日記・コラム・つぶやき

2021年5月 8日 (土)

24万1571アクセスがありました。(2021.05.08)。

>2020年12月14日 (月):23万0402のアクセスがありました(2020.12.14)。

以下が本年の4月でした。
 >21万アクセスがありました(2020.04.05)。

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-93790c.html

 >▽17万のアクセスがありました。 (2018年3月28日 (水))

 >昨年10月22日に以下のような情報を発信しています。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 ▽16万のアクセスがありました。 (17/10/22)

2020年12月14日 (月)

23万0402のアクセスがありました(2020.12.14)。

  以下が本年の4月でした。
 >21万アクセスがありました(2020.04.05)。

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-93790c.html

 >▽17万のアクセスがありました。 (2018年3月28日 (水))

 >昨年10月22日に以下のような情報を発信しています。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 ▽16万のアクセスがありました。 (17/10/22)

2020年4月 5日 (日)

21万アクセスがありました

 20万アクセスは2019年10月10日 (木)でした。
 今回も、読み手の希望にマッチしたのかどうか、疑問に思いながら書き進めてきました。

 ありがとうございました。

  20040521man

   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/

 

 


 

2019年12月18日 (水)

私たちの行動を監視しているGoogleシステム

  「Gmail」をメーラー(電子メールの作成や送受信、受信したメールの保存・管理を行うソフトウェアのこと)としてはほとんど使っていないが、最近、「Google Maps Timeline」というメールが来ていた。Googleのアカウントを持っていて、なおかつGoogleマップを使ってロケーション履歴機能をオンにしているかららしい。

(下の図版は情報を削除した後のモノ)

  191218google-maps-timeline11

 中身を見てたら、「11 月のハイライトをお届けします」(Google Maps Timeline <noreply-maps-timeline@google.com> と表示され、1年間に及ぶ(もっと多いのか?)自分の行動(研究会や会議で出かけた場所、とどまった施設、飲み屋・食事の場所、温泉で行った旅館など)がすべて見られるシステムの紹介だった。

 日付を入れてみると(上の図版の左肩に日付を入れる) 、10月に行った「乳頭温泉・鶴の湯」が出てきたり、先月、沖電気OAKの勉強会で泊まった浦和の「別所沼会館」が出てきた。

   191218google-maps-timeline9  

 池袋の飲み屋さんや「アリスの飲んべー会」の日にアクセスすると越谷駅前の所定の場所が出てきた。

 せんげん台にある「障害者就労移行支援事業所・世一緒」の事務所にパソコンの設定に行った日などもわかる。

 なんという情報筒抜けの生活をしていたか、唖然とした。 

 Googleとして申し訳程度に、「このデータは本人だけが閲覧できます。Google はユーザーのプライバシーとセキュリティを保護しています。 詳細」「現在地はモバイルデバイスから送信され、閲覧できるのは本人のみです。」と書かれているだけだ。

 個人情報の保護などと謡いあげている時代に、なんというシステムを開発しているのか。

 

 Google Maps Timelineの中身を詳細に読んでみると、発信源は「タブレットとスマホ」ということがわかり、何とか遮断した。

191218google-maps-timeline3

 WEBで検索してみると、「2018年を振り返って、訪れた場所と年、国が地図と共に表示されていて、結構面白いなと思いました」と書く人もいるが、いかがなものか。

 https://trinity.jp/168766/

 足跡を残すライフログって面白い

 https://japanese.engadget.com/2018/08/05/google-2-google-tips/

 

 ジョージオーエルの「1984年の世界」が、超監視社会として現代中国に登場しているように、人権保障がない社会になってしまう。

 本を紹介するWikipediaには「作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョン、さらには町なかに仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。」

 https://ja.wikipedia.org/wiki/1984%E5%B9%B4_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)

 

 Google Maps Timelineの削除の方法を引用しておく。

 

 Google マップ アプリの場合

 ロケーション履歴をすべて削除する

 1.Android デバイスで Google マップ アプリ Google マップ を開きます。

 2.左上のメニュー アイコン メニュー 次の操作 [タイムライン] タイムライン をタップします。

 3.右上のその他アイコン その他 次の操作 [設定とプライバシー] をタップします。

 4.[現在地設定] [ロケーション履歴をすべて削除] をタップします。

 5.画面の指示に沿って操作します。

 

 ウェブブラウザの場合

 1.ウェブブラウザで Google マップのタイムラインを開きます。

 https://www.google.com/maps/timeline?pb#spf=1576635216884

 2.右下の設定アイコン Settings icon 次の操作 [ロケーション履歴を自動で削除できます] をクリックします。

 3.画面の指示に沿って操作します。

  https://support.google.com/accounts/answer/3118687?visit_id=637122314431183991-1386883980&p=location_history&hl=ja&rd=1

 

 

2019年10月10日 (木)

20万アクセスがありました。

今回も、読み手の希望にマッチしたのかどうか、疑問に思いながら書き進めてきました。

ありがとうございました。

19101020man

2019年8月31日 (土)

「NPO本をたのしもう会の講演会」のご案内(2019 年10 月13 日)

  第9 回<著書を語る、著者と語る>「石牟礼道子の世界事実・表現・想像力」(講師米本浩二さん )

  http://www.npo-honwotanoshimoukai.com/index.html

 ・と き:2019 10 13 日(日)午後2-4

 ・ところ:武蔵野プレイス4 階 フォーラムAB(定員100 名、先着順)/

      東京都武蔵野市境南町2-3-18 ☎0422-30-1903

      JR 中央線「武蔵境」駅南口から徒歩1

 ・参加費:1,000

 190831yonemoto

 ◇『評伝 石牟礼道子-渚に立つひと-

 石牟礼道子九〇歳、かくも激しい憩い初の本格評伝。

 新潮社 (2017330)

 「戦後文学最大の傑作」(池澤夏樹)と激賞された『苦海浄土』。その作家の全容。『苦海浄土 わが水俣病』の発表以来、文学界でも反対闘争の場においても類なき存在でありつづける詩人にして作家・石牟礼道子。恵み豊かな海に育まれた幼年時代から、文学的彷徨、盟友・渡辺京二との出会い、闘争の日々、知識人と交流のたえない現在まで。知られざる創造の源泉と90年の豊饒を描き切る、初の本格評伝。

http://www.npo-honwotanoshimoukai.com/index.html

2019年7月 3日 (水)

『拓北農兵隊――戦災集団疎開者が辿った苦闘の記録』を先輩が発刊。

 私の先輩で、在社当時は編集部長を担っていて、私もいろいろと長年お世話になり、のちに「旬報社社長」(1990年代半ばから10年ぐらいか)の重責を果たした石井次雄さんが新しい本を出版したので紹介したい。

190703takuhoku

 石井さん家族の「横浜空襲後の北海道疎開・半強制的移民暮らし」を描いた本。

 

 ご本人からは《NHK朝ドラ「なつぞら」のお陰で市販しました。今日、横浜の紀伊國屋で平積みになっているので撮ってきました》という楽しいメールが寄せられていました。

190703ishii1

 旬報社のHPに詳しい紹介が出ている。

 NHK朝ドラ『なつぞら』(~2019.9)で「拓北農兵隊」が話題に!

  http://www.junposha.com/book/b458009.html

 

 第二次世界大戦敗戦前夜、大空襲で焼け出された市民たちが、北の大地で直面した現実とは。体験者が語る昭和の記録―。

 1945年5月29日の米軍の横浜大空襲により焼け出された人々は戦災集団疎開者となって北海道へと渡った。

 

 戦災者北海道集団帰農という政策の下、「拓北農兵隊」という名で、戦争被災者を「開拓戦士」として北海道へ送り込むものであった。

 知られざるその現実を、経験をもとに明らかにする。

 

 ◆目次

 プロローグ―1945年・夏景色

 1章 その名も拓北農兵隊

 2章 集団帰農はどう推し進められたか

 3章 入植者が語る苦闘の記録

 4章 入植地・長沼での体験

 5章 戦争に翻弄された戦災集団疎開者

エピローグ―2016年・冬景色

 

2019年3月22日 (金)

19万のアクセスがありました。

昨年3月28日(水)に以下のような情報を発信しています。
 今後ともよろしくお願いいたします。
▽17万のアクセスがありました。 18/03/28

2018年3月28日 (水)

17万のアクセスがありました。

 昨年1022日に以下のような情報を発信しています。

 今後ともよろしくお願いいたします。

 

  ▽16万のアクセスがありました。 17/10/22

2017年10月22日 (日)

16万のアクセスがありました。

14万アクセスは(2015年12月)、あれからほぼ22カ月(20171022日現在)たちましたが、早いものです。

これからもよろしくお願い致します。

 

 

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