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大企業・総評型労働組合はどうなったのか

2018年10月31日 (水)

『国鉄闘争の成果と教訓』――当事者主体でたたかった国鉄闘争の本の紹介(下)

この本の帯には[発行所:スペース伽耶、20135月、編=国鉄闘争を継承する会 監=加藤晋介/二瓶久勝 発行=スペース伽耶 (発売元=星雲社)]――24年間の闘いで、花を咲かせ、実を結んだ――国鉄闘争を闘った、当事者・弁護士・支援者、総計18名による座談会と特別論文。8事業体ネットワークからの報告。資料=ILO条約勧告適用専門委員会への情報提供(英文付) 、と記されている。

 

 

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本書の構成は以下のようになっていて、「はじめに」では、《たしかに、『国労闘争団が闘い取ったもの』(加藤晋介著、[編集子は未読])、『国鉄闘争の真実』(二瓶久勝著)、で一定の「総括」がなされている部分もあるが、未だ不十分である。

 そういうことから今回、国鉄闘争を主体的に闘った、当時の闘争団、共闘会議、弁護士、支援者の座談会を開催し、それぞれの立場からの「総括」を試みた。そして、「JR東日本の違法取水」問題を含めて七名の特別論文を掲載し、さらに闘争終結後の事業体の進捗状況と課題、株主代表訴訟裁判に取り組む意味を明らかにする文章を含めて、掲載した。

 この『国鉄闘争の成果と教訓』が、日本労働運動に活かされ、その再生に少しでも寄与することを切望する。

 座談会は、「国鉄闘争を継承する会」が主催し、二回に分けて、合計五時間以上の討議を行なった》と書かれている。

 

 1 1章 国鉄闘争の総括 座談会(第一回目「職場・生産点、当事者に依拠した運動を!

 2 中曽根行革と国鉄闘争

 3 JR不採用以降の国労の運動と国労高崎の基本方針

 4 われわれはなぜ、JR東日本株主代表訴訟を闘うのか―JR東日本・水泥棒株主代表訴訟の現状と展望

 5 国鉄改革法23条以降つづく司法反動と政治和解の意義

 6 第二回目「支援組合、各地区の共闘会議からみた国鉄闘争」

 7 2章 事業体ネットワーク 北から南から(国鉄闘争の総括を教訓に「労働運動」の再生を目指そう! )

 8 世界と日本から見た国鉄闘争の総括

  9 国鉄闘争の総括をこれからの人生に活かす生き方を!

10 (国鉄闘争関連年表)

11 行動提起 壊憲NO!九六条改悪反対618 1000人集会への呼びかけ 次代を担う「組合員のみなさん」への「労働講座」の案内

 

 

  ▽対談1、「職場・生産点、当事者に依拠した運動を」

 挨拶:武藤弘道(東京労働組合連合会中央執行委員長)、

 参加者

 加藤晋介(元鉄建公団訴訟弁護団、主任弁護士)、二瓶久勝(元国鉄闘争共闘会議議長)、佐久間誠(鉄建公団訴訟原告団事務局長)、酒井直昭(元鉄建公団訴訟原告団団長)、唐沢武臣(元国労高崎地本書記長、群馬県平和センター事務局長)、小林春彦(国労千葉地本委員長)、司会、新田進(国鉄闘争を継承する会事務局長)。

 ▽対談2、「支援組合、各地区の共闘会議からみた国鉄闘争」

 参加者、中村広之(世紀労働組合委員長)、村中哲也(元国鉄闘争首都圏連絡会共同代表)、丸林俊之(全水道東京水道労働組合)、中島義雄(元長崎国鉄共闘会議議長)、本間正史(オリジン電気労働組合前委員長)、吉田壽(東京清掃労働組合委員長)、坂本浩明(東京清掃労働組合組織部長)、小川信(オリジン電気労働組合委員長、特別参加)。助言者:二瓶久勝(元国鉄闘争共闘会議議長)、加藤晋介(元鉄建公団訴訟弁護団、主任弁護士)、司会:内田泰博(元国鉄闘争共闘会議事務局長)

 その他、執筆は、中曽根行革と国鉄闘争、武藤弘道(都労連議長)

 発行所:スペース伽耶20135月/四六判/218頁/¥1,500+75] 編=国鉄闘争を継承する会 監=加藤晋介/二瓶久勝 発行=スペース伽耶 (発売元=星雲社)

 

 本書には、この対談に加えて、7本の論文と《第2章 事業体ネットワーク 北から南から》として、「企業組合クリーン大牟田、NPO法人ecoおといねっぶ、北見ユニティ、生活者労働者協同組合、事業体ネット稚内、㈲サンピア、NPO法人 ワーコレるもい、紋別》の事業活動報告がUPされている。

 

 2回にわたる対談の最初は、闘争団当事者、加藤弁護士、二瓶・元国鉄闘争共闘会議議長をはじめ、国労内で支援を一貫して行っていた高崎地本、千葉地本のメンバーで、後半のメンバーは、支援者、各地区の共闘会議から見た国鉄闘争だ。

 前者には、対国労、44団体共闘における統一・「政治解決」への波風が浮かび上がっている。

 後者の支援メンバーでは、「なぜうちの組合が国労闘争を支援し、共闘するのか、当該組合員との葛藤を乗り越えた」、姿がある。

 

 この全体の企画は「国鉄闘争を継承する会」が中心になっているようだが、最近でも「秋葉原駅、大塚駅」などの都内駅の「再度、民間下請け化」を推し進めようとしているJRの姿、大幅に増えた非正規労働者の実態なども、今後どうするか、声をあげてほしい。



 ▽(追記:2018.11.05)

 ●東京相馬代議員

 

「来年3月から秋葉原駅が委託される」、「60名を超える社員が出向する」と、運転取扱い駅ではないが1日の乗降客が25万人超えるターミナル駅が委託になれば、どこの駅も業務委託できることになると安全とサービスの切り捨てがより一層進められていることを報告されました。(建交労鉄道東日本本部第20回定期大会が2018930日発言)

 

 http://www.kenkourou.or.jp/wp-content/uploads/2018/10/003800a0fefd29c9345d85cf3e2ed20c.pdf

 ▽(追記:2018.11.09)【東洋経済WEB版】首都圏で「早朝無人」駅、脱鉄道へJR東の焦燥[2018/11/05 4:20

 

  https://toyokeizai.net/articles/-/246932

 

 大量退職が間近、駅業務の合理化を加速

 

 ローカル線ではありふれた無人駅だが、実は利用者が多い首都圏の駅にもじわりと広がりを見せている。今年3月からは東船橋駅のほか、同じく総武線の下総中山駅や幕張本郷駅にも、早朝時間帯の完全無人化が導入された。無人化の決定に一律の基準はないようだが、これら3駅の1日の平均乗車人員は、下総中山と東船橋で各2万人程度、幕張本郷で約3万人(いずれも2017年度)の規模になる。(略)

 

 そうした中、早朝時間帯に限ってだが、完全無人化の取り組みが広がってきた。取材によれば来年からはJR中央本線の信濃町駅、千駄ケ谷駅、東中野駅のほか、山手線の駒込駅や鶯谷駅などでも検討されているという

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 ▽(追記)

 

 国労敗北の歴史を学ぶ――その1

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/1-6778.html

  What Was 国鉄闘争~そして次へ~』を読んだ――国労「敗北」の歴史 その2

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/whatwas2-1c1c.html

 

 

 当事者主体でたたかった国鉄闘争の本の紹介(上)

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-8921.html

 

  『国鉄闘争の成果と教訓』――当事者主体でたたかった国鉄闘争の本の紹介(下) 

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-08cd.html

 

 

 

2018年10月23日 (火)

当事者主体でたたかった国鉄闘争の本の紹介(上)

1407名の国労闘争団の政治解決まで持ち込んだ闘いの歴史は、当事者も含めてその全容を知る人は少ないのではないかと思ったら、以下のような「総括書」が2冊出版されていた。

 

《1》『国鉄闘争の真実 共闘会議議長としての総括そして次の闘いへ』(二瓶 久勝 スペース伽耶 、201221日)、《2》 国鉄闘争の成果と教訓』(編:国鉄闘争を継承する会、加藤晋介、二瓶久勝監修、スペース伽耶、20135月。

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前者の本《1》は、《いま、日本社会は、改憲をめざして憲法審査会が始動し、東日本大震災と原発事故を口実にした、労働者・被災者無視=大企業優先の「復興」策が強力に推進されている。2012年の現実は、1987年に中曽根首相らが構想した国鉄分割・民営化攻撃=「国労つぶし総評を崩壊させ、社会党を解体し憲法改悪を実現する」戦略が、成功しつつあることを示している。この酷薄非道な解雇攻撃に耐え24年間闘いつづけた国鉄労働者1047名の大半は、201049日、一人平均2,200万円の解決金を確保し、歴史的政治和解を勝ち取った。その成果と無念、闘いの真実を約10年にわたり共闘会議議長を務めた著者が初めて明かす。》と明記されていた。

 

 インタビュー形式でまとめられているが、著者は、以下のような方。

1945年福島県(岩瀬郡)生まれ。1964年オリジン電気()入社。1969オリジン電気労組書記長に就任2008年の退職までの約40年間、書記長・委員長などを務め、現在、全オリジン労働組合協議会顧問。20001月、国鉄闘争支援中央共闘会議事務局長に就任するも、20023月同職を辞任し、416日に結成された国鉄闘争に勝利する共闘会議議長に就任。20104月の政治解決を実現する。20116月の同会議解散まで議長を務める。

 

本の冒頭は、みずからのオリジン電気労組書記長に就任などの闘いの歴史を振り返っており、全国金属にあっただろう「まともな労働組合の歴史」を学ぶことができる。

 

本書の中心は、9.15判決、44団体の結成、そして政治解決の道の判断を綴った本だ。

国労闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団、鉄道運輸機構訴訟原告団、全動労争議団鉄道運輸機構訴訟原告団/【四団体】国鉄労働組合(国労)、全日本建設交運一般労働組合(建交労)、国鉄闘争支援中央共闘会議(中央共闘)、国鉄闘争に勝利する共闘会議(共闘会議)

 

「国鉄闘争に勝利する共闘会議議長(2002416日以降)」の闘い――24年間の当事者・家族の闘い――は「一体どう評価されるのか」を書き残したいと書かれている。

注目される言葉としては、「国鉄闘争が他の闘争とちがうのは、政治解決を目指したことです」と書き、当時の政府・政党・政治家、そして官僚・財界などの動向を分析し、当事者主体で解決をしていった経過が明らかになっている。

 

本書を読んで、なぜ国労は1407名の当事者主体ではない方向で、舵を切っていったのか。企業内組合として「労使関係」を形成したいと願った人をリーダーに選んでいったのか、よくわからない《国労「敗北」の歴史 その3》。

2018年9月26日 (水)

『What Was 国鉄闘争~そして次へ~』を読んだ――国労「敗北」の歴史 その2

 この本は、20135月に出版された本(発行:ぶなの木出版)だが、「国鉄闘争」を分析した貴重な本だ。

 

 ▽目 次:

刊行にあたって

24年間の闘いを終えて

第一部 総論 

座談会 国労闘争団はなぜ24年間も闘い続けられたのか(中村宗一、神宮義秋、小島忠夫氏、山下俊幸、平賀健一郎, 小野寺忠昭)

争議としての国鉄闘争(小野寺忠昭)

国鉄闘争と東京総行動(平賀健一郎)

自立する国労闘争団(荒木健次)

第二部 第二次国鉄闘争

国鉄闘争解決までの苦闘(原田亘)

当事者の一人としてみた国鉄闘争(清野隆)

国鉄闘争から新たな運動へ(関口広行)

我々は闘う闘争団の側に立つ(星野良明)

戦術論から見た第二次国鉄闘争(川副詔三)

あとがき

 

 本の紹介は、「レイバーネット日本のWEB」で、以下のように出ている。

「紹介にかえて:闘争団には人間の誇りがあった 杜 海樹」

http://www.labornetjp.org/news/2013/0527hon

 

編集子のまず「はじめの感想」は、BOOKデザインと本の中身の乖離はどうしてなのだろうか。どうしても違和感を感じざるを得ない。もっとデザイナーに注文してもよかったのではないか(通常、ゲラを読んでもらって2案のプレゼンを受けるはず)。

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感想の第一は国労闘争団の出発期に、知人・友人たちが貴重な助言・アドバイスを行っていたことが分かった。

市毛さん(東京地評)、渡辺清次郎さん(東京争議団)、中山さん(沖電気争議団)、石井さん(パラマウント製靴)、東芝アンペックス、山下さん(「社会通信」を知った人)、菅野さん・永戸さん(労働者協同組合)の名前があがっている。



『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった[20161216 () 

http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-cb95.html

 

第二に、国労争議団というネーミングは、「国労本部側」から受け入れられなく、国労闘争団となったこと。

 

三に、「国鉄労働組合は職場組合の典型」だと書く。

私の編集者・大先輩の木檜哲夫さんが、『国鉄労働組合の現場交渉権―その理論と闘い(労旬新書)』(1968年)、『組合活動の権利―不当労働行為との闘い (国労読本〈権利編〉』(1970年)、『国鉄労働者の権利―労働基本権確立とたたかい (国労読本〈1 権利編〉』(1976年)、『国労読本 組織編』(1978年)、そして『国鉄マル生闘争資料集』(国鉄労働組合、1979年)、『国労権利闘争史』(1981年)、などを編集していた(労働旬報社刊)。

職場を基礎とする戦後権利闘争の一大到達点として、編集したのだ。

 

私も、単産研究の一環として、早川征一郎さん、高木郁朗さん、永山利和さんらと「国労の研究」(単産研究会聞き取り「国鉄労組・細井宗一氏、武藤久氏より」(『賃金と社会保障』5下、No.7341977年)を企画し、レジュメの確認などで通っている中で、細井さんから「国労のための企画プラン」を作るのが編集者の役割だと諭され、『一人ひとりがつくる労働組合を―国鉄マル生と国労運動の発展 』(1980年、国鉄労働組合編)を編集・出版した。

思いは「幹部闘争から一人ひとりが闘う労働組合へ」バージョンUPすることを願って。

 

その国労は「学校別」に、「国有化鉄道主眼論」で「民主的規制・自主規律」か「反合理化・職場抵抗」の論争が主だったことは、先に紹介した、『語られなかった敗者の国鉄改革』(元国労企画部長・秋山謙祐著、情報センター出版局、200812月)に書かれている。

国家的不当労働行為への「対抗」をつくり出す人材は、「国労企業内組合では生まれなかった」わけだ。

 

その職場組合とは別に、東京争議団の「四つの基本、三つの条件」(1974年)が闘争団運動の基本に座って(その原初的運動をまとめた『東京争議団物語』[1965年]を編集したのも先の木檜さんだ)、東京総行動などの大運動の歴史を引き継ぎ、争議が展開されたことは、歴史の皮肉だ。

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第四に、国鉄闘争の経過で「国労企業内組合」の面々を別として、国労闘争団切り捨て局面(鉄建公団訴訟による闘い)から「44団体」路線(建交労の坂田さんなどとの共闘模索からその実現など)がつくられた経過(1970年代沖電気争議団の、思想を超えた初めての統一争議団の歴史があったが)は、本書のピークをなす行動だったことがよく分かった。


  第五に、闘争団支援を一貫して敢行した東京清掃労組などの様相は「2割動員」を貫くなど、並大抵の運動ではなかったわけだ。


  第六に、闘争団運動のその後を模索する「交通ユニオン」「国労ユニオン」も書かれているが、東京圏にも数千名といわれる「下請け労働者」「派遣労働者」をだれが主体として作っていけるか、いまだ未開発のようだ。

この夏に闘われ、東京駅構内で展開されたサントリー子会社の「ジャパンビバレッジの青年たちの順法闘争・ストライキ闘争」に無関心でいては進まないであろう。

 

それにしても24年にわたる闘争団のご本人・ご家族のご苦労は、争議運動のすべてに通じるが、困難を突破して、よく闘ったと、感動した一人として、書いておきたい。

2018年8月 5日 (日)

国労敗北の歴史を学ぶ――その1

国労闘争団1407名、そして首を切られなかった組合員・家族にはそれぞれに限りない人生としての苦渋、喜びがあるはずだ。

 

「すいごごcafé」(越谷市・NPO障害者の職場参加をすすめる会)に登場した松尾さんも「国鉄分割・民営化を国労組合員」として迎えて、人生のかじを切った。



  以下のレポートはその一端だ。

「すいごごcafé」のページにUP――▽2018801日(水)、「オートバイひとり旅・松尾清晴さん(元JR社員)」。NPO障害者の職場参加をすすめる会HP。

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/syokubasanka/suigogo-1.html

 

編集子はいま「国労敗北の歴史」を考えるために、『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』(元日本経済新聞記者の牧久著、講談社、20170316日)、『語られなかった敗者の国鉄改革』(元国労企画部長・秋山謙祐著、情報センター出版局、200812月)を読んでいる。

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1 【参考】牧久氏 国鉄分割・民営化を描いた作品語る(週刊ポスト2017年4月21日号、■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光2017年04月13日、16:00)

      https://www.news-postseven.com/archives/20170413_508881.html?PAGE=1#container

 

 

 

2  ◆本の紹介:『語られなかった敗者の国鉄改革』、Loser_kokutetsu(October 27, 2015)
   

    http://pata.air-nifty.com/pata/2015/10/post-459e.html

 

  3 早川 行雄さん(元連合総研)の分析的視点

 

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 著者は当事者の自伝的著作や追加的聞き取りなどを基に「事実」を淡々と書き連ねているのだが、葛西ら三人組を中心とした国鉄当局の、さながら不当労働行為自白調書の様相であり、土光・中曽根の第二臨調行革路線の内実を赤裸々に暴く結果となっている。そうした観点から読めば何故負けたのかもそれなりに明らかになろう。勝ちすぎた?マル生反対闘争の成果として実現した現場協議制度は国労など組合の大きな闘争力の基盤となった。国鉄分割民営化の背景には、新自由主義化の民営化政策一般に加えて、職場生産点を握った組合からの主導権奪還の狙いも明らかにあっただろう。現場協議制に対してはフレームアップ的な職場規律の乱れ批判がメディアなどを通して大々的にキャンペーンされたが、当時の国電などの極めて正確なダイヤ通りの運行は今では想像できないほどであり、規律の乱れた職場では到底実現できないものであった。電車区、車掌区を中心に生産点を握った労働組合による生産管理闘争的な実態も萌芽的にではあれ存在したと思われる。資本と当局はまさにここにこそ恐怖して反国労の弾圧を仕掛けたのではなかったか。このような視点からの「国鉄分割民営化30年」の史的総括も必要ではないか。

 

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2008332445897440&set=a.183463795050990&type=3&theater

 

 

 

 それとは別に、久下格さん(元国労組合員)のHPに「国にたてついた一労働者の想い出」――「今でも国鉄の分割民営に反対したことは正しいと信じています」と書く元国労宮崎闘争団員・馬場園孝次さんの手記、が載っている。関心のある方はどうぞ。

http://aoisora.org/roudou/2018/20180227babazono.html

 

久下格さんのHP

http://aoisora.org/index.html

 

 ▽追記(2018.09.26

 

 『What Was 国鉄闘争~そして次へ~』を読んだ――国労「敗北」の歴史 その2

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/whatwas2-1c1c.html

 

 

2018年6月 1日 (金)

総評・全国金属はなぜ変わっていったのか――青木慧著『ニッポン偽装労連』(1989年、青木書店)

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#180530zenkokukinzoku

 

 

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これまで本ブログで総評の民間単産はどのように「敗北してきたのか」を検討してきたが、「全国金属」については、未紹介だった。

青木慧さんの『ニッポン偽装労連』(1989年、青木書店)を再読したら、《たたかう労働組合つぶし 「民主化運動」》の中に、「佐竹全金委員長のもとで筆頭副委員長をつとめていた中里忠仁金属情報機器労組委員長」の聞き書きがあった。

全国金属の大手企業内組合が、JCや自動車関係の同盟労組に「丸め込められた」様子が語られている。

 

「全金には、大企業ではありませんけど、中小の鉄鋼も電機も自動車も造船もあるということですから、業種的にはJCとつながりが深い単産ですよね。他方、同盟の方も金属同盟というのがあって、同じような業種を持っているわけです。しかし、同盟の方にあまりアタックしないで、総評・全金の方に焦点を当てて、七八年ごろからいろいろと介入というか誘いをかけてきた。

それは最初、全金の中央本部というよりは、大手支部ですね。シチズン時計とかセイコー、横河電機とか山武ハネウエル、東京計器とか、中京地区の豊田自動織機とかね。全金の大手支部と目される、かかわりの深いところを、幹部をとおしてね、JCとの結び付きが急速に強まってきたんです。」

(中略)

「そういう大組織の幹部というのは、たたかうだけでは組織を守れないと。これは労使の対立とか対決でなくて、協調してやっていくべきだという思想が、だんだんとJCの影響が強まるにしたがって、全金の中枢部が、そうなってきた。それが、全金という一つの単産が、だんだん右傾化する、当初の一つの特徴だね。比較的に階級的であり、権利闘争を大事にしてきた単産がなぜ右傾化してきたのか、だいたいそういう経過ですよ。」

(中略)

「それまでは波風がたたなかったのが、それらの大手支部委員長あたりから、原案に対して修正を求めるようなことが出てくるわけですよ。

 たたかいの内容を、文言上で非常に歪めてみたり、ストライキという文言をできるだけ削ってみたり、「統一闘争」という表現を削ってみたりね。資本や権力に対するたたかい方、それについての行動も弱める修正を求めるわけですね。それはJC路線に間違いないし、同盟方針にも近いやつなんですね。

 そういうのが、平気で組織だって出てくるわけです。東京地本の大手支部委員長あたりが中心になって、中央本部に方針の修正を要求するようになったのです。そういう圧力をかけて方針を変えさせようとしたけども、当時の佐竹委員長もわれわれも、それには応じなかったわけですけど、そういう力が全金をじょじょに蝕んでいったということですね」

 

以上の文章を読んで、下からの池貝鉄工などの首切り、北辰電機・山武ハネウェルなどのインフォーマル組織等による攻撃、それに加えて大手支部内での「労使協調への陥落」などが相まって、「全国金属の変化」が生まれたようだ。

 

▽全国金属の歴史的紹介

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#zenkin1

 

20140701日:全国金属における闘いの歴史 書評:柳田勘次著『闘えなくなった企業別組合』(早川征一郎、『大原社会問題研究所雑誌』20091月号、No.603)

労働争議と単産の役割――清水明、第38回東京労働争議研究会

 金属機械反合闘争の到達点と発展方向、石川武男、全日本金属情報機器労働組合(IMJU)副委員長、労働法律旬報、NO.12891992610

 産業別個人加盟労組運動の経験――全金品川支部地域支部の事例、長谷川義和、大原社会問題研究所雑誌 / 法政大学大原社会問題研究所 編、NO.348198711 

20140701日:『追悼・岡安政和』(PDF版 「追悼・岡安政和」編集委員会、19826月) (一部訂正:2014.07.02 

20140701日:『社会のしくみと労働組合(増補改訂版)』――金属労働者の教科書、 全国金属労働組合、1971 9 25 日第1 刷発行、1976 2 10 日増補改訂版第1 刷発行



 ▽「インフォーマル組織の過去・未来」のページより。

〔6〕全国金属・金属機械反合におけるたたかい   (2014.05.01更新)
 [1] 『ねらわれた組合――インフォーマル組織とどう闘うか』(金属反合闘争委員会編・発行、1983年7月1日、初版1万部)  【原本募集中】
 [2] 
金属労働戦線におけるインフォーマル組織――[原題:「ねらわれた組合」からの脱出――インフォーマル組織とたたかう、大木兼次郎・金属機械反合インフォーマル対策委員会、賃金と社会保障 879号                       1983-12-10   (PDF)
 [3] 全金山武ハネウェルのたたかい――弁護士法人 けやき総合法律事務所のサイトより
   
http://www.keyakisougou-law.jp/affairs/entry-44.html



 ▽対抗的労働組合運動の模索もご参考にしてください――◇金属労働戦線の現代的課題を追求

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#jmiu1

 

労働組合運動の再生・強化と日本型産業別組合の可能性 小林宏康[3]、特集●労働運動の再生と産業別組織の課題、「労働総研クォータリー」、2015年夏号(20157月発行)(PDF版)

非正規・未組織労働者の組織化と産業別組合の強化―すべての労働者のための労働組合へ―、労働総研クォータリーNo.7677、小林 宏康[2 ](PDF版)

全国金属―JMIUの産業別統一闘争―「日本型産業別組合の可能性」について―、小林宏康[1](PDF版)

結成20周年を機に、真の産業別労働組合へ――JMIUの20年の歩み

 



 ◆総評・中立労連内民間労組の「変化」を紹介してきたのでこれもご参考に。

▽鉄鋼労連

八幡製鉄所のインフォーマルグループ――インフォーマル組織物語Ⅷ

http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-0d95.html

▽合化労連

化学産業における労働組合の旗を守った人たち[20162 4 ()

http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html

 ▽全造船(中立労連)

 『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論は続く。[2016710 ()

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-7f4c.html

『あたりまえの労働組合へ』(全造船石川島分会・佐藤芳夫著)が書いていたこと[2016531 ()

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-bc6f.html

長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡 [201510 9 ()

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html

 

2017年8月 7日 (月)

大企業・総評型労働組合はどうなったのか

 

追記(2017.09.09

 連合、残る「同盟VS総評」 民進とも足並みそろわず、「日本経済新聞」(2017/9/1付)

  https://www.nikkei.com/article/DGKKZO20637800R00C17A9EAC000/

 170905rengo

 

 上記の図版をめぐって、facebookでの要 宏輝さん、早川 行雄さん、谷川 眞さん、服部 一郎さん、Tarou Oohasiさんのやり取りが面白い。転載したいが、著作権があるので下記のページに。

https://www.facebook.com/hiroaki.kaname/posts/1562513923837446?pnref=story

 

 

  ▽追記(2017.09.09

 要宏輝・「kanameさんのブログ」――総評解体・連合結成、30年目の「真実と現実」(Published by kaname on 7 12th, 2017

 http://kaname.news.coocan.jp/?q=node/172

 

 ▽ここから本文。

 このブログで書いてきた文章を編集して、一挙に読めるようにした。

 若い世代には、「総評」とはなんだったのか、と読んでほしい。

 

 現代労働組合研究会のページ

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/union-top.html

  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-3.htm#daikigyou-zenbun

 

 

 

20111224 ()

 〈連合運動は「社会のバリケード」になれるか〉――現代労働組合研究会(Part 

2012417 ()

 「総評系の元労働オルグ」が書いた本を紹介―現代労働組合研究会HPの更新

12/04/17 

地域共闘・中小運動・コミュニティユニオンのページの御案内

12/04/17 

私たちの労働組合運動史論・あれこれ

20125 9 ()

「国鉄労働者1047人の解雇反対闘争」「芹澤寿良のページ」更新

2012522 ()

「国鉄労働者1047人の解雇反対闘争」における学者・文化人支援のインターネット・時系列的紹介

2012814 ()

建交労雑誌に転載・国鉄労働者解雇撤回闘争――芹澤寿良のページ更新

2013111 ()

芹澤寿良のページをリニューアル――現代労働組合研究会

201211 9 ()

困ったもんだナショナルセンター「連合」――芹澤寿良のページ更新

13/05/30

ある国鉄労働者のメッセージ

ユニオンみえは労働運動の次のステージに向け前進しよう

国鉄労働組合 四日市分会分会長 市川 智

13/05/04

国鉄闘争と労働界再編で学ぶこと

――原題と同じ、元長崎国鉄共闘会議議長・中島義雄(郵政ユニオン長崎)月刊「科学的社会主義」(2012年4月号)

13/03/29

元総評系労働組合リーダーが呼びかける運動継承の文書

20138 7 ()

「内山光雄さんを偲ぶ」を寄贈されて

20141 8 ()

連合大会(2013年)でどんな議論をしているのか――芹澤寿良のページ更新

2014713 ()

産業別単一組織とは(JMIUの経験)

2014713 ()

それぞれの労働組合運動史・論Part

非正規・未組織労働者の組織化と産業別組合の強化―すべての労働者のための労働組合へ―、労働総研クォータリ-No.7677、小林 宏康  (PDF版)

全国金属―JMIUの産業別統一闘争―「日本型産業別組合の可能性」について―、小林宏康 (PDF版)

〔第2部 日本の産業別組合組織――事例研究、労働運動総合研究所 全文〕 (PDF版)

2015720 ()

路面電車を守った労働組合―総評の伝統は消えていない

 

2015913 ()

ユニオン・ショップ、労働組合の選択の自由、連合内「閉じこもり論」、連合内「階級的民主的強化の担い手論」をめぐって

201510 9 ()

長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡

12/12/22 new

少数派労働運動の歴史の御紹介――『少数派労働運動の軌跡――労働の現場に生き続ける人びと』(「少数派労働運動の軌跡」編集委員会編、金羊社、四六判、20079月、1990円)

20162 4 ()

化学産業における労働組合の旗を守った人たち

2016217 ()

図説で見る:GDPも実質賃金も下げるアベノミクス

2016531 ()

『あたりまえの労働組合へ』(全造船石川島分会・佐藤芳夫著)が書いていたこと

2016710 ()

『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論はつづく

 追記(2016.12.01)三菱長崎造船第一組合を描いたドキュメントがある。

 『三菱帝国の神話――巨大企業の現場・労働者群』(今崎暁巳著、労働旬報社、19772月刊)           (PDF復刻版)

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/imazaki/index.htm

  序 章 三菱は国家なり――神話を支える巨大企業の実相と体質

  第1章 人間・職場の破壊――分裂が職場と労働者にもたらしたもの

 第2章 三菱帝国の支配のアミ――ピラミッド支配を支える考え方・組織とその実践

 第3章 人間の働く職場をめざして――不況・合理化下で変わりはじめる職場

 

20161216 ()

『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった

 ◆補論1

 20131023 ()

大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織

 ◆補論2

 造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、『労働法律旬報』(1186号)、1988―2―25

 

 ◆補論3

  それぞれの労働組合運動史・論 1

  •  ●12年04月17日:『地域ユニオン・コラボレーション論 オルグから見た地域共闘とは』(小野寺忠昭著、発行・インパクト出版会 、2003年)
    パラマウント製靴共働社、『協働の未来に光あれ! パラマウント製靴の歩みと労働者生産協同組合へ』(シーアンドシー出版刊、1995年8月、B5判並製、400頁)
    『転形期の日本労働運動――ネオ階級社会と勤勉革命』(東京管理職ユニオン、緑風出版、2003年12月)                                                                                                                                                                                                                              
  •  ●12年04月18日:松井 保彦 著『合同労組運動の検証──その歴史と論理』の書評と紹介
                         1 高須裕彦 大原社会問題研究所雑誌 No.627/2011.1
     2 呉学殊  日本労働研究雑誌、82 No. 609/April 2011
     3 早川征一郎 ((財)日本ILO協会編『世界の労働』2010年8月号、第60巻8号)                                                                                                                                                                                                                                                                     

  • ▽追記(2018.01.22) 

  • 編集子は日本の労働問題・労働運動史は「潮流別にある」という前提で見てはならないという立場にあるので、以下のような事実も紹介してきた。

     

     「企業別組合は日本の『トロイの木馬』」(宮前忠夫著)をめぐって[20171118 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-e777.html

     

     大企業・総評型労働組合はどうなったのか[20178 7 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-5d5d.html

     

     『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった[20161216 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-cb95.html

     

     化学産業における労働組合の旗を守った人たち[20162 4 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html

     

     長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡 [201510 9 ()

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html 

  • 2016年12月16日 (金)

    『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった

    本ブログで化学労働戦線おける労働組合運動の歴史を「化学産業における労働組合の旗を守った人たち」(20162 4 ())として、紹介してきた。

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html



      少なくない人たちが、検索等でアクセスしてきている。

    検索キーワードの一つに「全昭和電工 千葉 山下俊幸」で本ブログに到達した人の「逆検索」でWEB上、登場してきたのが『旬刊社会通信』だった。

    編集子には、未知の情報誌だった。

     http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/mokuji.html

     

    社会主義協会(向坂派)『社会主義』と社会主義協会(太田派)『社会主義』は、出版社時代から資料交換で常に棚に入っていたので、読み続けていたが、本誌は、なかった。編集子は担当したことがなかったが、『日本労働年鑑』(大原社研、労働旬報社)には、参考資料として、(8)社会通信社『旬刊社会通信』がある。

     

    編集・発行人の滝野忠さんが書かれた、文章があるので以下にUPしてみた。

    ■巻頭言■

    「社会通信」の三十九年とこれから

    http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/1227-20161101.pdf

     

    『社会通信』は「社会正義上許すべからざることに筆評を加えることをむねとしたい」「社会のゆくえを曲げて報じて己を利するものを嫌う」との創刊の辞で出発した。創刊は一九七七年十一月一日である。今号(二〇一六年十一月一日付)で満三十九歳通巻一二二七号となった。本誌は今号をもって「紙」誌を閉じ、インターネット時代のホームページへ移行する。「通信」の三十九年は〝サンザンクロウ〟した時代となったけれど、編集子にとっては楽しく豊かな年月であった。向坂逸郎、岩井章、灰原茂雄氏等、戦後日本の社会主義、労働運動の巨人から権勢に媚(こび)偏狭に傾く風潮への批判的精神、さらに社会的正義とは労働者階級の精神的、文化的教養を高め、労働者が自覚して次の新しい社会創造に資する活動であることを、勉強会、日々の生活と会話から学び、己の糧とできた。 

    私は丈夫な身体をもって生まれなかったらしい。母は「子どもの頃は本当に苦労した」とよく語っていた。その私が、編集者、物書きとして不規則、不摂生な四十年余、大きな病もなく「通信」を一つの欠号、遅れもなしに発行できたことは、なによりの喜び、誇り、自慢である。「紙」誌からホームページへの移行を伝えてから、読者からのおたよりに一部掲載したが、「ぼくは創刊以来、私は『進路』の時代からの読者、さびしいけれどホームページでさらに励まして」のおたよりを数多くちょうだいしたことも望外の喜びである。月刊誌は重く大きく深い理論や情勢をとりあつかう、「旬刊誌」は月刊誌、日刊紙との間にあって、大きな問題であれ本質を損ねず簡潔、明快、かつやさしい記述が求められる。こうした読者の要望に寄りそう執筆者、投稿者の努力が私を助けてくださった。

    四十年余、全国を旅した。行ってないのは沖縄だけだ。時代は厳しく揺れ動き、己の世界観、価値観を揺さぶられることも少なくなかった。向坂、岩井、灰原氏が存命時の社会党攻撃(一九七七年~二〇〇三年)、中曽根臨調行革〈一九七九年~一九八七年)、国鉄分割民営化攻撃と国家的不当労働行為による国鉄労働者の首切りと解雇撤回闘争〈一九八三年~二〇一一年)、労働運動再編成(一九七九~一九八七年)、社会党解党と新社会党結成(一九九三年~九六年)等は、三人に指示を仰げばすんだ。困難は増した。一九九〇年を前後した社会主義諸国の崩壊、世界的な反革命の時代の到来である。一人ひとりが己の考え方、世界観を問われた。これら大きな出来事、事件、活動を取材、さらに渦中の労働組合員と目的を共通する活動をつうじ、歴史のダイナミズムを直接体験したこともそうである。これら諸体験の総合として現在の権力(安倍自民党政権)がある。歴史は、権力者はその権力を維持し、己の願望を果たすためには、何でもすることを示す。

    反動政策は、生活の不安定性をいや増し、反動を正そうとする作用を国民の間にもたらさずにはいない。それは『資本論』が説くところである。この立場をさらに鮮明にし、ホームページで継続したい。当面は、『通信』の三十九年をともに考えたい。

    読者諸氏の生活体験とこれからへの活動の投稿をお願いしたい。(滝野忠)

     

    『旬刊社会通信』は、発行(1977111日)以来の誌面をWEB上で読めるようになっている。すごいことだ。

    すべて読むのは大変だが、最初の2年分、途中の年、最近の1年分を読んだ。

    中身も、国労のたたかい、自治労の人、元全逓(いまJP労組の人)、民間企業の労働者など、全国各地からの読者通信など、インターネット上にはなかなか登場してこなかった、人々の実像がある。

    特に「総評・社会党時代」を担った人たちの現在が、少しわかる。


      社会党については、素人だが、1980年代のインフォーマル組織に関して編集していたとき、新潟の日本ステンレスの青年たちから、首都圏の社会党関係の争議指導部を紹介してほしい、と頼まれたことがあるが、「争議は東京地評や本社のある地区労を訪問したら」と答えたのを覚えているが、どうだったのか。

     

    検索のきっかけだった「全昭和電工千葉工場闘争」について、まとめている山下俊幸さんの文章は、次の世代が「職場の労働運動」をつくりだすとき、参考になる経験をまとめている。

    全昭和電工千葉工場闘争と今―すさまじい「合理化」攻撃の中で―

     http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/1217-20160601.pdf

     

    この文章を読んだとき、「下山房雄のページ」にUPした【書評】石河康国著『労農派マルクス主義 ――理論・ひと・歴史』(大原社会問題研究所雑誌) №6422012.4)を思い出したが、少し複眼的に読まないといけないのでは、と思った。

      http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/642/642-06.pdf

     

    ◇発行所=社会通信社発行人=滝野忠

    ホームページ

    http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/

    e-mail: shakaitsuushin@nifty.com

    東京都渋谷区本町6丁目282904 電話・FAX(03)32995367

     

     ▽(追記)編集子は日本の労働問題・労働運動史は「潮流別にある」という前提で見てはならないという立場にあるので、以下のような事実も紹介してきた。

     

     

     

     「企業別組合は日本の『トロイの木馬』」(宮前忠夫著)をめぐって[20171118 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-e777.html 

     

     

     大企業・総評型労働組合はどうなったのか[20178 7 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-5d5d.html 

     

     

     化学産業における労働組合の旗を守った人たち[20162 4 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html 

     

     

    長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡 [201510 9 ()

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html 

     

     

    大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織[20131023 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-d631.html 

     

     

     どこに消えた『サスコミ』グループ――インフォーマル組織物語Ⅸ[20121017 ()] 

      http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-d4b4.html

    2016年7月10日 (日)

    『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論は続く。

     

     ▽追記(2017.04.30)

    「希流」さんのtwitterより。

      全造船関東の結成大会

     https://twitter.com/kiryuno/status/833167858032992257

     

     170430zenzousenkantou_2

     ▽追記(2016.11.01)

       全造船機械の加盟ナショナルセンターは連合。全造船機械の組織状況は厳しく、組織形態を造船以外の労働者も加盟できる合同労組とするも、なおも組織状況は厳しい状態が続き2015年9月4日から翌日にかけて開催された大会で組織の解散を決定、翌年9月9日に開催された84回大会において解散した.。Wikipedia より)

     「社会新報」(2016年9月21日号)で報道。

     http://www5.sdp.or.jp/topics/2016/09/22/%E7%B5%84%E5%90%88%E5%93%A1%E3%81%AE%E4%BB%8A%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AB%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB/

     

     全造船機械労組(全日本造船機械労働組合、永田利治委員長)は9日、都内で開いた結成70周年の第84回定期大会で解散した。全造船の結成は46年9月1日。

     

     大会に引き続いて開いた報告会のあいさつで永田委員長(大会まで)は、第2組合結成・組織分裂攻撃や海運・造船不況を受けた合理化の歴史を振り返り、「全造船機械の歩んできた道程は苦難、苦闘の連続」と述懐。組合員数の減少から中央産別組織としての維持存続は困難との結論に至ったことについて「これ以上先送りできない課題と受け止め、総合的な視点観点に立ち責任ある判断、決断として下した苦渋の選択」と述べ、理解を求めた。その上で、これまでの組合員、先輩組合員、その家族の労苦と共闘関係者の支援に敬意と感謝の意を示し、「今後も組織を存続し運動を継続する各分会に対して変わらぬご指導ご鞭撻(べんたつ)、ご支援ご協力をお願い申し上げる」と述べて、報告を結んだ。

     

     来賓あいさつで社民党の又市征治幹事長は、「全造船の歴史は合理化との闘いの歴史」と述べ、職場の闘いに加えて対政府制度政策闘争、平和と民主主義を守る闘いにも奮闘してきた全造船の歴史に敬意を表明。「70年にわたって闘ってこられたこの歴史に誇りを持って、これからのさまざまな社会における取り組みにご参加をいただきたい」と述べ、組合員の今後の取り組みにエールを送った。

     



    (追記)
    造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、『労働法律旬報』(1186号)、1988―2―25

     

      ▽追記(2016.12.01)三菱長崎造船第一組合を描いたドキュメントがある。

     

      『三菱帝国の神話――巨大企業の現場・労働者群』(今崎暁巳著、労働旬報社、19772月刊)           (PDF復刻版)

     

       http://e-kyodo.sakura.ne.jp/imazaki/index.htm

     

     序 章 三菱は国家なり――神話を支える巨大企業の実相と体質 

      第1章 人間・職場の破壊――分裂が職場と労働者にもたらしたもの 

      第2章 三菱帝国の支配のアミ――ピラミッド支配を支える考え方・組織とその実践 

      第3章 人間の働く職場をめざして――不況・合理化下で変わりはじめる職場

     

     

     

      ▽本ブログで紹介:長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡

     

        http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html

     

     

     ▽ここより本文。

      前回の小論[『あたりまえの労働組合へ』(佐藤芳夫著)が書いていたこと]がある人の「twitter」で紹介さて、200近いアクセスがカウントされた。

     若い世代の中でも関心を持つ人もいるのがわかった。

     

     そのうえで先日、知人から、全造船石川島の事例から「大企業における一企業一組合」を論じている本を紹介された。

     その本は中村浩爾・寺間誠治編『労働運動の新たな地平』(かもがわ出版2015813日)で、その《第Ⅱ部 各論――労働現場の諸相 日本的労使関係と大企業の労働組合――「ユニオンショップ」制と少数派組合の事例から 桜井 善行 》だ。

     160710roudouundouno_2

    1 戦後日本の労働組合運動と組織の概観 

    2 ある大企業での実践―石川島播磨とトヨタ自動車(関連企業)の事例

    3  「一企業一組合論」の検証

     著者は、桜井善行(さくらい・よしゆき)さん。

     名古屋市立大学大学院経済学研究科研究員。企業社会・格差社会・企業福祉論。愛知労働問題研究所事務局長。主な著書に『逆流する日本資本主義とトヨタ』(税務経理協会、2014年、共著)など。

     

     桜井さんは、潜り込んでいった左派活動家の人たちの姿を「協調主義的な労働組合内部での闘いのあり方や多数派をめざすという大義名分への懐疑や葛藤があったことは確かであろう」としているが、「大企業内の左派活動家の多くは、職場の主要なポジションからはずされ、昇級・昇進でも不当な扱いを受け、孤軍奮闘はするものの、労働組合組織や職場内に影響をあたえることなく定年を迎え、大企業職場から去って行った。IHIの事例に日本の民間大企業職場の左派活動家の一つの軌跡を見いだすことができる」としている。

     
      次に「(2)トヨタ自動車・関連企業の事例」を書いている。


     
    これは、2006122日に「全トヨタ労働組合(ATU)」(既存の御用組合・トヨタ自動車労働組合とは違い、正社員、下請け、孫請け企業の社員、外国人、期間工、パートなどトヨタ関連会社で働く者はすべて加入できる間口の広い組合)が結成された話題が一部のジャーナリズムで紹介されていたことを覚えている人も多いと思う。

     いつか、紹介してみたいと思っている。

     小文では、残念ながら外す。

     

    ある大企業での実践――石川島播磨とトヨタ自動車(関連企業)の事例

     

     ここでは本章の目的である日本の民間大企業内の協調主義的労使関係の実態を検証するために、二つの代表的な大企業内での異議申し立て活動を行っていた企業内反対派の左派グループの活動事例の考察をする。

    1)石川島播磨(IHI)の事例

     まず取り扱うのは造船重機産業である。現在こそ斜陽化・衰退がいわれるが、高度経済成長を通して造船重機産業は日本資本主義の基幹産業であった。全造船(全日本造船機械労働組合)は、その造船重機産業の産業別組織であった。自動車や電機や鉄鋼などのIMF・JC(国際金属労連日本協議会)に参加する産別組織の多くは、資本・経営と協調派による時間をかけた「活動」によって労働組合執行部から左派グループ放逐に成功した。だが造船職場の多くは、一九六○年代半ばから一九七○年代にかけてまだ「全造船」(中立労連加盟当時)が労働基本権(とりわけスト権など)を行使し、それなりの組織力・戦闘力を有していた。それに対して造船職場の会社派グループの多くは「全造船」を脱退、「造船重機」(同盟加盟当時)に加入という戦術をとった。ただ三菱重工長崎造船所の場合は全造船が少数派になってもその旗を守って闘ったことで知られる事例だが、ほとんどの造船職場では一九七○年頃には会社の意向を受けた協調派が指導権を確立していた。それに至るには、会社派労組幹部による企業内での左派放逐のためのありとあらゆる「策動」が行われてきたのはいうまでもない。この点にこの点については金杉秀信(二〇一〇)に詳しい。

     IHIの企業内では一九七〇年当時、少数派になったとはいえ、全造船脱退、造船重機加入方針反対の左派グループを支持する労働者群がまだ存在した。だが三菱重工長崎造船所とは対応が異った。そのとき、IHIの企業内の左派活動家グループは、①全造船の旗を守り、造船重機には参加しない立場と、②全造船脱退は不本意であるが、機関決定に従って造船重機に参加してその中で闘うべきだとする立場とに分かれた。前者は、一万人を超える企業内でも圧倒的な少数派組合として数十名で孤軍奮闘し、全造船分会の旗の下、団体交渉を継続して、退職した後でも、団交権を確保して退職者の利益を守ってきた。一方後者は、組合員投票結果に従って造船重機に合流して自らの主張を貫くこととした。当時の後者のグループはまだ三桁の組織を維持し、困難でも闘うことが仲間内では確認されていた。

    ところが後者のグループを待ち受けていたのは、企業内での配置転換、昇進、昇給、賃金などでの様々な差別であり、活動そのものを困難にさせていった。職場内での活動も、活動家の仲間同士が分断され、一般労働者との対話すらままならず、仲間はずれにされ消耗していった。彼らは時期的にはかなり後になってから「石川島播磨思想差別裁判」に原告として訴訟を起こした。この裁判闘争では二○○○年に提訴、二○○四年にやっと勝利和解を勝ち取っているが、そのとき彼らの多くはすでに現役をリタイア、もしくは定年直前であった。その担い手の一部が、退職後に「重工業労組」を結成しているが、退職前後になってやっと新労組結成に至った経緯・理由については、多くは語られてはいない。彼らの中には協調主義的な労働組合内部での闘いのあり方や多数派をめざすという大義名分への懐疑や葛藤があったことは確かであろう。

     歴史に「もし」は使うべきではないが、当時この活動家集団と全造船に残った集団とは「学校」系列は違ったが、共に全造船の旗を守る側にたっていたなら、資本・経営からの攻撃にさらされても違った展開になったであろう。少なくとも全造船の旗を守った三菱重工長崎造船所並みの異議申し立てと抵抗を行い、陣地を死守することが出来たであろう。組織を割ったのは、右派・会社派のグループであり、大義名分は少数派にあった。だがこの企業に限らず、大企業内の左派活動家の多くは、職場の主要なポジションからはずされ、昇級・昇進でも不当な扱いを受け、孤軍奮闘はするものの、労働組合組織や職場内に影響をあたえることなく定年を迎え、大企業職場から去って行った。IHIの事例に日本の民間大企業職場の左派活動家の一つの軌跡を見いだすことができる。

     

     さて、桜井さんは、「一企業一組合」論だけでなく「複数主義も認知されるべき」だとして、この運動が進まないのは、「勇気・確信の欠如、政治的方針の影響」からとしている。

     

     本書全体を紹介できないが、ぜひ読んでほしい。残念ながらWEB上には書評が出ていないので、「現代労働組合研究会のページ」にはUPできない。

    「現役の労働運動家」の人たちには、「脱○○○○主義」で奮闘してほしい。

     

     編集子は「日本国憲法にもとづく労働組合宣言」のみが、青年・非正規労働者・女性労働者・「奈落の貧困老人へ突き進んでいる中高年労働者」へ勇気を与えると確信している。

     

     

     

     

    2016年5月31日 (火)

    『あたりまえの労働組合へ』(全造船石川島分会・佐藤芳夫著)が書いていたこと

      ▽追記(2116.11.01)

     全造船機械の加盟ナショナルセンターは連合。全造船機械の組織状況は厳しく、組織形態を造船以外の労働者も加盟できる合同労組とするも、なおも組織状況は厳しい状態が続き2015年9月4日から翌日にかけて開催された大会で組織の解散を決定、翌年9月9日に開催された84回大会において解散したWikipedia より)。



    (追記)造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、労働法律旬報(1186)、1988―2―25


      ▽ここより本文。

     1970年代初頭、まだ総評が元気で国民春闘に向かって突き進んでいた時代、1冊の労働組合関係書が出版され、注目された。

     

     タイトルは、『あたりまえの労働組合へ』(19734月)。

     著者は佐藤芳夫。

     

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     本の奥付では、以下のように略歴が出ていた。

    1928年 東京都浅草に生れる

    1948年 石川島播磨重工に管理工として入社

    1951年 中央大学専門部経済学科(二部)卒業

    1952年~全造船機械労組石川島分会の執行委員、三役などに専従活動のはか,石播重工労連中央執行委員長、全造船機械労組中央執行委員長、中立労連議長など歴任

    19713月 職場復帰

    現 在 全造船機械労組石川島分会委員長

     

     編集子はある労働雑誌の編集者になったばかりのころで、この業界でも有力な『月刊労働問題』がまだ出ていたころだったが、当時でも数少ない労働組合運動の関係書だった。

     それも亜紀書房という名前の出版社で、「ドキュメント東大闘争」として1969年に『砦の上にわれらの世界を』を刊行した出版社だった。

    http://www.akishobo.com/company/

     

     その前後、同社から<藤田若雄・清水一編>で、5冊の「労働問題シリーズ」と銘打って以下のような出版もされた。

     既成革新からの離脱』(1970年)

    総評のゆくえ』(1970年)

    『新左翼の労働組合論』(1971

    『続 新左翼の労働組合論』(1974年)

    『労働運動の合法的領域』(1972

     

     

     さて『あたりまえの労働組合へ』は、資本による全造船石川島分会の解体攻撃とのたたかいを描いた本だった。

    著者の佐藤さんは、経歴によると「全造船機械労組中央執行委員長、中立労連議長などを歴任」した「単産委員長」を担った人だ。

    そのひとがなぜ? という疑問から、本を読み始めた。

    なぜ出版したのか、その目的は(まえがき、あとがき、目次)、以下のページに収録してある。

     

      《それぞれの労働組合運動史・論Ⅰ のページ》

     

     1960年代の三菱長崎造船、横浜造船、それにひきつづく資本・同盟の解体攻撃への怒りはもとより、「石川島共産党のもぐり込み戦略」を許せなかった、その点を当時(後世)の活動家諸氏に伝えたかったようだ。

     編集子も東京争議団関連の集まりで、全造船横浜分会のSさんから話を聞いたことがあるが、「石川島」関係者が争議団運動レベルで活動し始めたのは1980年代後半だったと思う。編集子が別の分野の雑誌・単行本編集に代わったあとであった。

     どのような総括を行っているのか、文書になっていないので、外部の人間としては不明だ。

      

    木下武男さんは『格差社会にいどむユニオン――21世紀労働運動論原論』(花伝社、2007920日)で以下のように、その意味を書いている。

     

    http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120112yunionsyopu.htm

     

     

     

    全造船の調査部長を務めたことがある小川善作は、労働運動「第二期」に続発した労働組合の分裂・脱退問題を、全造船と造船総連との関係で体験した。一九七〇年、石川島播磨分会で全造船からの脱退問題が起きた。「脱退賛成七五〇〇、反対二九〇〇という結果で全造船脱退が決まった」。全造船は、脱退に反対してきた「全造船を守る会」の組合員に対して、「分会組織の維持指令」を出したが、分会に残ったのは三〇名ほどであった。「左派と言われた人たちが、この脱退をあるがままに承認して、全造船と袂を分かっていくという経過」をとった。これこそが、企業別組合の主導権を階級的民主的潮流なるものがいつの日か握るだろうという「展望」のもとでの悲劇的な典型事例であった。小川善作はその後、「いずれ職場の多数派になるといっても、それは百年河清をまつに等しい」(小川善作「造船産業における少数派運動」「労働法律旬報」1988225日号)と語った。

     

    (注)造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、労働法律旬報(1186)、1988225

     

     

     1980年代初頭、「インフォーマル組織へ対抗する人たち」に関して、大企業職場の労働状況を取材したくても、民間大企業職場に「社会党系の人物はいなくなり」、「○○○委員会という共産党の看板を掲げていた集団」への取材は、ほとんど不可能だった。

     

     佐藤さんは「続編」として、「(「人間としての尊厳をもとめて――『小沢一郎の暗躍を支える連合』、第1部 佐藤芳夫稿 第2部 対談:中野洋、社会批評社」、199312月)を書いている。

     その奥付の肩書は、「現在 全国労組交流センター代表運営委員」となっている。

     本書の第2部は「動労千葉委員長の中野洋さん(当時)」との対談だ。その〈はじめにと目次〉も上記ページにUPした。

      佐藤芳夫さんは、20061125日にお亡くなりになっている。

     

     全造船石川島分会は今でも旗を守っている[大会写真、企業在籍はいませんがOBで全造船の旗を守っています(石川島分会)より〕

     136-0071
    東京都江東区亀戸7-8-9
    松甚ビル2階江東労組連・ユニオン事務所内
    TEL(03)3638-3366
     FAX(03)5626-2423

     http://www.zenzosenkikai.jp/Bunkai/Tobu/T-Chihon.html#ihi

     



     なぜ労働組合運動をやろうとする人たちが生まれてこないのか。

     大企業の職場における労働組合運動は不可能なのか?

     「もぐり込み戦略」を指揮した人物は、もういない。

     指揮された人たちは今、どのように思っているのか。

     

     大昔、労働法の先達から「個の確立」こそが、日本の労働者の運命を決めるときざみこまれた編集子は、その時反発したが、そうだったのかと、思わざるを得ない。


      ▽追記(2016.07.10):『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論は続く。

     

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-7f4c.html

     

     

     

    2016年2月17日 (水)

    図説で見る:GDPも実質賃金も下げるアベノミクス

    Twitterは大変便利なものだ。毎日のように発信されている図版に、今の世の中が映し出されている。

    以下、最近発信されているものを、フォローしてみた。

     

    そのなかでも重要なものとして実質賃金、GDP成長率、消費支出などの低下を告げる人々の怨嗟の指摘がある。

    比例して非正規労働者は増え、大独占企業は毎年経常利益を大幅に伸長させている。

     

    「GDPはマイナス」なのに「実体経済は変わらず良好」とテロップを流す、「大本営発表型NHK」は、市民の側に立っていないと断言せざるを得ない。

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    昔(1970年代から1980年代)、各単産(国労、私鉄総連、全電通、合化労連、紙パ労連など)の調査マンを中心に図版で読み解く『春闘ハンドブック』(A5判80ページ、ブックレット)という春闘向け企画が毎年行われたが、今こそ重要になっているのではないか。

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    企業内組合幹部として「海外大使館付きの労働官僚出身者」が連合TOPの幹部になっている今だが、足元の労働者の経済実態から出発する、ニューリーダーが出ることを期待せざるを得ない。


     ▽今の連合会長 

      神津里季生

     1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。日本鉄鋼産業労働組合連合特別本部員在任中の19904月より3年間在タイ大使館派遣。1998年、新日本製鐵労働組合連合会書記長に就任。2002年、同会長。

     2006年、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)事務局長に就任。2010年、同中央執行委員長。2013年、日本労働組合総連合会(連合)に就任。

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