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2023年6月

2023年6月25日 (日)

「日本労働者協同組合連合会」創立レセプションに参加した(2023年6月24日)

 昨日(2023年6月24日(土))、JR大塚駅近くのホテルで開かれた労働者協同組合法に基づく「日本労働者協同組合連合会」創立レセプションに参加した。現在、53団体が全国で法人化されているという(「東京新聞WEB版、2023年6月24日の記事)。

 https://www.tokyo-np.co.jp/article/258770?fbclid=IwAR3k8mAKdoODazLKsAIkoCdlkND_j42UwjtKNAPfO3Ti95XYllxXz6svgcU

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 ほぼ十数年、この種の公式な場には顔を出してこなかったが、松澤常夫さん(前「日本労協新聞」編集長)から「参加のよびかけメール」が寄せられたので、友人の一員として、顔を出した。

 私も1980年代から20年ほどかかわってきた社会・事業運動であったが、生きている間に労働者協同組合法が実現し、公認がされるとは思っていなかった。

 日本における労働者協同組合研究の先駆者たち―TOP

  http://e-union.sakura.ne.jp/workes-law/index.html

 

 大昔、学んだマルクスの言:「経済的事実が法的事実になる」という言葉を思い出していた。

 私が仕事をした労協関連の出版物。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/candc/index.html#workers20170515

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 単行本づくりでは、広告媒体がない本で売り上げは厳しかった。ある時、「読売広告社扱い」でICA日本大会向けに「赤旗」に広告出稿をした『変革期における協同組合の価値』( S.A.ベーク著、協同総合研究所編、菅野正純訳、シーアンドシー出版、1992年10月)は、掲載されなかった。なぜか「赤旗広告」担当に直接聞いたが、「赤旗で報道するか決まっていないので」とそっけなく言われ、掲載はその数日後になったバカみたいな話もあった。

 しかし、『AARPの挑戦 全米退職者協会』(日本労協連編集、シーアンドシー出版、1997年10月)が「天声人語」(朝日新聞)で紹介され、話題なったこともあった(これは編集した人が東大出身者で「天声人語」の執筆記者が、東大の同期生だった人脈の発揮)。

 定期的な仕事として机をもらって編集した『仕事の発見』誌(日本労協連発行、シーアンドシー出版編集)は、以下に目次がある。残念ながら「5000部のベース」を作れなかったので、新しくなったK専務理事が廃刊を決定。

 『仕事の発見』(B4判、隔月発行、総目次、1993年12月号~1999年7月号)

  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/candc/sigoto0-16.htm

 

 会場では自民党の議員が議員代表として、メッセージが発せられるなど、このテーマでなければ、これからも同席することがないのではないか、と自分なりに納得した。

  当日、自由にいただけた『厚生労働』(A4判 発行所:日本医療企画、編集協力:厚生労働省)においても「特集 世界が注目する新しい働き方 「労働者協同組合」の可能性」が企画されている。

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 参加してよかったのは、無茶々園代表の大津さんやワーカーズコープ・ちばの菊池さんなど20年ほど前から会っていなかった方に会えたこと、富澤賢治先生(一橋大学名誉教授)・大高研道先生(明治大学教授)のお顔が見えたこと、現在の協同総合研究所の専務理事や事務局長と名刺交換できたこと(協同総研の出発期の状況を知っている方々が鬼籍に入っていて、その代わりに一度、交流しようという話が出たこと。今年に入って、その原稿を書くように言われたが、現在の協同総研の先生方とは交流がないので、断っていた)、一緒に参加したライターの長岡義幸さんも総会記念集会を取材していて、会場で交流できたようでよかった。

 こちらも岩垂弘さん(平和・協同ジャーナリスト基金代表・元朝日新聞。1980年代前半に開催した「中高年雇用・福祉事業団」創立総会を取材していた方。現役記者時代に一般紙を含めた記者クラブを日本生協連内に作り出した )と久しぶりに面談できたのもよかった。現在、米寿になっているようだが、元気なお顔を見せていただいた。

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 帰りは、前に首都圏青年ユニオンの原田委員長に紹介された「毛沢東礼賛」の絵が描かれていた中華料理屋に行ったが、満員だったので写真を撮って帰ってきた。

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 大塚駅前界隈は、20年前とはだいぶ変わっていて、駅ビルでコーヒーを飲んだが、若い女性が多いのにびっくり。

 

  当時、労協連にお世話になりながらいくつかの仕事(出版物)にかかわった写真が最近出てきたので、UPしたい。
 ▽1枚目の写真(名古屋協同集会を終えて、座談会の模様。カメラは五味さん。)

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    1995年1月号・第7号 仕事拝見――いま「協同」を問う'94全国集会●写真・五味明憲
    特集 いま「人と地域に役立つ、新しい働き方と協同の仕事おこし」を――名古屋協同集会を終えて
    菅野正純/永戸祐三/片山元治/池上惇/中田宗一郎/奥 治/菊池陽子/上掛利博
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/candc/sigoto0-16.htm#sigoto0-16
  ▽2枚目の写真(この本を新刊を届けるために、池上先生の馴染であった京都・祇園界隈にあった店で)
    ●『仕事おこしのすすめ』(池上惇著、シーアンドシー出版・協同総合研究所、1995年3月 PDF完全復刻版)
 
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/shi.../140912ikegami_hukkoku.pdf
 

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    机をもらったのは、私だけでなく東京争議団関係のまとめをしていた人もいたが、この仕事がなくなったのは、残念無念だったので、記事を残していた。
 ▽本誌は、日本労働者協同組合連合会発行の機関誌です。
 草創期のワーカーズコープ運動とその共鳴の鐘を鳴らし続けた雑誌でした。 
 誌面の企画は当時の連合会の中田宗一郎専務と協同総合研究所の菅野正純主任研究員の発案ですすめてきました。 
 特集号の企画を見ると各地に生まれていた事業団、高齢者協同組合づくりの息吹き、協同集会でのさまざまな出会い、介護保険実施とヘルパー養成講座のすすめをはじめ諸外国のワーカーズコープの紹介など、運動の鏡とその先一歩をめざして企画されていたことが分かります。 
 しかし運動は時代の大波をくぐり抜けてきた面と成就しなかった姿も今日では、散見されます。21世紀を迎えた現在、協同の時代へ向けて、さまざまな試みがなされ歩み始めています。 
 新しい鏡が生まれることを期待して、目次抄録をUPします。 
         (シーアンドシー出版・飯島信吾)
1993年12月号~1996年5月号の目次一覧
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/candc/sigoto0-16.htm#sigoto0-16
1996年7月号~2000年3月号の目次一覧
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/candc/sigoto17-34.htm

2023年6月13日 (火)

いま「個の確立」を「本のあとがき」に書き込んだ意味(私ではないが)

 私の先輩編集者・Kさんが、1970年代前後の出版物に、著者の了解を得て「個の確立」とあとがきに書き入れていた。
 先輩・Kさんは、私のアルバイト時代の「教養学部的ゼミの講師」のような人。
 1933年生まれで、早稲田大学大学院で沼田稲次郎さんの労働法ゼミで修業したあと、文京区労協の専従になり、後に労働旬報社の「労旬新書」を編集していた。
 Kさんからは労働問題・労働組合運動史の歴史のテキストとして、アメリカの社会主義者として著名だったレオ・ヒューバーマンが書いた一連の本――『資本主義経済の歩み』(上・下、岩波新書、1953年)、『アメリカ人民の歴史』(上・下、岩波新書1958年)、『労働組合入門』(青木新書、 全日本損害保険労働組合大阪地方協議会青年婦人部、1956)――の紹介とレクチャーを受けた。
 いつも仕事が終わった後の一杯の時に「労働法がめざす権利闘争の担い手は、自立した個人」と「人間の尊厳を実現することをめざし、個々人の連帯的団結体が労働組合」だと話してくれた。
 これらの文献の翻訳者は雪山慶正(専修大学教授、1912年10月6日~1974年5月6日、真継 伸彦著『光る声』、河出書房新社、1966年の主人公とのこと)さんで、もう一人の恩師だ。
 ある種の政党的・世代的観念に陥らないで「個の確立」を目指さなければならなかったのは、若い自分だったのかもしれない。仕事をしながら、サゼッスチョン("示唆"や"暗示"など、自分以外の誰かに何かを伝える意味が含まれている言葉)してくれたようだ。
 
 1980年代に「インフォ―マル組織による労働組合乗っ取り戦略」を追及したとき、以下のアンドルー・ゴードンさんが書いた文章のように、自己実現路線で同調する昇進昇格的人生がよくわかったのだ。
 〔4〕アンドルー・ゴードン著、二村一夫訳 『日本労使関係史~1853-2010』(元法政大学大原社会問題研究所所長・法政大学名誉教授)の「第11章 日本型労使関係のヘゲモニー」(434p-437p・PDF版)の部分を読んでほしい。(PDF版)
 
 インフォーマル組織は、「裏返しのレーニン主義」の母国であった、と書いてある。
 
 「インフォーマル・グループ」とは、共産党の組合内派閥集団である「細胞」をお手本にしてつくられた組合内組織であった。ただし経営側と対立する存在ではなく、会社に支援され会社と協調する集団であった。レーニン主義が政治的に目覚めた前衛分子によって大衆をリードし社会主義革命へと導く戦略であるなら、戦後日本は「鏡の国のアリス」ならぬ「鏡の国のレーニン主義」、 「裏返しのレーニン主義」の母国であった。インフォーマル・グループは、革命とは反対方向へ大衆を導くことを目指した前衛組織である。組合潰しだけがこのお話のすべてではない。インフォーマル・グループに属する者は、採用、昇進、昇給、あるいは仕事の配分、さらには作業長といった監督者への選抜に際し有利な扱いを受けたのである。他方で、戦闘的な活動家は差別的に処遇された。だが日本鋼管だけでなく他社でも、労使関係を安定させ生産性を向上させるには、こうした強硬路線だけでは不十分であった。 1950年代から70年代まで、企業経営者とその同盟者である協調的な労働組合内「会社派」は、従業員の支持獲得の上で大きな成果をあげた。そのための諸方策こそ、ある意味で「日本的労使関係」の核心をなしている。
 「団塊の世代」に属する私たちは「競争社会・能力主義社会」の牙城でつくられた「企業社会」の中心勢力だったはずだ。
 だから1975年当時、40%を超える組織率を作った先輩たちの力や総評などの労働組合陣営を崩壊させ、JC・同盟型の連合が大手をふるってのさばる状況をつくらせた責任がある。
 
 以下の文章も参考になる。
 
 
 ▽文春オンライン
日本が“同調しなければ生きていけない社会”になっている問題について、牧野 知弘 によるストーリー • 1 時間前

 

2023年6月11日 (日)

現代版「全日自労」をつくろう。中西五洲さんから学ぶ

  「民革路線」を今の社会へ、地域コミュニティの主人公づくり
    「あたり前の労働組合をのページ」に全文、UPしました。
  http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-atarimae.html#230611nakanisghi-1

 

 長文になりますが、私は1980年代の「インフォーマル組織型労働組合」(JC・同盟路線)に対抗する運動として、総評とともに東京争議団運動、企業の枠を超えた全国金属の運動、産業別労働組合運動を作り始めた関西生コン、そして社会的底辺からの労働組合づくりに成功したニコヨンさんの全日自労・労働者協同組合、そのリーダーとしての中西五洲さんに注目してきた。

 「君は知っていますか『全日自労』という労働組合」ウエブサイト資料。
 そのうえで現代に即して考えると「労働組合運動と協同組合運動の結合」も事業団運動から学んできた。
 
 私たちの先輩にあたる角瀬保雄さん(故・法政大学名誉教授)さんは、中西五洲『理想社会への道』の出版にあたり、その意味を次のように書いている。
 ≪(2005年)3月28日、総評会館で中西五洲さんの新著『理想社会への道』(同時代社)の出版記念のつどいが開かれました。中西さんは有名な中西 4 兄弟の末弟で、法政大学在学中の 1943 年、治安維持法で逮捕され、戦後マッカーサー指令で釈放された人で、全日自労の創立にかかわり、初代委員長になり、民革路線の提唱で知られています。同時に三重県民生協の創立、中高年雇用福祉事業団の創立、高齢者生協の創立と、今日の労働者協同組合運動の生みの親といえる人です。労働組合運動と協同組合運動の双方にかかわりをもつ数少ない社会運動の指導者といえます。
その中西さんが 80歳でパソコンを習い、3年間かけて完成させたのが『理想社会への道』です。私は10数年前、黒川俊雄先生や中西さんと一緒に協同総研の創立に関わったことがありますが、以来日本の改革のためには労働組合運動と協同組合運動が手を携えていくことが必要と考えてきました。しかし、労働組合運動は協同組合運動に十分な理解をもたず、協同組合運動も労働組合運動に理解をもちえないでいるというのが現実といえます。≫と記している。
 
 その大事な記録として2015年2月23日に発行したのが、『君は知っていますか「全日自労」という労働組合――中西五洲の思い出+「機関紙じかたび」(PDF版)――現代労働組合研究会・飯島信吾編』だ。
 このページ内では松澤常夫さんのことも触れている。
 労働者協同組合運動とその法の実現があっても、著名な弁護士は「崇拝」と書いているが、社会政策、経営学、法学、社会的経済、労働組合運動、協同組合、自治体運動の研究者と実践家による協同によって実現したことを読み取ってほしい。
  新しい労働組合運動は「企業の枠内ではない、産業別自立労働組合」路線として、大衆運動の法則にのっとり民革路線でつくられるはずだ。その参考資料になると確信している。

 
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 ■主な目次
 ◇中西五洲さんの略歴
  1922 年三重県多気町に生まれる。1941 年法政大学入学、中退。1943 年治安維持法で逮捕、懲役 3 年の実刑。1945 年
10月マッカーサー指令で釈放。1950年松坂の失業対策事業に就労。自由労組をつくる。1953年全日本自由労組(全日自労)
を結成、初代委員長。断続的に 3 期 18 年間委員長をつとめる。1972 年三重県民生活協同組合を設立。以後 18 年間理事
長をつとめる。1979 年中高年雇用福祉事業団全国連合会を創立。初代理事長
 ◇解説 飯島信吾 
 1 中西五洲さんの思い出
 2 続・中西五洲さんの思い出(そのつづき)
 3 大衆運動における法則性―中西五洲さんの思い出・その3
 ◇主な論文・エッセイ抄
 失対事業打切りに反対する―全日自労のたたかい、『部落』、部落問題研究所出版部、1962 年 9 月、152 号
 大衆運動における法則性、『現代と思想』、青木書店、1978 年 12 月、34 号
 総評改革と労働運動再建のために、労戦再編と統一労組懇 < 特集 >、月刊労働問題、1980 年 5 月、274 号
 要求穫得に執念をもって進もう、81 年春闘読本―職場労働者編、賃金と社会保障、1980 年 12 月 10 日、807 号
  『日本の労働組合運動をどう建てなおすか : 労働戦線統一 / 春闘再構築 / 大衆運動の法則性』、中西五洲著、合同出版、
1981 年 11 月 
 労働組合運動の民主的改革路線、中西五洲・永山利和、労働組合の民主的改革、1985 年 3 月――黒川俊雄慶応義塾大学
教授の還暦記念論集 
 運動の立て直しをあくまで追求、労働運動の現在と未来 < 特集 >、月刊総評 / 日本労働組合総評議会、1982 年 1 月、
289 号
 『労働組合のロマン : 苦悩する労働組合運動からのレポート』、中西五洲著、労働旬報社、 1986 年 2 月
 
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 「労働組合のロマン」と事業団運動、労働者協同組合と現代 < 特集 > ; 労働者協同組合と日本、賃金と社会保障、1986
年 3 月 25 日、934 号 
 <随想>ゾルゲと尾崎さんのこと――サン・シャイン(元東京拘置所)を横に見て、中西五洲(中高年雇用・福祉事業
団全国連合会)、協同総合研究所、『協同の発見』1992 年 1―2 月、第 5 号 
 ある活動家の追想と提言(ひとりごと)『部落』、部落問題研究所出版部
  ⑴  私の運動の原点――はじめにかえて  1992 年 8 月
  ⑵  自分の頭でものを考える       1992 年 9 月
  ⑶  大衆運動の法則性          1992 年 10 月
  ⑷  人類の危機             1992 年 11 月
  ⑸  協同の原理             1992 年 12 月
  ⑹  労働者協同組合           1993 年 1 月
  ⑺  徹底民主主義            1993 年 2 月
  ⑻  自立と協同と愛           1993 年 3 月 
 高齢者生協の創設をめぐって、特集 環境と地域社会への配慮、協同組合経営研究月報、協同組合経営研究所、1996 年 7
月、514 号 
 輝かしい労協運動 20 年を振り返って、中西五洲、『21 世紀への序曲――労働者協同組合の新たな挑戦』(日本労働者協
同組合連合会編、シーアンドシー出版 1999 年 9 月)(PDF版)
 全日自労三重県本部の歴史をまとめるにあたって、手島繁一、協同の発見、1995 年 10 月、43 号
 『皆でたたかった 50 年―全日 自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって、手島繁一、協同の発見、1996 年 6 月、51 号 
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 『理想社会への道―私の資本主義改造論』、中西五洲、同時代社、2005 年 2 月 
 中西五洲『理想社会への道』 法政大学経営学部名誉教授・角瀬保雄、非営利・協同総合研究所いのちとくらし「研究所ニュース」発行日 2005 年 05 月 16 日)
 『友愛の社会を求めて』、中西五洲、同時代社、2009 年 11 月 
 発 行 2015 年 2 月 23 日
 編 集 現代労働組合研究会
 ▽追記2023.06.11
 【論文】全日自労の「民主的改革闘争」の意義、松澤常夫、「マルクス主義研究年報」、1980年版、NO.4、マルクス主義研究セミナー、芝田進午責任編集、合同出版 (PDF版)

2023年6月 5日 (月)

「芹澤寿良―WEB版著作選集」のページをUP(再掲)

「芹澤寿良のページ」(高知短期大学名誉教授)を紹介しておきたい。
 《日本鉄鋼産業労働組合連合会本部書記》――芹澤壽良オーラル・ヒストリー(平成26年度 日本学術振興会科学研究費補助金[基盤研究(B)]、研究成果報告書【課題番号:23330115】、聞き手:青木宏之(高知短期大学准教授)など。
 
「芹澤寿良先生と私」(「ある編集者のブログ」に掲載)。
  「芹澤寿良―WEB版著作選集」のページをUPしたが、ここ何年間、芹澤先生のPCの相談役(インストラクター)を、仰せつかってきた。
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 ▽経歴
 1931年生まれ
 1950年 早稲田大学第一法学部入学
 1954年 早稲田大学第一法学部卒業
      日本鉄鋼労連本部へ(1976年7月まで)
 1976年 労働者教育協会常任理事
 1979年 高知短期大学教授(1997年3月まで)
      高知短期大学学長代理(1984年10月~1993年3月) 
 現在   高知短期大学名誉教授
 
 下記のような文章(本ブログに掲載)は、芹澤先生のお宅にお伺いして解決したり、朝一番の電話で「ノートパソコンのキーボードが変」「インターネットがつながらない」などの、困りごと解決した時のメモだ。
 おかげで、本ブログの「PC・DTPあれこれ」のテーマが豊かになり、「Yahoo検索」で多数の人たちが読みに来ている。
 論文を書く仕事の人は、「行間がそろわない」とページの形式が整わないので、ご本人にとっては「致命的」なので、自分で文章を追加しながら、行間をそろえる仕組みを学んだ。
 「Wordで論文に脚注を付ける方法」などは、各大学が学生向けに書かれたページを参照したが、UPしたら各大学から「検索」で入ってきたのが面白かった。
 2015年02月23日  Outlook2013なども高齢者にもやさしく設計を
 2014年06月24日 古いPCから新しいPCへデータを移動した
 2014年04月25日 「ローマ字入力ができない」という声
 2012年12月20日 自炊用スキャナを寄贈されて
 2012年02月29日 ノートパソコンのキーボードが変
 2011年12月11日 Word2007・Word2013で行間を揃えるやり方
 2011年11月06日 Wordで論文に脚注を付ける方法
 この関係は、手島繁一さんが北海道に帰っていったあと、お鉢が回ってきたのだが、行くたんびに戦後の労働組合の実情、鉄鋼労連の話、某政党の話、国労闘争と文化人・学者の話、高知のことなど、貴重な話が聞けて楽しみだった。
 1990年直前の時期、「市民生協の生活文化情報誌・PROSUME」発行のため、江戸川橋の仕事場(マンション)を借りて始めたとき(席は前の出版社のまま)、企画プランナー・兼執筆者のお一人であった「芹沢茂登子さん」(今は故人)と一緒に来て、「君はなぜ労働組合運動の出版物の仕事をしないのか」と言われて、「いろいろありまして」と心もとないことを言ったことを覚えている。
 いまでも、「なんとも情けない答え」をしてしまった、と感じ入っている。
 別掲にも書いたが2011年ごろから「現代労働組合研究会のページ」をつくり出したのは、芹澤先生の《「連合運動は「社会のバリケード」になれるか――基本姿勢の転換と大企業労組の組織運動の改革を」、『政経研究』、政治経済研究所、2011年、96号。》をWEBページに載せましょうということからだ。
「鉄鋼の労働運動および連合の歴史的分析――芹澤先生の論攷を紹介」(「ある編集者のブログ」に掲載)。
 
 出版物にできないので、私が編集した「芹澤寿良WEB版著作集」。
▼芹澤壽良オーラル・ヒストリー――《日本鉄鋼産業労働組合連合会本部書記》――平成26年度 日本学術振興会科学研究費補助金[基盤研究(B)]、研究成果報告書【課題番号:23330115】、聞き手:青木宏之(高知短期大学准教授)。
《第一部》◇戦後労働運動史における鉄鋼労働運動の視点
「鉄鋼労働運動の戦後の労働時間短縮闘争――1970年代の「4組3直制」をめぐる対抗と「時短」問題のその後の協調的推移」、『金属労働研究』、金属労働研究所、第134号、2015年4月
「労働組合運動に関わった私の歩みと労働・雇用法制改悪反対闘争の動向」、2014年12月、高知短期大学、『社会科学論集』第105号抜刷。
「1960年代の「八幡製鉄所のインフォーマルグループ」の育成文書」、高知短期大学『社会科学論集』99号、2011年11月。
読書案内:『もう一つの鉄鋼労働運動史――人間らしい働き方を求めた闘いの記録』、鉄鋼労働者協会、芹澤寿良、『金属労働研究』、金属労働研究、2008年7月、第94号.
日本鋼管京浜製鉄所における労働組合運動、平野浩一(ペンネーム)、『現代の労働組合運動 7』、大月書店、1976年11月29日。
「日本鋼管京浜製鉄所労働組合の組織と活動 」、樋口次郎(ペンネーム)、『現代の労働組合運動 3』、大月書店、1972年12月15日。
『社会科学論集』(高知短期大学)に執筆した「Ⅰ 日本における鉄鋼労働組合運動――その状況・分析・調査と提言」一覧。
《第二部》◇日本の労働組合運動再生の視点
「地方・地域の「協同組合」運動との協力・共同で労働組合運動の基盤拡大と強化を」、金属労働研究所、『金属労働研究』、2013年8月号、No.124。
最近の「連合」運動をめぐって―他組織との共同行動の決断、実践を―芹澤寿良、2016年3月、高知短期大学『社会科学論集』、第108号抜刷。
「国鉄労働者1047 名解雇撤回闘争における学者・文化人の支援運動―複数主体の「大同団結」をめざす活動を中心に」、高知短期大学名誉教授 芹澤 寿良、『建交労理論集』、№54号(2012年9月30日発行)。
「連合運動は「社会のバリケード」になれるか――基本姿勢の転換と大企業労組の組織、運動の改革を」、『政経研究』、政治経済研究所、2011年、96号。
首都東京における地域労働組合運動 : 新宿区労連と全労連・新宿一般労組の組織、運動、法政大学大原社会問題研究所 [編](ワーキングペーパーNo.36)、2010年2月刊 。
労働組合運動の地域政策発展をめざして、はじめに 地域政策研究プロジェクトの研究活動経過の概要、 労働運動総合研究所「地域政策研究プロジェクト」2002年7月。
地方・地域における社会保障運動発展の経験~埼労連と県社保協の「対話と共同」路線による介護保険制度改善の取り組み、労働運動総合研究所「地域政策研究プロジェクト」2002年7月。
集団的労使関係を基礎とする産別機能の形成―1―活力ある労働組合運動を創造する運輪一般、賃金と社会保障(860)、p40―66、1983年2月25 日号。
集団的労使関係を基礎とする産別機能の形成―2―地域的な集団的労使関係確立をめざす運輸一般兵庫地方本部の組織と機能 、賃金と社会保障 (862)、p40―60、1983年2月25 日号。
《補論》 『イギリス通信――経済危機と労働運動』を中心にして、芹沢寿良、昭和57年(1982)3月31日発行、高知短期大学『社会科学論集』第43号抜刷

3人目の読者(「現代労働組合研究会のページ」)との出会い

 昨晩の話のつづき。

 懇親会の場にもう一人、青年Aさんがいた。以前、研究会の場で会っていたようだが、こちらは初対面。

 お歳を聞くと「30代後半の非常勤講師」(POSSEに参加)と語ってくれた。なにしろ仕事の場を離れてから、付き合いが狭くなり、「高齢者」中心の生活だから、この世代の問題関心を聞くことがほとんどない。

 

 彼は何と研究テーマに「合理化」というキーワードですでに論文を書いていて、WEB上で私が2010年ごろから編集してきた「現代労働組合研究会のページ」の愛読者だった。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/union-top.html

 

 特に読んでいたのは、主に以下のようなページだ。

 「東京争議団物語」、そしてその後‼―TOP

 http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html

 沖電気争議の記録―TOP

 http://e-union.sakura.ne.jp/okidenkisougi/index.html

 業種別・職種別ユニオン運動研究会のページ

 http://www.gyousyubetu-syokusyubetu-union.com/

 

 このサイトは、大先輩の芹澤寿良さん(鉄鋼労連出身、高知短期大学名誉教授)との出会いがあり、「連合運動は≪社会のバリケード≫になれるか――基本姿勢の転換と大企業労組の組織、運動の改革を」、(『政経研究』、政治経済研究所、2011年、96号)をいただいたとき、「今若い人に読んでもらおうと思っているなら、インターネット上にUPした方がいいですね」と話したことから、私がその編集をし始めたものだ。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/serizawa/index.htm

 http://sengoshi.sakura.ne.jp/serizawa-2.html

 とにかく「次の世代へのメッセージ」として伝えたい、「Windows95以前の労働組合運動情報がほとんどUPされていない」状況に対して、私がお世話になったことだけでも、UPしておきたいと思ったからだ。

  若い世代の人と付き合いがなくなっているが、「労働組合運動の再生は彼らにかかっている」。

 

  最後に、このサイトを読んだ人が、目の前に来たのは3人目なのだ。

 一番目の人は、埼玉県内の私学の労働組合運動を、非正規の状態から籍を勝ち取って、がんばっているBさん。この人が書いた論文が、まったく貴重な発信になっているが、まだWEB上には発表できないのが残念。

 ◇2017年9月21日 (木):ある青年からの激励のメール――ありがとうございます

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-04f6.html

 

 二人目は、統一教会を追及しているルポライターの青年。こちらがまとめて編集しているページの愛読者だ。

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/informal.html

 

 それは「日本中の労働組合を破壊したインフォーマル組織とは何か」で書いたように、≪1960年代以降の高度成長期から企業・労働幹部が一体になったインフォーマル組織。そのメンバーは、現在では一部は経営陣に、残りは「連合」の企業連幹部についていることはわかっていた。前者は明治乳業やオリンパスの社長たちだ。後者は、「連合」の担い手として、企業連を握り、『サスコミ』グループはフォーマル化して、表(おもて)の富士政治大学で次の世代の育成に当たっている。当時からこの両者はダブっていた(東京都電力総連、凸版印刷労働組合、新日本製鐵住金八幡労働組合、日本電子連合労働組合など)。

 大企業労働者(多くの非正規労働者を含めて)を統合し、「物言わぬ民」として「ナショナルセンター・連合」を国民の願いから乖離させ、反原発を抑圧するなど反民主主義を推進する部隊。そして青年層を富士政治大学でみずからの後継者づくりに乗り出している。≫

 その彼が持ってきたコピー(「インフォーマル組織 その過去・現在・未来」)は、若かりし頃、私がペンネームで書いたものだった。

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/170805informal-tanso_1980nenda-teisei.pdf

 

 今、以上のような読者と出会っていることが喜びだ。

 新しい読者がまだまだでてくることを、老年となった今日でも、期待している。

2023年6月 4日 (日)

連合内「階級的民主的強化の担い手論」を変革し、衰退から再生へ

 ◆「現代労働組合研究会のページ」に書いてきたことがある。

 ユニオン・ショップ、労働組合の選択の自由、連合内「閉じこもり論」、連合内「階級的民主的強化の担い手論」をめぐって

 ⇔大企業の共産党活動家への文書――経営支部の一部同志たちによる「連合」組合からの脱退と別組合結成の問題について(2000年11月7日、神奈川委員会)

   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120112yunionsyopu.htm#communist

  残念ながら、2020年代の今、この方針は貫かれ衰退していっている。

   230521bara

 いま新たに、「ユニオンの旗を大企業の現場に」という闘いは始まっている。その一つの実践が、吉村さんたちの闘い――「印刷ユニオン 大日本印刷分会」だ。

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-8aa9e3.html

 すごいな「あかつき印刷労働組合」「千代田区労協」の間に「大日本印刷分会」の幟がある。私が取材して議論した東電や石川島、東芝、松下電器、日本鋼管などの1980年代の組合活動家が、生きていたら「ビックリ!」だろうな。

   http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-atarimae.html#221202dainihon-1

  

 ▽吉村さんからのレポート。

 昨日、今日(6月3日~4日)と全労連主催の非正規労働者全国交流会/横浜に参加、コロナで3年間、開催無しで今年再開催。

 2日目分科会、「要求と仲間を増やす交流会」に参加。

 全国の特徴的取り組みの報告として、

  1. 北海道・道東勤医労

  2. 神奈川県労連・かがみ田苑労組

  3. 印刷ユニオン・大日本印刷分会

 で報告しました。

 団交だけで獲得できた大きな成果を共有でき、参加者に共感を呼んでいました。

 民間大企業に全労連系の労働組合は皆無で、しかも非正規労働者だけの分会。大きな成果をあげていることになぜうまく組織化できているのか、に質問集中でした。

 

   2000年代から「労働運動の戦略的陥没地帯の克服を」と訴えた人がいる。先に亡くなった寺間誠治(全労連企画部長他、(2019年2月2日にご逝去。享年70歳))さんだ。
 2020年5月 5日 (火):寺間誠治さんが書いた労働運動における「戦略的陥没地帯」をどうするのか。
 
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-a5a324.html


 彼は、亡くなる直前の「ある労働組合研究会」で、「全労連活動で荒堀広さん(当時、労働局長か)から注文を付けられたことはなかった。コミュニスト一人ひとりが考えて、自己決定するテーマだった」と話してくれたことがある。
 しかしこの勢力は、あいかわらず「連合内の階級的民主的強化」を持ち続けているようだが、さまざまな課題がある「市民社会との連帯をつくりだす」人たちがもっと出てくることを願っている。

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