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2016年11月26日 (土)

「やまぼうしツアー――農福連携を基軸として里山と街中で共に生きて働く」に参加。

 1115日(火)[2016] 、朝8時、越谷駅西口集合で、リフト付きの車3台、参加者総数19名のメンバーで、2時間をかけ日野市・八王子市内に「農福提携」の取り組みを進めている「認定NPOやまぼうし」を訪問。

  http://yamabousi.org/

 

 HPをご覧いただくとわかるように、複合的事業を展開している、コングロマリット型福祉・労働・農業・生活支援事業体だ。

 

 ≪やまぼうしサポート事業≫

■ヘルパーステーション「みずぐるま」

■短期入所「あかとんぼ」

■日野市障害者生活・就労支援センター「くらしごと」

 ≪やまぼうしスローワールド事業≫

■就労移行支援事業所 れんげ

■就労継続支援A型事業所 ディーセントワーク平山台、明星大学スターショップスカフェ

 ■就労継続支援B型事業所 やまぼうし平山台

■生活介護事業所 里山耕房くらさわ

 ■就労継続支援B型事業所 法政大学エッグドーム・スローワールドカフェ

 ■就労継続支援B型事業所 ローワールドおちかわ屋 ふれあいの森カフェ

 ≪環境保全事業≫

■里山保全事業 風の丘農園(倉沢)

■農山村振興事業 体験農園べらもんと

 ■観光振興事業 ペンションカフェべらもんと(上富良野)

 

 主催者のNPO障害者の職場参加をすすめる会事務局長の山下浩志さんの「ブログ」に、以下のような報告がされている。

 

「日野の里山とまちで共に働くやまぼうしツアーで、埼玉東部での職場参加と仕事おこしの現在を照らす」 

  http://yellow-room.at.webry.info/201611/article_1.html

 

日野の里山とまちで共に働くやまぼうしツアーで、埼玉東部での職場参加と仕事おこしの現在を照らす 1115日、NPO法人障害者の職場参加をすすめる会主催・デイツアー日野。リフトカー3台で19人参加。 

 



 埼玉「世一緒」 やまぼうし視察 

1030 JR豊田駅南口

    里山耕房くらさわ(生活介護事業所) 日野市 

1115 ユギムラ体験市民(やぎ牧場・ひまわり畑) 八王子市

1200 カフェ畑れんげ&げん(グループ・ホーム) 日野市

          昼食・休憩

1315 スローワールドおちかわ屋(就労継続B型) 日野市

1400 市民の轟ふれあいの轟カフェ 日野市

1480 やまぼうしアンテナショップ・クプリ 日野市(JR豊田駅前)

    日野市障害者生活・就労支援センターくらしごと 日野市

1500 解散


 

 

すべての場面で、障がいのある人も持たない人も共に働く、という姿が貫かれていた。

発祥の地といわれたおちかわ屋では、移動できそうなベッドにいる人もいたし、施設から離脱して自立生活をしている全盲聾唖の男性が参加していた。

カフェ畑れんげ&げん(2階)の昼食は、配ぜんに当事者が就労経験で働き、薄味だったがおいしかった。その上(3階)のグループ・ホームは、きれいな個室だった。

牛舎には立派なお尻をした、牛がいた。

そして農業崩壊から「農」をまもるために、やまぼうしと提携し始めた農家の人(鈴木さん)。

会社を起業して「農のビジネス化」で奮闘している人もいた(FIO)。

さまざまな多様な人たちのつながりながら生きて、働くネットワークがどうして実現したのか、考えざるを得ない。


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戦後、高度成長期に労働組合がなしえなかった地域を軸に、蚕食主義的ビヘイビアを実現している姿ではないか。研究者の研究が待たれる。

 

最後に、編集子は、20年ほど前、協同総合研究所の事務局をしていて、その折、登場したのが「共同連」の斎藤縣三さん(わっぱの会代表)と会ったことだ。

http://kyodoren.org/

 

たぶん、以下のWEBにUPしている話を聞いたのだと記憶している。紹介したのは故菅野正純(協同総合研究所主任研究員・当時)さんだ。

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n351/n351004.html

 

「当初はパンづくりに参加できる人は限られると思っていたが、全員がパン屋に変わることでより障害の重い知的障害の人も喜々として、みんなの一員として仕事に参加できる状況が生まれていった。パンの香りに包まれて、白い帽子に白い作業着を着て、みんなでワイワイやっていればみんなパン屋さんなのだ。今でもパン生地に触れない人がたくさんいるが、いろんな仕事さえあればみんなパン屋さんになれる。

こうして80年代終わりにはもう一つの仕事である印刷業と合わせて、年間8千万円の売り上げ、従事者数50人を超える事業体に育っていった。ようやく作業所から脱皮できる経済力がついてきて、自分たちが目指してきた「共働事業所」としての実体が備わってきたと言える」。

 

障がいのある人ない人が共に力を合わせて働く場をつくろうという強烈なメッセージだった。

そしていま、“私たちは、こうしたヨーロッパに拡がる社会的企業―それは韓国においても「社会的企業育成法」として結実しているが―を一つのモデルとして、「社会的事業所促進法」の制定を呼びかけている。これまでの福祉的就労や一般就労とは異なる第三の道として育んでいかねばならない”としている。

 

やまぼうしの伊藤理事長さんからいただいた100ページ近い「第1回認定NPO法人 やまぼうしスタッフ研修会 資料集」を読み込んでみると、その共同連の発展過程を、「やまぼうし」の歴史から説いた資料集になっている。

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▼これはメモ。

やまぼうしの原点は、府中療育センターでの障害当事者の告発。

脱施設――「施設の暮らしに安住できない、したくない」3人と助っ人1人がいた。

脱福祉に挑戦するやまぼうし!

障害を持つ人の就労支援と生活支援を一体的に取り組む。

人よまちに出でよ――日野・まちづくりマスタープラン。

Mさんの自立生活とまちづくり。

里山や街中にも「天にむかって花開く、やまぼうし」

「農あるまちづくりへ」

やまぼうしは、おちかわ屋を起点に小規模事業所の地域分散をベースにしてきた⇒13事業所へ(2009年)。

浅川流域で 人が自然と豊かに暮らせるまちを

 

等々、まだまだつづく!



 PDFにして頒布したいが、どうか。

 

  ▽追記:参考2016.11.27

 

  やまぼうし『共に生き・働く場づくり』のアプローチ――満蒙開拓団拓務訓練所から障害児者施設七生福祉園の歴史を踏まえて(2016 9 20日、日本平和学会2016年度秋季研究大会報告・PDF版あり)

 



 ▽12月18日(日)に「認定NPOやまぼうしの伊藤理事長」も参加する、シンポジウムを
下記のように開催される。じかにお話を聞いてほしい。

161126itou

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