新しい労働組合運動を

2024年3月 9日 (土)

「印刷ユニオン(全印総連)大日本印刷分会の闘い」――「大企業職場にあたり前の労働組合を」のページにUPしました。

  
▼2024年01月(固定):❖新ページ:「印刷ユニオン(全印総連) 大日本印刷分会」に参加しませんか。️――労働組合は1人でも作ることができる。4人で分会結成。!!!非正規労働者が、大日本印刷久喜工場で労働組合を結成し大きな成果 !!!

  http://www.e-union.sakura.ne.jp/dainihon/231230kumiaikessei.html

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2024年03月08日:春闘勝利めざす、中央総決起集会٠行動が3月7日、日比谷野外音楽堂から行われた‼️――全印総連印刷ユニオン٠大日本印刷分会

  http://www.e-union.sakura.ne.jp/dainihon/index.html


2024年03月07日:大日本印刷に春闘要求書を提出し、趣旨説明団交を開催しました。️――全印総連印刷ユニオン٠大日本印刷分会
2024年03月07日:3月6日全印総連٠東京地連主催の要求説明会。5社から参加している経営者代表に訴えた。️――全印総連٠東京地連
2024年02月29日:2月28日は、全印総連統一要求書提出日です。️――全印総連٠印刷関連ユニオン٠東京地域支部
2024年02月23日:2024春闘が始まりました。大日本印刷分会は2月28日要求書提出団交を予定して、工場内最低時給1500円をめざしています❗️――全印総連印刷ユニオン٠大日本印刷分会
2024年02月08日:24春闘はストライキ権を確立して闘うことを確認。――全印総連٠東京地連は182回目の臨時大会
2024年02月01日:全国印刷関連ユニオンは、臨時大会を開き「春闘で回答に不満の場合はストライキを実施して交渉にあたる」
2024年02月01日:月1度の印刷関連ユニオン٠大日本印刷分会の久喜駅前宣伝実施――全印総連印刷ユニオン٠大日本印刷分会

 

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❖2023年12月31日:❖新ページ――「2023年8月31日」から2023年12月26日」は、ここをクリックして下さい――全印総連印刷ユニオン٠大日本印刷分会

   http://www.e-union.sakura.ne.jp/dainihon/index-2.html

2024年3月 1日 (金)

2024年春闘は、21団体で!非正規春闘を闘っています。

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「あたり前の労働組合を」のページにUPさせてもらいました。

http://www.e-union.sakura.ne.jp/union/union-atarimae.html

2024年春闘は、21団体で!非正規春闘を闘っています。

 

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2024年【非正規春闘を闘っています】――連載ページへリンク(入口)。

20240229

NHKで突然出てきてびっくり!非正規春闘いいぞ!――全国一般東京東部労組

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今日(2月28日)のNHKニュースウォッチ9で非正規春闘について報道――総合サポートユニオン

20240229

春闘 大手企業では満額回答も 非正規雇用で働く人の賃上げは | NHK――春闘 大手企業では満額回答も 非正規雇用で働く人の賃上げは | NHK今野晴貴さんのXより。

20240229

非正規春闘 : 介護現場の悲鳴が聞こえてくる〜低賃金・過重労働・集団離職――総合サポートユニオン介護保育支部、222日(木)、松原 明・レイバーネット記事。

20240215

私立中・高の非正規教員が「学校を超えた」春闘を開始 複数校から賃上げ回答も。――215日(木)、今野晴貴。

20240210

非正規春闘の経団連要請行動などをNHK、TBS、テレビ朝日、朝日新聞、毎日新聞、共同通信→地方紙で報道。――28日(木)、総合サポートユニオン。

20240209

須田光照さん(全国一般全国協 東部労組、東京都葛飾区)、小畑 雅子さん(全労連議長)のX(旧twitter)で発信。NHKでも報道。

20240208

関西でも非正規春闘を始める動き――223日(金)、14:00PLP会館1(天神橋付近)にて意見交換・交流。総合サポートユニオン。

20240208

東京都労働委員会から広尾学園への要望書。――私学教員ユニオン(総合サポートユニオン私学教員支部)。

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「毎日新聞」で「広がる非正規春闘」という記事が出ている。――25日付の朝刊。

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宮城で非正規春闘を開始しました。――仙台けやきユニオン・みやぎ青年ユニオン。

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みやぎ青年ユニオンと仙台けやきユニオンを核として、――宮城県での非正規春闘のスタート。

20240130

非正規が賃上げ10%を要求! 「低賃金依存」の業界体質を変えられるか?――(今野晴貴さんの@konno_haruki X発信)

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橘学苑で働く教員たちが私学教員ユニオンへ加入し、正当な組合活動として懲戒事由に該当しないとした判決です。112日)――私学教員ユニオン(総合サポートユニオン私学教員支部)。

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Amazon Flex ユニオン(総合サポートユニオン物流支部 Amazon Flex分会)を結成――報酬の引き上げなどを申し入れ(総合サポートユニオン)。Amazon運転手が労組結成(日本経済新聞、映像ニュース)

20240115

【#コンビニ非正規春闘】ファミリーマート――に対して、時給200UPの賃上げ要求を行いました!(総合サポートユニオン)。

20240115

❖新ページ2023年【非正規春闘を闘っています】――連載ページへリンク(入口)。

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経団連包囲行動で首都圏青年ユニオンの原田さん112日)―― 全労連・国民春闘共闘の「24春闘闘争宣言行動」。

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広尾学園と団体交渉です。未払い賃金、労働時間管理、休憩や有給休暇未取得、非正規雇用の待遇改善など112日)――私学教員ユニオン(総合サポートユニオン私学教員支部)。

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「スシロー」に対して、5分未満の切り捨てについて、昨年1225日付で中央労基署から是正勧告が出されました――回転寿司ユニオン(労働組合)

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広尾学園の労働問題を訴える宣伝活動16日)――私学教員ユニオン(総合サポートユニオン私学教員支部)。

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2024年の「非正規春闘の要求方針」の発表の記者会見の内容が報道されました。――総合サポートユニオン。

20231205

本日(2023年12月4日)、非正規春闘実行委員会は、来年の非正規春闘の方針を記者会見で発表しました。――総合サポートユニオン。

 

2023年12月13日 (水)

『医療労働』(日本医労連発行)を久しぶりに読んで学ぶ。

   X(旧twitter)で山田さんが紹介しているアメリカにおける労働運動のオルガナイザーの方の発言と「ランク・アンド・ファイル」の意義。また勉強した。

 アメリカの労働組合運動の活性化の要因は「産業別一般労働組合」とその組織化の運動をやっているからだ、と思う。

https://twitter.com/syashingo/status/1734502415238656170

 

 記念講演

 日本医労連2023年度秋・看護要求実現全国交流集会(2023年9月26日)

 アメリカの看護師たちのたたかいを学ぶ―要求実現にむけた運動の経過

 今田 紫織(ミネソタ州看護師連盟)、イスル・ヘラス(労働運動オーガナイザー)、大西 雄一郎(ミネソタ大学教授

 「看護闘争の歴史―「労働組合、ストライキ、看護師増やせ」は世界の流れ」

 【月刊「医療労働」】、(2023年11月号、2023年11月10日)

http://irouren.or.jp/publication/78c43a90e40f0b78c1b21f8fa80b71e2cb490f49.pdf

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 医療最前線のメンバーが、1970年代の国民春闘の立ち上がりを宣言して公務員・民間労働者を奮起させたことを思い出す。

 1968年に読んだ『夜明けがくる : 立ちあがる看護婦たち 新潟県職員労働組合 編』(新潟の看護労働者の闘い:ニッパチ闘争を描いた本、労働旬報社)はその本だった。

 今また、医療最前線の皆さんが先導して立ち上がっている。

https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/103099/S18817165-311-P018-OKA.pdf

  19688 年 3 月の妥結 、2 ヵ月後の 6 月にはルポルタージュ『夜明けがくる―立ち上がる看護婦たち』が発行された。その後、70 年 8 月には「夜勤協定」後の闘いを中心にした『白い波濤』が発行された。両書の執筆の中心となったのは、闘争の中核にいた県職労の横山廣である。闘争の現場にいた者でなければ書けないリアリティーのある感動的なものであり、新潟の「増員・夜勤制限闘争」のほぼ全容が分かる。

 新潟では、戦前の木崎村小作争議(1923 年)の闘う伝統を受け継ぎ、戦後は 1957 年に国鉄新潟闘争、1958 年からの全医労の「職場闘争方針」に沿った人権闘争(新潟支部の生理休暇取得闘争、高田支部の看護職の妊娠制限撤廃闘争)、看護婦の勤務時間 48 時間を 44 時間に短縮させた全医労と県職労の「四四闘争」など、職場における権利闘争の蓄積があった。

 

 ▽【月刊「医療労働」】、(2023年11月号、2023年11月10日)から。

 歴史的に見ても、企業は強制的かつ不法的なやり方で経済上の支配的な立場を維持してきました。そのため、労働運動のオーガナイザーとしては、経営者による組合つぶしの戦術を理解し、経営者による労働者の搾取を改めさせなければいけないと考えています。労働者と雇用者の関係は決して仲睦まじいものではなく、不平等な権力の分布に基づいたものであり、資本の所有者と労働者層との間の搾取的な関係にあります。

 労働組合の強さは、知識があり意識の高い組合員たちによってつくられています。彼らは、経営者と労働者の関係を理解し、労働者には団結することによって問題を解決していく力があると知っている組合員です。本当の意味で労働者の運動をつくっていくために、そして組合員が共通して関心がある問題について運動を前進させることに対し組合自身が関わっていくには、組合員の意識を向上させ、教育し、組織化して、さらに高い意識を持ってもらうようにしていかなければなりません。

 

 ランク・アンド・ファイルとは

 ランク・アンド・ファイルとは先ほど、ランク・アンド・ファイル(リーダーでも支配者でもない一般的な大衆メンバー層)という言葉が出ましたが、私はこれがキーワードだと思います。アフリカ系アメリカ人の自立と正義のたたかい、ブラック・フリーダム・ムーブメントを理解するために、とても大切なフレーズです。

 私の理解では、ランク・アンド・ファイルというのは、例えるならハイウェイのセンターレインにいるリーダー層ではなく、センターレインに入り、オーガナイザーとともに組合をつくる一般労働者のことです。彼らは組織内のヒエラルキー(階層構造)を超えていく、またはそのチャレンジを試みる精神を持っている人たちです。人種問題、性暴力やハラスメント、反移民主義などに積極的に取り組んで人と人をつないでいく人たちだと思います。

 ランク・アンド・ファイルとは、労働運動の基盤をただ単に待遇改善という概念でまとめるのではなく、社会を変えていく運動と、社会の未来像の接点をともに探求するインキュベーション・ステーション(新しいムーブメントを支援する施設)のようなものと捉え、労働運動に参加する人たちのことではないでしょうか。

2023年11月28日 (火)

「だけだけ」の労働組合運動からの脱却を。

 X(旧twitter)を読んでいると「そごう・西武労組(連合傘下)のストライキ」から激励されて、医療系の職場でストライキを闘っている(全労連傘下)というレポートを読んでいる。

 「だけだけ」の運動では労働者のやる気が起こらないことは、「総評時代」を体験した人間として、言える。

 中西五洲さん(全日自労)などの反主流派の総評大会(1970年代~1980年代)での発言も、他者(主流派)の中で演説したから有効だった。

  東京争議団運動も、統一行動の論理を基盤として、県評・地区労に参加している自治労、国労、全金などの皆さんと「倒産争議」「首切り争議」「会社乗っ取り争議」「女性の年齢別解雇」を許さないと闘ってきた。

 ▽小林雅之著――「品川地域を原点として――青春とロマン 私が歩んだ労働組合運動」――(東京公務公共一般労働組合副委員長小林 雅之、「私が歩んだ労働組合運動編集委員会編集・発行 目黒区鷹番3-1-1 石田ビル302目黒労協内、2017年11月1日)
 http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html#shinagawa231105

《争議組合は総評運動の一大行動部隊だった》  

 小林 そうですね。当時の争議は、職場から出された失業者軍団とか労働運動の非正規軍だなどと、ひがんだ考えではなくて、むしろ日本労働運動の精鋭部隊なんだという誇りさえ抱いて闘えた時代だったからかもしれません。争議団が集まると自由闊達に、労働運動論を夜を徹して議論したりもしましたよ。もちろん争議団ですから「ご支援お願いします」と頭を下げて歩き、感謝の気持ちはいつもありましたが、だからといって決して争議団は傍流だ、正規軍じゃないなどと言う、遠慮とか卑屈さは全くありませんでした。

 加えて、東京争議団共闘には当時クビきり千人、差別千人もいましたから、総評や産別運動のなかでも一大行動部隊だったんです。これほど機動力を持つ部隊は当時といえども、そうそうなかったでしょう。平日昼間いつでも緊急動員できる力があるんですから、そりゃ総評や地評にすれば、こんな便利な動員部隊だから、それなりに扱ってくれましたよ。ある時、自由法曹団の坂本修弁護士から電話があって、「小林さん、明日あたり民事執行法が通りそうなんだ、何とか集めてほしい」って。何人くらいですかと聞けば、二百人くらいだつて。そんなの無茶だよ、なんて言いながら、実際急遽それぐらいは集めて国会へ押しかけることができた。
 薬害や水俣闘争など、幅広い運動領域へも力を注ぐことをした。当時の争議団共闘は、行動力だけでなく、レーニン・トロツキーの戦術論や戦前の解放運動などの議論を深めたりしながら、思想も高く磨いていこうとした、そんな運動集団だったように思います。

《政治的潮流の違いで排除をしない団結方針》
 小林 いま大事だったなと思うことは、組合組織は常に潮流が違うことに確執をぶつけあってきた歴史がありますから、私が事務局長になったときの就任挨拶では、『争議に潮流間問題を持ち込まないこと』を厳しく訴えました。当時は、今もそうでしょうが、争議団・争議組合は、産別や政党別に色分けされ、何かと排斥の目に遭う、辛い体験を背負っていました。『争議共闘に政治的潮流の違いを優先させれば争議を狭める』。これが私たち争議運動の基礎にある団結思想でした。新左翼系といわれた日立系列の争議団が、日立争議共闘から排除され、そのために東京争議団にも入れないで、御用組合からも攻撃されながら長期の解雇闘争を闘っていた。あるとき争議共闘に加えて貰えないかと、当時事務局長だった私に訴えてきたことがありました。
 「日共、日共と言われるとイラつく、という連中が受け入れてくれない」というのです。「それならなら、手始めにその昔い方変えたら」と提案しました。「そんなことで良いんですか」きょとんとして訊ねるので、「思想変えてまで共闘したいと思わないでしょう。互いに傷付けないよう気を配りながら運動だけは一緒にやれば充分だよね」
 この説明に納得がいったようで、暫くして彼らは日立共闘の仲間入りを果たし、東京争議団へも加盟してきました。日立争議で最大勢力のカコ労組が支援を開始し、それまで仲が良いとは言えなかった同じ日立争議の人たちも支援を広げてくれた。この争議団は力もあったし、一気に勝利していった。
 いろんな傾向の地方争議でも僕らは交流を深め、相互支援した。地方にも出かける力量もあった。全金大阪のある支部が自主生産で倒産争議を闘っていた。毛沢東派を自認するほどに、彼らの拠点だった。そこへ東京争議団の渡辺清次郎議長(故人)と事務局長の小林が尋ねた。大阪争議団共闘から、「危ない、行くのだけはやめときなはれ」、しきりに止めたが気にせず訪問した。確かに凄かった。まるで戦場の砦そのものに、塀の周囲は鉄槍の忍び返し、門衛は松明を燃やして完全武装されている。
 「日共宮本修正主義粉砕」と大看板が表に掲げられ、事務所には毛沢東のでかい写真が飾られていた。私たちは「東京では争議運動に政治信条の違いを持ち込まないでやってきた」と率直な意見交換をしました。
 二度日に訪れたときに、野外の大看板は外されていた。毛沢東の室内写真は飾ってありましたけどね。
 大阪争議団は、「どないになっとるん?」と不思議がられました。のちに東京争議団OB会でも「お前さんのときは色とりどりだったねえ」と言われました。当時、「要求の一敦が団結の大原則なんて決まりきったドグマだけで、統一が広げられると考えるのは観念論だ」とよく議論しました。要求や考えが少々違っていたっていい。まずは行動を共にする団結の仕方だってあると。もともと僕ら争議団にはそうした思想が根底にありました。
 最近の市民運動と野党共闘の新しい統一戦線のあり方を見ても、要求の完全一致が無くても、共に支援行動することを重視していけば、やがてより高い次元の統一闘争への発展も可能になる。この捉え方はいまや国民レベルの確信になっていますよね。争議運動の歴史は随分早くからこのことを実践してきたといえます。
 総行動方式を編み出された時代に争議組合が果たした役割は実に大きいものがありました。単に行動力だけでなく、戦略的行動や戦術展開を、われわれは開けても暮れても議論した。また研究者や法律家、労働運動家を幅広く集めた『争議研究会』を長年開いてきました。多くの争議事例について理論と実践面から分析して、研究成果に残す刊行も行ってきました。実践面の問題についても争議団相互で厳しい論争が展開されました。当時の総評や地評また各単産組織に向けても厳しい評価をやったものでした。そうした切磋琢磨をしながら、当時の争議組合争議団は運動論としても高い水準を獲得していけたと思います。

  今再び、労働組合運動のルネッサンスをめざして、次の世代と一緒に運動を進める時代だと思う。

      http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html

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2023年10月 2日 (月)

「公務公共一般労組」を創り出した活動家――「東京争議団物語」、そしてその後‼

    ≪「東京争議団物語」、そしてその後‼≫のページに、公務公共一般づくりの組織化の経験とその前提に「東京労働争議研究会」の実践的研究会があったことを書いておきたい。

 http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html

 ◆「東京労働争議研究会」の経験
 1980代、東京争議団共闘会議運動をになった人びと――争議団当事者・卒業者、労働組合運動家、弁護士、フリーのジャーナリストなど――が、それぞれの争議の経過・背景資本分析・争議の社会的役割・争議団内部の団結・運動潮流を超えて争議支援を勝ちとる取り組み、勝利の要因の姿など、自発的に「東京労働争議研究会」(代表委員・清水明、市毛良昌、佐藤一晴、渡辺清次郎。小島成一弁護士他)をつくって研究していた。
 当時は、沖電気争議などがまだ、全国展開してたたかわれていたときだった。
 
 「東京労働争議研究会」は、10人近い人たちが運営委員会を弁護士事務所や全造船会館などで開き、毎月に近い例会報告を組織していた。編集子はその速記録を『労働法律旬報』に掲載するため、当番みたいな編集をになわされていた。その後、K編集長のもとで引き継がれ、2002年の研究会報告は52回を重ねている(いつまで掲載されているのか未取材)。

 その時代、一番不思議だったのは、争議解決から労働組合組織化へ発展したのは、音楽家ユニオン、電算労、コンピュータ・ユニオンなど少数の経験(職能労働組合・ユニオン)しか生まれてこなかった(それ自体貴重な成果だと思っているが)。
 若い時代だったので、「争議を起こさせない労働者の組織化をテーマにしないのか」と大先輩の労働組合運動家に聞いて回っていたが、応えてくれたのは佐藤一晴さんの「フランス風ニュアンス」での会話だけだった。

 この経過は「佐藤一晴さんのホームページがオープンされています」を参照。
   http://e-union.sakura.ne.jp/satou-issei/index.htm

 

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 ◆東京公務公共一般の組織化とその実践
 フランス風から日本風の実践で生かされ、21世紀を前にした1990年代の東京に生まれたのが「東京公務公共一般労働組合」だ。

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 その担い手が『上を向いて歩こう』(本の泉社、2008年7月)を書いた小林雅之さん(1943年生まれ)。小林さんは全国金属品川のカコストロボ支部での争議を経験し(その当時の一端を『今崎暁巳さんと私』、今崎暁巳さんを偲ぶ会編、下町人間の会発行、2011年6月)、みずから「オルグとして就職し」、いまでは3000名を超える自治体職場の非正規職員を中心に作られている労働組合をつくりだし、そのご首都圏青年ユニオンなどを創設した。
 小林さんは本のあとがきで、以下のように書いている。
 ≪「東京公務公共一般」は、自治体職場の非正規職員を中心に作られている労働組合で、対象者の多くが不安定な雇用関係におかれていることから、年中首切り反対闘争を余儀なくされている。しかし実に驚異的な水準だと思っているのだが、毎年のように、解雇されたり或いは解雇予告された労働者を、三、四百人近くも救出できるのであるから、これはいま時、相当な力量を備えた組合だと言って良いだろう。
だからこそ、わずか十数年でゼロから三千人の組織に成長を遂げてきたのである。それだけに、この組合の歴史には実に多くの教訓が積み上げられてきた。そして、これは現在進行形であるが、この労働者たちの中で、葛藤や悲憤にまみれた沢山のヒューマンドラマが繰り広げられてきたことを忘れてはならないだろう。
 この組合を創立するときからのオルグであった私は、そうした思いを込めながら、このエッセイを書こうと思ったわけであった。≫
 
◆東京争議団運動のDNA
 本書のあんこは「東京争議団運動のDNAだ」。本書の中のあちこちに発見できる――「わが母の教え給いし歌」に描く、「四十五年の歴史を持つ東京争議団は、勝利するために強化すべき『四つの基本』(争議団の団結、職場からの闘い、産別・地域の共闘、裁判闘争)を定式化し、勝利に必要な『三つの必要条件』(具体的要求、情勢、闘う相手)を明確にすることを解き明かした――。
 組織の神髄は、「徹底的な単一・個人加盟」とし、「独立組織」を志向し、「公務職場だけでなく民間職場まで」視野にいれた組織づくりをたたかい取ってきて、「公務公共一般」という組織になったこと。

 その後の経過・課題として『季刊セオリスト』(2018年春季号、No10)では、以下のように書いている。

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◆職種別にも最低賃金闘争を追求中
 今後の課題として、「職種別で市場横断的な組織を構築中」としている以下の点が、重要なポンインとではないか。 
 200以上ある分会には、保育士分会、栄養士分会、図書館司書分会、非常勤講師分会など、そもそも職種別にくくられた組織が多数存在しています。これを雇い主が知事や区長、市長だからということで行政縦割りにくくっていたのですが、ここには企業内運動の限界がみえている。非常勤職員という一くくりで当局は賃金を決めてしまうが、本来は職種・職能別に賃金を引き上げていかないとだめだと考えてきた。
 そこで職種職能別に全都を横断的に組織編成していく取り組みをして、すでに6つの職種別ユニオンがあり、2,200人がいること。これからの賃金闘争にこの職種別闘争が、ナショナルセンターそして産別闘争においても決定的な変革をもたらすだろうと展望しての、取り組みが始まってる。

◆「青年ユニオン」が果たす役割
 さらに注目されている点は「青年ユニオン」が果たす役割、「労働協約の拡張適用をめざす」こと、「NPOづくりと労働者供給事業」、「地域活動の重視」を打ち出している。
 編集子が、1978年の沖電気の大量指名解雇争議、1980年代初頭の雪印食品争議などのインフォーマル組織とのたたかい、日本航空などの民間第一組合の争議を見てきたものとして、「労働組合運動における組織化」をめざす話は、禁句だった、と思う。
 70年代の争議を終えた「日本製紙」争議団のメンバーが、「労働問題研究所」を名乗り組織化をめざしたが、進路・成長への道筋は不可能な状況だった。
 そのなかで、3000名を超える組織化を進めた、小林さんと「都職労統一派」(小林さんの命名)のご苦労は、全国の青年・女性たちが学ぶ点が多いと思う。

2023年9月26日 (火)

そごう・西武労働組合の頑張りに「共鳴」!

   大昔、学生運動が華やかしい時期(1970年初頭前後)に、報知新聞のロックアウト事件が起こった。私の知り合いが東京都立大学に行っていて、たまたま彼の先輩が報知新聞の編集部で仕事をやっていたので、「報知新聞労働組合と報知印刷労働組合のメンバーが合同して、月島の基地にいるんで、一緒に行こう」と呼びかけられた。
   行ってみると、第一線の記者や印刷労働者の集団であふれていた。
 このとき先輩の名前が慎吾さんという方なので、気が合い、副委員長の細郷さん(のはず)を紹介され、ロックアウトまでの背景を聞いた。
 アルバイト中の出版社に、この話を持ち帰ったら柳沢明朗編集部長(のちの社長)が「ぜひやろう」と企画されたのが、『良心の歴史をつくりたい』(今崎暁己さんも執筆で参加)と題して出版された。

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 http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html#ryousin1970
 当時は、企業別組合でも闘う労働組合に変身することがあった歴史だ。
 そごう・西武労働組合も「変身した」ので、応援したい。

 1960年代、高度成長期に都会(東京)に集積した若い労働者の「たたかう労働者のど根性」を描いて励ました『東京争議団物語』(1965年、市毛良昌・佐藤一晴ほか著、旬報社のHPで読める)は、労働者によく読まれた本だが、1970年代に向けて昭和二ケタ世代の「普通の労働者・サラリーマン・記者たち」が読売資本の意を受けた報知新聞経営者の、一方的な「ロックアウト」に抗して立ち上がったドキュメントが、この『良心の歴史をつくりたい』だ。  
 亡くなったドキュメント作家・今崎暁巳さんも参加して編集・出版された。  
 まだ労働者という言葉が、社会に訴える力があり、「アロハシャツを着て、スポーツカーみたいな車に乗って」全国の新聞労連傘下の労働組合や国労、全逓、県評などを回ったと語り継がれたたたかいだ。  
 企業別組合の底力が発揮されて解決していくわけだが、その後、『早く高く勝利を』(単行本)も出版し、報知印刷労働組合は第2組合を解散させた「力」をもって、企業内でもイニシャチブを一貫して発揮つづけてた。
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 そして、官公労が中心だった総評運動に並行して千代田区労協などの「地域共闘」の育成でも、全国でも有数のレベルの労働組合になり、1970年代から80年代には、日本製紙、大映、日本フィル、浜田精機、細川活版などの大型争議解決の先鞭をつけ、ニチモウ・キグナス争議、そして沖電気争議などの東京争議団や東京地評などの東京総行動(スモン闘争支援など)を発展させた「拠点」となった。
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2023年6月13日 (火)

いま「個の確立」を「本のあとがき」に書き込んだ意味(私ではないが)

 私の先輩編集者・Kさんが、1970年代前後の出版物に、著者の了解を得て「個の確立」とあとがきに書き入れていた。
 先輩・Kさんは、私のアルバイト時代の「教養学部的ゼミの講師」のような人。
 1933年生まれで、早稲田大学大学院で沼田稲次郎さんの労働法ゼミで修業したあと、文京区労協の専従になり、後に労働旬報社の「労旬新書」を編集していた。
 Kさんからは労働問題・労働組合運動史の歴史のテキストとして、アメリカの社会主義者として著名だったレオ・ヒューバーマンが書いた一連の本――『資本主義経済の歩み』(上・下、岩波新書、1953年)、『アメリカ人民の歴史』(上・下、岩波新書1958年)、『労働組合入門』(青木新書、 全日本損害保険労働組合大阪地方協議会青年婦人部、1956)――の紹介とレクチャーを受けた。
 いつも仕事が終わった後の一杯の時に「労働法がめざす権利闘争の担い手は、自立した個人」と「人間の尊厳を実現することをめざし、個々人の連帯的団結体が労働組合」だと話してくれた。
 これらの文献の翻訳者は雪山慶正(専修大学教授、1912年10月6日~1974年5月6日、真継 伸彦著『光る声』、河出書房新社、1966年の主人公とのこと)さんで、もう一人の恩師だ。
 ある種の政党的・世代的観念に陥らないで「個の確立」を目指さなければならなかったのは、若い自分だったのかもしれない。仕事をしながら、サゼッスチョン("示唆"や"暗示"など、自分以外の誰かに何かを伝える意味が含まれている言葉)してくれたようだ。
 
 1980年代に「インフォ―マル組織による労働組合乗っ取り戦略」を追及したとき、以下のアンドルー・ゴードンさんが書いた文章のように、自己実現路線で同調する昇進昇格的人生がよくわかったのだ。
 〔4〕アンドルー・ゴードン著、二村一夫訳 『日本労使関係史~1853-2010』(元法政大学大原社会問題研究所所長・法政大学名誉教授)の「第11章 日本型労使関係のヘゲモニー」(434p-437p・PDF版)の部分を読んでほしい。(PDF版)
 
 インフォーマル組織は、「裏返しのレーニン主義」の母国であった、と書いてある。
 
 「インフォーマル・グループ」とは、共産党の組合内派閥集団である「細胞」をお手本にしてつくられた組合内組織であった。ただし経営側と対立する存在ではなく、会社に支援され会社と協調する集団であった。レーニン主義が政治的に目覚めた前衛分子によって大衆をリードし社会主義革命へと導く戦略であるなら、戦後日本は「鏡の国のアリス」ならぬ「鏡の国のレーニン主義」、 「裏返しのレーニン主義」の母国であった。インフォーマル・グループは、革命とは反対方向へ大衆を導くことを目指した前衛組織である。組合潰しだけがこのお話のすべてではない。インフォーマル・グループに属する者は、採用、昇進、昇給、あるいは仕事の配分、さらには作業長といった監督者への選抜に際し有利な扱いを受けたのである。他方で、戦闘的な活動家は差別的に処遇された。だが日本鋼管だけでなく他社でも、労使関係を安定させ生産性を向上させるには、こうした強硬路線だけでは不十分であった。 1950年代から70年代まで、企業経営者とその同盟者である協調的な労働組合内「会社派」は、従業員の支持獲得の上で大きな成果をあげた。そのための諸方策こそ、ある意味で「日本的労使関係」の核心をなしている。
 「団塊の世代」に属する私たちは「競争社会・能力主義社会」の牙城でつくられた「企業社会」の中心勢力だったはずだ。
 だから1975年当時、40%を超える組織率を作った先輩たちの力や総評などの労働組合陣営を崩壊させ、JC・同盟型の連合が大手をふるってのさばる状況をつくらせた責任がある。
 
 以下の文章も参考になる。
 
 
 ▽文春オンライン
日本が“同調しなければ生きていけない社会”になっている問題について、牧野 知弘 によるストーリー • 1 時間前

 

2023年6月11日 (日)

現代版「全日自労」をつくろう。中西五洲さんから学ぶ

  「民革路線」を今の社会へ、地域コミュニティの主人公づくり
    「あたり前の労働組合をのページ」に全文、UPしました。
  http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-atarimae.html#230611nakanisghi-1

 

 長文になりますが、私は1980年代の「インフォーマル組織型労働組合」(JC・同盟路線)に対抗する運動として、総評とともに東京争議団運動、企業の枠を超えた全国金属の運動、産業別労働組合運動を作り始めた関西生コン、そして社会的底辺からの労働組合づくりに成功したニコヨンさんの全日自労・労働者協同組合、そのリーダーとしての中西五洲さんに注目してきた。

 「君は知っていますか『全日自労』という労働組合」ウエブサイト資料。
 そのうえで現代に即して考えると「労働組合運動と協同組合運動の結合」も事業団運動から学んできた。
 
 私たちの先輩にあたる角瀬保雄さん(故・法政大学名誉教授)さんは、中西五洲『理想社会への道』の出版にあたり、その意味を次のように書いている。
 ≪(2005年)3月28日、総評会館で中西五洲さんの新著『理想社会への道』(同時代社)の出版記念のつどいが開かれました。中西さんは有名な中西 4 兄弟の末弟で、法政大学在学中の 1943 年、治安維持法で逮捕され、戦後マッカーサー指令で釈放された人で、全日自労の創立にかかわり、初代委員長になり、民革路線の提唱で知られています。同時に三重県民生協の創立、中高年雇用福祉事業団の創立、高齢者生協の創立と、今日の労働者協同組合運動の生みの親といえる人です。労働組合運動と協同組合運動の双方にかかわりをもつ数少ない社会運動の指導者といえます。
その中西さんが 80歳でパソコンを習い、3年間かけて完成させたのが『理想社会への道』です。私は10数年前、黒川俊雄先生や中西さんと一緒に協同総研の創立に関わったことがありますが、以来日本の改革のためには労働組合運動と協同組合運動が手を携えていくことが必要と考えてきました。しかし、労働組合運動は協同組合運動に十分な理解をもたず、協同組合運動も労働組合運動に理解をもちえないでいるというのが現実といえます。≫と記している。
 
 その大事な記録として2015年2月23日に発行したのが、『君は知っていますか「全日自労」という労働組合――中西五洲の思い出+「機関紙じかたび」(PDF版)――現代労働組合研究会・飯島信吾編』だ。
 このページ内では松澤常夫さんのことも触れている。
 労働者協同組合運動とその法の実現があっても、著名な弁護士は「崇拝」と書いているが、社会政策、経営学、法学、社会的経済、労働組合運動、協同組合、自治体運動の研究者と実践家による協同によって実現したことを読み取ってほしい。
  新しい労働組合運動は「企業の枠内ではない、産業別自立労働組合」路線として、大衆運動の法則にのっとり民革路線でつくられるはずだ。その参考資料になると確信している。

 
  170816nakanisi1
 
 ■主な目次
 ◇中西五洲さんの略歴
  1922 年三重県多気町に生まれる。1941 年法政大学入学、中退。1943 年治安維持法で逮捕、懲役 3 年の実刑。1945 年
10月マッカーサー指令で釈放。1950年松坂の失業対策事業に就労。自由労組をつくる。1953年全日本自由労組(全日自労)
を結成、初代委員長。断続的に 3 期 18 年間委員長をつとめる。1972 年三重県民生活協同組合を設立。以後 18 年間理事
長をつとめる。1979 年中高年雇用福祉事業団全国連合会を創立。初代理事長
 ◇解説 飯島信吾 
 1 中西五洲さんの思い出
 2 続・中西五洲さんの思い出(そのつづき)
 3 大衆運動における法則性―中西五洲さんの思い出・その3
 ◇主な論文・エッセイ抄
 失対事業打切りに反対する―全日自労のたたかい、『部落』、部落問題研究所出版部、1962 年 9 月、152 号
 大衆運動における法則性、『現代と思想』、青木書店、1978 年 12 月、34 号
 総評改革と労働運動再建のために、労戦再編と統一労組懇 < 特集 >、月刊労働問題、1980 年 5 月、274 号
 要求穫得に執念をもって進もう、81 年春闘読本―職場労働者編、賃金と社会保障、1980 年 12 月 10 日、807 号
  『日本の労働組合運動をどう建てなおすか : 労働戦線統一 / 春闘再構築 / 大衆運動の法則性』、中西五洲著、合同出版、
1981 年 11 月 
 労働組合運動の民主的改革路線、中西五洲・永山利和、労働組合の民主的改革、1985 年 3 月――黒川俊雄慶応義塾大学
教授の還暦記念論集 
 運動の立て直しをあくまで追求、労働運動の現在と未来 < 特集 >、月刊総評 / 日本労働組合総評議会、1982 年 1 月、
289 号
 『労働組合のロマン : 苦悩する労働組合運動からのレポート』、中西五洲著、労働旬報社、 1986 年 2 月
 
  Nakanisi
 
 「労働組合のロマン」と事業団運動、労働者協同組合と現代 < 特集 > ; 労働者協同組合と日本、賃金と社会保障、1986
年 3 月 25 日、934 号 
 <随想>ゾルゲと尾崎さんのこと――サン・シャイン(元東京拘置所)を横に見て、中西五洲(中高年雇用・福祉事業
団全国連合会)、協同総合研究所、『協同の発見』1992 年 1―2 月、第 5 号 
 ある活動家の追想と提言(ひとりごと)『部落』、部落問題研究所出版部
  ⑴  私の運動の原点――はじめにかえて  1992 年 8 月
  ⑵  自分の頭でものを考える       1992 年 9 月
  ⑶  大衆運動の法則性          1992 年 10 月
  ⑷  人類の危機             1992 年 11 月
  ⑸  協同の原理             1992 年 12 月
  ⑹  労働者協同組合           1993 年 1 月
  ⑺  徹底民主主義            1993 年 2 月
  ⑻  自立と協同と愛           1993 年 3 月 
 高齢者生協の創設をめぐって、特集 環境と地域社会への配慮、協同組合経営研究月報、協同組合経営研究所、1996 年 7
月、514 号 
 輝かしい労協運動 20 年を振り返って、中西五洲、『21 世紀への序曲――労働者協同組合の新たな挑戦』(日本労働者協
同組合連合会編、シーアンドシー出版 1999 年 9 月)(PDF版)
 全日自労三重県本部の歴史をまとめるにあたって、手島繁一、協同の発見、1995 年 10 月、43 号
 『皆でたたかった 50 年―全日 自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって、手島繁一、協同の発見、1996 年 6 月、51 号 
  1966mie50nen
 『理想社会への道―私の資本主義改造論』、中西五洲、同時代社、2005 年 2 月 
 中西五洲『理想社会への道』 法政大学経営学部名誉教授・角瀬保雄、非営利・協同総合研究所いのちとくらし「研究所ニュース」発行日 2005 年 05 月 16 日)
 『友愛の社会を求めて』、中西五洲、同時代社、2009 年 11 月 
 発 行 2015 年 2 月 23 日
 編 集 現代労働組合研究会
 ▽追記2023.06.11
 【論文】全日自労の「民主的改革闘争」の意義、松澤常夫、「マルクス主義研究年報」、1980年版、NO.4、マルクス主義研究セミナー、芝田進午責任編集、合同出版 (PDF版)

2023年6月 4日 (日)

連合内「階級的民主的強化の担い手論」を変革し、衰退から再生へ

 ◆「現代労働組合研究会のページ」に書いてきたことがある。

 ユニオン・ショップ、労働組合の選択の自由、連合内「閉じこもり論」、連合内「階級的民主的強化の担い手論」をめぐって

 ⇔大企業の共産党活動家への文書――経営支部の一部同志たちによる「連合」組合からの脱退と別組合結成の問題について(2000年11月7日、神奈川委員会)

   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120112yunionsyopu.htm#communist

  残念ながら、2020年代の今、この方針は貫かれ衰退していっている。

   230521bara

 いま新たに、「ユニオンの旗を大企業の現場に」という闘いは始まっている。その一つの実践が、吉村さんたちの闘い――「印刷ユニオン 大日本印刷分会」だ。

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-8aa9e3.html

 すごいな「あかつき印刷労働組合」「千代田区労協」の間に「大日本印刷分会」の幟がある。私が取材して議論した東電や石川島、東芝、松下電器、日本鋼管などの1980年代の組合活動家が、生きていたら「ビックリ!」だろうな。

   http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-atarimae.html#221202dainihon-1

  

 ▽吉村さんからのレポート。

 昨日、今日(6月3日~4日)と全労連主催の非正規労働者全国交流会/横浜に参加、コロナで3年間、開催無しで今年再開催。

 2日目分科会、「要求と仲間を増やす交流会」に参加。

 全国の特徴的取り組みの報告として、

  1. 北海道・道東勤医労

  2. 神奈川県労連・かがみ田苑労組

  3. 印刷ユニオン・大日本印刷分会

 で報告しました。

 団交だけで獲得できた大きな成果を共有でき、参加者に共感を呼んでいました。

 民間大企業に全労連系の労働組合は皆無で、しかも非正規労働者だけの分会。大きな成果をあげていることになぜうまく組織化できているのか、に質問集中でした。

 

   2000年代から「労働運動の戦略的陥没地帯の克服を」と訴えた人がいる。先に亡くなった寺間誠治(全労連企画部長他、(2019年2月2日にご逝去。享年70歳))さんだ。
 2020年5月 5日 (火):寺間誠治さんが書いた労働運動における「戦略的陥没地帯」をどうするのか。
 
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-a5a324.html


 彼は、亡くなる直前の「ある労働組合研究会」で、「全労連活動で荒堀広さん(当時、労働局長か)から注文を付けられたことはなかった。コミュニスト一人ひとりが考えて、自己決定するテーマだった」と話してくれたことがある。
 しかしこの勢力は、あいかわらず「連合内の階級的民主的強化」を持ち続けているようだが、さまざまな課題がある「市民社会との連帯をつくりだす」人たちがもっと出てくることを願っている。

2023年5月 4日 (木)

労働組合運動の新たな形――「非正規春闘」とは何か(総合サポートユニオン共同代表・青木耕太郎)

 ▽追記:2023.05.09
  twitterでの表示
  230509twitter
 ▽論文:あなたも一読ください。「あたり前の労働組合をのページ」にUP。
 230503uniontop
 総合サポートユニオン共同代表・青木耕太郎
 
 労働組合運動の新たな形――「非正規春闘」とは何か(後編):2023.05.03
 未曽有の物価高騰をうけ、今年初めて手探りのなか始まった「非正規春闘」だが、現時点で大手2社から5%超えの賃上げ回答を、9社から有額回答を得られた。一人や少数の非正規労働者がユニオンを通じて声を上げることで全社的な賃上げを勝ち取れることが示されたことの意義は大きい。本稿では、「非正規春闘」に参加している非正規労働者の主体像を描き出すとともに、この運動の意義と展望について論じる。
 
 労働組合運動の新たな形――「非正規春闘」とは何か(前編):2023.02.15
 本日2月15日、非正規雇用労働者の賃上げを求める「非正規春闘」の開始が宣言された。宣言したのは、各地の個人加盟労組(ユニオンという)から構成される「非正規春闘2023実行委員会」だ。本稿では、この「非正規春闘」とは何なのか、そしてなぜ今「非正規春闘」なのか、この運動にはいかなる意義と展望があるかについて論じる。
 
 ▽1970年代前半から、いろいろな労働組合運動のあるなかで東京争議団運動に共鳴したものとして、「統一行動の原理」を大事にしていたことが惚れた要素だった。
  
http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html
 論議をリードしていた、「佐藤一晴さんのページ」(音楽家ユニオンの創設者の一人。ページを編集したのは、「争議の焦点編集部・鈴木信幸さん」)も見てください。
  
http://e-union.sakura.ne.jp/satou-issei/index.htm

 連合の成立以降。「思想・信条別運動の力が圧倒してきた」が、そろそろ「統一行動」の力で、新しい若い人たちのユニオン・労働組合運動が陸続として、誕生することを願っている。

 

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