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2019年12月 1日 (日)

『斗う労働者のど根性』、『東京争議団物語』から学ぶ《PART Ⅰ》

  「東京争議団物語」、そしてその後

   東京争議団共闘会議が生まれて50年余。『斗う労働者のど根性』(労働旬報社)、『東京争議団物語』(東京地方争議団共闘会議編、労働旬報社)の両者が発刊されたのは、1960年代半ば。「東京争議団共闘の15年一ほんものの労働組合をつくるたたかい」(市毛良昌・佐藤一晴, 労働旬報社)は1970年代半ば。この論文は、中林賢二郎先生(法政大学社会学部教授)が編集していた『危機における労働運動,、労働運動史研究58号』(1976年 労働旬報社)に所収したもの。

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http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html

 

 当時を担った実践家、編集者はすでに多くが鬼籍に入っている。

 私は、労働旬報社で1960年代末から数年アルバイトをしていたが(その後編集部へ)、港区芝西久保巴町に会った社屋の中で、編集アシスタンをやりながら「本棚の中に会った『斗う労働者のど根性』、と3号雑誌と言われた『労働世界』(A5判、60pぐらい)を発見し、机にもっていって、読んで感動した思い出がある。

 その当時、法政大学を中心とした「どうどうめぐり研究会」で「労働組合運動史研究の分析視角の研究・指導」をしていただいたのが中賢さん(愛称)だ。そのメソッドを応用して「東京争議団運動の意義とその課題」をまとめたのが、「東京争議団共闘の15年一ほんものの労働組合をつくるたたかい」だった。

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 そのなかの「東京争議団共闘会議の結成」の場面では、どんなに労働者の運動・争議が低迷しても、必要に応じた組織運動が必ずおこる、とまとめている。

 「一九六二(昭三七)年五月十七日の夕暮、東京新宿小滝橋の新宿自動車教習所に、東京の長期争議組合の代表が三々五々、集まってきた。ここも、企業閉鎖、全員解雇の争議現場で、暴力団の乱入があったために、二階建の古い建物は組合の張った有刺鉄線で守られている。部屋の中には、すりきれた毛布が積み込まれや裸電球がプラさがっていて、頼りない光を投げかけていた。 

 定刻の六時をすこしすぎて会議がはじまり、自己紹介、簡単な規約の承認、共闘強化、交流の活発化など箇条書きの方針の採択、役員の確認で議事を終わり、畳の上に起ち上がってガンバローを三唱した。ひっそりとした、明るさも活気もない集会だったが、お互いに、もうあとにはひけないと決意していることを信じあっている連帯感が、ひしひしと感じられた。当日の出席は三○組合。役員には、金融共闘の日本信託、化学のエスエス、全印総連自立経済、全自交新宿自動車教習所、全国一般の正路喜社、東京信用金庫の各労組、及び日電栗橋守る会、地下鉄松尾守る会等が選出された。」

 その注で、執筆者の佐藤一晴さんは、「(2)こうして、本来の労働組合運動が、組織的にも運動的にも正常な機能を果たしていれば不必要な組織、歴史的にも国際的にも前代未聞の組織が生まれた。『本来は』不必要な、従って好ましくない組織でも、労働者の闘争が必要とすれば、 労働者の闘争の必要が既存の組織で満たされなければ、あらたに誕生するしかない。労働組合運動では、いつでも、最初に闘争ありき、つづいて組織が、である」とまとめている。

 21世紀に入った現代でも、労働運動史の弁証法はうまずたゆまず、その萌芽を育んでいる。

 そこで、編集子として、いま残しておかなければいけない諸文献を以下のようにPDFで読めるように整理・UPした(全部ではないが)。《このページはつづく》

 

 ◆『東京争議団共闘の15年一ほんものの労働組合をつくるたたかい』(市毛良昌・佐藤一晴、労働旬報社,1976年)。最初、中林賢二郎先生が編集していた『危機における労働運動, 労働運動史研究58号』(1976年労働旬報社)に所収したもの。1970年代から80年代にかけて、東京争議団運動の進路を激励した論文。

 ◆1960年代から始まった東京争議団――「闘う労働者のど根性」

 ◆『たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ』――(山岸一章著、太郎書店、1967年)――この本が高度成長期の日本において「産業別個人加盟労働組合組織化」を描いた初めての本。うずもれている歴史から新たな光を!

 ◆『砦にひるがえる 勝利の旗 正路喜社闘争九年の総括』――(正路喜社労働組合支援共闘会議編、19672)――のちの『東京争議団物語』を書いた佐藤一晴さんたちの奮闘記。

 ◆『東京争議団物語』(東京地方争議団共闘会議編、労働旬報社、1965年)――「闘う労働者のど根性」以後の経験を総括し、あらたな前進の武器にすることをめざして、全争議団で組合員の手記を書く運動を進め、一年ごの一九六五年夏、『東京争議団物語』が出版された。このルポルタージュも、けっして理論的に整備されているとは言えないし、混迷の跡も多く残っている。しかし、大討論集会からの一年の歳月とその間の情勢の変化、大衆的総括運動の健康な反映、執筆過程で徹底した。

 ◆「ドレイ工場 たたかう労働者の長編劇映画」で全国へ――「ドレイ工場シナリオ」(山本薩夫・武田敦監督、1968年、労働旬報社)。「ドレイ工場東京争議団物語より 戦う労働者の長編劇映画シナリオ」、(19661版、労働旬報社)

 ◆1970年代向かって、新たな青年たちの闘い――『コブだらけの勝利』(全国一般神奈川地本油研分会、今崎 暁巳著、労働旬報社、1969年)。『良心の歴史をつくりたい』(報知新聞労働組合、報知印刷労働組合、報知印刷大阪労働組合編、労働旬報社、1970年)。

 ◆1970年代~80年代へ、主な東京争議団運動関連の出版物――『争議組合物語 828日の日本製紙闘争』、『早く高く勝利を 報知闘争の記録』、『石流れ木の葉沈む日々――三菱樹脂・高野事件の記録』、『大映 ふたたび不死鳥は翔ぶ経営再建・映画復興への挑戦』、『めしと団結 大阪生コン労働者の闘争』など。

 ◆ベストセラー『どぶ川学級』(須永茂夫著)の誕生――全金日本ロールの闘いの中で。映画「どぶ川学級」で日本全国へ 。

 ◆感動を呼んだ、『友よ! 未来をうたえ 日本フィルハーモニー物語』など日本フィル闘争3部作!(今崎 暁巳著)と映画化.

 ◆争議団運動めぐる図書と研究者・運動家の発信

 「労働者の闘いの記録――神奈川の事例を中心として」(光岡博美、駒沢大学教授、駒沢大学経済学論集、第11巻第3・4号)/ 「ニチモウキグナス労資紛争史 1 :  70年代における企業合理化と労働組合運動」→23、4へ(山本興治 下関市立大学、下関市立大学論集、公開日 2010-03-03)/ 「大映研究序説 ――映画臨戦体制と大映の創設」(井上雅夫、立教経済学研究第64巻第3号、2011年)/ 造船産業合理化から地場産業を守る闘い 元全日本造船機械労働組合中央本部書記長 大河内俊雄、静岡社会文化協会 

 

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