労働問題・労働組合

2022年4月 6日 (水)

「労働運動再生への挑戦、いま全国一般全国協の局面を語る――遠藤一郎さん(元全国一般全国協議会書記長)」の訃報。

 東海林 智(毎日新聞記者)さんがfacebookで以下のように、「遠藤一郎さん」(元全国一般全国協議会書記長) の訃報を書いている。たしか、この方を紹介した文があるなと思い出し探したので紹介しておきたい。

 ▽2013年01月22日: イギリスTGWUを学ぶ全国一般全国協
 「労働運動再生への挑戦、いま全国一般全国協の局面を語る――遠藤一郎さん(当時、全国一般全国協議会書記長)に聞く」(労働運動活動家全国ネットワーク「LANN」2008年冬号掲載、2009年1月PDF発行)
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/zenroukyou.htm#igirisu-gwu


 2022年4月5日発信:【派遣村を担った仲間】
 https://www.facebook.com/satoshi.tokairin/posts/4829321647167030

 派遣村をになった仲間の遠藤一郎さんが亡くなられた。本日、葬儀だったそうだ。知らずにお別れできず、残念でした。
 遠藤さんはいつも温和な笑顔を絶やさず、そうでありながら、労働組合の原則に本当に正直に取り組まれた方で、尊敬するオルガナイザーでした。同じ東北出身ということもあり、いつもかわいがっていただきました。一番思い出に残っているのは、やはり、1週間、共に泊まり込んで派遣村に取り組んだことです。当時、60代後半だったのに、40代の僕でもきつかった極寒の現場で指揮を執っていました。華々しく表に出ることはしない方でしたが、いてくれることがとても大きな安心感がありました。村を閉じる時も一番大変だと思っていた、後始末を清掃労組の仲間とともに指揮してくれました。いかに過酷だったかは、村を閉めた後、体調を崩し入院したほどでした。仲間のため労働者のため、命がけで頑張ってくれました。思い返すと涙が出ます。
 年をとるとはこういうことかも知れませんが、派遣村に中心的に取り組んだメンバーが亡くなるのは3人目かと思います。劣化する一方の雇用の現場に身が小さくなる思いです。
 遠藤さんのお仲間の方、お別れ会などやられる時は、ぜひ、一声かけてください。
 遠藤さんありがとう。さよなら。

 長くなるが、いまでも大事だと思うので、ここに転載したい。
 ▽13/01/22 new
 「イギリスTGWUを学ぶ全国一般全国協」
 
  労働運動再生への挑戦  いま全国一般全国協の局面を語る〟
 遠藤一郎さん(全国一般全国協議会書記長)に聞く(労働運動活動家全国ネットワーク「LANN」2008年冬号掲載、2009年1月PDF発行)
 http://nugw.kir.jp/opinion/endolann.pdf

 
   総評全国一般が連合の誕生の中で、3分解したことは周知のことだが、全労協系の全国一般全国協はどのような運動をつくっているのか勉強してみた。  

 2012年度の役員表によると、複数の役員を全労協に選出している。

 このインタビューで全国協の発足の経緯、5グループの結集、量的にも3000名の組合員から1万名を超える組合員を組織していること、今後の組織・政治も含めた闘争の展望も語られている。

 編集子としては、イギリスの港湾・運輸一般労働組合(TGWU)の歴史、組織形態を真摯に学ぶ気風を持った労働組合・ユニオンのリーダーがいることに感心した。
 個人加盟のユニオンを目指す青年が増えて心強いが、それにプラスして、遠藤さんはゼネラルユニオンの階級性を以下のように語っている。  

 「むしろホントに個人加盟の一般労組で、その中に産別的機能を持ち、そして職能的な業種別の共通の全国的な政策機関だとか、制度要求とかっていう機能を持ち、同時に、企業も超え、産業も越えた地域の労働者の利害を代表して、ホントにキチッと要求できるような、そういう二重性のある性格を持った組織じゃないと、ダメなんだよ。他方で、産業別組織がホントに、地域組織・地域的な労働運動の共闘組織、その地域における労働者のヘゲモニーをキチッと発揮できるような組織になっているのか。そもそも産業別の地威のなんとか協議会とか連絡会議みたいなものではダメなわけたよね。ダメと言うのは、その地域の組織そのものの中に、一定の機能とヘゲモニーを持たないと、階級の全体性が見えない。例えば、リバプールの労働者はリパプールの労働者として、マンチェスターの労働者はマンチェスターの労働者として、企業や産別を超えて、どういう風に生きていくのか、そこには運輸も製造も公務も参加して決める、そういう組織のあり方をめざされた。ここが、すごく大事なところだな~と」

 私が教わった故中林賢二郎さんのいくつかの論文(『現代労働組合組織論』、1979年6月など)の真髄を、遠藤さんは語っている。  
 そして、これからの運動の方向として、全港湾、関西生コン、全国協の三単組連携を語っている。  

 

2022年2月15日 (火)

新潟菓子工場での「高齢女性の火災死」へ抗議の声を。

   新潟のお菓子工場の火災現場での死亡者は、70歳前後の女性たちだ。それも深夜(23時半)だ。明治時代以上の労働問題が発生している。

 >死亡した5人のうち、身元のわかっている60代から70代の4人の女性はアルバイトの従業員で、工場で清掃作業を担当し、夜、出勤して翌朝まで働く夜勤だったということです。

 イギリスの労働者階級は、児童の労働時間規制をした歴史があるが、女性たちの繊維労働における規制は、日本でも行われた。どうなったの労働組合運動? 誰もやらない時代か!

 芳野友子連合会長さんへ、この事故に女性として、人間として怒りを感じない組合幹部なら、即、連合会長を辞任すべきだ。

 しかも、アルバイト労働者なので安全訓練を受けていないという「SNS」発信(大椿ゆうこ🎗労働者の使い捨てを許さない@ohtsubakiyuko)もある。

 >「雪の宿」の三幸製菓火災、避難ドア開けられず逃げ遅れた可能性…バイト4人は訓練不参加か : 社会 : ニュース : 読売新聞オンライン

 https://www.yomiuri.co.jp/national/20220214-OYT1T50033/

 年2回避難訓練が行われていたが、複数の従業員は取材に対し、「社員ではないので、アルバイトは訓練に参加していなかった」などと話した。

 芳野友子連合会長などの今の役割について、元連合大阪副会長/要 宏輝が『連合に鳴り響くのは弔鐘か、女性会長が突進する「ガラスの断崖」』でズバリ書いている。

http://gendainoriron.jp/vol.29/rostrum/kaname.php

 >「火中の栗」を拾わされた芳野会長の「暴走」だ。会長に選ばれたのは産別組合のJAMではなく、実は連合の「女性枠」でキャリアを積んできた芳野友子その人だったのだ。彼女の出身は同盟系の旧ゼンキン連合、富士政治学校出のアクターで、幸運にも組合出世コースにのったステレオ・タイプの反共かぶれの女性と仄聞する。連合会長に就任以降の彼女の言動は首尾一貫し、ぶれることはない。バックにシテ役が付き、首相官邸に通じる人物が仕切っていると思われる。

 再度言う。連合、全労連、全労協のメンバーから、抗議の声が出ていないのが「労働運動衰退」の現状を示している。

2021年12月19日 (日)

芳野さん〈連合会長〉をめぐって、「労働組合運動の応答関係」

久しぶりに芳野さん〈連合会長〉をめぐって、「労働組合運動の応答関係」を以下のようにした。キラいな人もどうぞ。

◆Ⅿさん
2時間前 ·
https://www.facebook.com/maeda.junichi/posts/4650286478399612
がまんしてたけど。言わせてもらう。
芳野さん〈連合会長〉、あなたはもう終わってます。
維新と日々闘っている大阪の労働者や市民をあなたは敵に回した。
◆Sさん。
そもそも労組vs共産党というのが甚だしい勘違い。その上、維新は敵ではないとは?!どれだけ維新による労組イジメがあったか認識不足!アウト!シェアさせてくださいね。

以下、私の応答[>以下の文章]。
>市民連合と4政党が合意した、この事実。

◆ということは単なる“勘違い人間”というだけではなく、戦略的に「闘う労組なり人民」を潰そうとしているということですか?それなら、絶対、連合解体!を私たち労働者階級は叫ぶべきですよね。
>いえ、本当にたたかってつぶさないといけないと「学習」した人間です。
高度成長期における労働組合運動をたたきつぶした、企業社会の「インフォーマル組織」の分析です。
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/informal.htm
>「連合の誕生」の表は、総評・国労の解体ですが、JCや同盟が、資本と一体になった労働組合乗っ取り戦略が成功して、連合になったプロセスを、みなさんが忘れていると思います。
◆たしかに!そもそも連合に日教組が加わったばかりに、文科省とパートナー路線とやらで闘わなくなったわけですからね。それでいて、“腐っても鯛”のごとく、自民右派からは相変わらず看板として意図的に利用されて来たわけですからね。


>1970年代末の「国民春闘の敗退」が進行していた時代、「単産研究」と称して、山岸章委員長(全電通)など総評・中立労連幹部のインタビューを編集・ページ化していた時期があった。
その後の会食の時、山岸氏は全電通近畿時代に「共産党つぶしの実態」をリアルに話していた。
いまでもあるのかもしれないが、当時「三田クラブ」(機関誌連合通信社を中心に)といって、労働雑誌編集者の会があり、総評や単産幹部のレクチャーがあり、毎月、飲み会が開かれていた。竪山 利文委員長(電機労連)も「東芝争議に対応するために入職して、共... もっと見る
· 返信する · 2日
◆Kさん
共産党潰しの腕を買われ、労働貴族になった、許しがたい連中です。しかし、容共の左派は、大団結がなぜ出来なかったのかも、労働運動に関わった、戦後シニア世代が答えるのも責任です。⇒思案中。

 

2021年10月31日 (日)

総評を解体したことが、自民党が持続的に権力を保持した要因の一つだ。

  衆議院選挙の中で、1本のビデオが紹介されている。

  名須川昭範

  https://www.facebook.com/sanguinosa/posts/1264891007346422

 

   日本の自民党はなぜ選挙に勝ち続けるのか
 2021年10月29日
 今月31日の衆議院選挙で、与党・自由民主党は今回も優勢とみられている。
 岸田文雄首相が率いる自民党は、過去65年のほとんどの間、政権与党として日本を率いてきた。
 BBCのルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ東京特派員が、なぜ自民党が選挙でこれほど強いのかを解説する。
(動画製作:秋葉磁郎、プロデューサー:中山千佳)

  211031souhyou1

  https://www.bbc.com/japanese/video-59086369?fbclid=IwAR3bALma1Y6UpB-5RmHsSoLdZMrSDE_sPyXTTJ3Rd_Mf_vSHEWJHcZSYAWA

 それと全国に張りめぐせられた「有名進学高校卒業者のネットワーク」が自民党の養成組織になっているのでは。
 その後の著名大学進学者+大手マスコミ社員+金融・株・IT企業の管理職層+大企業ホワイトカラー(最近は旧公共企業体構成者)+多国籍企業社員+中間以上の公務員+伝統的中小企業者(大相撲のタニマチ=地方後援者)+中堅以上の建設業者など、人口比で2割の大人たち。

 昔、総評は、公共企業体(国鉄・郵政・電電公社など3公社五現業の労働者)、地方自治体の労働者、教職員組合、国家公務員、炭鉱労働者、鉄鋼・化学・金属・造船(これは全造船で未加盟か)などが参加しており1975年前後には組織率40パーセント超えて、450万人を凌駕していた(その他には、マスコミ関係の準中立も)。その後、集中的につぶされたので、自民党の天下が続いた大きな要因だ。

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2021年10月23日 (土)

「関西生コン支部武委員長解任問題についての見解」――木下武男

  唖然、茫然たる事態。「こころの狭量さ」はダメだな。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/index.html#211020kainin

◆坂井 貴司さんのfacebook
17時間前
https://www.facebook.com/takashi.sakai.982/posts/5046954328653657·


 気になるニュースです。
 原則的な労働運動を行っているために警察から弾圧を受けてきた全日本建設連帯ユニオン関西生コン支部の指導者である武委員長が、辞任しました。
 「一組合員として再出発する」とのことです。
(10月10日付け 日刊ベリタ)
「闘う労働組合」を掲げ、劣悪な条件下で働く中小企業の労働者、特に非正規労働者を組織してきた関西生コン支部の行く末が心配です。


◆ 2021年10月10日22時07分掲載  無料記事  印刷用
 関生反弾圧市民情報センター

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202110102207200&fbclid=IwAR3-hJEOncTpZhz1dDX4n5q1TUI7Fva8Gz6DALY5M2o-CLYCT_TneQyVB0w

 武委員長が関西生コン支部委員長を辞任 一組合員として関生再建に力を尽くします。

 641日の長期拘留に耐え21年7月13日に一部無罪・執行猶予の判決を勝ち取った連帯労組関西生コン支部の武建一委員長が本日10月10日に開かれた同支部第57回定期大会で委員長を辞任することを表明した。日本には珍しい産業別労働組合を作り上げ、戦闘的労働運動を率いてきた武委員長は国際的にも名を知られており、同委員長の辞任は周辺にショックを与えている。同大会直後、武委員長は「一組合員として関生再生に奮闘します」と題する声明を発表した。突然の辞任の背景として、「今、関生支部は『関生を語る資格のない者が関生を乗っ取っている』事態が進行しています」と述べ、「一労働者、一組合員として、産別労働運動の志を高く掲げ、関生再生のため、関生労働運動の闘いを最初の一歩から歩み直します」と宣言している。(日刊ベリタ編集部)

 同日、支部大会で最後の委員長挨拶に立った武建一氏は、組合幹部の特権乱用、放漫な財政運営、機関決定など組合民主主義を無視した組合運営などについて具体的事例をあげて明らかにした。途中ストップがかかり、委員長は会場から排除されるという一幕もあった。

2021年7月 9日 (金)

『水俣に生きた労働者 チッソと新日窒労組の59年』を寄贈されたので。

 旧知の知人・石井まこと(大分大学教授)さんから『水俣に生きた労働者 チッソと新日窒労組の59年』(2021年4月10日、 富田義典、花田昌宣編、チッソ労働運動史研究会編著、明石書店)を寄贈していただいた。
 WEBで調べてみると、「水俣学研究センター」で研究が蓄積されていることがわかったので、facebookで、「どなたか書評を読んだ方がいれば、ご紹介ください」と呼びかけた。
 書評はまだないようだが、多くの方が「いいね」と送ってくれた。

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 続けて、以下のようなメッセージを発信した。

【勉強中】このチッソ労働運動史研究会は、調べてみると「大原社会問題研究所」も含めて研究が進んでいることが分かったし、労働旬報社も『安定賃金 日経連新政策とのたたかい』(日本労働組合総評議会、1963年7月、労働旬報社)を出版していて(この時代の編集者は木檜哲夫代表か)、同書を読んだ記憶があるのですが、1960~70年代にける地域社会との連携、春闘・公害闘争、合化労連内の位置、企業別組合(少数派になっても)としての奮闘などなど、正確に学んだことがなかったので、以下の論文を読んでみた。

【参照 1】映像で見る新日本窒素労働組合の歴史.
水俣学データベース
 https://www3.kumagaku.ac.jp/minamata/database/

  

【参照 2】善寛さんに恥宣言のことを聴く、公開済み: 2017年6月30日作成者
 https://gaiaminamata.net/taimen-series-1

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対面シリーズ……この特集は、僕たちの人生を僕たちの足で踏みしめて歩んでいくための基礎体力を得るべく、方々への対面を勝手に企画しているものです。

 今回の語り手:山下善寛(やました・よしひろ)さん
……1940年9月18日生まれ。1956年から2000年までチッソに社員として在籍し、現在は企業組合エコネットみなまたの代表理事を務める。IWD東亜による水俣への産業廃棄物処理場建設予定が立ち上がった際に結成された市民団体「水俣の暮らしを守る・みんなの会」の代表としても活躍している。山下さんとは田んぼでの作業を介して知り合い、田や取水パイプの管理を通して、今も色々なことを教えていただいている。
※企業組合エコネットみなまた  http://www.econet-minamata.com/

聞き手:高倉鼓子、高倉草児……ガイアみなまた職員


【参照 3】水俣病問題に向き合う労働組合の成立と労使関係史上の意義――漁民紛争・安賃闘争から恥宣言に至る「空白の8年」をふまえて、【特集】新日本窒素の労使関係・労働運動の諸相(2)
石井 まこと、大原社会問題研究所雑誌 №676/2015.2
 https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/676-02.pdf


【参照 4】「戦後日本の社会運動におけるチッソ労働運動の位置づけ――もう一つの「水俣」」(大石 裕、【特集】水俣病事件と新日本窒素労働組合)、大原社会問題研究所雑誌 №630/2011.4
 https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/630-02.pdf


 チッソの労働組合の変遷を略述したのが以下の年表である(熊本学園大学水俣学研究センター,2009;「関連年表」,および橋本編,2000:220-221を参照)。

1908年 日本窒素肥料株式会社,水俣で操業開始。
1946年 (1月26日)日本窒素肥料株式会社水俣工場労働組合(日窒水俣労組)結成(3,214名)。同時期に結成された東京,大阪の組合とともに日本窒素肥料株式会社労働組合連合会(日本窒素労連)を結成。
1950年 (1月)日本窒素肥料株式会社,企業再建整備法により解散。新日本窒素肥料株式会社
(新日窒)を設立。
(10月25日)GHQ指令に基づき人員整理(レッドパージ)を通告。
(12月7日)レッドパージ反対闘争の方針不一致により,新日窒労組連解散。新日窒水俣労組も分裂し,レッドパージ反対闘争の批判派が革新労働組合を結成。
1951年 (2月27日)革新労組(2,600名)が少数派になった新日窒水俣労組(500名)を吸収合併(名称は,新日本窒素水俣工場労働組合に)。
(5月1日)県総評結成後のメーデーに初参加。
(7月)水俣・東京・大阪3組合で新日本窒素労働組合協議会(日窒労組協)を結成。新日窒水俣労組,合化労連に加盟(4,400名)。
1953年(10月1日)新日窒水俣労組,身分撤廃闘争スト(従業員呼称(社員・工員)の一元化,日給制を月給制に,定年55歳一本化など)。組合の要求の大半受入れ。
1959年 (8月19日)新日窒労組,水俣病をめぐる漁民の闘いの支持を代議員会で決定。
(9月18日)「安保条約改定を阻止するための実力をもって闘う」スト権確立。
(11月4日)11月2日に生じた漁民暴動事件を受けて,新日窒労組は,緊急代議員会を開き,原因の早期究明,患者対策,漁業対策を推進しなければならないが,このような不祥事を惹起したことは遺憾に堪えないと表明。
(11月6日)新日窒労組,工場の操業停止絶対反対を決議し,チッソ社長,県漁連会長に提出。
1960年 (1月14日)安保条約改定阻止統一行動,「提灯」デモ行進。1962年 (3月28日)新日窒労組の賃上要求に会社側ゼロ回答。全製造部門24時間スト決行。
(4月27日)チッソ「安定賃金制度」を提案。労組は硬化し,闘争体制へ。
(5月3日)新日窒労組中労委に斡旋を申請するためスト中止(斡旋は6月6日に中止)。
(5月9日)合化労連中央闘争委員会,「安定賃金は合化労連への挑戦」とし,新日窒労組への全面支援決定。
(5月12日)熊本県評,総評が労組支持を決定。「新日窒支援共闘会議(総評,県評,合化労連など)」結成。
(5月21日)争議早期解決を願い「農民会」立ち上げ。
(6月)東京組合(8日),大阪組合(12日)は安定賃金をベースとする条件闘争に方針転換。
(7月23日)チッソ全面ロックアウトに突入。「新日窒水俣工場労働組合(新労組:第2組合)」結成。
(8月18日)チッソ,新労組支持の商店主,「水俣市繁栄促進同盟」を結成。
(9月21日)チッソと新労組,東京労組,大阪労組,安定賃金にそった賃金協定に調印。
1963年 (1月5日)地労委,安定賃金を基礎とし,争議指導者2名の退職を含む斡旋案を提示。斡旋案を合化労連,新日窒労組,チッソが順次受け入れ,スト解除。
(5月13日)第1次~第3次,希望退職者を募集,新日窒労組と対立。1968年(8月30日)新日窒労組定期大会で「恥宣言」を大会決議として採択。

(12月15日)「水俣をよくする会」発足,①水俣病患者及び家族を支援,②公害をなくする運動と被害者対策を進める,③市の発展ため水俣工場の人員削減に反対。
1969年 (8月8日)チッソ,水俣工場縮小計画で688名削減を発表。
(11月16日)新日窒労組員に自宅待機命令,24時間ストで抗議。
1970年 (5月27日)新日窒労組,8時間の「公害スト」決行。
(7月23日)チッソ,水俣工場存続のため従業員1,580名を930名に削減を発表。多くの従業員に転勤命令。
(12月)新日窒労組,水俣工場縮小・首切り反対のスト権確立。
1972年 (3月16日)1次訴訟で,チッソ労組員5名が原告保証人として証言。(4月13日)新日窒労組,チッソに要求書(①チッソの非人間的な体質を改める,②首切りをしない,③水俣病の責任をとり,患者家族に十分な補償をする)を提出。

 


『安定賃金』 労働旬報社
『安定賃金 日経連新政策とのたたかい』、日本労働組合総評議会、1963年7月、労働旬報社;

日本大百科全書(ニッポニカ)「安定賃金」の解説
安定賃金(あんていちんぎん)

向こう数年間の賃上げ内容をまえもって決定することを条件に、その期間労働組合は賃上げ要求や争議をしないという労使間の長期賃金協定のこと。企業が長期経営計画のなかで賃金の総合管理(狭義の賃金のみならず、一時金、退職金、福利厚生費などを含む労務費の安定化)を計画的に行おうとするものである。賃上げ決定の基準として一般に用いられているのは、同業他社の賃上げ内容にリンクする方式(ぶら下がり方式)であり、このほかに当該企業の付加価値生産性上昇率や国民経済成長率を基準とする方式もある。安定賃金制度は、1950年代末から1960年代にかけて春闘の高揚に対抗して経営者側によって提起された。これに対して労働組合は労働者の賃上げ要求の権利を実質的に制限し、労働組合の弱体化につながると批判した。
[伍賀一道]

『日本経営者団体連盟編『安定賃金――賃金観念の新しい転換』(1959・日本経営者団体連盟弘報部)』▽『日本労働組合総評議会編『安定賃金――日経連新政策とのたたかい』(1963・労働旬報社)』

[参照項目] | 賃金
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア「安定賃金」の解説
安定賃金【あんていちんぎん】
比較的長期の賃金協定を締結し,その間の賃上げは,労資の団体交渉によらず,同業他社の賃上げ額,その企業の付加価値生産性,あるいは所定の額などを基準として行うもの。日本では1959年労組が主張する春闘賃上げ方式に対抗して日経連が打ち出し,その後,経営者の賃金政策の基本路線の一つとなっている。
→関連項目スライド制
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

2021年6月17日 (木)

現代「労働問題・労働組合運動」に関する4冊の本。

 4冊の現代「労働問題・労働組合運動」に関する出版物の書評がある。この10年ほどの研究の一部だが、労働組合運動の報告について「百家争鳴」の事態が生じており、「結論が出ない」、いい方向だと思っている。
ぜひ、URLをクリックして、一読ください。
 
 ▽書評:桜井善行『労働組合をどうする――その強化への挑戦』
   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111224book-ronten.htm#sakurai210613
  基礎経済科学研究所東京支部編、本の泉社、四六判、定価 1,500円+税、2020年3月26日)――『経済科学通信』(PDF版、2020年12月、No.152)。

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 ▽書評:梁 英聖『闘わなければ社会は壊れる』
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111224book-ronten.htm#ryan210616-1
 ◆待望の新刊、藤田孝典・今野晴貴編著『闘わなければ社会は壊れる―〈対決と創造〉の労働・福祉運動論』(岩波書店、2019/6/26)について(1)――今野晴貴、藤田孝典、渡辺寛人、宮田惟史、後藤道夫、木下武男、佐々木隆治。

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 「梁 英聖さんのnoteのページ」(2019/06/23 19:40)
はじめに(PDF版、『闘わなければ社会は壊れる―〈対決と創造〉の労働・福祉運動論』)
 ▽書評:『時代へのカウンターと陽気な夢 労働運動の昨日、今日、明日』(小野寺忠昭・小畑精武・平山昇共同編集 社会評論社 2019年5月、2500円+税)
「次世代へ 一時代を切り拓いた運動証言」(元東京都労働委員会労働者委員 水谷 研次、「現代の理論」20号)
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111224book-ronten.htm#hirayama200723

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 ▽2011年3月 5日 (土):『現代労働問題分析』(石井まこと他編著)を寄贈されて――「ある編集者のブログ」にUP。
  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-da45.html
 『現代労働問題分析』(石井まこと・兵頭淳史・鬼丸朋子編著、2010年3月)
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111224book-ronten.htm#ishii
書評:1 石川源嗣(NPO法人労働相談センター/全国一般東京東部労働組合/全国一般労働組合全国協議会/ジャパンユニオン)/2 山垣真浩(大阪経済法科大学准教授)/3 井上 久(全労連事務局次長)/4 石井まこと(大分大学経済学部教授)

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2021年6月10日 (木)

浅見和彦著:『労使関係論とはなにか イギリスにおける諸潮流と論争』(旬報社、2021年06月15日)を紹介。

 「浅見和彦のページ」(専修大学教授)を更新――インターネット事業団の仕事。
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm
 
 ▼最新刊 浅見和彦著:『労使関係論とはなにか イギリスにおける諸潮流と論争』[旬報社、2021年06月15日、46判、定価2200円(税込み)]
 ▼主な目次と「あとがき」をUPしておきたい。コラムも面白い話集。
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm#rousikankei210608

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 浅見さんは、中林賢二郎さん(法政大学)の大学院社会科学研究科の最後のお弟子さんだった。
 没後編集された『追悼 中林賢二郎』(田沼肇ほか編・中林倭子発行、制作協力・労働旬報社、1987年2月)では、先生の著作目録を担当している。
 

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 さて、このサイトは、3本の柱立てになっている。
 【1】「新しい時代の活動家像を考える」や「戦後日本の労働組合の組織化戦略と活動――その経過と論点」、「◇戦後日本の労働者と労働組合運動――その現段階と課題」など、今話題の木下武男さんとは違った視点で書かれた論文があります。
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/atarashii-union.htm
 【2】イギリスの運輸・一般労組(TGWU)の研究
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/unyuippan.htm
 【3】建設産業における労働組合運動
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm#kenseturoudou


 ▼profile――1952年、埼玉県秩父市生まれ。早稲田大学法学部卒業。全国自動車運輸労働組合、全日本運翰一般労働組合の専従書記を経て、法政大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士後期課程単位取得退学、法政大学大原社会問題研究所兼任研究員。
現在、専修大学経済学部教授、特定非営利活動法人建設政策研究所理事長。
共著に、『社会運動研究入門』(文化書房博文社、2004年)、『労働組合の組織拡大戦略』(御茶の水書房、2006年)、『社会運動・組織・思想』(日本経済評論社、2010年)、『新自由主義と労働』(御茶の水書房、2010年)、『成長国家から成熟社会へ』(花伝社、2014年)、『労働組合をどうする』(本の泉社、2020年)など。
 
 ◆『労使関係論とはなにか イギリスにおける諸潮流と論争』
 イギリスにおける「労使関係論の起源」である「労働組合論」を出発点として、
「労使関係論とはなにか」をあらためて問う。
新自由主義的な労働政策や使用者の人事労務管理の個別化の進展により労働組合の組織率が低下しているなか、今後の労使のあり方に示唆を与える。

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【主な目次】

 はじめに

 第1章 労使関係論の起源
     ――労働組合論としての出発(一九世紀末~一九五〇年代)

 第2章 労使関係論の形成
     ――プルーラリズムの黄金期(一九六〇年代)

 第3章 労使関係論の欠陥
     ――法的規制論と人的資源管理論の台頭(一九八〇年代)

 第4章 労使関係論の刷新 Ⅰ
     ――マルクス主義派の挑戦と分岐(一九七〇年代と九〇年代)

 第5章 労使関係論の刷新 Ⅱ
     ――ネオ・プルーラリズムとマテリアリズム(二〇〇〇年代以降)

 終 章 要約と含意

 あとがき

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2021年4月14日 (水)

『中小企業労働運動に生きて――個人加盟労組と協同と』(永瀬博忠著)を思い出して

 私としては、編集者として忘れられぬ人がいる。その人は「全国金属労働組合の個人加盟・地域型労働組合活動家でリーダーだった」。その記録(一部だが)を再現したい。名前は「永瀬博忠さん(1941年生まれ)」。二つの論文を書いていただき、1冊の単行本[『中小企業労働運動に生きて――個人加盟労組と協同と』(シーアンドシー出版、 1996年)]を編集している。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#210415nagase

 永瀬さんは1960年半ばに「全国金属板橋地域支部」に加盟し、育て上げ、一時期には750人余までの組合になったこと。
 【個人加盟労働組合運動の事実は、『たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ』(山岸一章著、太郎書店、1967年)で描かれている】
  http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html#tatakaukojinkamei191130

 190821kojinkamai

 その後、《「反独占中小企業擁護論」を主張した後(全国金属板橋地域支部と豊島地域支部が合併し城北地域労組協をつくり)》、労働者協同組合運動に「傾斜していく」(浅見和彦さんによる)ことになった、稀有な体験をした労働組合運動家だ。
 以下の文章は、その研究所:「協同総合研究所」の『協同の発見』誌と組合系パンフレットで書かれたもの。この当時は、高田馬場駅近くにあった研究所事務所では、私も毎週のように立ち寄り、情報交換とそのあとの交流会を楽しんでいた時期だ。
 
 最近、古いHDD(PCの)を整理している中で発見し、3つの文章が今でも読めるのでUPした。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#210415nagase


 「加入に際しての決意と問題意識」(永瀬博忠、『協同の発見』、1993年9月、No.18、東埼中小労組書記長、城北地域労協事務局長) 

   「地域労組運動の理論と実践の人・永瀬さんの死を悼む――地域労組からの労働者協同組合の探求」(木下武男、『協同の発見』、1995年10月、No.43)
 「城北地域労組協の運動と永瀬博忠さん」(外谷富二男、1995年10月、No.43)
 永瀬 博忠「二つの山を越えて 大腸・肝臓ガン克服記」(東埼中小労組、城北地域労組「豊島25・板橋30周年合同記念式典報告」(1991年11月)

 研究所以前に私にとっては既知の人物で、2回ほどの原稿を書いていただいている。
 テーマは「個人加盟労働組合の実情はどうなっているのか」「これからどうなるのか」だったが。
 下山房雄さん(九州大学名誉教授)との論争もあったが(中身は忘れましたが)、手元のHDDには残っていないので、国会図書館に行って、フォーローしていきたい。
 「個人加盟産業別地域労組運動の意義」(永瀬 博忠、『賃金と社会保障』、1982-10-25、852号)
 「中小企業の"谷間"からの提案――84年春闘読本 ; 現場から立て直しを考える」(永瀬 博忠『賃金と社会保障』、1983-12-10、879号)

 浅見和彦さん(専修大学教授)の以下の論文でも、以下のようにコメントが付されている。

 「戦後日本の労働組合の組織化戦略と活動――その経過と論点」(浅見和彦、専修経済学論集、42―3、2008年 03月、A5判35p)
   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm#sengonihonososhikika

 《しかしながら、 1968年には、この組織化運動に対して、 「個人加盟および産業別結集」を「機械的に絶対化する画一主義」になる傾向や、 「企業別組合の弱点だけを強調」する「セクト的傾向」があるとする共産党指導部の批判(注29ーー編集子) がおこなわれた。このため、左派潮流の活動家たちに戸惑いを生み出した。例えば、全国金属東京地本板橋地域支部の永瀬博忠は、 「この運動の推進力の1つである、この党が60年代前半の評価を微妙にながら変化させていることがうかがわれ」(注30ーー編集子)ると指摘した。 「階級的民主的強化」論にもとづいた企業別組合の評価の揺り戻しが生じたと見ることができる。
永瀬博忠「個人加盟産業別地域労組運動の意義」 『貸金と社会保障』第852号、 1982年10月下旬号。同『中小企業労働運動に生きて一個人加盟労組と協同と』シーアンドシー出版、 1996年に所収。

《永瀬博忠は、 「反独占中小企業擁護論」を主張した後、労働者協同組合運動-傾斜していく。同「加入に際しての決意と問題意識」 『協同の発見』第18号、 1993年9月号。前掲『中小企業労働運動に生きて』に所収。》

 また友人の長崎紘明論文では「石川啄木試論―郷里の意義と影響」(「山梨医科大学紀要」1995年、第12巻、1-9)
 https://yamanashi.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=776&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

 本稿を畏友永瀬博忠氏に捧げる。永瀬は病室で今年の秋韷(しゅうらく――編集子)を聞いただろうか? 学問を愛し、明治の思想家を尊び、貧しく辛い人達の絶対的な理解者であった。永瀬は人生のモラル、経済のモラルを体現している学者であった。偉大なかくも偉大な現代の思想家を失った事が、日本の貧しく辛い人達の健全な労働意欲を落胆させ荒廃させることにならぬよう祈るぽかりである。頑強な岩盤のような理解者として、崩れゆくモラルを支えていた永瀬の姿は、啄木の姿と同じように極貧に耐えながら時代の要請にこたえている懸命な姿であった。落涙を禁じえない。

2021年3月10日 (水)

『輝いて、しなやかに――物語 男女差別裁判の40年』の著作権者を教えて。

 今、手元に1冊の「1960年代からの女性労働者の闘い」を描いた本がある。なんとかHPにUPしたいと思って、著作権者を探している。

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 本のタイトルは、『輝いて、しなやかに――物語 男女差別裁判の40年』だ。
 著者は「中西 英治(なかにし えいじ)」さん。
 
 本の奥付では、以下の通り。
 1941年広島市生まれ 3歳のとき原子爆弾被爆
 1964年明治大学文学部(ドイツ文学専攻)卒、全商工労組書記
 1973年 赤旗編集局
 2002年よりフリージャーナリスト
 版元は新日本出版社で、「2002年4月20日 初版」の本だ。

 出版社の宣伝文では、「差別なく働きたい!」 人間の平等を求めて、裁判に立ち上がった女性たちの闘いは、連なり広がってゆく。孤独から連帯へ、女性史に新しい光をあてた感動のドラマ。『しんぶん赤旗』連載に加筆したもの、と書かれている。

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 編集子は10年ほど前から「現代労働組合研究会のページ」を立ち上げ、あたりまえの労働組合・労働者の闘い・運動の歴史、労働問題・労働法・社会政策・協同組合学会などで活躍した個人の業績、労働問題・労働組合運動のBOOK紹介などをWEBとして発表してきた。
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/union-top.html

 その中で「女性労働の闘いの歴史」をUPしたいと思っていた。

 個人としては1970年代中葉の婦人労働問題研究会の編集に参加し、1980年代に東京労働争議研究会の中での「日産・中本さん」「東洋鋼鈑・立中さん」の闘いについて取材してきた。しかしその後は、他の分野の編集をしてきて、縁が薄かった。
 そこで古い友人の上田裕子さん(現代ルポルタージュ研究会)にまとまった本がないか相談したら、本書を推薦してもらった。
 その後、共産党の本部、新日本出版社に連絡したら「教えられない」といわれ、そのまま中断したままだ。
 ご連絡先をご存じの方がいれば、メールください。
 sin_ryo11731アットyahoo.co.jp(アットを@)

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