機関紙 “じかたび”、「日本労協新聞」の編集者人生―「松澤常夫のページ」をオープン。
▽追記(2017年4月30日 (日))
君は知っていますか「全日自労」という労働組合
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-630a.html
最近、二つのグループの出会い(NPO、独立自立組合)のなかで、「全日自労」の話をしたが、ほとんど知られていない状況にあることに、びっくりした。その系譜の中で「ワーカーズコープ(労働者協同組合)」が生まれてきたことも話した。
紅白歌合戦で歌われた「ヨイトマケの唄」は、戦後および高度成長期の入り口の時期、「ニコヨンさん」と呼ばれた失業対策事業に従事する労働者の愛唱歌だった歴史も話した。
ここにも、日本労働運動史の「忘却の流れ」が生まれているのではないか。
何かできることはないかと考えながらいたら、なんと「私の身近」に、その歴史をしょってきた「機関紙編集者人生」の主人公としての「松澤さん」がいることに、ハタとして気が付いた。
松澤さんは、1980年代に「労働組合機関紙としてはただ一つ、ジャーナリスト会議賞をうけています。週一回発行、有料個人購読制で組合の内外に10万人の読者がいます」と言われた、機関紙 “じかたび”を編集し、のちに、全国中高年雇用・福祉事業団全国協議会という、寿限無寿限無みたいな団体の機関紙に移籍し、現在の「日本労協新聞」に育て上げている現役編集長だ。
ページの柱建ては、ほぼ彼の40年以上にわたる「機関紙編集者の企画のポイント(発想源)」を明らかにした、文章、単行本群の紹介だ。
*マイWORK
日本労協新聞の編集
書籍出版の編集に参加した単行本(この本群のなかで、編集子は9冊も一緒に編集してきた。感謝申し上げる)
私が書いてきたこと―ルポ他(以下、その柱建てをUPしておく)
新聞「じかたび」の編集
次の世代に、同じような問題関心が共有されることを願っている。
◆「日本労協新聞」時代
注射針事故をなくせ?――全国アンケート調査結果報告、松沢常夫、「季刊 仕事の発見」、1987年冬号、1987年11月25日、中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会
仕事にとどまらない連携を、松沢常夫(「じぎょうだん」編集長、中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会))、あかつき印刷社内報、No.231、1988年4月
住井すゑさんに聞く――「罰で便所掃除」に思う、松沢常夫、「季刊 仕事の発見」、1988年夏号、1988年5月25日、中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会
罰”としてする仕事じゃない――便所掃除の現場から考える、松沢常夫、「機関紙と宣伝」、日本機関紙協会、No.664、1988年9月号
現実に切り込む企画とは、松沢常夫(中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会)、「機関紙と宣伝」、日本機関紙協会、No.676、1989年9月号
病院の注射針と医療廃棄物の取り組み――捨てるごみの向こうに人がいる、松沢常夫、「季刊 仕事の発見」、1993年夏号、25号、1993年6月25日、日本労働者協同組合連合会
労働者協同組合の介護・福祉事業の構想、松沢常夫(日本労働者協同組合連合会)、「賃金と社会保障」、No.1255、1999年8月上旬号、旬報社
さまざまな壁を突破することなしには「社会的なメディア」には進まない、松沢常夫(日本労働者協同組合連合会、『日本労協新聞』編集長)、「機関紙と宣伝」、日本機関紙協会、No.842、2003年7月号
[日本の素顔]人間というもの 愛ということ――生きるということを最後まであきらめない人のそばにいるだけで……、松沢常夫(『日本労協新聞』編集長)、「民主文学」、日本民主主義文学会、2005年10月号
子育て支援の輪 どこまでも――福岡県大野城市、松沢常夫、『協同で仕事をおこす――社会を変える 生き方・働き方』、広井良典編著、コモンズ、2011年11月20日、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会監修
協同労働 ワーカーズコレクティブ運動の可能性と現状――労働の本来の姿を取り戻す、松沢常夫(日本労働者協同組合連合会常務理事、『日本労協新聞』編集長)、「建設労働のひろば」、東京土建一般、No.83、2012年7月号
*「たたかいのルポルタージュ」などに発表
「背広の浮浪者」の取材経験から、松沢常夫(全日自労書記、機関紙「じかたび」編集部員)、「ルポルタージュ研究」(第一回機関紙ルポ研究会の記録集)、1978年7月15日日本機関紙協会
人間は変わるんだ 労働者はたたかうんだ――全日自労の中央委員会から、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」創刊号、1979年5月号、現代ルポルタージュ研究会
背広の浮浪者”と夜の東京、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」2号、1980年3月号、現代ルポルタージュ研究会
沢内村見聞記――全国に咲かせる白ユリの花、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」5号、1983年5月号、1983年5月15日、現代ルポルタージュ研究会
失業――つくりだされる「怠け者」、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」6号、1984年5月号、1983年5月15日、現代ルポルタージュ研究会
もう「三日坊主」にはならない――金沢「喘息大学病院」に入院して、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」7号、1985年9月号、現代ルポルタージュ研究会
“次工程は仲間”を求めつづけて、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」8号、1987年2月号、現代ルポルタージュ研究会
「よい仕事」とは――入院して感じたこと、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」12号、1997年2月28日号、現代ルポルタージュ研究会
未来に希望を込めて――「労働と人間」を問い続けるワーカーズコープの子育て支援、松沢常夫、「たたかいのルポルタージュ」15号、2011年3月25日号、現代ルポルタージュ研究会
◆「じかたび」時代
売血、松沢常夫、「生命(いのち)ひしめる、マルクス主義研究セミナー、第2期Aコース記念文集」、文集発行友の会、1976年7月14日(古在由重 序文)
報道記事の取材法、ルポ記事の取材法、松沢常夫、日本機関紙協会、「機関紙と宣伝」、No.566、1980年7月号
全日自労の「民主的改革闘争」の意義、松沢常夫、「マルクス主義研究研究年報」、1980年版、NO.4、マルクス主義研究セミナー、芝田進午責任編集、合同出版、1981年1月25日
自分たちで生命を守った村―大衆運動の一考察、松沢常夫、「Liberte マルクス主義研究セミナー記念文集」、Liberte編集委員会、創刊2号、1981年11月21日
集会報道を書いてみる、ルポルタージュを書く、「記者・通信員ハンドブック」、日本機関紙協会、1986年7月16日
編集者に問われているものは何んだ――斎藤茂男氏の発言から、座談会・松沢常夫他、「機関紙と宣伝」、No.631、1985年12月号、日本機関紙協会
集団の中できたえられた浅利ルポ、松沢常夫、「機関紙と宣伝」、No.634、1986年3月号、日本機関紙協会
大惨事をよぶ国鉄の狂気――首切りセンターと現場では今何がおきているか、松沢常夫、「機関紙と宣伝」、No.642、1986年11月号、日本機関紙協会
◆プレ機関紙編集者時代
新聞「じかたび」の編集
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