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2023年8月 9日 (水)

『世界は五反田から始まった』(星野博美 著、ゲンロン、2022年7月10日、1980円)を読む。

  『世界は五反田から始まった』(星野博美 著、ゲンロン、2022年7月10日、1980円)を図書館から借りて読んだ。いくつかの書評を読んでいたので、「大五反田」界隈の3代にわたる零細工場(こうば)の「東京地場工業事情」の本だと思っていた。
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 出だしは、祖父が残した手記を読み通しながら、自らの記憶や父の思い出や明治以来の出身地(千葉)にまつわる人間のつながりを描いていた。
 そのなかで、「戦争疎開の土地」は越谷と出てきたので、“オーそーなのか”と、愛着を感じ始めた。
 ≪戸越から約二時間(池上線戸越銀座から乗り五反田から国鉄上野乗換へ北千住乗換へ東武線越ケ谷下車徒歩十五分)の所です。土地三百坪、家二十坪、瓦茸倉庫四坪、隣に田百五十坪(小作に造らせていた)、建築好きの宮田さんの事、実に立派なしっかりした築三年くらいの家であった。庭には梅の古木二本(梅三斗位とれた)、柿八本、あんず三本等があった。倉庫には一年分位の薪が積んで有り、家の床下にはじゃがいもが一ばいあった。後困らない様残して置いてくれた。
 値段二万七千円で買い求め、引っ越したのは十九年八月でした。私も一日おき位に東京へ通った。前の玉川の家は二万一千円で他に譲ったが、空襲でも焼けづに残って居た。≫
 2時間もかけて都内の工場に通う、戦前の「大人」の偉さに関心して読んだが、越ケ谷駅下車15分というと、大沢のあたりか。
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 この本でビックりしたには、「町工場の日常(軍需工場の末端状況も)、スペイン風邪、関東大震災、日本の軍国化、空襲、疎開、満蒙(まんもう)開拓団」が描かれていたが、なんと本書のアンコの部分に「戦前の社会運動の実像」にふれる文章が展開されていた。それは自分が若い時代に読んだプロレタリア文学・小林多喜二のことだ。有名な工場オルグになった党員の物語を描く『党生活者』(新潮文庫)がさらりと出てくる。
 著者は10年前の『蟹工船』ブームを知っているはずなので、ダイレクトに描くのではなく、「荏原無産者託児所」(宮本百合子の『乳房』の舞台となった)、日本で初めてできた無産階級のための診療所、「大崎無産者診療所」など現代の「地域コミュニティづくり」の先進的運動の歴史を描いている。
 ≪大五反田は無産者と縁が深く、ツアーではそれにまつわる三つの場所を訪ねた。小林多喜二が無産階級の覚醒を目指してオルグに入り、その体験をもとに書いた『党生活者』の舞台となった藤倉工業の五反田工場跡地。日本で初めてできた無産階級のための託児所にして、宮本百合子の『乳房』の舞台となった「荏原無産者託児所」跡。そして同じく日本で初めてできた無産階級のための診療所、「大崎無産者診療所」跡である。この三つが大五反田域内に揃っていることを、ツアーでは体感してほしかった。
 つまりそれだけ戦前の五反田界隈には、低賃金労働者が多かったということにはかならない。≫
 侵略民としての満蒙開拓団、戦争被害者としての城南大空襲を描く著者の幅の広いスタンスなども、共感して読んだ。
 著者は、自分史ブームの中で、さらに複合的なコンセプトとして五反田を通じて社会的視野でルポルタージュの本として仕上げている。
 この展開を著者と合意した、最初の読者としての編集者は、エライ!
【追記:2023年8月12日】
本書で紹介された川上充さん(『品川の歴史』)には、1970年代後半に「電機労連ソニー労組書記長」の時代に、小さな雑誌で原稿を書いていただきました。

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