無料ブログはココログ

大企業・総評型労働組合はどうなったのか

2017年8月 7日 (月)

大企業・総評型労働組合はどうなったのか

 

追記(2017.09.09

 連合、残る「同盟VS総評」 民進とも足並みそろわず、「日本経済新聞」(2017/9/1付)

  https://www.nikkei.com/article/DGKKZO20637800R00C17A9EAC000/

 170905rengo

 

 上記の図版をめぐって、facebookでの要 宏輝さん、早川 行雄さん、谷川 眞さん、服部 一郎さん、Tarou Oohasiさんのやり取りが面白い。転載したいが、著作権があるので下記のページに。

https://www.facebook.com/hiroaki.kaname/posts/1562513923837446?pnref=story

 

 

  ▽追記(2017.09.09

 要宏輝・「kanameさんのブログ」――総評解体・連合結成、30年目の「真実と現実」(Published by kaname on 7 12th, 2017

 http://kaname.news.coocan.jp/?q=node/172

 

 ▽ここから本文。

 このブログで書いてきた文章を編集して、一挙に読めるようにした。

 若い世代には、「総評」とはなんだったのか、と読んでほしい。

 

 現代労働組合研究会のページ

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/union-top.html

  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-3.htm#daikigyou-zenbun

 

 

 

20111224 ()

 〈連合運動は「社会のバリケード」になれるか〉――現代労働組合研究会(Part 

2012417 ()

 「総評系の元労働オルグ」が書いた本を紹介―現代労働組合研究会HPの更新

12/04/17 

地域共闘・中小運動・コミュニティユニオンのページの御案内

12/04/17 

私たちの労働組合運動史論・あれこれ

20125 9 ()

「国鉄労働者1047人の解雇反対闘争」「芹澤寿良のページ」更新

2012522 ()

「国鉄労働者1047人の解雇反対闘争」における学者・文化人支援のインターネット・時系列的紹介

2012814 ()

建交労雑誌に転載・国鉄労働者解雇撤回闘争――芹澤寿良のページ更新

2013111 ()

芹澤寿良のページをリニューアル――現代労働組合研究会

201211 9 ()

困ったもんだナショナルセンター「連合」――芹澤寿良のページ更新

13/05/30

ある国鉄労働者のメッセージ

ユニオンみえは労働運動の次のステージに向け前進しよう

国鉄労働組合 四日市分会分会長 市川 智

13/05/04

国鉄闘争と労働界再編で学ぶこと

――原題と同じ、元長崎国鉄共闘会議議長・中島義雄(郵政ユニオン長崎)月刊「科学的社会主義」(2012年4月号)

13/03/29

元総評系労働組合リーダーが呼びかける運動継承の文書

20138 7 ()

「内山光雄さんを偲ぶ」を寄贈されて

20141 8 ()

連合大会(2013年)でどんな議論をしているのか――芹澤寿良のページ更新

2014713 ()

産業別単一組織とは(JMIUの経験)

2014713 ()

それぞれの労働組合運動史・論Part

非正規・未組織労働者の組織化と産業別組合の強化―すべての労働者のための労働組合へ―、労働総研クォータリ-No.7677、小林 宏康  (PDF版)

全国金属―JMIUの産業別統一闘争―「日本型産業別組合の可能性」について―、小林宏康 (PDF版)

〔第2部 日本の産業別組合組織――事例研究、労働運動総合研究所 全文〕 (PDF版)

2015720 ()

路面電車を守った労働組合―総評の伝統は消えていない

 

2015913 ()

ユニオン・ショップ、労働組合の選択の自由、連合内「閉じこもり論」、連合内「階級的民主的強化の担い手論」をめぐって

201510 9 ()

長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡

12/12/22 new

少数派労働運動の歴史の御紹介――『少数派労働運動の軌跡――労働の現場に生き続ける人びと』(「少数派労働運動の軌跡」編集委員会編、金羊社、四六判、20079月、1990円)

20162 4 ()

化学産業における労働組合の旗を守った人たち

2016217 ()

図説で見る:GDPも実質賃金も下げるアベノミクス

2016531 ()

『あたりまえの労働組合へ』(全造船石川島分会・佐藤芳夫著)が書いていたこと

2016710 ()

『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論はつづく

 追記(2016.12.01)三菱長崎造船第一組合を描いたドキュメントがある。

 『三菱帝国の神話――巨大企業の現場・労働者群』(今崎暁巳著、労働旬報社、19772月刊)           (PDF復刻版)

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/imazaki/index.htm

  序 章 三菱は国家なり――神話を支える巨大企業の実相と体質

  第1章 人間・職場の破壊――分裂が職場と労働者にもたらしたもの

 第2章 三菱帝国の支配のアミ――ピラミッド支配を支える考え方・組織とその実践

 第3章 人間の働く職場をめざして――不況・合理化下で変わりはじめる職場

 

20161216 ()

『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった

 ◆補論1

 20131023 ()

大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織

 ◆補論2

 造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、『労働法律旬報』(1186号)、1988―2―25

 

 ◆補論3

  それぞれの労働組合運動史・論 1

  •  ●12年04月17日:『地域ユニオン・コラボレーション論 オルグから見た地域共闘とは』(小野寺忠昭著、発行・インパクト出版会 、2003年)
    パラマウント製靴共働社、『協働の未来に光あれ! パラマウント製靴の歩みと労働者生産協同組合へ』(シーアンドシー出版刊、1995年8月、B5判並製、400頁)
    『転形期の日本労働運動――ネオ階級社会と勤勉革命』(東京管理職ユニオン、緑風出版、2003年12月)                                                                                                                                                                                                                              
  •  ●12年04月18日:松井 保彦 著『合同労組運動の検証──その歴史と論理』の書評と紹介
                         1 高須裕彦 大原社会問題研究所雑誌 No.627/2011.1
     2 呉学殊  日本労働研究雑誌、82 No. 609/April 2011
     3 早川征一郎 ((財)日本ILO協会編『世界の労働』2010年8月号、第60巻8号)                                                                                                                                                                                                                                                                     

  • ▽追記(2018.01.22) 

  • 編集子は日本の労働問題・労働運動史は「潮流別にある」という前提で見てはならないという立場にあるので、以下のような事実も紹介してきた。

     

     「企業別組合は日本の『トロイの木馬』」(宮前忠夫著)をめぐって[20171118 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-e777.html

     

     大企業・総評型労働組合はどうなったのか[20178 7 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-5d5d.html

     

     『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった[20161216 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-cb95.html

     

     化学産業における労働組合の旗を守った人たち[20162 4 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html

     

     長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡 [201510 9 ()

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html 

  • 2016年12月16日 (金)

    『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった

    本ブログで化学労働戦線おける労働組合運動の歴史を「化学産業における労働組合の旗を守った人たち」(20162 4 ())として、紹介してきた。

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html



      少なくない人たちが、検索等でアクセスしてきている。

    検索キーワードの一つに「全昭和電工 千葉 山下俊幸」で本ブログに到達した人の「逆検索」でWEB上、登場してきたのが『旬刊社会通信』だった。

    編集子には、未知の情報誌だった。

     http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/mokuji.html

     

    社会主義協会(向坂派)『社会主義』と社会主義協会(太田派)『社会主義』は、出版社時代から資料交換で常に棚に入っていたので、読み続けていたが、本誌は、なかった。編集子は担当したことがなかったが、『日本労働年鑑』(大原社研、労働旬報社)には、参考資料として、(8)社会通信社『旬刊社会通信』がある。

     

    編集・発行人の滝野忠さんが書かれた、文章があるので以下にUPしてみた。

    ■巻頭言■

    「社会通信」の三十九年とこれから

    http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/1227-20161101.pdf

     

    『社会通信』は「社会正義上許すべからざることに筆評を加えることをむねとしたい」「社会のゆくえを曲げて報じて己を利するものを嫌う」との創刊の辞で出発した。創刊は一九七七年十一月一日である。今号(二〇一六年十一月一日付)で満三十九歳通巻一二二七号となった。本誌は今号をもって「紙」誌を閉じ、インターネット時代のホームページへ移行する。「通信」の三十九年は〝サンザンクロウ〟した時代となったけれど、編集子にとっては楽しく豊かな年月であった。向坂逸郎、岩井章、灰原茂雄氏等、戦後日本の社会主義、労働運動の巨人から権勢に媚(こび)偏狭に傾く風潮への批判的精神、さらに社会的正義とは労働者階級の精神的、文化的教養を高め、労働者が自覚して次の新しい社会創造に資する活動であることを、勉強会、日々の生活と会話から学び、己の糧とできた。 

    私は丈夫な身体をもって生まれなかったらしい。母は「子どもの頃は本当に苦労した」とよく語っていた。その私が、編集者、物書きとして不規則、不摂生な四十年余、大きな病もなく「通信」を一つの欠号、遅れもなしに発行できたことは、なによりの喜び、誇り、自慢である。「紙」誌からホームページへの移行を伝えてから、読者からのおたよりに一部掲載したが、「ぼくは創刊以来、私は『進路』の時代からの読者、さびしいけれどホームページでさらに励まして」のおたよりを数多くちょうだいしたことも望外の喜びである。月刊誌は重く大きく深い理論や情勢をとりあつかう、「旬刊誌」は月刊誌、日刊紙との間にあって、大きな問題であれ本質を損ねず簡潔、明快、かつやさしい記述が求められる。こうした読者の要望に寄りそう執筆者、投稿者の努力が私を助けてくださった。

    四十年余、全国を旅した。行ってないのは沖縄だけだ。時代は厳しく揺れ動き、己の世界観、価値観を揺さぶられることも少なくなかった。向坂、岩井、灰原氏が存命時の社会党攻撃(一九七七年~二〇〇三年)、中曽根臨調行革〈一九七九年~一九八七年)、国鉄分割民営化攻撃と国家的不当労働行為による国鉄労働者の首切りと解雇撤回闘争〈一九八三年~二〇一一年)、労働運動再編成(一九七九~一九八七年)、社会党解党と新社会党結成(一九九三年~九六年)等は、三人に指示を仰げばすんだ。困難は増した。一九九〇年を前後した社会主義諸国の崩壊、世界的な反革命の時代の到来である。一人ひとりが己の考え方、世界観を問われた。これら大きな出来事、事件、活動を取材、さらに渦中の労働組合員と目的を共通する活動をつうじ、歴史のダイナミズムを直接体験したこともそうである。これら諸体験の総合として現在の権力(安倍自民党政権)がある。歴史は、権力者はその権力を維持し、己の願望を果たすためには、何でもすることを示す。

    反動政策は、生活の不安定性をいや増し、反動を正そうとする作用を国民の間にもたらさずにはいない。それは『資本論』が説くところである。この立場をさらに鮮明にし、ホームページで継続したい。当面は、『通信』の三十九年をともに考えたい。

    読者諸氏の生活体験とこれからへの活動の投稿をお願いしたい。(滝野忠)

     

    『旬刊社会通信』は、発行(1977111日)以来の誌面をWEB上で読めるようになっている。すごいことだ。

    すべて読むのは大変だが、最初の2年分、途中の年、最近の1年分を読んだ。

    中身も、国労のたたかい、自治労の人、元全逓(いまJP労組の人)、民間企業の労働者など、全国各地からの読者通信など、インターネット上にはなかなか登場してこなかった、人々の実像がある。

    特に「総評・社会党時代」を担った人たちの現在が、少しわかる。


      社会党については、素人だが、1980年代のインフォーマル組織に関して編集していたとき、新潟の日本ステンレスの青年たちから、首都圏の社会党関係の争議指導部を紹介してほしい、と頼まれたことがあるが、「争議は東京地評や本社のある地区労を訪問したら」と答えたのを覚えているが、どうだったのか。

     

    検索のきっかけだった「全昭和電工千葉工場闘争」について、まとめている山下俊幸さんの文章は、次の世代が「職場の労働運動」をつくりだすとき、参考になる経験をまとめている。

    全昭和電工千葉工場闘争と今―すさまじい「合理化」攻撃の中で―

     http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/1217-20160601.pdf

     

    この文章を読んだとき、「下山房雄のページ」にUPした【書評】石河康国著『労農派マルクス主義 ――理論・ひと・歴史』(大原社会問題研究所雑誌) №6422012.4)を思い出したが、少し複眼的に読まないといけないのでは、と思った。

      http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/642/642-06.pdf

     

    ◇発行所=社会通信社発行人=滝野忠

    ホームページ

    http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/

    e-mail: shakaitsuushin@nifty.com

    東京都渋谷区本町6丁目282904 電話・FAX(03)32995367

     

     ▽(追記)編集子は日本の労働問題・労働運動史は「潮流別にある」という前提で見てはならないという立場にあるので、以下のような事実も紹介してきた。

     

     

     

     「企業別組合は日本の『トロイの木馬』」(宮前忠夫著)をめぐって[20171118 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-e777.html 

     

     

     大企業・総評型労働組合はどうなったのか[20178 7 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-5d5d.html 

     

     

     化学産業における労働組合の旗を守った人たち[20162 4 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html 

     

     

    長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡 [201510 9 ()

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html 

     

     

    大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織[20131023 ()

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-d631.html 

     

     

     どこに消えた『サスコミ』グループ――インフォーマル組織物語Ⅸ[20121017 ()] 

      http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-d4b4.html

    2016年7月10日 (日)

    『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論は続く。

     

     ▽追記(2017.04.30)

    「希流」さんのtwitterより。

      全造船関東の結成大会

     https://twitter.com/kiryuno/status/833167858032992257

     

     170430zenzousenkantou_2

     ▽追記(2016.11.01)

       全造船機械の加盟ナショナルセンターは連合。全造船機械の組織状況は厳しく、組織形態を造船以外の労働者も加盟できる合同労組とするも、なおも組織状況は厳しい状態が続き2015年9月4日から翌日にかけて開催された大会で組織の解散を決定、翌年9月9日に開催された84回大会において解散した.。Wikipedia より)

     「社会新報」(2016年9月21日号)で報道。

     http://www5.sdp.or.jp/topics/2016/09/22/%E7%B5%84%E5%90%88%E5%93%A1%E3%81%AE%E4%BB%8A%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AB%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB/

     

     全造船機械労組(全日本造船機械労働組合、永田利治委員長)は9日、都内で開いた結成70周年の第84回定期大会で解散した。全造船の結成は46年9月1日。

     

     大会に引き続いて開いた報告会のあいさつで永田委員長(大会まで)は、第2組合結成・組織分裂攻撃や海運・造船不況を受けた合理化の歴史を振り返り、「全造船機械の歩んできた道程は苦難、苦闘の連続」と述懐。組合員数の減少から中央産別組織としての維持存続は困難との結論に至ったことについて「これ以上先送りできない課題と受け止め、総合的な視点観点に立ち責任ある判断、決断として下した苦渋の選択」と述べ、理解を求めた。その上で、これまでの組合員、先輩組合員、その家族の労苦と共闘関係者の支援に敬意と感謝の意を示し、「今後も組織を存続し運動を継続する各分会に対して変わらぬご指導ご鞭撻(べんたつ)、ご支援ご協力をお願い申し上げる」と述べて、報告を結んだ。

     

     来賓あいさつで社民党の又市征治幹事長は、「全造船の歴史は合理化との闘いの歴史」と述べ、職場の闘いに加えて対政府制度政策闘争、平和と民主主義を守る闘いにも奮闘してきた全造船の歴史に敬意を表明。「70年にわたって闘ってこられたこの歴史に誇りを持って、これからのさまざまな社会における取り組みにご参加をいただきたい」と述べ、組合員の今後の取り組みにエールを送った。

     



    (追記)
    造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、『労働法律旬報』(1186号)、1988―2―25

     

      ▽追記(2016.12.01)三菱長崎造船第一組合を描いたドキュメントがある。

     

      『三菱帝国の神話――巨大企業の現場・労働者群』(今崎暁巳著、労働旬報社、19772月刊)           (PDF復刻版)

     

       http://e-kyodo.sakura.ne.jp/imazaki/index.htm

     

     序 章 三菱は国家なり――神話を支える巨大企業の実相と体質 

      第1章 人間・職場の破壊――分裂が職場と労働者にもたらしたもの 

      第2章 三菱帝国の支配のアミ――ピラミッド支配を支える考え方・組織とその実践 

      第3章 人間の働く職場をめざして――不況・合理化下で変わりはじめる職場

     

     

     

      ▽本ブログで紹介:長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡

     

        http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-3925.html

     

     

     ▽ここより本文。

      前回の小論[『あたりまえの労働組合へ』(佐藤芳夫著)が書いていたこと]がある人の「twitter」で紹介さて、200近いアクセスがカウントされた。

     若い世代の中でも関心を持つ人もいるのがわかった。

     

     そのうえで先日、知人から、全造船石川島の事例から「大企業における一企業一組合」を論じている本を紹介された。

     その本は中村浩爾・寺間誠治編『労働運動の新たな地平』(かもがわ出版2015813日)で、その《第Ⅱ部 各論――労働現場の諸相 日本的労使関係と大企業の労働組合――「ユニオンショップ」制と少数派組合の事例から 桜井 善行 》だ。

     160710roudouundouno_2

    1 戦後日本の労働組合運動と組織の概観 

    2 ある大企業での実践―石川島播磨とトヨタ自動車(関連企業)の事例

    3  「一企業一組合論」の検証

     著者は、桜井善行(さくらい・よしゆき)さん。

     名古屋市立大学大学院経済学研究科研究員。企業社会・格差社会・企業福祉論。愛知労働問題研究所事務局長。主な著書に『逆流する日本資本主義とトヨタ』(税務経理協会、2014年、共著)など。

     

     桜井さんは、潜り込んでいった左派活動家の人たちの姿を「協調主義的な労働組合内部での闘いのあり方や多数派をめざすという大義名分への懐疑や葛藤があったことは確かであろう」としているが、「大企業内の左派活動家の多くは、職場の主要なポジションからはずされ、昇級・昇進でも不当な扱いを受け、孤軍奮闘はするものの、労働組合組織や職場内に影響をあたえることなく定年を迎え、大企業職場から去って行った。IHIの事例に日本の民間大企業職場の左派活動家の一つの軌跡を見いだすことができる」としている。

     
      次に「(2)トヨタ自動車・関連企業の事例」を書いている。


     
    これは、2006122日に「全トヨタ労働組合(ATU)」(既存の御用組合・トヨタ自動車労働組合とは違い、正社員、下請け、孫請け企業の社員、外国人、期間工、パートなどトヨタ関連会社で働く者はすべて加入できる間口の広い組合)が結成された話題が一部のジャーナリズムで紹介されていたことを覚えている人も多いと思う。

     いつか、紹介してみたいと思っている。

     小文では、残念ながら外す。

     

    ある大企業での実践――石川島播磨とトヨタ自動車(関連企業)の事例

     

     ここでは本章の目的である日本の民間大企業内の協調主義的労使関係の実態を検証するために、二つの代表的な大企業内での異議申し立て活動を行っていた企業内反対派の左派グループの活動事例の考察をする。

    1)石川島播磨(IHI)の事例

     まず取り扱うのは造船重機産業である。現在こそ斜陽化・衰退がいわれるが、高度経済成長を通して造船重機産業は日本資本主義の基幹産業であった。全造船(全日本造船機械労働組合)は、その造船重機産業の産業別組織であった。自動車や電機や鉄鋼などのIMF・JC(国際金属労連日本協議会)に参加する産別組織の多くは、資本・経営と協調派による時間をかけた「活動」によって労働組合執行部から左派グループ放逐に成功した。だが造船職場の多くは、一九六○年代半ばから一九七○年代にかけてまだ「全造船」(中立労連加盟当時)が労働基本権(とりわけスト権など)を行使し、それなりの組織力・戦闘力を有していた。それに対して造船職場の会社派グループの多くは「全造船」を脱退、「造船重機」(同盟加盟当時)に加入という戦術をとった。ただ三菱重工長崎造船所の場合は全造船が少数派になってもその旗を守って闘ったことで知られる事例だが、ほとんどの造船職場では一九七○年頃には会社の意向を受けた協調派が指導権を確立していた。それに至るには、会社派労組幹部による企業内での左派放逐のためのありとあらゆる「策動」が行われてきたのはいうまでもない。この点にこの点については金杉秀信(二〇一〇)に詳しい。

     IHIの企業内では一九七〇年当時、少数派になったとはいえ、全造船脱退、造船重機加入方針反対の左派グループを支持する労働者群がまだ存在した。だが三菱重工長崎造船所とは対応が異った。そのとき、IHIの企業内の左派活動家グループは、①全造船の旗を守り、造船重機には参加しない立場と、②全造船脱退は不本意であるが、機関決定に従って造船重機に参加してその中で闘うべきだとする立場とに分かれた。前者は、一万人を超える企業内でも圧倒的な少数派組合として数十名で孤軍奮闘し、全造船分会の旗の下、団体交渉を継続して、退職した後でも、団交権を確保して退職者の利益を守ってきた。一方後者は、組合員投票結果に従って造船重機に合流して自らの主張を貫くこととした。当時の後者のグループはまだ三桁の組織を維持し、困難でも闘うことが仲間内では確認されていた。

    ところが後者のグループを待ち受けていたのは、企業内での配置転換、昇進、昇給、賃金などでの様々な差別であり、活動そのものを困難にさせていった。職場内での活動も、活動家の仲間同士が分断され、一般労働者との対話すらままならず、仲間はずれにされ消耗していった。彼らは時期的にはかなり後になってから「石川島播磨思想差別裁判」に原告として訴訟を起こした。この裁判闘争では二○○○年に提訴、二○○四年にやっと勝利和解を勝ち取っているが、そのとき彼らの多くはすでに現役をリタイア、もしくは定年直前であった。その担い手の一部が、退職後に「重工業労組」を結成しているが、退職前後になってやっと新労組結成に至った経緯・理由については、多くは語られてはいない。彼らの中には協調主義的な労働組合内部での闘いのあり方や多数派をめざすという大義名分への懐疑や葛藤があったことは確かであろう。

     歴史に「もし」は使うべきではないが、当時この活動家集団と全造船に残った集団とは「学校」系列は違ったが、共に全造船の旗を守る側にたっていたなら、資本・経営からの攻撃にさらされても違った展開になったであろう。少なくとも全造船の旗を守った三菱重工長崎造船所並みの異議申し立てと抵抗を行い、陣地を死守することが出来たであろう。組織を割ったのは、右派・会社派のグループであり、大義名分は少数派にあった。だがこの企業に限らず、大企業内の左派活動家の多くは、職場の主要なポジションからはずされ、昇級・昇進でも不当な扱いを受け、孤軍奮闘はするものの、労働組合組織や職場内に影響をあたえることなく定年を迎え、大企業職場から去って行った。IHIの事例に日本の民間大企業職場の左派活動家の一つの軌跡を見いだすことができる。

     

     さて、桜井さんは、「一企業一組合」論だけでなく「複数主義も認知されるべき」だとして、この運動が進まないのは、「勇気・確信の欠如、政治的方針の影響」からとしている。

     

     本書全体を紹介できないが、ぜひ読んでほしい。残念ながらWEB上には書評が出ていないので、「現代労働組合研究会のページ」にはUPできない。

    「現役の労働運動家」の人たちには、「脱○○○○主義」で奮闘してほしい。

     

     編集子は「日本国憲法にもとづく労働組合宣言」のみが、青年・非正規労働者・女性労働者・「奈落の貧困老人へ突き進んでいる中高年労働者」へ勇気を与えると確信している。

     

     

     

     

    2016年5月31日 (火)

    『あたりまえの労働組合へ』(全造船石川島分会・佐藤芳夫著)が書いていたこと

      ▽追記(2116.11.01)

     全造船機械の加盟ナショナルセンターは連合。全造船機械の組織状況は厳しく、組織形態を造船以外の労働者も加盟できる合同労組とするも、なおも組織状況は厳しい状態が続き2015年9月4日から翌日にかけて開催された大会で組織の解散を決定、翌年9月9日に開催された84回大会において解散したWikipedia より)。



    (追記)造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、労働法律旬報(1186)、1988―2―25


      ▽ここより本文。

     1970年代初頭、まだ総評が元気で国民春闘に向かって突き進んでいた時代、1冊の労働組合関係書が出版され、注目された。

     

     タイトルは、『あたりまえの労働組合へ』(19734月)。

     著者は佐藤芳夫。

     

     160528satou1


     本の奥付では、以下のように略歴が出ていた。

    1928年 東京都浅草に生れる

    1948年 石川島播磨重工に管理工として入社

    1951年 中央大学専門部経済学科(二部)卒業

    1952年~全造船機械労組石川島分会の執行委員、三役などに専従活動のはか,石播重工労連中央執行委員長、全造船機械労組中央執行委員長、中立労連議長など歴任

    19713月 職場復帰

    現 在 全造船機械労組石川島分会委員長

     

     編集子はある労働雑誌の編集者になったばかりのころで、この業界でも有力な『月刊労働問題』がまだ出ていたころだったが、当時でも数少ない労働組合運動の関係書だった。

     それも亜紀書房という名前の出版社で、「ドキュメント東大闘争」として1969年に『砦の上にわれらの世界を』を刊行した出版社だった。

    http://www.akishobo.com/company/

     

     その前後、同社から<藤田若雄・清水一編>で、5冊の「労働問題シリーズ」と銘打って以下のような出版もされた。

     既成革新からの離脱』(1970年)

    総評のゆくえ』(1970年)

    『新左翼の労働組合論』(1971

    『続 新左翼の労働組合論』(1974年)

    『労働運動の合法的領域』(1972

     

     

     さて『あたりまえの労働組合へ』は、資本による全造船石川島分会の解体攻撃とのたたかいを描いた本だった。

    著者の佐藤さんは、経歴によると「全造船機械労組中央執行委員長、中立労連議長などを歴任」した「単産委員長」を担った人だ。

    そのひとがなぜ? という疑問から、本を読み始めた。

    なぜ出版したのか、その目的は(まえがき、あとがき、目次)、以下のページに収録してある。

     

      《それぞれの労働組合運動史・論Ⅰ のページ》

     

     1960年代の三菱長崎造船、横浜造船、それにひきつづく資本・同盟の解体攻撃への怒りはもとより、「石川島共産党のもぐり込み戦略」を許せなかった、その点を当時(後世)の活動家諸氏に伝えたかったようだ。

     編集子も東京争議団関連の集まりで、全造船横浜分会のSさんから話を聞いたことがあるが、「石川島」関係者が争議団運動レベルで活動し始めたのは1980年代後半だったと思う。編集子が別の分野の雑誌・単行本編集に代わったあとであった。

     どのような総括を行っているのか、文書になっていないので、外部の人間としては不明だ。

      

    木下武男さんは『格差社会にいどむユニオン――21世紀労働運動論原論』(花伝社、2007920日)で以下のように、その意味を書いている。

     

    http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120112yunionsyopu.htm

     

     

     

    全造船の調査部長を務めたことがある小川善作は、労働運動「第二期」に続発した労働組合の分裂・脱退問題を、全造船と造船総連との関係で体験した。一九七〇年、石川島播磨分会で全造船からの脱退問題が起きた。「脱退賛成七五〇〇、反対二九〇〇という結果で全造船脱退が決まった」。全造船は、脱退に反対してきた「全造船を守る会」の組合員に対して、「分会組織の維持指令」を出したが、分会に残ったのは三〇名ほどであった。「左派と言われた人たちが、この脱退をあるがままに承認して、全造船と袂を分かっていくという経過」をとった。これこそが、企業別組合の主導権を階級的民主的潮流なるものがいつの日か握るだろうという「展望」のもとでの悲劇的な典型事例であった。小川善作はその後、「いずれ職場の多数派になるといっても、それは百年河清をまつに等しい」(小川善作「造船産業における少数派運動」「労働法律旬報」1988225日号)と語った。

     

    (注)造船産業における少数派運動、造船問題研究家・小川善作、労働法律旬報(1186)、1988225

     

     

     1980年代初頭、「インフォーマル組織へ対抗する人たち」に関して、大企業職場の労働状況を取材したくても、民間大企業職場に「社会党系の人物はいなくなり」、「○○○委員会という共産党の看板を掲げていた集団」への取材は、ほとんど不可能だった。

     

     佐藤さんは「続編」として、「(「人間としての尊厳をもとめて――『小沢一郎の暗躍を支える連合』、第1部 佐藤芳夫稿 第2部 対談:中野洋、社会批評社」、199312月)を書いている。

     その奥付の肩書は、「現在 全国労組交流センター代表運営委員」となっている。

     本書の第2部は「動労千葉委員長の中野洋さん(当時)」との対談だ。その〈はじめにと目次〉も上記ページにUPした。

      佐藤芳夫さんは、20061125日にお亡くなりになっている。

     

     全造船石川島分会は今でも旗を守っている[大会写真、企業在籍はいませんがOBで全造船の旗を守っています(石川島分会)より〕

     136-0071
    東京都江東区亀戸7-8-9
    松甚ビル2階江東労組連・ユニオン事務所内
    TEL(03)3638-3366
     FAX(03)5626-2423

     http://www.zenzosenkikai.jp/Bunkai/Tobu/T-Chihon.html#ihi

     



     なぜ労働組合運動をやろうとする人たちが生まれてこないのか。

     大企業の職場における労働組合運動は不可能なのか?

     「もぐり込み戦略」を指揮した人物は、もういない。

     指揮された人たちは今、どのように思っているのか。

     

     大昔、労働法の先達から「個の確立」こそが、日本の労働者の運命を決めるときざみこまれた編集子は、その時反発したが、そうだったのかと、思わざるを得ない。


      ▽追記(2016.07.10):『あたりまえの労働組合へ』・全造船石川島――議論は続く。

     

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-7f4c.html

     

     

     

    2016年2月17日 (水)

    図説で見る:GDPも実質賃金も下げるアベノミクス

    Twitterは大変便利なものだ。毎日のように発信されている図版に、今の世の中が映し出されている。

    以下、最近発信されているものを、フォローしてみた。

     

    そのなかでも重要なものとして実質賃金、GDP成長率、消費支出などの低下を告げる人々の怨嗟の指摘がある。

    比例して非正規労働者は増え、大独占企業は毎年経常利益を大幅に伸長させている。

     

    「GDPはマイナス」なのに「実体経済は変わらず良好」とテロップを流す、「大本営発表型NHK」は、市民の側に立っていないと断言せざるを得ない。

    160217nhk

     

    昔(1970年代から1980年代)、各単産(国労、私鉄総連、全電通、合化労連、紙パ労連など)の調査マンを中心に図版で読み解く『春闘ハンドブック』(A5判80ページ、ブックレット)という春闘向け企画が毎年行われたが、今こそ重要になっているのではないか。

    160217syuntou

     

    企業内組合幹部として「海外大使館付きの労働官僚出身者」が連合TOPの幹部になっている今だが、足元の労働者の経済実態から出発する、ニューリーダーが出ることを期待せざるを得ない。


     ▽今の連合会長 

      神津里季生

     1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。日本鉄鋼産業労働組合連合特別本部員在任中の19904月より3年間在タイ大使館派遣。1998年、新日本製鐵労働組合連合会書記長に就任。2002年、同会長。

     2006年、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)事務局長に就任。2010年、同中央執行委員長。2013年、日本労働組合総連合会(連合)に就任。

    160220kodomonohinkon

    160219kourousyou

    160216abenomikusu_2

    160217syouhisisyutu

     

    160215gdp


    160216gdp

     160219yusyutuhin

     

    160214gdp

    160208jissitu2

    160208jissitu

     

    160207hinnkon

     160211jinnkou

     

    160126tyotiku

    160125syakiahujyo

     160219jinzaihaken

     

    2016年2月 4日 (木)

    化学産業における労働組合の旗を守った人たち

     昨年末に読んだ本だが、1970年代から「化学産業複数組合連絡会議」として組合分裂・複数組合・少数派運動として継続して「化学産業における労働組合の旗を守った人たち」がいたことを知った。

     『組合潰しと闘いぬいた労働者たち――化学産業複数組合連絡会議30年の軌跡』(編著者・化学産業複数組合連絡会議、2010213日発行、株式会社アットワークス

     160204kagaku1


      会議の発足が19782月で「合化労連複数組合連絡会議」として発足したと書かれている。

     

     総評・全金労組や全造船のたたかいは、身近に起こっていたので、熟知していたし、金属反合闘争委員会の人たちと一緒に『ねらわれた組合――インフォーマル組織とどう闘うか』(金属反合闘争委員会編・発行、198371日、初版1万部)を編集・制作したことや、「金属労働戦線におけるインフォーマル組織――[原題:「ねらわれた組合」からの脱出――インフォーマル組織とたたかう](大木兼次郎・金属機械反合インフォーマル対策委員会、賃金と社会保障 879 1983-12-10)を書いてもらったことがあった。

     

     本書は合化労連という「総評・太田薫議長」という大看板を支えて産別組織内(一部は加盟していなかったか?)に属していた以下のような組合の闘争史をまとめたもの。

     

    ▼闘いの軌跡
    化学産業複数組合連絡会議の歴史 化学労働運動のほんりゆう

    宇部窒素労働組合        春闘の先頭を駆けた闘い
    新日本窒素労働組合       安定賃金反対闘争を経て、水俣病と闘い、差別是正
    旭化成守山労働組合       労働運動と社会運動 公害闘争と労災闘争の取り組み
    昭和電工秩父労働組合      伝統にこだわらず、新規事業で雇用確保 
    昭和電工東長原労働組合     連合会から除名、主体的な運動を模索
    東洋高圧労働組合        組合分裂から組織統一を果たす
    川崎化成労働組合        コンビナートで首切りと闘い、職場復帰後に安全闘争
    全セキスイ労働組合       少数派組合への差別をはね返し、労働条件向上の道を切り開く
    東洋シリコン労働組合      企業再篇の嵐のなかで再統一
    昭和電極労働組合        じん肺、職業性ガンの労災認定から集団訴訟の先がけ

    日本板硝子共闘労働組合     非正規労働者との連帯
    豊年製油労働組合        丸抱え御用化に抗して、ユニオンショップ解雇との闘い 
    二チバン労働組合        2本立て労働条件を許さず、法廷闘争と実力闘争で勝利
    内山工業労働組合        自動車会社の間接介入、5名解雇と闘い、今なお不当攻撃と闘争中 
    大鵬薬品工業労働組合      薬害を未然に防ぐ
    大塚製薬労働組合        業務譲渡リストラとの闘い

     

     まえがきで(30周年記念誌刊行の狙いと読者への期待 化学産業複数組合連絡会議議長 末吉 幸雄)、定年を迎えた「闘士」がつづき、その組織自体の維持ができなくなったことも次のように書く。



     「●企業内組合の弱点

     複数組合会議の各組合は、戦後の労働組合運動でトップレベルの成果と運動を作り上げてきた。しかし新たな組合員の獲得が困難となり、組合員の多くが定年退職して戦力を低下させた。一度、労働組合が分裂すれば、多くの労働者は会社ににらまれるのを避け、会社が支配する第二組合に閉じ込められる。

     労働組合の運動は本来、未加入の労働者に働きかけ、組合員を拡大して、会社との交渉力を高めていくものである。しかし、戦後の日本の労働組合はこの苦労をしないで、会社が採用した社員をそのまま組合員としてきた。組合員意識の向上、組合民主主義の徹底、資本からの独立を常に心がけていれば、企業内組合の弱点を補強していけるが、多くの労働組合でここを会社に突かれた。」

     

     しかし今も少数派として持続して、「人生をかけた闘いの主人公」として誇りを持って生きている労働者の姿がある。

     敬意をこめて「次の世代」に読んでほしく紹介したい。

     

     下記のページに、「まえがき・30周年記念誌刊行の狙いと読者への期待 化学産業複数組合連絡会議議長 末吉 幸雄」の文章と「総目次」が読めるようにした。

     

     「それぞれの労働組合運動史・論 1」のページ

      高度成長期以降の労働組合運動 Ⅰ――1960年代から2000年代の労働組合運動をになった世代[大企業組合の現状を知るための情報―4]

     

     青木慧さんの以下のルポを紹介してきたが、化学産業労働者の側から書かれた「日本労働組合つぶしの実態」を書いたものだ。


     
    青木慧さんの『ニッポン丸はどこへ行く』――インフォーマル組織物語
    『ニッポン丸はどこへ行く』が解明したこと――インフォーマル組織物語-2

    青木慧さんの『ユニオンジャック』を読んだ人。

    2015年10月 9日 (金)

    長崎造船社研・左翼少数派労働運動の軌跡

     以前、編集子は「左翼少数派労働運動」の歴史の一端を、サイトで紹介してきた。

     

     20121222日:少数派労働運動の歴史の御紹介、《下田平裕身(信州大学)「<書き散らかされたもの>が描く軌跡 : <個>と<社会>をつなぐ不確かな環を求めて : <調査>という営みにこだわって 」 「氏原教室」あるいは「東大社研グループ」からのはぐれもの下田平裕身氏の回顧録。いろいろな意味で大変に貴重な証言である。》

      『少数派労働運動の軌跡――労働の現場に生き続ける人びと』(「少数派労働運動の軌跡」編集委員会編、金羊社、四六判、20079月、1990円)

     

    それぞれの労働組合運動史・論

     http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120225roudoukumiaiundousi.htm

     

     残念ながら労働組合運動の後退の中で、「左翼少数派労働運動」の代表的存在の一つであった、「長崎造船社研」についてキーワード検索する(Yahooで)と、三一書房から発刊された3冊の本が紹介されるだけだ。

     

     『新左翼労働運動10年 Ⅰ――三菱長崎造船社研の闘争』(三菱長崎造船社研・藤田若雄ほか著、三一書房、1970731日)、『新左翼労働運動10年 Ⅱ――三菱長崎造船社研の闘争』(三菱長崎造船社研・藤田若雄ほか著、三一書房、19701015日)、『左翼少数派労働運動――第三組合の旗をかかげて』(三菱長崎造船社研社会主義研究会著、三一書房、1973131日)

     

     検索したのは、ブログ:『名古屋発―私の日録“郷蔵21” 「長崎連帯長船労組の解散 一つの時代の終わりを実感する」[20131212 ()]』を偶然、発見したこと。

     

    http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-94f1.html

    20131212 ()

     

     長崎連帯長船労組の解散

     一つの時代の終わりを実感する

     

     封書が1通届いた。手にしてみれば1枚の文書とわかる軽さ、そして差出名を見て胸騒ぎがした。“大先輩で師と仰いできたNさんにもしや・・・

     

     幸いそれは外れたが、趣旨は「全国一般長崎連帯支部三菱長船労組」の「組合解散の挨拶」文だった。

     

     それによれば、三菱重工長崎造船所に在籍する現役組合員が皆無となったので、解散を決議したとあった。たとえ少数組合であっても、在籍する組合員がいれば、団体交渉はもちろん、会社構内での創意と工夫を凝らした組合活動が展開できる。そしてそれがまた長船労組の持ち味だった。

     

     長船労組は、19709月に第1組合(全造船)と決別して、「第3組合」を結成し、「本工・下請け労働者との連帯」更に「市民運動との連携」を求めて、企業の壁を超えた地域労働運動、さらに全国の自立少数派組合、組織内活動家を鼓舞して、闘う労働組合、体制と向き合う労働運動をけん引した。

     

     1986年には、自主・自立の組合から「全国一般長崎連帯支部」に加入して、闘いの領域を広げていった。定年を迎えた組合員は、地域で一労働者、一市民として闘いの伝統を継承していると聞く。長船労組は解散しても、「長崎連帯支部」の一員として活動を続けていくことだろう。

     

     1970年代の「少数派労働運動」と「その後」を語るのは容易ではないが、その流れの中にあったと自覚する私は、この地域にあって1980年代~1990年代半ばにかけて「名古屋労組連」運動として体現した。そして2006年の「全トヨタ労働組合(ATU)」の結成をみて、そこに連綿と続く「少数派労働運動」の系譜を感じ、ATUのサポートに踏み切ったのだった。

     

     昨今の、規制緩和の名のもとで進められる労働法制の改悪は、連合も全労連も全労協も「ゼネスト」をもって対抗するに値する労働者、労働組合の危機的状況ではないかと思うのだが、現実は、グローバルな市場原理に支配され、労働諸条件は、団体交渉、争議(ストライキ)をもって勝ち取るものではなくなってしまっている。企業間、国際間の競争に勝ち抜くことが至上命題になって、労働者の権利、くらし、健康までもが“二次的”に扱われるようになったと言えないか。

     

     それを思うとき、少数派労働運動が跋扈した1970年代の潮流が、あたかも暗渠に消えていくがごとくである。まだまだ私の知らざる戦闘的少数組合が、どこかで奮闘しているのであろうけれども、私の中では「長崎連帯長船労組の解散」は、一つの時代の終わりを実感させるのである。

     

     

    また『労働組合で社会を変える』(石川源嗣著、世界書院、201410月)を読んだからだ。

     

     石川さんの本の「はじめに」では、この解散をめぐって以下のような発信をしている。

     

    1 「戦闘的労働組合」のゆくえ

     2013年の暮れに全国一般長崎連帯支部と同長船労組の連名で、「組合解散のご挨拶」との文書が送られてきた。

     その内容は概略次の通りであった。

     「当組合は去る124日、臨時大会にて組合解散の決議を行いました。連帯支部は1986620日の組合結成以来27年、長船労組は1970913日の組合結成以来43年に渡って、少数派組合の活動を続け、本工・下請労働者の連帯、市民運動との連携を求めて戦い続けてきましたが、今般、在籍の現役組合貞が皆無となった為、解散を決議いたしました。」

     「労働者・市民を取り巻く環境が厳しさを増している状況下で、このような結論を出さざるを得なくなった事を心苦しく思いますが、今後は組合員一人一人が一労働者一市民としての戦いを続けて参りますので、引き続きご指導ご鞭撻の程お願い申し上げます。」

     三菱長崎造船労働組合といえば、1977年以来の大阪集会(全国労働者討論集会)と雑誌『労働情報』発刊を牽引した労働組合の一つで、全国の闘う労働組合の輝ける星であった。

     当時、長船労組の西村卓司さんが共著者になっている『実践の手引き 労働基準法』(社会評論社19944月)から学んだことは多かった。

     また2000年に最高裁が初判断し、確定した「作業着への着替えも、労働時間」との長船労組提訴の判例は「労働者が始業時刻前及び終業時刻彼の作業服及び保護具の着脱等に要した時間が労働基準法上の労働時間に該当するとされた事例」として、いまでも実際に活用している。私たち以外でもこの判例による恩恵を受けている全国の労働者と労働組合は多いと思う。(中略)

     

     しかし労働組合をとりまく状況は、労働組合の形骸化・空洞化の度合いにおいて当時よりもさらにその深刻さを増している。

     労働組合の危機は構造的である。ちょっとやそっとの弥縫策(一時のがれにとりつくろって間に合わせるための方策)や改善策で再生するものではないことだけははっきりしている。

     長崎連帯支部と長船労組の解散は痛恨の極みであるが、長崎地方と三菱重工長崎造船所で働く労働者との連帯を求める長崎連帯支部と長船労組の闘いが、それを遮断しようとする資本の強固な防壁を突破できなかったことを示すものでもある。結果的には、職場の労働者に労働組合が通用しなかったということを認めざるを得ない。しかしこの現実から目をそらしてはならない。したがって、私たちの課題は、現場の労働者に通用する労働組合運動を職場にどう作っていくのか、ということになる。

     結論としては、労働組合の活路は、組織化と職場闘争の強化に求めるべきである。

     

     

     今は「戦闘的労働組合」と称されているが、高度成長社会のなかで。資本・企業側優位の下で、「左翼少数派」という孤高の旗を掲げて人がいた事実を少しでも伝えたく、サイトでフォローしてみた。

     

     それぞれの労働組合運動史・論

     http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120225roudoukumiaiundousi.htm

     

     上記単行本の柱建てをPDFで、上記のページに見られるようにした。

     内容については、どなたか検証してほしい。

     

     1960年代から1980年代の労働組合運動をになった世代[大企業組合の現状を知るための情報―3

      第1巻――「ある感傷を序にかえて」「編集にあたって」、目次、第2巻――目次、あとがき、第3巻――まえがき、目次、などをPDF版としてUP 。

     

     

     伝統の一つとして、「ブログ:シジフォス」では、その活動の歴史を以下のように残している。

     http://53317837.at.webry.info/201411/article_27.html

     

     “しかし、西村卓司さんを知らない人の方が多いかもしれない。いわゆる新左翼労働運動の世界では誰でも知っているが、個人名はメジャーではない。だが「三菱重工長崎造船所事件最高裁判決」の立役者と聞けば、業界関係者は理解できるはずだ。”(三菱長船の職場闘争があってこその「指揮命令下」判断、 作成日時 : 2014/11/27 07:20

     

    どなたか日本のどこかで、この戦闘的「伝統」をしょってほしい。労働組合運動の担い手は、多様な人たちの参加があってこそ、それぞれの運動が広がる。

    不可能かもしれないが、思想潮流を超えて(これが基本的なスタンス)、戦闘的な、先進的な、いきいきとした労働運動のルネッサンスを次の世代が担ってほしい。

     

     

     

     ▽追記(2016.12.01

     

    歴史の事実を残すために記しておくが、本ブログで紹介してきた故中林賢二郎他著:『ドゴール体制下の労働運動と五月ゼネスト――国家独占資本主義下の政治闘争と経済闘争、フランス総同盟、19685月ゼネストの闘争記録』(中林賢二郎・井出洋・小森良夫・坂本満枝 編訳、労働旬報社、A5判、19693月)で書かれた論文に対して、以下のように批判をしている。

     

     「日本の企業別組合はフランスの産別労組が勝ち取った職場内活動権より前進している」という主旨の批判(『左翼少数派労働運動――第三組合の旗をかかげて』、三一書房、19731月、p391~p394)が書かれている。以下にUPした。

     

     

     

     《それぞれの労働組合運動史 1のページ》

     

     

     

    どのように判断するか、実践家の一員として、考えてほしい。

     

    ▽追記(2018.01.27

    編集子は日本の労働問題・労働運動史は「潮流別にある」という前提で見てはならないという立場にあるので、以下のような事実も紹介してきた。

     

     

     「企業別組合は日本の『トロイの木馬』」(宮前忠夫著)をめぐって[20171118 ()

     

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-e777.html

     

     大企業・総評型労働組合はどうなったのか[20178 7 ()

     

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-5d5d.html

     

     『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった[20161216 ()

     

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-cb95.html

     

     化学産業における労働組合の旗を守った人たち[20162 4 ()

     

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-834d.html

     

     大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織20131023 ()

     

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-d631.html

     

     どこに消えた『サスコミ』グループ――インフォーマル組織物語Ⅸ20121017 ()

     

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-d4b4.html

     

     

    2015年9月13日 (日)

    ユニオン・ショップ、労働組合の選択の自由、連合内「閉じこもり論」、連合内「階級的民主的強化の担い手論」をめぐって

     今から30年前、1980年代の労働組合運動で大きなテーマになったのは、一つは総評解散・連合化という「労働戦線統一」の流れのなかで、戦後、当たり前と思ってきた「企業内組合とユニオン・ショップ制」が労働者を苦しめる役割を持っていたこと。

     2つ目は、労働組合運動のリーダーの思想潮流別に、「連合内閉じこもり」(日本社会党の旧社会主義協会系で自治労、日教組など)と連合内「階級的民主的強化の担い手論(日本共産党の大企業活動家向け)――反動的労働組合のなかでも、労働者大衆の利益のために活動するという不動の原則を堅持し」 (党大会決議案)――が主張されていたこと。

     

     前者は、総評系の人たちが、苦し紛れに「自らは分裂主義者ではない」と叫ばざるを得ない論理批判をしなければならず(ユニオン長崎・中島義雄稿、前史としての全造船石川島分会・佐藤芳夫著『あたりまえの労働組合へ』19734月)、後者の批判者は「労働組合選択の自由」論、「複数労働組合加盟」論を主張せざるを得ない状況だった。

     

    編集子も『ドキュメント日本航空―国民の翼をめざして』(1982年)の編集時には、日本航空第2組合内部に多数の「共産党系活動家」がおり、いつかは第一組合の「小倉執行部系の日本航空労組」に加盟してくるのではないかと思ったことがあるが、そうではなかった。そののち、日本航空職場で働いていた後輩から生々しい「もぐり込み戦略」を取材した経験がある。

     

     1985年に解決した沖電気争議団の「未来を語る会」(名称は別)で、「抑圧して切り捨ててきた沖電気労組とは別に、日本国憲法にもとづいて新しい労働組合を作る権利がある」という発言をしたとき、猛然と「レーニン主義」の論理(上記の「反動的労働組合内部からの階級的強化」論)で批判してきた方は、もうすでに鬼籍に入っている。

     

     さて、連合内加盟労組の平和運動センターの活動について、また勤労者福祉活動などの役割を果たしている人たちがいることも認めるし、すでに国際的には「世界労連の喪失状況」やアメリカ・韓国労働組合運動の活性化なども伝えられている。

     「もぐり込み戦略」をリードした政党幹部もすでに現役ではなくなっている現在、「日本憲法にもとづく労働組合宣言」をつくる人が出てもいいのではないか。

     

     思想潮流別の「労働組合伝導ベルト理論の終焉」こそ、若い世代が担う新型ユニオン・労働組合運動の有効化にとって、最大のポイントだと思う。

     

     

      ユニオン・ショップ、労働組合の選択の自由、連合内「閉じこもり論」、連合内「階級的民主的強化の担い手論」をめぐって

     

     

    20150910日:150905日:(168)書評:河西宏祐著『企業別組合の理論 もうひとつの日本的労使関係』、下山房雄、1990.10、東大・経済学論集56巻3号→河西の企業別少数派組合論の展開を積極的肯定的に評価する。

    20150907日:連合内閉じこもり戦略を貫く理由――「ノート 社会主義協会派『連合運動 20年の検証と労働運動の課題』を読んで」、全国労組交流センター自治体労働者部会事務局、2010/7/25() 午後 2:01

    20150907日:木下武男の「企業別組合」肯定論批判―『格差社会にいどむユニオン――21世紀労働運動論原論』(花伝社、2007920日)

    20150828日:大企業の共産党活動家への文書――経営支部の一部同志たちによる「連合」組合からの脱退と別組合結成の問題について(2000117日、神奈川委員会)

    20140510日:労働組合の併存とユニオンショップ協定の効力――本四海峡バス解雇事件に関連して 本多 淳亮(大阪市立大学名誉教授)

    20140202日:労働組合とユニオンショップ協定――横須賀三浦地域合同労働組合(よこさん合同労組、2013.7.5

    2013年06月20日:「第3節 企業別組合とユニオンの連帯」――日本における 「福祉国家」 と労使関係、中京経営研究 第22巻 第1・2号、165、中京大学 経営学部教授・猿田 正機

    20121228日:企業別組合をどうとらえるか――古くて新しい問題、「わが国労働組合の組織問題」、『現代の労働と生活Ⅲ 労働組合の民主的変革』、深井龍雄(黒川俊雄編、19853月、労働旬報社)

    20120819日:私たちの労働組合運動史論・あれこれ 対抗戦略としての社会的労働運動 ――脇田憲一(労働運動史研究者)、日本的労働組合論――ユニオンショップ協定の問題点――牛丸修(『からむす6号』1996年)

    20120707日:ユニオン・ショップと労働組合――全国一般東京東部労組

    20120707日:郵政労働者ユニオンのめざすもの――ユニオン長崎・中島義雄

    20150910日:郵産労との統一についての私見――200962日、長崎・中島義雄

    20120219日:書評:『ロストユニオンに挑む』(福岡県「弁護士の読書」より、2005914日)

    20120219日:「労働組合選択の自由」を論ずる、「明日へのうた―― 労働運動は社会の米・野菜・肉だ。」、 戸塚章介のブログ

    20120219日:目次:『ロストユニオンに挑む――フランス労働運動から学ぶこと 』(戸塚章介著、共同企画ボォーロ、1680円、200412月)

     

     

     若い世代が愛用する「スマホ向け」ページを作ったので参照してほしい。

     

     現代労働組合研究会のページ・スマホ向け

      http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sp/smartphone.html

     

    2015年7月20日 (月)

    路面電車を守った労働組合―総評の伝統は消えていない

     21世紀に入って「労働組合はなにをやってんだ」という苛立ちをお持ちのシニアの方が多いと思う。

     今回紹介する『路面電車を守った労働組合――私鉄広電支部・小原保行と労働者群像』(河西宏祐著、平原社、定価:2000円+税、20095月)は、少数派組合から多数派、そして統一を実現し、「路面電車を守る闘い」をすすめた「闘いの記録」(昔のわれわれの仕事の名称)である。

     本書の核になる「小原保行」という労働組合リーダーを縦軸に描き出す方法は、読者にとって感情を寄り添う安心感を与えるなど、編集子が若い時教わったドキュメント作家のルポ方法に相似して、とてもうれしい本づくりだ。

    また暦年のリーダー一人ひとりと、多くの組合員の顔が見える「当たり前の労働組合」の取り組みを描いた本書は、総評や私鉄総連(故内山光雄さんを始め)が向かいたかったであろう労働組合運動(実現できなかったといえ、戦後多くの組合活動家が望んだ)が広島で発展的に組織化されている(労使協調の同盟路線ではなく)ことを表現した貴重な実践が描かれている。

    しかもルポライターではなく「労働社会学の研究者の仕事」として、社会に問うていることにも敬服する。

     

     本書について、福岡弁護士会のBOOK紹介では、“労働組合活動の原点とも言うべき大事なことがぎっしり詰まっています”と紹介している。

     「久しぶりです。労働組合って何をするところなのか。労働運動のすすめ方。職場で労働者の権利を守って闘うための工夫。少数派に転落した労働組合が再び多数派に回復する闘いで求められるものは何か。この本には労働組合活動の原点とも言うべき大事なことがぎっしり詰まっています。

     この労働組合は、市内を走る路面電車を存続させ、契約社員を正社員化させたのでした。私鉄広島電鉄支部の物語です。」


     編集子は組合員ではないが(シンパシーを感じている個人)、「全国一般東京東部労組」ニュースレター20097月号に掲載されている、と報じている(「レイバーネット」にUPされている)。

     

      http://www.labornetjp.org/news/2009/1248843586560staff01

     

     広島電鉄の労働組合「少数派から多数派へ」

     

     広島電鉄の労働組合は、今春闘での契約社員全員の完全正社員化実現や路面電車を守る闘いの成功でマスコミでも有名になった。 しかしこの組合(私鉄総連広電支部)の真骨頂は組合分裂攻撃を受けていったん少数派になったが、その後の幾多の闘いと活動によって26年かけて多数派になり、ついには第二組合を吸収合併したところにある。

      東部労組各支部では少数派が多く、日々多数派をめざして闘っているが、広電の闘いは大いに参考になると思う。最近、恰好の本が出版された。河西宏祐著「路面電車を守った労働組合‐私鉄広電支部・小原保行と労働者群像」(平原社20095月発行)である。比較的読みやすくまとめられているのでぜひ直接本を読んでいただきたいが、感心したところを紹介したい。

     

     
     圧倒的少数派からの脱却は、反差別や労基法違反の小さな闘いで成果を積み上げていくこと、人事考課など会社側の査定を排除しできるだけ客観基準を導入すること、「ゼロの闘い」と称して短期決戦でなく数年がかりで要求をかちとること、労働委員会、裁判など「他力」闘争に依存せず、職場闘争、ストライキなど「自力」闘争に依拠すること、闘争の勝利がそのまま組織拡大になるわけでなく独自のオルグ「説得」活動で組合員を獲得することなど、それぞれユニークで粘り強い闘いで達成されていった。

     

     また労働組合の団結力が「学習・集会・行動」「闘争資金」「青年・女性部」「共済」「政治力」にあること、さらに三井三池闘争の敗北の原因が職制労働者の敵視対策にあったとの判断に基づく「敵は最小に、味方は最大に」の職制労働者獲得対策の確立、動員手当はけっして出さないことなど広電支部から学ぶ点は多い。(石)

      

     同書を書いた労働社会学者の河西宏祐さんはさらに――『全契約社員の正社員化を実現した労働組合』(2011年、早稲田大学出版会、のちの平原社版を2015年)の著作も書き、朝日新聞紙上でも書評ではなく記事として描かれていたことを記憶している。



     Amazon
    の検索以外に、国会図書館のPCインデックスで「河西宏祐」を検索すると、「労働社会学資料シリーズ」が「18」あり、その実物を見ようと、国会図書館に赴いた。

    奥付を見ると、著者の自宅とメールアドレスが書かれている。

    どうやら自費出版のようで、えらいものだ。

     

     「シリーズ8」に『講演集・労働組合とはなにか―広電型労働組合主義の源蔵を求めて』いうタイトルの200ページ超えの本があり、その目次や「広電現象」と表現している大反響の姿をまとめているページがある。それらを以下の方々の書評を含めて、下記のサイトにUPした。

     


    「それぞれの労働組合運動史・論-1」(現代労働組合研究会のページ)



     

    河西宏祐著『講演集・労働組合とはなにか―広電型労働組合主義の源蔵を求めて』(「労働社会学資料シリーズ 8」、河西宏祐編、228日、自家版A4判、224ページ、2015228日、河西 宏祐・早稲田大学名誉教授)

     

     1 はじめに

      2 目次+著者紹介 (PDF版)

      3 「広電現象」の反響 (PDF版)


    『路面電車を守った労働組合――私鉄広電支部・小原保行と労働者群像』

    1 弁護士会の読書(福岡)、更新日:20098 5

    2 山根正幸(公益社団法人 教育文化協会のHP)

     http://www.rengo-ilec.or.jp/report/10-6/5.html

    3 山本 潔(東京大学名誉教授)(大原社会問題研究所雑誌 No.6132009.11

    4 特定非営利活動法人 労働者運動資料

    『電産の興亡』(早稲田大学出版部 河西宏裕著)
      『路面電車を守った労働組合』(平原社 河西宏裕著)




     『全契約社員の正社員化を実現した労働組合』(2011年、早稲田大学出版会、のちの平原社版を20152月)

    1 鈴木 玲(法政大学大原社会問題研究所教授)(公益社団法人 教育文化協会のHP)

     http://www.rengo-ilec.or.jp/report/12-02/3.html

    2 嵯峨 一郎(熊本学園大学)、日本労働社会学会年報 / 日本労働社会学会編集委員会 編、23号、2012

    3 評者:龍井 葉二(連合総合生活開発研究所副所長)、河西 宏祐 著 『全契約社員の正社員化─私鉄広電支部・混迷から再生へ(1993年~2009年)』、日本労働研究雑誌 20125月号(No.622)

    番外:雇用と生活を守る取組み――契約社員の正社員化事例を通じて、佐古生明(私鉄中国地方法労働組合広島電鉄支部執行委員長、一橋大学フェアレイバー研究教育センター、労働法律旬報、NO.180620131225日)

     
    ●2017年07月10日:服部 一郎 facebookより、7月5日 0:52 ·
                        電産中国や広電の研究で有名だった早稲田の河西宏祐さんが亡くなったそうです。この人の場合はもうやりたい研究をやりつくしたという印象がありますね。https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=798756126959939&id=100004766769230&pnref=story



    2014年7月13日 (日)

    産業別単一組織とは(JMIUの経験)

      ▽追記(2016.07.31) 

       「日本型産業別組合の可能性」を追求――小林宏康さんの問題提起  

      http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-eb2f.html

     

     

     「たたかう全金」というアピールを総評時代(高度経済成長時代・低成長時代と呼ばれた昭和の時代)に行った組織があった。
     後者の総評も忘れさらえようしとしているが、いまこそ若い世代に「全金」を覚えてほしい。

    小林宏康さん〔元JMIU(全日本金属情報機器労組)副委員長〕は、その総評全金時代に、全国金属の機関紙などの教宣部をになった人。

    小林さんはある会合で「全金が全金同盟と合併していくとき、たたかう伝統を残すために定年前、全日本金属情報機器労組の結成に参画した」と話している。

     

    非正規労働者4割近い時代に、「既成労組」の側の、自己改革をともなう「非正規労働」問題への真剣な対応を強調しながら、「たたかう伝統」の継承を自負するJMIU(全日本金属情報機器労組)の組織化活動などを検証している。

    また企業別組合の弱点とその克服の方向を、日本の現実をふまえた産業別組合の構築、「連合組織から単一組織への前進」と考える筆者の主張を、一つの討論素材として提起している。

     

    それぞれの労働組合運動史・論Part

     

    非正規・未組織労働者の組織化と産業別組合の強化―すべての労働者のための労働組合へ―、労働総研クォータリ-No.7677、小林 宏康  (PDF版)

    全国金属―JMIUの産業別統一闘争―「日本型産業別組合の可能性」について―、小林宏康 (PDF版)

    〔第2部 日本の産業別組合組織――事例研究、労働運動総合研究所 全文〕 (PDF版)

     

    思い起こすと、1970年代に高揚した春闘時、毎年のように「春闘総括座談会」に登場していただいたのは総評全金のリーダー、佐竹五三九書記長(のちに委員長)さんだ。

    戦後、総同盟(高野派?)のメンバーで総評全金をつくったときから活動をしていた行動的で開明派の労働組合運動家だった。

    映画「ドレイ工場」の制作にもかかわっている。

     

    当時、佐竹さんは欧州の諸労働組合との交流があり、フランス総同盟(CGT)の教科書を翻訳して出版したいと話があり、「慶応義塾大学・黒川俊雄先生」に相談して、出版したのが、下記の本だ。

     

    『労働組合運動と経済学』(フランス労働総同盟、黒川俊雄訳、労働旬報社、197810月、¥1,680 (税込・当時)

    『労働組合の組織と活動』〔フランス労働総同盟、黒川俊雄訳、労働旬報社、197902月、¥1,680 (税込・当時)

     

    ずいぶんモダンな仕事をしたもんだ。