『中小企業労働運動に生きて――個人加盟労組と協同と』(永瀬博忠著)を思い出して
私としては、編集者として忘れられぬ人がいる。その人は「全国金属労働組合の個人加盟・地域型労働組合活動家でリーダーだった」。その記録(一部だが)を再現したい。名前は「永瀬博忠さん(1941年生まれ)」。二つの論文を書いていただき、1冊の単行本[『中小企業労働運動に生きて――個人加盟労組と協同と』(シーアンドシー出版、 1996年)]を編集している。
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#210415nagase
永瀬さんは1960年半ばに「全国金属板橋地域支部」に加盟し、育て上げ、一時期には750人余までの組合になったこと。
【個人加盟労働組合運動の事実は、『たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ』(山岸一章著、太郎書店、1967年)で描かれている】
http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html#tatakaukojinkamei191130
その後、《「反独占中小企業擁護論」を主張した後(全国金属板橋地域支部と豊島地域支部が合併し城北地域労組協をつくり)》、労働者協同組合運動に「傾斜していく」(浅見和彦さんによる)ことになった、稀有な体験をした労働組合運動家だ。
以下の文章は、その研究所:「協同総合研究所」の『協同の発見』誌と組合系パンフレットで書かれたもの。この当時は、高田馬場駅近くにあった研究所事務所では、私も毎週のように立ち寄り、情報交換とそのあとの交流会を楽しんでいた時期だ。
最近、古いHDD(PCの)を整理している中で発見し、3つの文章が今でも読めるのでUPした。
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#210415nagase
「加入に際しての決意と問題意識」(永瀬博忠、『協同の発見』、1993年9月、No.18、東埼中小労組書記長、城北地域労協事務局長)
「地域労組運動の理論と実践の人・永瀬さんの死を悼む――地域労組からの労働者協同組合の探求」(木下武男、『協同の発見』、1995年10月、No.43)
「城北地域労組協の運動と永瀬博忠さん」(外谷富二男、1995年10月、No.43)
永瀬 博忠「二つの山を越えて 大腸・肝臓ガン克服記」(東埼中小労組、城北地域労組「豊島25・板橋30周年合同記念式典報告」(1991年11月)
研究所以前に私にとっては既知の人物で、2回ほどの原稿を書いていただいている。
テーマは「個人加盟労働組合の実情はどうなっているのか」「これからどうなるのか」だったが。
下山房雄さん(九州大学名誉教授)との論争もあったが(中身は忘れましたが)、手元のHDDには残っていないので、国会図書館に行って、フォーローしていきたい。
「個人加盟産業別地域労組運動の意義」(永瀬 博忠、『賃金と社会保障』、1982-10-25、852号)
「中小企業の"谷間"からの提案――84年春闘読本 ; 現場から立て直しを考える」(永瀬 博忠『賃金と社会保障』、1983-12-10、879号)
浅見和彦さん(専修大学教授)の以下の論文でも、以下のようにコメントが付されている。
「戦後日本の労働組合の組織化戦略と活動――その経過と論点」(浅見和彦、専修経済学論集、42―3、2008年 03月、A5判35p)
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm#sengonihonososhikika
《しかしながら、 1968年には、この組織化運動に対して、 「個人加盟および産業別結集」を「機械的に絶対化する画一主義」になる傾向や、 「企業別組合の弱点だけを強調」する「セクト的傾向」があるとする共産党指導部の批判(注29ーー編集子) がおこなわれた。このため、左派潮流の活動家たちに戸惑いを生み出した。例えば、全国金属東京地本板橋地域支部の永瀬博忠は、 「この運動の推進力の1つである、この党が60年代前半の評価を微妙にながら変化させていることがうかがわれ」(注30ーー編集子)ると指摘した。 「階級的民主的強化」論にもとづいた企業別組合の評価の揺り戻しが生じたと見ることができる。
永瀬博忠「個人加盟産業別地域労組運動の意義」 『貸金と社会保障』第852号、 1982年10月下旬号。同『中小企業労働運動に生きて一個人加盟労組と協同と』シーアンドシー出版、 1996年に所収。
《永瀬博忠は、 「反独占中小企業擁護論」を主張した後、労働者協同組合運動-傾斜していく。同「加入に際しての決意と問題意識」 『協同の発見』第18号、 1993年9月号。前掲『中小企業労働運動に生きて』に所収。》
また友人の長崎紘明論文では「石川啄木試論―郷里の意義と影響」(「山梨医科大学紀要」1995年、第12巻、1-9)
https://yamanashi.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=776&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1
本稿を畏友永瀬博忠氏に捧げる。永瀬は病室で今年の秋韷(しゅうらく――編集子)を聞いただろうか? 学問を愛し、明治の思想家を尊び、貧しく辛い人達の絶対的な理解者であった。永瀬は人生のモラル、経済のモラルを体現している学者であった。偉大なかくも偉大な現代の思想家を失った事が、日本の貧しく辛い人達の健全な労働意欲を落胆させ荒廃させることにならぬよう祈るぽかりである。頑強な岩盤のような理解者として、崩れゆくモラルを支えていた永瀬の姿は、啄木の姿と同じように極貧に耐えながら時代の要請にこたえている懸命な姿であった。落涙を禁じえない。
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