『回想の川﨑忠文』

2019年12月23日 (月)

『ひたすら生きて――佐方信一 ある日ある時』のDTP作業中!

 2019315日にお亡くなりになった私の大先輩=「編集者・佐方信一さん」[元労働旬報社(現・旬報社)編集部 ]の追悼文集発刊のために、DTP作業(四六判、ほぼ250ページ)をしている。

 ただいま現在、60名近い方から執筆をしていただいている。

 執筆者は法政大学大原社会問題研究所関係の先生方、早稲田大学時代の鹿児島獎学会同学舎(鹿児島県人のための学生宿舎)で出会った友人や鹿児島県立甲南高校時代の友人、久志中学時代の友人、親戚関係者、そして50年を超えて編集者として、校正者として仕事を一緒にした労働旬報社(現・旬報社)の仲間たち。

 佐方さんは、1938(昭和13)年1011日、鹿児島県生まれ。19573月、鹿児島県立甲南高等学校卒業(第八期)。1年間の受験準備をして19584月に上京し 、早稲田大学第一文学部国文学科入学。

 1966年3月、労働旬報社に入社。この8年の間は、今回のDTP作業中に初めて知った「佐方版・青春の門」が友人たちから綴られている(乞う、ご期待)。

 その後の編集者人生は、大きく言えば1960年代末からの『日本労働年鑑』の編集・『社会・労働運動大年表』(Ⅰ~Ⅲ)を刊行』(1986年)と三池炭鉱労働組合編『みいけ二〇年』・国鉄労働組合編『国鉄労働組合の二〇年』など多数の労働組合史をまとめた編集者だった。

 並行して労働旬報社((現・旬報社)が発刊した様々なテーマの大型本――青木宗也他編『労働判例大系』全二〇巻、法政大学大原社会問題研究所編『日本の労働組合一〇〇年』、環境教育事典編集委員会編『環境教育事典』など40シリーズ(各3点から10点を超える本づくり)――のほとんどに関わった特異な編集者だった。

 本文集では、3000m級の山登りから奥多摩縦断山歩きの記録をはじめ、地域生活がないといわれている「男の大人」ではなく、学童保育や生活相談、交通安全のための地域づくりで市民としての活動を担った言葉が出会った方々から書かれている。

 

 以下に、大項目としての「目 次」を掲げておく。

 Ⅰ 編集者時代

 Ⅱ ある日ある時――その1・学生時代

 Ⅲ ある日ある時――その2・地域から

 Ⅳ ある日ある時――その3・うからの一言

 Ⅴ 遺稿・書簡

 Ⅵ 主な仕事

 Ⅶ 三九会山歩き・街歩き

 Ⅷ 年譜と病歴

   あとがき 佐方三千枝

  発刊の予定は、2020315日、出来上がり次第、報告したい。

 

2011年11月26日 (土)

『回想の川﨑(川崎)忠文』を出版する――PARTⅡ

 11月25日、旬報社のお力添えで、きれいな体裁の本ができた。

 

 作った経過は、同書の「刊行にあたって」(以下のPDF版)で芹澤寿良さんが書かれているのでぜひお読みください。

  私はこの本のDTP・版下づくりに参加したので、思い出深い本づくりになった。 

  

『回想の川﨑忠文』(PDF版)

 

   111126kawasaki1

  目  次

 

 刊行にあたって 

 

 

 第一部 川﨑忠文遺稿と講義録

 論文・「時間労働」の希釈化とその問題点――翻訳・M・A・ビーンフェルト著「英国産業における労働時間」 

 中央大学における担当科目講義

 社会運動史講義要項(中央大学法学部二〇〇四年度) 

 社会運動史講義(第一回 二〇〇四年四月)

 労使関係論講義要項(中央大学法学部二〇〇四年度)  

 労使関係論講義(第一回 二〇〇四年四月) 

 

エッセイと若き日の哲学論考

 ある私的感懐 

 Bibo, ergo sum. 

 大講堂の屋根裏教室  

 わが家の家財道具 

 カントに於ける認識の内容   

 

  第二部 回想の川﨑忠文

  Ⅰ 人間・川﨑忠文

 家族のような存在                  沼田 文子 

 無私・誠実な友を失った悲しみ            中山 和久 

 川﨑君との交友関係のありよう            籾井 常喜 

 川﨑忠文さんのこと                 二村 一夫 

 厳しさを感じさせないロマンチストの風貌       角田 邦重 

  Ⅱ 幼年・青年時代

 学童疎開の頃                    川﨑タケ子 

 試験の出題箇所を当てた忠文さん           木村あや子 

 神戸と忠文さん                   木村 和代 

 忠文叔父との東京での共同生活            福山 久代 

  Ⅲ 中大・哲研時代

 川﨑君、楽しかったよ有難う             江川  潤 

 畏友 川﨑忠文学兄の追憶              水野  勝

 武蔵の国「青梅」を愛した忠文            春摘  智 

 悼す――川﨑兄に                  井沢 彌男 

  Ⅳ 早大・大学院時代

 川﨑君を偲んで                   佐々木秀典 

 彼の思い出                     鍛治 利秀 

 可愛い研究者――川﨑忠文君             村山 昂右 

 川﨑忠文さんの急逝を悼む              木村 愛子 

 無欲の人                      大石  進 

 権利を守ることへ限りない情熱を燃やして       古屋 孝夫 

  Ⅴ 編集者時代

 「人間の尊厳」の実現に人生をかけた川﨑君への讃歌  柳澤 明朗 

 川﨑忠文君と私                   川辺平八郎 

 カワちゃんのひとこと                後藤  實 

 洋三先生・沼田先生の大ファンだった川﨑さん     石井 次雄 

 川﨑教授の教養ゼミ一期生              飯島 信吾 

  Ⅵ 執筆・研究者時代

 組合運動史執筆者の誕生               佐方 信一 

 労働運動史執筆のベテラン、川﨑忠文さんを悼む    宮里 邦雄 

 日本酒と豆腐                    徳住 堅治 

 追悼:川﨑忠文さん――組合史編纂や大原社研でのお仕事  早川征一郎 

 川﨑さんの思い出                  五十嵐 仁 

 酒ありて                      立花 雄一 

  Ⅶ 友として

 高齢期に入って一〇年間の交友から          芹澤 寿良 

 虚飾のない男                    西田  明 

 さりげないお心づかい、ありがとう          松風いさ子 

 

 川﨑忠文経歴 

 川﨑忠文の主な仕事 

 

2011年11月14日 (月)

『回想の川﨑(川崎)忠文』を出版する。

 私が学生時代からお世話になった川﨑忠文さんが亡くなったのは、2009年12月。諸先輩の尽力で遺稿・追悼集を編集・制作に参加した。

 

川﨑さんは、中央大学を卒業後、早稲田大学大学院労働法で野村平爾先生、沼田稲次郎先生などから学んだ人。

 

その後、東京大学職員組合書記局専従書記や文京区労働組合協議会書記局専従書記などを経験して、労働旬報社の編集部で編集者生活を経て、以下の通りの社会生活を送っている。

 

『回想の川﨑忠文』は、第一部が「川﨑忠文遺稿・講義録」、第二部が「川﨑忠文さんへの追悼文集」で、体裁は四六版・並製で口絵別240ページの単行本になっている。

 

11月末には出版されるので、出来上がり次第、PDFで読めるようにしたい。

 

東洋大学や中央大学で講師活動をしていたので、若い世代の教師でも会った。インターネット上の再会を望む。

 

 

 川﨑忠文経歴

 

1934721日 広島県に生まれる

 

 19504月 崇徳高等学校(広島県)入学

 

 19524月 兵庫県立長田高等学校に転校

 

 19533月 同校卒業

 

 19534月 中央大学法学部入学

 

 19573月 中央大学法学部法律学科卒業

 

 19574月 早稲田大学大学院法学研究科修士課程入学(労働法専修)

 

 19595月 東京大学職員組合書記局専従書記(196012月まで)

 

 19603月早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(労働法専修、修士論文は「職場占拠の正当性――争議権を保障するということについて」)

 

 19611月 文京区労働組合協議会書記局専従書記(196212月まで)

 

 19631月 ㈱労働旬報社社員(19723月まで)

 

 19724月以降 フリーランサーとして書籍編集、労働組合史の編纂執筆等に従事(200710月まで)

 

 19804月 東洋大学法学部非常勤講師(823月まで)、東洋大学社会学部非常勤講師(833月まで)

 

 19984月 中央大学法学部政治学科兼任講師(20053月まで)

 

 20004月 法政大学大原社会問題研究所嘱託研究員

 

 20091214日 東京都青梅市の自宅で死去

 

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