危機 / 田中重博/p21~26
 ・ 全民労協発足と83年春闘 / 小林一郎/p27~30
 ・ 私たちのくらしと春闘への提言 / 伊藤セツ/p31~34
 ・ 人勧凍結と国民生活への影響 / 松井朗/p35~37

 ▽サバイバル春闘――83年春闘を語りあおう/p38~61
 ・ 「人勧凍結・春闘つぶし」を許さない / 富塚三夫/p38~39
 ・ 自分たちの本当の要求で闘おう / 岩井章/p39~40
 ・ 軍拡臨調反対・くらしと平和を守る大運動 / 春山明/p41~42
 ・ 賃金凍結路線と賃金闘争――76年以降の停滞をこえられるか / 深見謙介/p43~47
 ・ 第二次減量経営時代と管理春闘――中小下請企業の雇用悪化 / 金田豊/p48~51
 ・ 人間らしい生活と労働時間短縮闘争――欧米との生活思想比較を通して / 清水明/p52~56
 ・ コンピュ―タ社会の見えざるにない手たち――35歳定年説をこえて / 林丘/p57~61
 
 ▽全面的な公務員攻撃とたたかう83年春闘/p62~69
 ・ 人勧凍結下の公務員賃金問題 / 牛込勇/p62~65
 ・ 地域に根をおろした新しい公務員労働組合運動 / 西田一成/p65~67
 ・ 公務職場における下請化問題 / 岡部義秀/p67~69
 
 ▽草の根型に春闘・労働組合をつくりかえよう/p70~91
 ・ すとらっぐる・ふぉあ・さばいばる――問われる労働組合の階級的責任 / 柳原浩三郎/p70~73
 ・ 地域から大衆的路線と"草の根"で / 山田晃一/p74~76
 ・ 職場に根ざし生き生きとした運動を / ニチモウキグナス 労組/p77~81
 ・ 東京・新宿の地域共闘と共に歩む国労運動 / 沢井英二/p84~87
 ・ 民間職場に巣くう「労資協調」を斬る / 吉村宗夫/p82~83
 ・ 職場で労戦「統一」を語ろう / 工藤光喜/p88~91
 ・ 臨調「行革」・人勧凍結路線とたたかうための提言(付 資料) / 黒川俊雄/p92~98
 
 『84年春闘読本』(p4~p98、「賃金と社会保障」1983年12月上旬、879号)

 ▽私の発言――人間と"原点"をふまえた労働組合運動を期待して/p15~37
 ・ 現代版金太郎アメの顔――逆流の組織と人脈を切ってみれば / 青木慧/p15~18
 ・ 二流帝国主義の轍をふみたくない / 荒又重雄/p18~20
 ・ "サラ金時代"の賃上げ闘争 / 富沢賢治/p20~22
 ・ 統一労組懇に注文する / 芹沢寿良/p22~24
 ・ 現代に生きる人間の共感と連帯 / 光岡博美/p24~26
 ・ 「仕事おこし,地域をつくる労働組合運働」の提唱 / 池上惇/p26~28
 ・ 先端技術労働者との対話 / 元島邦夫/p28~31
 ・ 「民間活力」論と地域の活性化 / 井上秀次郎/p31~33
 ・ ある反合理化闘争と組合員の要求 / 山本興治/p33~35
 ・ 政党と労働組合――イタリアで見たこと / 高木督夫/p35~37
 ▽現代状況をきりひらく春闘・労働運動の形成/p38~86
 ・ 対話なきロボット管理社会への挑戦――人間性回復闘争の今日的意義 / 水沢透/p38~42
 ・ 「定昇なみ賃上げ」からの脱却は可能か――84年春闘をめぐる賃金問題 / 高橋祐吉/p43~48
 ・ 危機管理時代の公務労働――国民春闘の再構築と臨調路線 / 二宮厚美/p49~53
 ・ いのちと老後の抑制時代と社保闘争――臨時路線の大改悪構想とのたたかい / 庄司博一/p54~59
 ・ 実質「大幅増税時代」の国民・家計――ミニ「減税」のウラ側で / 熊沢通夫/p60~66
 ・ 今こそ,人間として「幸福追求権」の行使を――今日の長時間労働症候群の克服(全損保大成支部での講演速記録より) / 牛久保秀樹/p67~74
 ・ 全民労協元年とその功罪――84年春闘をめぐる労働界 / 小林一郎/p75~79
 ・ 「ねらわれた組合」からの脱出――インフォ―マル組織とたたかう / 大木兼次郎/p80~86
 ▽現場から立て直しを考える/p87~98
 ・ 春闘・労組強化のための12のチェック・ポイント / 加藤安雄/p87~89
 ・ 柔軟思考と発想の転換で"統一"へ / 平岩松生/p89~91
 ・ 国民春闘の真の実現をめざして / 久井寿一郎/p91~94
 ・ それでも職場は変わってきています / 上田満/p94~97
 ・ 中小企業の"谷間"からの提案 / 永瀬博忠/p97~98
 ▽労働運動のルネッサンスへの提言/p99~115
 ・ 仕事・労働欲求と労働運動――小集団運動を考える / 京谷栄二/p99~103
 ・ 労働運動に人間の尊厳の原理を――階級的連帯の再生のために / 山科三郎/p104~110
 ・ 80年代国民生活思想の変革――地域と協同的生活確立の課題 / 成瀬龍夫/p111~115

 『85年版春闘読本』(p4~98、「賃金と社会保障」、1994年1月上旬号、905号)

 ・ "経済の論理"か"人間の論理"か――経済危機とは何であったか / 小谷崇/p4~11
 ・ 行革の"天王山"と85年春闘――今,何が問われているか / 水沢透/p12~16
 ・ 85年春闘の展望を拓く――政治的緊張を高めよう / 小林一郎/p17~21
 ・ 「国民的最低限」追求の大切さ――生活保護・年金・医療保険の問題を通して / 江口英一/p22~29
 ・ 余暇の充実と労働時間――自由時間利用の国際比較から / 桝潟俊子/p30~38
 ・ 国民春闘再構築の基本戦略――人づくり理念をもった国民運動の強化 / 富沢賢治/p39~45
 ・ 賃金闘争の方向を考える / 小島健司/p46~50
 ・ 賃金の最低規制をどう行うか――全国最賃要求運動の意義 / 金田豊/p51~55
 ・ 社会政策の計画的改悪との対決――労基法改悪・社会保障改悪と人権問題 / 坂寄俊雄/p56~58
 ・ 労働組合は健康をどう守るか / 野村拓/p59~63
 ・ 年金・健保をどう取り組むか / 庄司博一/p64~67
  ・ 労働時間短縮をどう取り組むか / 清水明/p68~74
 ・ 地方行革下での「意識改革」とは / 中村良夫/p93~95
 ・ 公共部門民営・下請化とどう闘うか / 岡部義秀/p75~79
 ・ ニュ―・モ―ドの反動的文化論と教育臨調の思想――グル―プ1984年の思想について / 山科三郎/p80~88
 ・ 労働時間短縮の目的と自由時間 / 志築忠雄/p89~92

 


『86年版春闘読本』(p4~82、「賃金と社会保障」、 1985年12月下旬号、928号)

 ▽86年春闘の起点/p4~28
 ・ 円高の行方と日本経済への影響 / 青山四郎/p4~9
 ・ どう春闘を再建するか――私の提案 / 孫田良平/p10~20
 ・ 家計をみる新視点と86年春闘 / 松崎粂太郎/p21~28
 ▽ 組合幹部は86年春闘をどう考えるか/p29~57
 ・ 環境のきびしさと86年春闘の見通し / 藁科満治/p29~31
 ・ 86年春闘への我々の訴え / 春山明/p31~34
 ・ 積極的賃上げで新たな経済体質を / 真柄栄吉/p35~37
 ・ 民間中小の闘いを重視して / 吉岡徳次/p38~40
 ・ 心の中での私の構想 / 山岸章/p41~43
 ・ 腹を割った論議を / 橋村良夫/p43~45
 ・ 労働組合運動の活性化をめざして / 引間博愛/p46~48
 ・ 86年春闘構築にあたっての留意点 / 藤原巌/p48~51
 ・ 教育臨調反対のたたかいと一体的に――すべての決着を労使交渉で / 田中一郎/p52~54
 ・ 新局面の公務員賃金闘争 / 熊谷金道/p54~57
 ▽私たちの提案/p58~79
 ・ 労働組合らしさを求めて――"学び,たたかう"春闘に / 西村なおき/p58~61
 ・ 春闘再構築への3つの提起 / 太田薫/p62~64
 ・ 円高下で春闘をどう闘うか――とくに中小企業はどうするか / 金田豊/p65~68
 ・ 公務員賃金闘争活性化の課題――臨調「行革」下の賃金問題 / 行方久生/p69~79

 




 ▽写真出所:「京都戦後民主運動 歴史資料アーカイブ」、一般社団法人 京都自治体問題研究所、京都自治労連・京都府職労連・京都市職労 結成70周年記念委託事業

   http://www.kyoto-jichiken.com/archive/photo/p-category/fushokurou

 

2020年4月13日 (月)

シーアンドシー出版時代に関わった「雑誌・新聞」です。

 シーアンドシー出版時代に「多くの仕事仲間と一緒に編集した雑誌・新聞」をまとめてみた。
 デザイン事務所(フリーのデザイナーも含めて)、フリーライター・カメラマン・イラストレイター・編集に参加した方々に感謝申し上げます。
  http://e-kyodo.net/

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 『PROSUME』(大阪よどがわ市民生協、シーアンドシー企画、1989年12月から1997年9月。編集長・飯島信吾)

 『健康せいきょう』[日本生協連医療部会(現:日本医療福祉生協連合会)、1991年~1993年)

 『パフォーマ』、芸団協(日本芸能実演家団体協議会)編集・発行

 『仕事の発見』創刊号(日本労協連発行、シーアンドシー出版編集、1993年1月)
 『仕事の発見』(日本労協連発行、シーアンドシー出版編集、1999年1月)

 『大相撲ファンクラブ』(ビィヌーベル発行、シーアンドシー制作、第一生命協賛、共同通信・写真。1992年~1994年)

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 (株)埼玉総合宣伝センターと一緒に作業した仕事

 『けんこうと平和』(医療生協さいたま発行、シーアンドシー出版編集・制作、協力・㈱埼玉総合宣伝センター、デザイン・㈱ネオプラン)。10万部のタブロイド・カラー紙面、MACでQuarkXPress(DTPソフトウェア)で作業。2000年から2006年。

 『健康ネットワーク』(医療生協さいたま発行、シーアンドシー出版編集・制作)。月刊誌で県内各地の支部から原稿をテーマごとに集め、制作。読者対象は支部委員、班の班長さん。

 『トトロのふるさと』(医療生協さいたま発行、月刊でB5判12p、全国の医学生向けに3000部郵送した)。

 

 

 

2020年1月13日 (月)

『男はつらいよ お帰り 寅さん』を観てきた。

   今日(2020113日)は朝から『男はつらいよ お帰り 寅さん』を西新井(足立区)のARIOに行って観てきた、

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 寅さんが「50作目」として「デジタル寅さん」として復活するというニュースを読んで、昔を懐かしく思い出していた。

 Facebookでも同世代の人の方たちから、そして10年後の世代にも共鳴の声が出ている。

 今、DTP編集している『ひたすら生きて 佐方信一 ある日ある時』(佐方三千枝 編)』の主人公の佐方さんが育った久志の浜(現在は南さつま市坊津町久志)における寅さんと大原麗子の場面を思いだしたりしていた。

 

 映画のストーリーは書けないが、始まってからずっと涙を出す自分がいた。

 渥美清さんだけではなくおいちゃんを演じた方々(森川信、松村達雄、下條正巳)、さくらの倍賞千恵子さんなどなど、そしてマドンナの方々、今回の主人公の後藤久美子さんの今を見て、岸恵子さんを彷彿する姿に、僕の先輩たちは生きていたら、なんといったか。

 

 私は編集者として「好きこそものの上手なり」という言葉を実践した編集者だったなー、と思っている。

 仕事が少なくなったある時期、市民生協のメンバーと九州の産地訪問に行ったとき、毎年、その県の地方紙を買って読むことにしていた。その時に、渥美清さん訃報と思い出の記事がたくさん出ていた。この記事の出稿元は共同通信社だった。 

 ここから始まって、「一、寅さんファン」だったが、寅さんが亡くなり朝日新聞などの著名人の追悼文を読んでいて、みんな全部集めたらユニークな本なるのではないかと、チャレンジした。それが『私たちの寅さん』(「私たちの寅さん」刊行委員会、シーアンドシー出版、199611月)だ。

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 まずは「寅さん」という商標権を持つであろう「松竹本社」に尋ねてみた。当時、芸団協発行の「パフォーマー」という広報誌をやっていたので、松竹・大船撮影所に取材に行ったことがあり窓口があった。

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 松竹としては、一定の使用料がかかるが、問題はない、と。ただし息子さんに「了承」を取ってほしいと言われ友人に聞いたら、「ラジオ局」に勤務しているという話なので、Aラジオ局に手紙を書いたら、うちではなくB局だと、電話で教わった。再度、手紙を書きなおしたら、「ご自由に」という手紙をいただいた。

 次に各新聞に掲載されている著作権は、各新聞社などに企画書と「掲載原稿使用のお願い状」を提出していけば、OKとのこと。もちろん既定の原稿料を各媒体(新聞社)に支払うということで。

 但し、執筆者の個々には「許諾書」を出してほしい、というのが媒体各社のメッセージだった。当時は、『マスコミ文化人名簿』なども仕事場に常備してあり、淀川長治さんからは「帝国ホテルの○○室に取りに来なさい」、という直接の電話番号をいただいて、取りに行った。

 掲載する写真は、「大相撲ファンクラブ」(第一生命協賛)の仕事を行ったときに共同通信社に口座をつくっており、松竹さんのOKをいただいていたので、10数点の写真を、本に掲載できた。

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 出版して驚いたのは、初出の新聞は朝日、毎日、産経を始めほとんど問題なく、紙面で紹介していただいたり、本になって喜んだ著者が、チラシを作ってくれないかと申し入れられたり、このような企画をする編集者の顔を見てみたいと、新聞記者の方々が訪れてくれたりして、こちらが恐縮した。

 おかげさまで初版も多くすることが出来、そのご増刷が続き、3万部まではいかなかったが「売れる本」になった。

 昔、私が所属していた出版社の社長から「3万部、売れる本をつくったら、1年間、遊んでいていいから」と冗談のように言われたのを、当時、思いだして書いておく。

 

「私たちの寅さん」/目次(あいうえお順)

 

実在の友達という感じ        秋山 仁(数学者) 12

生涯かけた「造形」見事       井上ひさし(作家) 15

彼らしい死に方           永大輔(作家) 21

夢に終わった〝アフリカ編″     オスマン・サンコン(タレント) 24

「ねぶた」と棟方志功と渥美清さん  片岡鶴太郎(タレント) 27

寅さんは亡くなったが、平成もいい笑いでいこう 加藤芳郎(漫画家) 34

寅さんは大人の夢物語        川本三郎(映画評論家)38

「寅さん」の世界 失われた楽園の物語 京極純一(東大名誉教授) 46

お天気衛星 暑さの峠越え      倉嶋 厚(気象研究家・エッセイス) 52

優しかった兄ちゃん         黒柳徹子(女優) 54

三十年来のお付き合いをさせていただいて 佐藤蛾次郎(俳優) 57

仕合わせそうな顔して 人生の至福語れる特技 佐藤忠男(映画評論家) 58

鍛えた話芸の素晴らしさ       佐藤忠男(映画評論家) 62

七〇年以降の「日本の顔」      白井佳夫(映画評論家) 66

ごく自然に、余韻残して       白井佳夫(映画家家) 73

「寅さん、どうぞごゆっくり」    高木家のおかみさん 78

渥美清と寅さん           谷沢永一(関西大学名誉教授) 82

仕事にありつけると祝杯       谷 幹一(コメディアン) 89

キャラクターの魅力が「寅さん」

長寿の秘密             友成純一 (演劇評論家) 90

寅さんへの手紙 

役者はつらいよ、楽しいよ      長山藍子(女優) 99

寅さんへの手紙 生き方の「わが師」 畑田重夫(国際政治学者) 103

最近の「笑い」批判         ポール牧(コメディアン) 115

寅さんへの恋文だった、主題歌

「男はつらいよ」          星野哲郎(作詞家) 118

寅さん的なるもの          松尾羊一(放送批評家) 122

寅さん 窓・《眠》         (朝日新聞) 128

さようなら、渥美清さん 生涯ボランティアに生きた

寅さんの心             山田和夫(映画評蒙)131

最後の映画スター          横澤 彪(コラムニスト) 138

長寿映画・寅さん          吉田 武(共同通信編集委員) 141

渥美さん逝って知る秋の風 

日本映画史に刻んだ庶民の心     淀川長治(映画評論家) 149

◇評伝・社説

禁欲的な映画スター(評伝)      秋山 登(朝日編集委員) 156

評伝 渥美清             吉田 武(共同通信編集委員) 160

みんなを癒した寅さん         中村輝子(共同通信編集委員) 165

実生活でも人情家           長谷川正人(赤旗記者) 176

◆海外からのメッセージ

「小さな自由」の具現者        フランス・ルモンド紙 182

「アジアのチャプリン」と渥美清さんを

称賛                 米誌ニューズウィーク 184

「昔流の生き方」失う         ニューヨーク・タイムズ 186

渥美清さん死去「大変なショック」   ヘルムート・チルク(前ウィーン市長) 188

「アジアのチャプリン」        赤旗 191

寅さんの観客動員八千万        朝の風(赤旗) 193

▽ 『男はつらいよ』全48作一覧 196

▽出所一覧表 198

■写真提供(社)共同通信社

 

2018年10月 6日 (土)

芹澤寿良先生と私

「芹澤寿良―WEB版著作選集」のページをUPしたが、ここ何年間、芹澤先生のPCの相談役(インストラクター)を、仰せつかってきた。

 

 ▽経歴

 1931年生まれ

 1950年 早稲田大学第一法学部入学

 1954年 早稲田大学第一法学部卒業

     日本鉄鋼労連本部へ(19767月まで)

 1976年 労働者教育協会常任理事

 1979年 高知短期大学教授(19973月まで)

     高知短期大学学長代理(198410月~19933月) 

 現在  高知短期大学名誉教授


 下記のような文章(本ブログに掲載)は、芹澤先生のお宅にお伺いして解決したり、朝一番の電話で「ノートパソコンのキーボードが変」「インターネットがつながらない」などの、困りごと解決した時のメモだ。


 おかげで、本ブログの「PC・DTPあれこれ」のテーマが豊かになり、「Yahoo検索」「google検索」で多数の人たちが読みに来ている。


 論文を書く仕事の人は、「行間がそろわない」とページの形式が整わないので、ご本人にとっては「致命的」なので、自分で文章を追加しながら、行間をそろえる仕組みを学んだ。

「Wordで論文に脚注を付ける方法」などは、各大学が学生向けに書かれたページを参照したが、UPしたら各大学から「検索」で入ってきたのが面白かった。

 

20150223日  Outlook2013なども高齢者にもやさしく設計を

20140624日 古いPCから新しいPCへデータを移動した

20140425日 「ローマ字入力ができない」という声

20121220日 自炊用スキャナを寄贈されて

20120229日 ノートパソコンのキーボードが変

20111211日 Word2007・Word2013で行間を揃えるやり方

20111106日 Wordで論文に脚注を付ける方法

 

 この関係は、手島繁一さんが北海道に帰っていったあと、お鉢が回ってきたのだが、行くたんびに戦後の労働組合の実情、鉄鋼労連の話、某政党の話、国労闘争と文化人・学者の話、高知のことなど、貴重な話が聞けて楽しみだった。

 

 1990年直前の時期、「市民生協の生活文化情報誌・PROSUME」発行のため、江戸川橋に仕事場(マンション)を借りて始めたとき(席は前の出版社のまま)、企画プランナー・兼執筆者のお一人であった「芹沢茂登子さん」(今は故人)と一緒に来て、「君はなぜ労働組合運動の出版物の仕事をしないのか」と言われて、「いろいろありまして」と心もとないことを言ったことを覚えている。

 いまでも、「なんとも情けない答え」をしてしまった、と感じ入っている。

 

 別掲にも書いたが2011年ごろから「現代労働組合研究会のページ」をつくり出したのは、芹澤先生の《連合運動は「社会のバリケード」になれるか――基本姿勢の転換と大企業労組の組織運動の改革を」、『政経研究』、政治経済研究所、2011年、96号。》をWEBページに載せましょうということからだ。

 

 

2018年7月20日 (金)

今崎暁巳さんと私

柳澤明朗さんが亡くなり(柳澤明朗のページ)、“やなさん”の盟友・今崎さんに教わってきた編集子の思いを過日に書いた文章だがUPしたい。



[初出]
『今崎暁巳さんと私』(A5判、132ページ)は、140名の方から、それぞれの思いが寄せられました。

 


   職人的編集者のきっかけをつくっていただいた●飯島信吾

 

 

 私には、若い時に出会っていなかったら、「職人的編集者」(エディター)にはなれなかっただろうと思える人がいる。木檜哲夫さん(労働旬報社代表・当時)、川﨑忠文さん(同編集部・当時)、柳沢明朗さん(後の労働旬報社社長)、中林賢二郎先生(法政大学)、そして今崎暁巳さんです。

 今崎さんは、60年代後半から出版界で数多くうまれた「ルポルタージュ」という方法で、著作を始めた人でした。第一作の『コブだらけの勝利』で現場に連れて行っていただき、原稿運びをした経験が、最初です。

 しかし、編集者として、事実を発見して時代のテーマにマッチして、読者を見つけるには相当、時間がかかり、30代になって、やっと今崎さんに書いていただいたのは、沖電気の大量指名解雇事件(『なにをみつめて翔ぶのか―沖電気指名解雇をこえて』〈労働旬報社、1980年〉)と、大企業における人間らしい生き方を訴え、たたかいをすすめていた日本航空労組のみなさんと出版した『ドキュメント・日本航空―国民の翼をめざして』(労働旬報社、1982年)、そして薬害スモンとのたたかいを描いた『この人生に愛なくば―いのちと自立のうた』(労働旬報社、1981年)です。

 当時、労働関係編集者として、これらの素材と事実を学んだのは、東京の中心部で起こった千代田総行動(東京争議団を核とした東京総行動に発展)からです。この運動には、人間的で大衆的な統一をめざす労働組合づくりの胎動があり、その事実と読者を結びつけてくれたのは、今崎さんのルポでした。

 その後、おたがいの道を歩んできましたが、東京争議団を経験したリーダーが組織した、非正規労働者を中心とした首都圏青年ユニオンのたたかいを描いてほしいと話し合ったのが、最後でした。      (元労働旬報社編集部・シーアンドシー出版)

 

  本文は「今崎さんと私」に書いた文です。

  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/imazaki/index.htm

 

2017年11月12日 (日)

中賢さんと私――《編集子のことなど 2》

  この世からなくしてはいけない《「Windows95」以前の労働組合運動史》で、ぜひ、次の世代に伝えたい労働組合運動研究者のひとりが中林賢二郎さん(当時、法政大学社会学部教授)だ。

 当時から尊敬をこめて「中賢さん」の愛称で数多くの学生、労働組合運動家から慕われ、年齢差を超えて真摯に学びあった(学んだ)。

 「中賢さん」は、19861月に亡くなり、あれから25年もたつ。誠に残念なことだった。遅い時期(50代?)に教授職に就きながら、少なくない研究者や労働組合活動家を育てた。

 

 出版物では『世界労働運動の歴史』(上・下、労働旬報社、1965年)が有名だが、同時期の友人だった木檜哲夫さん(1960年代の労働旬報社代表)が編集・出版した。

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 この本を読んで初めて「組織のきっかけは、一杯の黒ビールを飲む会から始まった」「ラダイト運動」「チャーチスト運動」「労働組合、その過去、現在、未来」などを新鮮に学んだ人が多かったのではないだろうか。

 

 「中賢さん」は、それから数多くの著作を出版したが、私は編集者として、『現代労働組合組織論』(19796月)の編集に参加した。

 

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 問題意識は、「1970年代後半の、連続する春闘敗北の原因は、政府・財界の危機管理戦略の展開と日本における労働組合組織論が十分、議論されていないからではないか」というテーマだった。

 後者のテーマについて、やはり「企業別組合」ではない、全国につながる組織づくり(業種別・地域別一般労働組合)を担う労働組合活動家を育てる必要があるのではないかという、先生の問題意識の緒論(本論の端緒となる議論。本論にはいる前の、総括的な、また手がかりを示す論。序論)を書いてもらった。

 

 亡くなる最後の仕事になってしまったが、企業別組合についての議論を旺盛に展開している(『日本の労働組合運動』第5巻、「企業別組合と現代労働組合運動の組織論的課題」、大月書店、19856月)。

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  木下武男:「労働運動「自己改革」の議論」のページにUP

       http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/jikokaikaku.html

 

 

 さてその後について、歴史は変化・発展したのか?

 

  「中林賢二郎のページ」

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/nakabayasi/nakabayasi-ronkou.htm#dai5kan

  up 20120429日(この時期に書いたはずだ)

2017年11月 5日 (日)

「現代労働組合研究から障害者等も共働・協同する街を探る飯島さん」――編集子のこと(その1)

 

 104日[2017年](水)の午後1時から2時間ほど、「職場参加ビューロー・世一緒」(NPO障害者の職場参加をすすめる会・越谷市)で毎週恒例の「すいごごcafé」で「越谷在住10年の中で」という話をした。

 

 それが事務局長・山下浩志さんの「ブログ:共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す」で写真付きで紹介された。(作成日時 : 2017/10/19 17:48 )

 http://yellow-room.at.webry.info/201710/article_4.html

 「世一緒のページ――すいごごcafé

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/syokubasanka/suigogo.html

 




 先に提出していたレジュメは以下の通り。

 

   越谷在住10年の中で

                 インターネット事業団・飯島信吾

                   20171004(水)

1 60歳の手習い

 

 DTP(PCで単行本・雑誌・新聞のページ編集ソフト)のスキル獲得

   「Adobe InDesign CS5」のアプリ・ソフトの活用

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   その前に、「MACのQuarkXPress (クォーク・エクスプレス)3.3」を習得。

   ⇔3冊の追悼文集(単行本)の編集・制作のため

    「さいたま高齢協」の広報ニュース(A4判・8p)

 WEB制作のスキル獲得

   ⇔ホームページ・ビルダー(サイト編集ソフト)でHPを立ち上げ、編集・制作。

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2 なにがこれからできるのか、と思って。

 残された「私の課題」を実現する。

  Windows95以前の「日本の労働問題・労働組合運動」に関するページのUP。

  イ なぜはじめたのか――コンセプト

  ロ 最近、青年からの「激励」の温かいメール

  ハ 社会政策・労働問題・労働法・協同組合・社会的経済などの「私が出会った」研究者群のUP

  ニ インフォーマル組織の追及!

  ホ 全日自労・全国金属・食品関連労組・中小労組・地区労などの紹介。

  ヘ 大企業労働組合・総評などの歴史UP。

 40個人・団体などのページ

 越谷エリアの「自主的・自立的まちづくりと人と人をつなぐ」努力を、WEBを活用して、UP。

  世一緒のページ

  水辺の市のページ

  ワーカーズコレクティブの事業組織――キッチンとまとリフォームいと協同購入・そら

  仕事おこし懇談会のページ

  視覚障害者・草加虹の会

 

 

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 この写真は、当日のもの。50年近く編集者生活を送り、数多くの写真を撮影し書籍・雑誌・新聞・WEB等にUP・編集をしてきたが、このような写真は珍しい。というか気恥ずかしい。 

 話した後、事務局長の山下浩志さんから長文の「取材・質問」がメールで送られてきた。中身の中に「困ったな」と思ったテーマもあったが、割合正直に返信したつもりだ。

 

 

 良くも悪くも、今の編集子を表現していると思う。

 

▼プロフィール

 

 19482月、東京・浅草生まれ。1970年代初頭から労働旬報社編集部、その後シーアンドシー出版設立。この間、単行本100点以上、生活文化情報誌、医療・健康雑誌、医療・健康新聞、労働者協同組合雑誌など、チームを組んで仕事。現在インターネット事業団主宰。

 

現代労働組合研究会のサイト、「業種別職種別ユニオン運動」研究会の運営委員・HPを制作

 

 

(注)「山下さんのブログ」の最後に「自己実現を求める方はどうぞご自由に」という発言が書かれているが、私にとって「日本の労働組合を乗っ取ったインフォーマル組織」の人たちが酔心していた「キーワードが“自己実現”だった」(マズローの五段階欲求説)。

 

団塊の世代を核にして、それ以前からのJC・同盟系企業内組合づくりは、このキーワードを基軸にして、「ミッション(使命)」として、労働組合を資本と一緒に牛耳った結果が、現在のユニオン・労働運動の低迷がある、と思っている。

社会党(社会主義協会系)、共産党、新左翼の人たちが、自らの思想以上に「自己実現欲求」によって、「日本的企業社会の主人公」になったホワイトカラー、現場生産労働者、サービス営業労働者の声に対応できなかった、と思う。

 

  そのベースは1960年代以来の「高度成長経済」がベースになっていた「資本の分配」政策のはずだ。

 

 2010年代の今いまこそ「緊縮経済ではなく、労働者への分配を」という、連合ではないユニオン運動だと思う。これは「反抗ではなく、労働者の欲求をベースに要求闘争を下部から始めること」だ。

 

 

2012年5月30日 (水)

黒川俊雄さん(慶應義塾大学名誉教授)のHPを作成――現代労働組合研究会HPⅨ

黒川俊雄さん(慶應義塾大学名誉教授)は、論文検索によると、戦後直後に【山中篤太郎教授「中小工業の本質と展開」――国民経済構造矛盾の研究、三田学会雑誌 411112)、 96102 194812】を書かれている。

NHKテレビ朝の連続テレビ「梅ちゃん先生」の時代である。慶応義塾大学がある田町駅界隈も、あのような雰囲気だったのではないか。

 

黒川俊雄さんは、1923年に東京の神田で生まれ、1948年に慶應義塾大学を卒業し、その後、慶應義塾大学教授・桜美林大学教授として、社会政策・労働問題の教鞭をとってきた。

大学の定年後も、労働総研(労働運動総合研究所)・協同総研(協同総合研究所)の代表を歴任して、労働問題・賃金問題・労働組合運動や新しい協同組合づくり(ワーカーズコープ)の研究を行っている。

著作と論文は、ホームページ(HP)のTOPと「黒川俊雄さんの仕事(論文)・PDFファイル」のように多数書かれおり、現在も最賃制などを基軸に、論説を展開している。

 

黒川俊雄のページ

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kurokawa/kurokawa-index.htm

 

その後、多数の論文と単行本を書かれているが、黒川先生を私たちの紹介してくれたのは、1960年代の労働旬報社代表・木檜哲夫さんだ。

木檜さんは、当時、総評弁護団の組織づくりに参加し(裏方として)、編集者として弱小出版だった「労働旬報社」を出版社らしい会社につくりあげた編集者・代表。

激動の60年代後半期に『労働法律旬報』『賃金と社会保障』『日本労働年鑑』(法政大学大原社会問題研究所)をベースに、野村平爾、沼田稲次郎両先生方を中心に、東条守一・山本博・久保田弁護士など多くの「労働弁護士」と友好な関係があり、労働法出版社として、日本で貴重な、なくてはならない位置を築いた。

その背景もあって、当時の総評本部(岩井章事務局長や大田薫議長)や国労、全逓、自治労などの出版物を世に送り出した。

一方、単行本(取次を通す)の旺盛な出版活動を展開し、『ベトナム黒書』『教育黒書』などの黒書シリーズや『東京争議団物語』『松川十五年』などの記録・ドキュメントなども発行しながら、法律系(早稲田大学野村平爾ゼミ出身)出身編集者なのに社会政策・労働問題研究者(大河内一男、塩田兵平衛、中林賢二郎など)との交流も深かった人で、そのお一人が黒川さんだった。

 

黒川さんの『現代労働問題の理論』(196811月初版)も木檜さんの企画で笠原紀彦さん(元大月書店編集者)が編集し、私が慶応大学まで原稿を取りに通い、ゲラを持参したことを覚えている。

 

内容で一番、関心をもったのは、貧困化論の論文につづく「新中間層論の理論」(第一編第5章)だった。

 

当時、革新勢力が伸長し、大学では「全共闘」運動が活発化していたが、労働問題・労働組合運動の関心が“国鉄・全逓・電電などの公共事業体や大企業の生産労働者主体論”であったなかで、高度成長経済で生まれた管理労働者・技術労働者などの「新中間層」労働者をどうみるかが書かれていた。

さらに出版、マスコミ労働や医師・看護労働、教育労働、公務員、障害者(児)教育などの専門的・精神的労働の位置、増大するサービス産業労働者(商業労働者)の意味も深めるテーマだった。

 

私は、「大学の労働力再生産工場反対」「産学協同反対」をスローガン化している学生運動家に比して、「自分たちはどのような仕事を選択する」のか、自分の進みたい道と「知り合ったマルクス理論」との矛盾を感じていた。

とくに左翼系の人たちが一律に人間をとらえ「危機が深まって、労働者階級は団結する」というテーゼに違和感を感じていた。

その時代に読んだ論文だった。

 

「新中間層の理論」を読みながら、私たち(のちに「団塊の世代」といわれた)の少なくない人は「生産労働者」になるのではなくて、「新しい中間層」として、社会に登場するのではないか、そのとき労働問題・労働組合の側は、どうみるかという見方をあたえてくれた論文だった。

 

第五章 新中間層の理論 

はじめに 

 新中間層の問題がいまさらなぜことあらためて問われねばならないのか。かつて第一次世界大戦後のドイツでこの新中間層あるいは新中間階級の増大がレーデラーなどによって強調され、また、マンハイムなどによってその階級的な利害を超越して統合する媒介的な機能をはたす独自な意義が主張された。ところが第二次世界大戦後のアメリカでは、「アメリカ人はすべて中間階級である」とか「新中間階級が次の支配階級になるであろう」とかいう一種の独断にたいする反論として、ミルスなどによって、増大する新中間階級は、客観的にはプロレタリアート化してはいるが、賃金労働者とともに社会主義意識をもつようにはならず、むしろ権威あるものについていく「後衛」(Rearguarders)として、現代社会を特徴づける心理的性格をつくりだすうえで主役を演ずるようになった、と説かれている。ここにいわゆる「大衆社会」の形成が論じられ、マルクス主義の否定または修正が叫ばれる論拠がひそんでいる。しかも従来、中間層または中間階級の問題ほど、マルクス主義批判の道具にされたものはそう多くはないであろうし、そこには、ミルスにいたるまで、一貫して共通したマルクス主義にたいする無理解がみとめられる。ところが中間層の問題については、マルクス主義者自身のあいだでも、多くの誤った公式論が主張され、少なからず、問題が混乱させられてきた。 

 そこで本稿は、マルクス主義の立場から中間層とくに新中間層の問題はどのようにとりあつかわれるか、ということを明らかにし、とくに現代アメリカ社会学における中間階級研究の権威として知られているミルスの批判に及ぼうと思う。

 

   

  慶應義塾大学最終講義をホームページにUP――黒川俊雄のページ更新

 

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  1980年代半ばごろの労働組合論の姿――黒川俊雄のページ更新

 

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  ▽現代労働組合研究会のHP

 

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111210roudou-index.htm

 

2011年12月23日 (金)

インターネット上の労働組合のいま――現代労働組合研究会(Part Ⅰ)

 本年に入って『今崎暁巳さんと私』(ドキュメント作家・今崎暁巳さんの追悼文集)と『回想の川﨑忠文』(元労働旬報社編集部・中央大学ほか講師・法政大学大原社会問題研究所嘱託研究員など)の編集・DTP作業に加わり、労働問題研究者・労働運動家と数十年ぶりの再会を果たした。

  その間に、現在の労働組合・ユニオンについて、“さまざまな憂い”の声が、こんなに広がっているのかと思いしらされた。

 

 そのために、少しでも次の世代に伝えられれば、という一心で、「次世代のための労働運動ルネッサンスのページ」を開設した。

 

 ほとんどがインターネット上で読めるものだ。 

 1 数年前からインターネット上に現れた「労働・労働問題・労働組合・生活の変化」を読み続けている。

 問題関心は、「いま労働組合はどうなっているのか」「戦後民主主義世代・高度成長世代といわれた昭和15年から18年、そして団塊の世代が職場にいなくなって、そのあとだれが担っているのか」――労働組合組織率が20%を切ったといわれる今、それを検証してみたい。

 2 連合といわれるナショナルセンターは、民主党政権を生みだして「わが世の春」を謳歌しているのかと思うと、社会的信頼はそうはなっていない。その大企業の職場はどうなっているのか。

 今回の福島原発事故をめぐる当該の東電労組・「連合」だけでなく、地方公務員の自治労や教師集団の日教組・全教などの動きはテレビ・新聞などのマスコミを通じてはほとんど読めない。

 これらの組合の人からは、市民運動サイトの複数の「メーリングリスト」に加わっていても、ほとんど情報発信されていない。不思議といえば、不思議な現象が「21世紀」の今に起こっている。

 3 国労という「総評時代の4番バッター」がなくなり、戦闘的労働組合の行方はどうなっていくのか。国労だけではなく、「権利の全逓」といわれて久しい郵政労働組合などは。また70年代~80年代の運動の中で頑張ってきた、全国金属・食品・印刷・マスコミなどの組合の姿は。

 4 複数労働組合主義、「労働組合の選択の自由」論など1980年代まで議論されていたことは今どうなっているのか。

各地の地区労や地域を基礎とするコミュニティ・ユニオン、産業別一般労組の組織化は、今どのようになっているのか。

 5 非正規労働者が4割近く締める社会構造の中で、青年たちの選択は、どのように進んでいくのか。ヨーロッパや韓国などは、非正規労働者の組織化はどのようになっているのか。

6 70年代~80年代にかけて発表された(我々が学んだ)、有力な労働関係の研究者・学者のみなさんの研究成果が受け継いでいるのか。承諾を受けられれば、リンクしていきたい。

7 学会の所属しているわけではないので、各学会の動向には無縁だが、少し次の世代の関心について、少しずつフォローしていきたい。

8 少し範囲を広げて、高度成長以降の「労働・生活・文化」など、発表されているものは、雑学的視点で紹介していきたい。

9 ここにフォローするものは、「労働組合へ」という視点がこめられているものであれば、日本国憲法の実施という大義の下に、編集していきたい。異論がある方が多いかと思うが。

10 「Windows95」が社会に登場し、あっという間に、それ以前の労働・研究・調査の営みが歴史の彼方に押し流されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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