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2021年8月27日 (金)

「伊藤律・白鳥事件」の出版物を読み続けた。

 この夏、お盆前から1冊の本を読みだした。それは伊藤淳著:『父・伊藤律 ある家族の「戦後」』(講談社 (2016年7月12日)だ。
 本の紹介文では「1980年9月。その男は北京から帰ってきた。狼狽する野坂参三と幹部たち。党籍を離れず夫を信じつづけた妻と、おぼろな父の記憶を抱えて入党した息子は事態にどう処したか。また、その後、九年の歳月を生きた男と家族との日々、不自由な眼に映じ、心中に去来したものとはなんだったのか…。30年の空白を乗り越えふたたび結びついた家族の雪冤の記録」。
 ご本人は、「1946年東京都生まれ。伊藤律の次男。中央大学文学部卒業。全日本民医連事務局次長、同共済組合専務理事を経て、現在、勤医会東葛看護専門学校非常勤講師」と紹介されている、
 編集子とは数年違いの同世代の人。

 【追記2021年8月30日】:手島繁一さんのメールによると、数年前にご逝去されたと教えられた。合掌。


 facebookで宇部の医師が発信していて、今頃気が付いて読み始めた。インターネット上にあった感想の一例を次に紹介したい。
 「sasha89さんの感想」(2019年3月27日)
  https://booklog.jp/item/1/4062201852

 「戦中・戦前の日本共産党の重要人物でありながら、ゾルゲ事件で逮捕・処刑されたリヒャルト・ゾルゲと尾崎秀実の逮捕の端緒をつくったとされた伊藤律。
 「生きているユダ」「革命を売る男」のレッテルを貼られ、日本共産党からは公に死亡説が流された。
 幼い頃のおぼろげな記憶の中で、突然行方をくらませた父。その父・伊藤律が中国で生きていた。伊藤律の次男である著者が、30年ぶりの父の帰国、父不在の期間の家族の生活、父を信じ、著者と兄を支え続けた母に対する思いを綴ったのが本書だ。
 編集部のアドバイスを受けて書かれたのだろうが、構成・文章共に上手く、テンポよく読み進められた。
 伊藤律帰国にあたっての日本共産党の対応はとことん酷い。父の帰国に際し、真っ先に党に相談しようとした著者だが母の助言を受け入れ中国大使館に足を運んだことが幸いした。
 党から死んだと言われていた父が生きて中国の病院にいる。生きていることだけで家族にとっては奇跡のような出来事だろう。なのに日本共産党は著者の母親の自宅まで乗り込んで家族を恫喝する。
 しかも最高幹部である野坂参三のご登場である。野坂達、当時の執行部にとっては相当に伊藤律の帰国は都合が悪かったのだろうと想像がつく。党は伊藤律に「スパイ」のレッテルを貼ったのに、後に野坂参三こそがスパイだったと判明したのだから。
 日本共産党の非人道的な対応も印象深いが、著者の母であり伊藤律の妻であるキミさんの芯の強さに脱帽する。自分自身も共産党員であり、律出奔後も離婚することなく家族の生活を守り、律帰国に際しての党の恫喝にも動じなかった人だ。
 30年振りの帰国を果たした伊藤律は9年を家族と共に過ごし、彼岸へと旅立った。その間、家族は律に振り回されることも度々だったが、人生の最後だけでも家族の元に帰ることが出来て本当に良かったと感じた。
 尚、律の死後になるがゾルゲ事件の研究も進み、伊藤律スパイ説は既に覆されている。名誉回復がなされたことは喜ばしいが、日本共産党が家族に謝罪したとは寡聞にして知らない」。
 

 そのあとは、地元の図書館及び県立図書館などのあるものを探したり、「WEB版日本の古本屋」に注文したりして、以下の本を読み続けた。

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 伊藤律『伊藤律回想録-北京幽閉二七年』(文芸春秋、1993年)
 渡部富哉『偽りの烙印-伊藤律・スパイ説の崩壊』(五月書房、1993年)
 川口信行・山本博『伊藤律の証言-その時代と謎の軌跡』(朝日新聞社、1981年)
 伊藤律書簡集刊行委員会編・渡部富哉監修『生還者の証言-伊藤律書簡集』(五月書房、1999年)
 三著出版記念講演会実行委員会編『野坂参三と伊藤律-粛清と冤罪の構図』([発行]社会運動資料センター、[発売]五月書房、1994年)
 加藤哲郎『ゾルゲ事件-覆された神話』(平凡社新書、2014年)

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 これまで読んできた以下の代表的な問題作の「虚偽」が、大胆にくつがえっている。
 出版物の歴史的誤りと政党の「恣意的偽造の行為」についての自己批判文章は、21世紀の今に至っても行われていない。
 松本清張『日本の黒い霧』(文芸春秋、1962年[文庫版1974年])
 尾崎秀樹『生きているユダーゾルゲ事件 その戦後への証言』(角川文庫、2003年)

 引き続いて◇白鳥事件の研究ーー「手嶋繁一のページ」で展開してきた「白鳥事件」の真相を確認する本を読んだ。 
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/tejima/shiratorijiken.html


 渡部富哉『白鳥事件 偽りの冤罪』( 五月書房、2012年12月28日)
 後藤篤志『亡命者 白鳥警部射殺事件の闇』(筑摩書房、2013年9月9日)と参考文献

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 ▽「弁護士会の読書」:『亡命者、白鳥警部射殺事件の闇』(2015年2月20日)       

  https://www.fben.jp/bookcolumn/2015/02/post_4236.php

 ◆同ページに収録されている論文他。 
 2018年11月19日:インターが聴こえない~白鳥事件60年目の真実――HBCラジオ開局60周年記念をUP。
 2012年10月27日「白鳥事件を考える集い」。今西――「白鳥事件とは何か」、大石 進「戦後政治裁判のなかの白鳥事件――個人的体験を中心として」、白鳥事件資料抄録。
 シンポジウム・歴史としての白鳥事件。今西一、河野民雄、大石進、小樽商科大・商学研究、2013年12月25日、64(2/3)、3-95(PDF版UP)。「 歴史の再審のために真実の究明を――河野民雄」をUP 
 「弁護士会の読書」に書かれているように、「当時の社会情勢を抜きにして白鳥事件を語ることは出来ません。この本は、その点がよく描かれていて、説得力があります。/要するに、ニセ弾丸はあるものの、村上国治が命令して起きた警察官射殺事件だったのです」と書いておきたい。

 出版社としては、大先輩の編集者たちが、「菅生事件」「松川事件」「メーデー事件」と歴史的フレームアップ・弾圧事件を取り上げているが、白鳥事件はなかった。事件の首謀者は誰か、知っていたのではないか。

 

 ▽追記(21.09.19):手島さんのアドバイスで以下の本も読んだ。

 2種類のビラは、「公安」ではないという見解だった。

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『私記 白鳥事件』(大石進著、日本評論社、2014年11月12日)

札幌の夜の雪道、公安警察官が射殺された―事件の襞に分け入り時代を読み、実証を重ね真相を糾し鎮魂を祈る。白鳥事件の紙の碑。

▽浙江大学亞法研究中心名誉教授、三鷹事件再審を支援する会代表世話人。1935年東京生れ。『法律時報』編集長等を経て1980年~2008年株式会社日本評論社社長・会長。

 目次
 序 章 事件を素描する
  第一部 私史
 第一章 中核自衛隊回想
 第二章 四つの記憶
  対談1 白鳥事件前後 辛昌錫氏に聞く
  第二部 天誅ビラをめぐって
 第三章 「見よ天誅遂に下る!」
 第四章 活版印刷技術からの検証
  対談2 昭和二〇年代活版印刷業における経営と技術 西村正彦氏に聞く
  第三部 裁判・裁判官・裁判所
 第五章 村上國治有罪判決への疑問
 第六章 最高裁事務総局と三人の下級審裁判官
 第七章 白鳥決定への途 岸盛一と團藤重光
  第四部 現代史のなかで
 第八章 それぞれの不幸
 第九章 階級闘争としての白鳥事件
 あとがき

  
▽書評:「弁護士会の読書」:『私記 白鳥事件』
 
https://www.fben.jp/bookcolumn/2015/02/post_4230.php



この本で書かれているのは、事実だと思う。前衛政党を名乗った人たちの責任は、大きい、
『闇の男―野坂参三の百年』(小林 峻一・加藤 昭著、文藝春秋、1993年9月1日)

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