永戸祐三さんの先達のリーダー:中西五洲さんが書いた『労働組合のロマン 苦悩する労働組合運動からのレポート』(労働旬報社、1986年2月1日)を読んでほしい――「心の通いあう労働組合づくり」「大衆運動の法則性」「民主的改革」「事業団運動」など日本の労働組合運動の再建へ提言し、「人間の幸せとは何か」を考える(Amazonでは49,637円とすごい価格になっているが、2025年8月6日現在)。
労協連総会とセンター事業団総代会(「日本労協新聞」2014年7月5日号)の冒頭で理事長の永戸祐三さんは、2013年11月16日、91歳で死去した中西五洲さん(1922〔大正11〕年生まれ)を追悼して、次のように講演の中で語っている。
“中西さんとは、激しくやりあったこともあったが、中西さんは、自立的、自主的に大衆運動を考えようとしていた人だった。
学生時代、治安維持法違反で検挙され投獄された。戦後、失業対策事業に就労し、「松阪職安事件」で逮捕された時、中西さんに聞こえるように自発的なデモがおこった。中西さんはその時、「仲間を信じられる」と思い、事業団でも「自立と協同と愛の人間に育とう」、また「育てるような環境としての組織でなければ」、と主張した(人だった)。”(私のブログ:「中西五洲さんの思い出」)
研究者からも下記のような指摘が歴史的に残っている。
戸塚秀夫(東京大学名誉教授)は、「全日自労の思想と運動を知る上で、中西五洲『労働組合のロマン 苦悩する労働組合運動からのレポート』(労働旬報社、1986年)は必読文献であろう、と書いている(「証言ー樋口篤三を体験して」『革命家・労働運動家列伝』(樋口篤三遺稿集[第1巻]、同時代社、2011年7月15日)。
本書が出たときに、書評がいくつか出て、増刷にもなったが、「赤旗」紙における書評では「レーニンを批判する本なのでいかがなものか」と注文があった。
別の論文(「ある活動家の追想と提言(ひとりごと)」では、「大衆運動の法則性」(連載㈢)」、1992年8月から1993年3月号まで月刊雑誌『部落』(部落問題研究所出版部))でも下記のように書いている。
労働組合の成長・発達のためにも「レーニン主義」を脱却しないと、「失われた30年」をのり越えられないことを示唆しているのではないか。
▽「大衆運動の法則性」の実践的視角は、次の3点としている。(以下、《 》内文章は五洲さん)
《第一は「要求発展の法則」と私が名づけているものです。第二は「自発性の法則」で、これは「やる気の法則」といってもよいでしょう。第三はリーダーシップの法則です。》
五洲さんは、50年を経た民主的運動に関わって、法則性の研究が大変遅れていると強調している。
《大衆運動のなかにはいくつかの重要な法則が働いています。大衆運動を成功させようと思うなら、この法則性を研究しなければなりません。しかしこの研究が大へん遅れているというのが、五〇年近くを大衆運動に従事してきた私の実感なのです。
大衆運動は、労働組合、協同組合を始め、平和運動、政治、経済、文化運動などに、草の根的運動を加えれば、国民のほとんどが何らかの形で参加している巨大な運動であります。この巨大な大衆運動を貫いている法則性を研究し、一つの「科学」として確立することは、民主的運動に参加している人々の責任だろうと思います。》
しかし、この「要求発展の法則」を提唱し実践活動にリーダーシップを発揮した五洲さんに対して、「経済主義者」という罵声を浴びせる人たちがいたようだ。
《私は「要求発展の法則」を実践的に検討していましたから、「経済主義者」と公然と批判されてもひるみませんでした。》
五洲さんは、連載の㈡―「自分の頭で考える」のなかで、私が「大衆運動の法則性」という視点を明確にもつことができたのは、「中国の劉少奇主席の以下の論文と書いている。
《中国の劉少奇主席の『大衆組織の根本問題」という小冊子でした。これは実に素晴らしい論文です。残念ながら今はほとんど顧みられず、入手も困難だと思います。この論文に教えられ、はげまされて私は「大衆運動の法則性にもとづく指導」をまとめたのでした。残念なことに劉少奇は文化大革命の犠牲となり獄死させられるのです。ソ連や中国の社会主義に劉少奇のような考えが貫いていたら、今日のような事態は絶対おこらなかったと思います。》 戦前からの労働運動のリーダーの「原初的思い」は、教科書的世界観を超えている。
その極め付きは、以下の文章だろう。このレーニンの外部注入論批判は、『労働組合のロマン』(1986年)の書評が掲載された「赤旗」紙でもクレームがついているが、1992年になってもひるむことなく展開している。
《さて、大衆運動の法則性にかかわって、私が三〇 年間温めてきたテーマがあります。それを皆さんにも一緒に考えてほしいのです。
それはレーニンの「何をなすべきか」という著作です。これは最近まで大衆運動のバイブルのような役目を果たしてきました。私も何度読んだかわからない程です。運動がわからなくなると、これを読みました。
当時大衆運動をやっていた幹部の多くはそうだったと思います。
この著作のなかに有名な「外部注入」論というのがあります。大衆運動には正しい科学的視点や方針を外部から注入しないといけない、この注入する役目をもつのが、労働者階級の前衛である党だと言うわけです。たしかに労働組合は自然成長的要素を多くもっています。党の方がより目的意識的であり、科学的視点にたっていることも事実です。しかし、目的意識性や科学性が党だけのものであり、大衆運動が自らの必要から、目的意識性や科学性をもつことができないというのは独断だろうと思います。こういう理論からソ連型社会主義では、大衆組織の独立、独自性が犯され、党支配が合法化されていったように思います。
こういうレーニンの考えは、私が実践してきた大衆運動の法則性という考えと合致しません。さきにあげた中国の劉少奇主席は大衆運動の法則的発展という考えを明確にのべ、法則性を掴まなければ大衆を組織することはできないとのべています。
レーニンと劉少奇では全く好対照をなしています。レーニンには、大衆運動の法則的発展という考えはありませんから、結果として大衆組織を軽く見、党を重く見すぎるということになったように思います。よく、レーニンは正しかったのだが、スターリンがねじ曲げたと言う人がいます。私はそうではなく、ソ連型社会主義の理論的枠組みをつくったのはレーニンであり、その理論に弱点、相当大きな弱点があったからこそ、この社会主義は一定の成果をあげながらも、内部崩壊せざるをえなかったのだと思います。「何をなすべきか」の弱点をえぐり出し、大衆運動の法則性という視点と、その法則性を具体的に明らかにすることが、当面の緊急事のように思います。》
五洲さんの遺言のような“「何をなすべきか」の弱点をえぐり出し、大衆運動の法則性という視点と、その法則性を具体的に明らかにすることが、当面の緊急事のように思います”という文章は、次の世代が、ヨーロッパや諸外国のさまざまな経験(地域産業別労働組合運動、ワーカーズコープ運動などの協同組合運動、社会的経済・社会連帯経済、文化運動、社会保障運動、地域コミュニティ運動)を踏まえて、生み出してほしい。
http://www.e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#nakanisi3
◇中西五洲さんの略歴
1922年三重県多気町に生まれる。1941年法政大学入学、中退。1943年治安維持法で逮捕、懲役3年の実刑。1945年10月マッカーサー指令で釈放。1950年松坂の失業対策事業に就労。自由労組をつくる。1953年全日本自由労組(全日自労)を結成、初代委員長。断続的に3期18年間委員長をつとめる。1972年三重県民生活協同組合を設立。以後18年間理事長をつとめる。1979年中高年雇用福祉事業団全国連合会を創立。初代理事長。
◆全日自労については、以下のページを見てください。
2014年7月30日 (水):中西五洲さんの思い出
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-7b80.html
2014年11月16日 (日):「中西五洲さんの思い出」のつづき
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-2462.html
2015年2月13日 (金):大衆運動における法則性――中西五洲さんの思い出・その3
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-8936.html
2017年4月30日 (日):君は知っていますか「全日自労」という労働組合
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-630a.html
君は知っていますか「全日自労」という労働組合(合本版)
http://www.e-union.sakura.ne.jp/union/170816nakanisi-mauzawa1.pdf
松澤常夫のページ――「じかたび」・全日自労に関して
http://www.e-kyodo.sakura.ne.jp/matuzawa/jikatabi.html
2023年6月11日 (日):現代版「全日自労」をつくろう。中西五洲さんから学ぶ
http://okina1.cocolog-nifty.com/.../2023/06/post-afe494.html