無料ブログはココログ

« “フライヤー”という言葉を「戦争法反対行動」で知った(PART2) | トップページ | 「Windows Vista 」で「windows メール」を使っている人へ »

2016年2月 4日 (木)

化学産業における労働組合の旗を守った人たち

 昨年末に読んだ本だが、1970年代から「化学産業複数組合連絡会議」として組合分裂・複数組合・少数派運動として継続して「化学産業における労働組合の旗を守った人たち」がいたことを知った。

 『組合潰しと闘いぬいた労働者たち――化学産業複数組合連絡会議30年の軌跡』(編著者・化学産業複数組合連絡会議、2010213日発行、株式会社アットワークス

 160204kagaku1


  会議の発足が19782月で「合化労連複数組合連絡会議」として発足したと書かれている。

 

 総評・全金労組や全造船のたたかいは、身近に起こっていたので、熟知していたし、金属反合闘争委員会の人たちと一緒に『ねらわれた組合――インフォーマル組織とどう闘うか』(金属反合闘争委員会編・発行、198371日、初版1万部)を編集・制作したことや、「金属労働戦線におけるインフォーマル組織――[原題:「ねらわれた組合」からの脱出――インフォーマル組織とたたかう](大木兼次郎・金属機械反合インフォーマル対策委員会、賃金と社会保障 879 1983-12-10)を書いてもらったことがあった。

 

 本書は合化労連という「総評・太田薫議長」という大看板を支えて産別組織内(一部は加盟していなかったか?)に属していた以下のような組合の闘争史をまとめたもの。

 

▼闘いの軌跡
化学産業複数組合連絡会議の歴史 化学労働運動のほんりゆう

宇部窒素労働組合        春闘の先頭を駆けた闘い
新日本窒素労働組合       安定賃金反対闘争を経て、水俣病と闘い、差別是正
旭化成守山労働組合       労働運動と社会運動 公害闘争と労災闘争の取り組み
昭和電工秩父労働組合      伝統にこだわらず、新規事業で雇用確保 
昭和電工東長原労働組合     連合会から除名、主体的な運動を模索
東洋高圧労働組合        組合分裂から組織統一を果たす
川崎化成労働組合        コンビナートで首切りと闘い、職場復帰後に安全闘争
全セキスイ労働組合       少数派組合への差別をはね返し、労働条件向上の道を切り開く
東洋シリコン労働組合      企業再篇の嵐のなかで再統一
昭和電極労働組合        じん肺、職業性ガンの労災認定から集団訴訟の先がけ

日本板硝子共闘労働組合     非正規労働者との連帯
豊年製油労働組合        丸抱え御用化に抗して、ユニオンショップ解雇との闘い 
二チバン労働組合        2本立て労働条件を許さず、法廷闘争と実力闘争で勝利
内山工業労働組合        自動車会社の間接介入、5名解雇と闘い、今なお不当攻撃と闘争中 
大鵬薬品工業労働組合      薬害を未然に防ぐ
大塚製薬労働組合        業務譲渡リストラとの闘い

 

 まえがきで(30周年記念誌刊行の狙いと読者への期待 化学産業複数組合連絡会議議長 末吉 幸雄)、定年を迎えた「闘士」がつづき、その組織自体の維持ができなくなったことも次のように書く。



 「●企業内組合の弱点

 複数組合会議の各組合は、戦後の労働組合運動でトップレベルの成果と運動を作り上げてきた。しかし新たな組合員の獲得が困難となり、組合員の多くが定年退職して戦力を低下させた。一度、労働組合が分裂すれば、多くの労働者は会社ににらまれるのを避け、会社が支配する第二組合に閉じ込められる。

 労働組合の運動は本来、未加入の労働者に働きかけ、組合員を拡大して、会社との交渉力を高めていくものである。しかし、戦後の日本の労働組合はこの苦労をしないで、会社が採用した社員をそのまま組合員としてきた。組合員意識の向上、組合民主主義の徹底、資本からの独立を常に心がけていれば、企業内組合の弱点を補強していけるが、多くの労働組合でここを会社に突かれた。」

 

 しかし今も少数派として持続して、「人生をかけた闘いの主人公」として誇りを持って生きている労働者の姿がある。

 敬意をこめて「次の世代」に読んでほしく紹介したい。

 

 下記のページに、「まえがき・30周年記念誌刊行の狙いと読者への期待 化学産業複数組合連絡会議議長 末吉 幸雄」の文章と「総目次」が読めるようにした。

 

 「それぞれの労働組合運動史・論 1」のページ

  高度成長期以降の労働組合運動 Ⅰ――1960年代から2000年代の労働組合運動をになった世代[大企業組合の現状を知るための情報―4]

 

 青木慧さんの以下のルポを紹介してきたが、化学産業労働者の側から書かれた「日本労働組合つぶしの実態」を書いたものだ。


 
青木慧さんの『ニッポン丸はどこへ行く』――インフォーマル組織物語
『ニッポン丸はどこへ行く』が解明したこと――インフォーマル組織物語-2

青木慧さんの『ユニオンジャック』を読んだ人。

« “フライヤー”という言葉を「戦争法反対行動」で知った(PART2) | トップページ | 「Windows Vista 」で「windows メール」を使っている人へ »

大企業・総評型労働組合はどうなったのか」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/567039/63165036

この記事へのトラックバック一覧です: 化学産業における労働組合の旗を守った人たち:

« “フライヤー”という言葉を「戦争法反対行動」で知った(PART2) | トップページ | 「Windows Vista 」で「windows メール」を使っている人へ »