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2017年4月30日 (日)

君は知っていますか「全日自労」という労働組合

 総評が奮闘していた時代(1960年から1980年代)、全日自労は反主流派として太田-岩井ラインに物申す労働組合として、失業者を組織し、20万を超えたユニークな存在だった。


 日本の労働組合運動では、ここまで“自力で組織した労働者の運動”はない。

 

 失業・貧困・労働者の生活を調査・研究した「江口英一」(中央大学教授)さんが書き残した《下段参照:江口英一、じかたびの旗のもとに、「全日自労」『朝日ジャーナル』、19656月号のちに『日本の巨大組織』(1966年)、勁草書房》を是非一読してほしい。

 そのリードに「首切り100万におよぶというレッドパージは、二重構造の底辺に停滞する失業者に組織の核を与えた。かれらは“じかたび”をその統一の象徴として、弱いもの同士の結びつきをつくり、やがて世界に類を見ないアミーバのような柔軟な組織に育ったのだが……。」と記す。

 

 戦後の大量に首切られた人びと――レッドパージを受けた人たち、大企業・中小企業工場からの労働者子弟、農業から排除された人や地場の商店主・都市現業労働者の人たち、そして子どもを抱えた数多くの女性労働者――が参加したのだ。


 不熟練日雇労働者がさまざまなリーダー(永戸祐三さん[日本労協(ワーカーズコープ)連理事長]が現在から振り返って書き続けている「ワーカーズコープの体験的歴史と思想」『日本労協新聞』では、その幹部はヤクザから社会党、共産党、自民党の人たちだと書いている)にオルグされながら、この組合をつくったのだ。

 全日自労のたたかいの経験は、「労働組合は企業の外にある運動」で、失対賃金を引き上げ、さらに地域を基軸に組織化して、政府・労働省(当時)・地方自治体へ要求闘争を行い、地域の労働者の組織化(地区労づくり)をして、自らの子育てのために保育所づくりや失業をなくす運動、高齢者の要求闘争の基礎をつくっていたことが貴重だ。

編集子の編集者時代は、「高度成長経済」の時代であったため「日本的企業社会」に包摂されて生きられる労働者諸氏が多く、自ら組織化をする人たちは少なかった。


 また労働者や青年たちのエネルギーは、社会党・共産党、そしてニューレフトという「先党思想」(ある種の前衛イデオロギー)にとらわれ、労働組合運動に目をむく面が弱かった。

 

 大企業のマスコミ人に忘れ去られているのはやむを得ないが、生きることに呻吟している青年・女性たち、4割に及ぶ非正規労働者がつくられている現代日本の状況をつくりかえるために、自らを組織した労働者・庶民のエネルギーを、ぜひ「全日自労」の運動から学んでほしい。


 そのために、これまでフォローしてきた文献・論文・評論などを、「松澤常夫のページ」内に、以下のようにUPしてある。(クリックしてください)

 


 「じかたび」・全日自労の研究

 


 雇用保険制度を現実に役立つものに、松沢 常夫、「月刊福祉」 60(1), p4―7, 1977―01        

 人間は変わるんだ 労働者はたたかうんだ――全日自労の中央委員会から、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」創刊号、19795月号、現代ルポルタージュ研究会

 全日自労の「民主的改革闘争」の意義、「マルクス主義研究年報」、1980年版、NO.4、マルクス主義研究セミナー、芝田進午責任編集、合同出版

 建設一般全日自労 雇用・失業保障確立へ新たな"三年闘争" (総評臨時大会と同盟路線<特集>) ―(労組大会からの報告) 、松沢 常夫 、「労働運動 」(192), p109―112, 1981―12     

 失対労働者の闘いから学ぶこと――働き闘い生きる、松沢 常夫、「労働法律旬報」 (1151), p48―51, 1986―09―10  

 

 

 「じかたび 1500号さらに輝け」◆主な目次

  目で見る〝じかたび″1500号のあゆみ

 発言でつづる.じかたび″の教訓

  機関紙中心の組合活動

   読みあい話しあい/個人有料購読制/独立採算制/配達・集金活動/拡大運動/通信員制度/組合員の心が通う新聞を/闘いと〝じかたび〟/地方機関紙・職場新聞

 

〝じかたび″君ありがとう 中西五洲

 座散会 開くのが怖くなるような新聞を、中央大学教授・江口 英一さん、日本機関紙協会事務局長・福谷 保夫さん、『全建総連』編集部・千葉景四郎さん、司会 〝じかたび〟編集部

 

 「じかたび・全日自労」の研究

 映画『どっこい生きてる』、(1951年/監督:今井正/出演:河原崎長十郎 河原崎しづ江 他)――戦後ニコヨンと呼ばれた日雇い労働者の苦闘を描く今井正の代表作。傑作『自転車泥棒』を手本とした社会派のエポック的作品。[新日本映画社]

   https://motion-gallery.net/projects/DOKURITSU

 都市下層における反差別のかたち一一日雇労働における「部落」と「在日」、山本崇記、「立命館言語文化研究 」19(2), 165-182, 2007-1、立命館大学国際言語文化研究所

 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/19-2/RitsIILCS_19.2pp.165-182Yamamoto.pdf

 

 ▼上の論文で紹介されている、江口英一さんの論文ほか。 

 江口英一、1961、「未組織労働者」、大河内一男編『日本経営と労働(2)一講座現代日本の分析 第4巻』、有斐閣

 江口英一、1966じかたびの旗のもとに、「全日自労」、朝日ジャーナルのちに『日本の巨大組織』、勁草書房

 江口英一[]編、1979a、『山谷一失業の現代的意味』、未来社

 江口英一、1979b、『現代の「低所得層」「貧困」研究の方法(上)』、未来社

 江口英一、1983、「自由労働組合=全日自労の生成をめぐって」、黒川俊雄[他]編『労働組合運動の現代的課題』、未来社

 ▼参考

 全日自労における団体交渉の構造、江口 英一、月刊労働問題、196309

 江口英一編『団結よひろがれにこよん詩集の人々 増補改訂版』、ぱるん舎、1981

 

 全日自労の"じかたび"中心の労習活動の進展 、明神 勲、労働運動・労働組合における教育・学習活動(特集・労働者教育の展望) 1970-12-00 日本の社会教育 / 日本社会教育学会年報編集委員会 編   (2017.04.15

 

 『全日自労の歴史』、全日本自由労働組合編、労働旬報社、197710

 

 1950年代における全日本自由労働者組合婦人部関係史料について史料紹介『婦人部ニュース』・『全国婦人代表者会議議事録』・『全国婦人部長会議議事録』杉本 弘幸、「ジェンダー研究」、第15号、2013年2月28日発行、編集・発行、公益財団法人 東海ジェンダー研究所

 ヨイトマケの唄,ニコヨンの歌 : 戦後失対労働者の存在形態と社会意識、杉本弘幸、同志社大学人文科学研究所紀要「社会科学」、同志社大学人文科学研究所、20141128

 

 ●20150224日:それぞれの労働組合運動史・論4――現代労働組合研究会のページ

 ◇中西五洲さんの思い出――主な論文・エッセイ抄 インターネット事業団・飯島信吾編(PDF版) 

 ●20150215日:全日自労三重県本部の歴史をまとめるにあたって、手島繁一、協同の発見、199510月、43

 『皆でたたかった50全日 自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって、手島繁一、協同の発見、19966月、51

 ●『皆でたたかった50全日 自労三重県本部の歴史』、全日自労建設一般三重県本部 、協同総合研究所 編、1996年、 シーアンドシー出版

 ●20140730日:労働組合運動の民主的改革路線、中西五洲・永山利和、労働組合の民主的改革、19853月、「黒川俊雄のページ」参照

「書評:建設一般の50年」(全日自労建設農林一般労働組合50年史編纂委員会編、大須他と共著、旬報社)、上畑恵宣(同朋大学教授)、「賃金と社会保障、No12341999年3月下旬号  

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