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2016年2月

2016年2月28日 (日)

明治乳業争議――戸塚章夫さんの【検証・都労委「明治乳業事件」】読み終えて

  ▽追記(2017.04.08)戸塚章介:明日へのうた 労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

 

  明乳事件の中労委命令に思う(2017/2/19() 午前 11:55

 

https://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765/40931096.html

 

 

 

 明乳全国工場事件の中労委命令が出た。主文は「本件各再審査申立てをいずれも棄却する」というのだから、労働者側の敗訴には違いない。しかし命令書の最後に異例の「付言」項目があり、中労委はそこで争議解決へ向けた「当事者双方の互譲による合意」を求めている。つまり解決へ向けて話し合えということである。

 

 もし会社が、付言は付け足しみたいなものだから無視してもいいなどと思っているとしたら大間違いである。異例の付言に至った中労委の「事実認定」および「判断」は、申立人らに対する長年にわたる会社の行為を厳しく指弾している。つまり会社の不当労働行為意思を明確に認定しているのだ。

 

 都労委命令(市川工場事件も含む)は、①インフォーマル組織の組合分裂工作に会社は加担していない、②申立人らが提出した証拠文書は真正のものとは認められない、③申立人らの低職分、低賃金は公平な人事考課の結果であり有意の格差は存在しない、と会社主張をそのまま丸飲みした認定を下していた。

 

 中労委の今回の命令は①会社はインフォーマル組織の結成に関与し、申立人らへの誹謗中傷を抑制しなかった、②会社の不当労働行為意思の証拠として申立人らが提出した高島、笠原、村田らのノート等は成立の真正が認められる、③昭和40~50代にかけて申立人らとその他集団間に職分・賃金の格差が存在したことは事実である、とした。普通の事件ならこの認定だけで申立人らは救済されはずなのだ。

 

 では何故全面棄却の敗訴になったのか。労組法第27条2項の「除斥期間」が壁になっている。申立ては不当労働行為があった時点から1年以内でなければならないという規定だ。明乳で新しい職分制度が導入されたのが昭和44年、その運用で差別が生じたとして市川工場の労働者が都労委に申立てたのが昭和60年、全国工場事件はさらに9年後である。これはどう考えても間が空きすぎるというわけだ。

 

 この除斥期間問題についてはこちらにもいろんな言い分があるが、今は言っても始まらない。問題はこの命令を活用して長期争議の解決へどう持っていくかということだと思う。普通の会社なら結論は結論として命令文の中で「あなたたちは社業に従事していた労働者に、特段の落ち度もないのに酷い仕打ちをしたのですよ」と指摘されたことを真摯に受け止めるはずだ。裁判所で更に争う前にぜひ話し合いに応じてほしい。

 

 これまでの経過があるからそう簡単ではないとは思うが、明乳も企業としての社会的責任があるはず。しかも個人顧客に直接商品を買ってもらわなくてはならない食品企業なのだ。中労委命令の「付言」を「主文」として読むくらいの見識、大局的見地を示されることを切に望む。

 

 ▽追記(2017.0411

 明治乳業全国中労委事件命令は、「付言」の中で双方に「互譲」を求め「殊に会社」に大局的見地を求める

 

 明治乳業争議団(blog)

 http://blog.goo.ne.jp/meinyu-so/e/61248e3d049f9aa1f088366ded830f72

 

 

 

 20170219 155701 | お知らせ

 

 明治乳業賃金等差別事件に関する中労委命令に対する「声明」

 

 

 

 1 中央労働委員会は、本日、全国9事業所の申立人32名が株式会社明治に対し申立てた職分・賃金差別の不当労働行為救済申立の再審査申立事件(平成25年〔不再〕第61号、以下「本件事件」という)について、再審査申立をいずれも棄却するという不当な命令(以下「本件命令」という)を交付(送達)した。

 

 2 本件命令は、申立人32名に対する平均97万円(月例賃金4~5か月分にあたる)に及ぶ大きな賃金差別を、また基幹職1級への昇格で13年以上遅れている職分差別を、不当労働行為にならないという非人間的な判断を下した。

 

  これは「賃金上の不利益取扱については、救済対象となる期間において、会社による不利益取扱の事実が認められ、かつ、現に存する差別について救済を求めているときには、その差別の是正を命じることは、労働組合法272項になんら抵触するものではない」として救済した新日本石油化学事件命令、東芝事件命令、昭和シェル石油事件命令等、中央労働委員会が積み重ねてきた救済を投げ捨てたものである。私たちはこの異常な判断に怒りをもって抗議する。

 

 3 しかし本件命令は異例にも「第6結論」の前に「第5付言」(裏面に全文転載)をおき、以下のように述べ、紛争の早期解決への判断を「殊に会社」に求めた。

 

  会社の職制らが申立人らに対し「誹謗中傷と評価されるのもやむを得ない活動を行って」いたと認め、会社が職制らのこの「活動を抑制することはなかったという限度においては、非難を免れ得ない」と厳しく批判している。また市川工場事件申立人及び本件申立人らとその他の従業員との間に職分・賃金格差が「存在していたのは紛れもない事実である」と強く指摘し、その解決を求めている。

 

  4 さらに本件命令は救済こそしなかったものの、事実認定においてインフォーマル組織に会社が関与したこと等を認めたことは、平成2579日に救済を否定した都労委命令を見直し、本件に先行した市川工場の32名の救済申立事件(「市川事件」という)について都労委が平成87月に救済命令を出さなかったこと(その後最高裁までたたかったが敗訴で確定した)を克服したものと考えられ、その限りで評価できる内容である。

 

 5 そもそも、明治乳業の賃金職分差別事件は、本件と昭和60年に申立てられた市川事件の2つの不当労働行為事件として争われてきた。この2つの事件は昭和40年代初頭から始まった申立人らを敵視・嫌悪した会社の方針の下、昭和44年の新職分制度の導入・実施以降申立人らの退職まで一貫して続いてきた賃金職分差別の不当労働行為事件である。会社はインフォーマル組織を作り育て、申立人らが執行部を担っていた組合支部を会社派の組合員に乗取らせ、その後支部執行部から排除した申立人らに脱退工作をしたり、みせしめに賃金職分差別をする等して、その勢力の弱体化を図った。

 

 こうした連続した不当労働行為を繰返し、最後は賃金や昇格差別をする事件は典型的な組合弱体化攻撃である。こうした事件は昭和40年頃以降に全国各地の労働委員会に集団的賃金昇格差別の不当労働行為事件として多数係属するようになった。本件はこうした数多く争われた大企業職場での集団間差別事件の一つであり、最後に残された大型事件である。

 

 6 会社の申立人らに対する職分・賃金差別を認めたこの命令を契機にして、会社に対し、長年にわたって行われた争議について、当事者間の交渉で早期に全面的な解決をするよう私たちは強く求めるものである。会社が早期に私たちと交渉してこの争議を解決することこそが、食品の安全・責任を尊重する食品企業としての会社に相応しい態度であると確信している。

   2017年2月17日

 明治乳業争議支援共闘会議               

 明治乳業賃金昇格差別撤廃争議団

 明治乳業賃金差別事件弁護団  

 

 

 

 

 

【命令書 第5 として「付言」の全文】 

 

 本件の労使紛争及びこれに関連する事情等として、次の点を指摘することができる。

 

 昭和40年代において、会社の施策に賛同する当時の職制らが、市川工場事件申立人らや本件申立人らに対し、同人らの信条や組合活動等を理由とする誹謗中傷と評価されるのもやむを得ない活動を行っていたことは既に認定したとおりである。そして、会社は、信条や組合活動等を問うことなく、従業員を浩平・公正に取り扱うべき義務を負っていたにもかかわらず、少なくとも会社内で責任ある地位にあった職制らの上記活動を抑制することはなかったという限度においては、非難を免れ得ないところである。また、昭和40年代から昭和50年代初頭における査定の結果とはいえ、市川工場事件申立人ら及び本件申立人らとその他集団との間に職分格差(その帰結としての賃金格差)が存在していたのは紛れもない事実である。さらに、昭和60年に市川工場事件が申し立てられ既に30年余りが経過し、労使紛争が極めて長期化していることに加え、前記第3の9で摘示した39件もの関連する後続事件が都労委に係属するなど労使紛争が深刻化し、この間、市川工場事件申立人ら及び本件申立人らのうち12名が死亡している状況にある。

 

 上記で指摘した事情からすれば、本件の労使紛争による関係当事者の物心両面の損失は大きいものといえ、また、今後も紛争の続くことによる負担やコストの増大も避け難いことは明白といえる。このように長期化し、深刻化した紛争を早期に解決することが当事者双方に強く求められるところであるが、そのためには、当事者双方の互譲による合意をもって紛争の全面的解決を目指すべきことは自明の理である。当委員会は、当事者双方に対し、そのような解決に向けた対応を求めるものであり、殊に会社に対して、より大局的見地に立った判断が強く期待されていることを指摘しておくこととする。

 

 

 

 「付言」は「主文」に匹敵するだけの認定である。

 

 都労委命令(市川工場事件も含む)は、

 

 ①インフォーマル組織の組合分裂工作に会社は加担していない。

   ②申立人らが提出した証拠文書は真正のものとは認められない。

   ③申立人らの低職分、低賃金は公平な人事考課の結果であり有意の格差は存在しない、と会社主張をそのまま丸飲みした認定を下していた。

 

 

 しかし、中労委の今回の命令は、

 

 ①会社はインフォーマル組織の結成に関与し、申立人らへの誹謗中傷を抑制しなかった。

   ②会社の不当労働行為意思の証拠として申立人らが提出した高島、笠原、村田らのノート等は成立の真正が認められる。

   ③昭和40~50代にかけて申立人らとその他集団間に職分・賃金の格差が存在したことは事実である、とした。

 

 本来ならこれだけでも救済されるはずだ。中労委は労組法第27条2項の「除籍期間」という規定によって判断したとしています。

 

 明治乳業事件と同質なる事件は、声明2で明らかにしている各事件命令等などは救済されてきている。

 

 これまでの労働委員会が積み上げてきた実績からするならば、なぜ32名の平均97万円にも及ぶ賃金格差を判断に及ばなかったのかは、甚だ問題を呈していると指摘せざるを得ません。

 

 いずれにしても「棄却」の結論でありますが、上記記載の「付言」は、「殊に会社明治」に求めているのであり、「付言」ではなくまさしく「主文」として会社は捉え、全面解決に身を置くことを強く求めたいと考えていきます。

 

 

 

   ◆ここから本文[2016年2月28日 (日)]

《明治乳業争議が始まって30年になる。他の同種争議が次々に勝利解決をしていく中で、なんで明乳だけが取り残されてしまったのか。原因は言うまでもなく1996年9月11日に交付された都労委の不当な「棄却・却下命令」である。おれは担当の労働者委員として争議団や弁護団とは幾分違った角度、つまり都労委の内部からものを見られる立場にあった。心身の衰える前に「命令に至る経過」をもう一度検証してみたいと思う。月に何度か本ブログを借りて「真相への肉薄」を試みることを許していただきたい。》

 

 この文章が、第1回だ:2014/8/8() 午後 3:58

  http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765/39312457.html

 書き終えての発信は、「明乳市川工場事件」余聞 :2015/10/28() 午前 10:42

 72回、13か月ほどになる、渾身のレポートだ。

 

2016113日付けのブログで、「昨日(13日)明治乳業全国事件の中労委再審査が結審した」、として戸塚さんは、次のように呼び掛けている。

 

市川工場事件、全国事件の申立人64人のうち12人が亡くなっている。全員が退職して会社を離れた。これ以上紛争を続ける意味はあるのだろうか。そこのところを会社も理解して本件の和解による解決に踏み切って欲しい。

 http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765/40314861.html

 

 一読者として、次の点は、言っておきたい。

 第一に、申し立てた人たちの家族は、「インフォーマル組織による組合と会社の乗っ取り」「賃金差別」のために「労働者の基本的人権」を侵され、定年後の「厚生年金」でも差別をつけられ、日本国憲法13の「幸福追求権」「個人の尊厳」まで犯され続けているのだ。

 

 亡くなった12人の残された「妻」は、その遺族年金にも「格差」が付けられている。

 市民としての当然の権利・正当な「年金権」を回復するためにも、会社と企業内労働者は民主主義の側に戻る必要があるのではないか。

 

 第二に、「労々対決」などという都労委「マジック」は、労働法・社会政策・労働問題・労働経済・労務管理の研究者に支持されているのなら、研究者アンケートをとって、もらいたい。

 「戦争法案賛成の学者もいる」という、菅官房長官の「発言」レベルの研究者の対比である。


 第三に「事件の深部では、権力者・当事者の資料が発掘」される。

  戦後の松川事件も「諏訪メモ」が隠され、法廷で出され、無罪に寄与した。



1959年(昭和34年)810日、最高裁は二審判決を破棄し、仙台高裁に差し戻した。検察側の隠していた「諏訪メモ」(労使交渉の出席者の発言に関するメモ。被告達のアリバイを証明していた。使用者側の記録者の名から)の存在と、検察が犯行に使われたと主張した「自在スパナ」(松川駅の線路班倉庫に1丁あった)ではボルトを緩められないことが判明した。[Wikipediaより]

 

 戸塚文書にある「笠原メモ」は、それに匹敵する証拠だ。

 公正な民主主義が社会にあるのならば、いまこそ認めるべきだ。

 

 

 検証・都労委「明治乳業事件」(39)

 2015/4/17() 午前 10:50

 

 Ⅲ、被申立人会社の不当労働行為意思

  1、「明朋会」の誕生と会社の意図

  会社の係長、主任、班長が中心になって65年(昭和40年)10月に「明朋会」がつくられ、翌66年3月19日に第1回総会が開かれ、同年6月にビラ「明朋」を作成配布して公然活動を始めたことは、会社も認める歴史的事実である。この時の市川支部書記長は申立人加賀谷であり、執行委員に申立人の伊藤、小関、松下、菊池、桜井がいて、会社のいう「特異な勤労観を支部員に押し付けるとともに」「会社諸施策すべてに反対し、会社の指揮命令系統を麻痺させようとし、政治活動に偏向し」「工場の安全衛生活動をボイコットするなど数々の不当な労組活動を行った」(会社「最終陳述書」)とされる時期である。

 

  「明朋会」は会社の「合理化」推進を謳うと同時に、支部執行部と職場の申立人らに対して猛烈なアカ攻撃と口汚い罵声を浴びせた。ビラ「明朋」によれば「(忍者)赤ガエル」「赤い火の粉」「赤ムシ」「赤水虫」「赤大根」「赤い細菌」「赤いスイカ」「赤いだし汁」「赤ムシコケムシ」「赤いタニシ」「赤い金魚のフン」「日共・民青」・・・と言いたい放題である。

 

  また「生産阻害を唯一の生き甲斐としていたインチキ革命家共」というような言い回しで、申立人らを「生産阻害者」「企業破壊者」と決めつけた表現も目立つ。これは「労働意欲欠如者の排除」を謳った「41・4労使確認書」の精神とも重なり合う。

 

  確かに「明朋会」のメンバーは職制とはいえ組合員であるから、会社の預かり知らぬ「労労対立」といえなくはない。しかし、大量に撒かれた「明朋会」の常識外れのビラは当然会社の手に入っていたはずである。会社は、「明朋会」について「市川支部の常軌を逸した行動に対する批判の中から生まれた集団」と褒めたたえているが、当時の市川支部執行部の発行するニュース類と「明朋会」ビラを比較する時どちらが「常軌を逸脱」しているか一目瞭全ではないか。これだけの「常軌を逸した」ビラが連日撒かれていたにもかかわらず会社が「明朋会」ビラに注意を与えた事実は存在しない。むしろこれを煽り育成して会社施策の遂行にとって都合の悪い支部執行部の転覆を願っていたと見るのが妥当な見方であろう。

 

 検証・都労委「明治乳業事件「(40)

 2015/4/23() 午後 3:51

 2、「笠原ファイル」で証明された事実

  会社が職制連絡会を通じて組合選挙などに直接介入していた事実が暴露されたのが甲65号証の「笠原ファイル」である。 

  会社はこの「笠原ファイル」について、①ファイルは当時製造課主任だった笠原利治のものであったこと、②職制連絡会の記録であること、を認めた上でその証拠価値を免れるために次のような言い訳をしている。「申立人らの想像力をかき立てる穏当を欠く措辞が散見されるほか、メモ類が雑然と編纂され、しかも時系列に整理されていないので、内容が誤解され易いものになっている」(会社「最終陳述書」)。

 

  申立人らが支部執行部選挙で落選し、「明朋会」会員が執行部を独占したのは68年度(昭和43年)のこと。「笠原ファイル」その直後の70年から72年にかけての職制連絡会(係長・主任で構成)の記録である。この時期、一応「明朋会」による支部執行部の独占は果たしたが、まだ申立人らの勢力は根強く、いつ逆転されるかも分からない。そんな中で緻密な対策が練られ、そりに会社も深く関与していた逃れられぬ証拠である。

 

  職制連絡会は「明朋会」から班長以下を切り捨てだ上部職制による構成である。会議場所は少なくとも1度は会社応接室が使われていたことが推認され、会社保管の資料を使用し、会社業務のみに関する議題も取り扱っていた。職制連絡会では支部役員選挙と代議員選出に関してどうしたら申立人らの進出を妨げられるかが話し合われた。申立人らを赤組、職制派を白組と名付け、赤組のチェック、排除、孤立化についての手口が細かく検討され、また職場組合員を「◎○△×」に分類して赤組の票崩し、白組の拡大を図った。なお申立人は全員「×」印がついている。このような事実が「笠原ファイル」によって明らかになった。

 

  会社はこの「笠原ファイル」について大島証人の証言の中で、職制連絡会の存在は認めたものの、①目的は職場の悪習温存をなくすため、②「赤組排除」などは笠原個人の考え、③「明朋会」とは無縁、④組合選挙に介入したのでなく感想を述べ合っただけ、とか言い繕っている。しかし、それならこの証拠について一番詳しいはずの笠原本人を証人に申請すればいいのだがそれはしない。この一事を見ても「笠原ファイル」の真実性、会社関与の真相は明白であるといわざるをえない。

  

 検証・都労委「明治乳業事件」(69)

 2015/10/12() 午前 11:33
 
第3は笠原ファイルだ。これほど明白な不当労働行為意思の証拠を判断もしないで無視したことは労働委員会のあり方として失格に値する。「邪魔な証拠は消せ」というのではあまりにも不公正ではないか。

 

 本文書は、高度成長期の大企業の職場における「民主主義の格闘」を描いたものだ。

 1960年代から民主主義は工場内でも発揮され、抑圧されただけだ。いまこそ「社会的連帯人間の登場」を待つ。

 パンフレットになると書かれているので、大企業内外の若い世代に、まとまったらぜひ読んでほしい。

 

 

 ▽編集子が紹介してきたブログ・「現代労働組合研究会のページ」

 明治乳業のインフォーマル組織がフォーマル組織のTOPへ――インフォーマル組織物語Ⅶ

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e225.html

 

 インフォーマル組織の過去・未来――現代労働組合研究会のページ

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/informal.htm

 

 明治乳業のインフォーマル組織を操る資本とのたたかい  (PDF)

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/131119informal_meiji.pdf

 明治乳業争議団員リポート記 - インターネット事業団(Adobe PDF

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/130216meijinyuugyou1.pdf

 必見! 倉内節子弁護士講演「不当労働行為と闘った30年――明治乳業事件から最近の労働問題まで」、労働相談センター・スタッフ日記、NPO労働相談センター(03-3604-1294)、全国一般東京東部労働組合、20141219

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/informal.htm

 

2016年2月27日 (土)

吉原公一郎原作の映画「日本列島」を観てきた

 先日(2016225日)、神保町シアターで映画「日本列島」(劇場公開日 1965526日)を観てきた。

 以前から観たかった映画だが、「恋する女優 芦川いずみアンコール」と銘うったシリーズの中の1本だった。

 映画は、戦後の下山事件・松川事件の背景にアメリカの特務機関が工作を行ったのではないかという社会情勢を基底に、次々に起こる殺人事件(アメリカ軍人、女性CA、元中野学校出身者、最後は追いかけていた主人公も)を「宇野重吉、鈴木瑞穂、二谷英明」など昭和を代表する俳優が渋く演じている。

 

 このような骨太の映画を作った熊井啓監督をはじめ、日本映画人の先達に「えらいもんだ」と表しておきたい。

 映画の内容は、以下のサイトに書かれている。

 http://odakyuensen.blog.fc2.com/blog-entry-865.html

 

原作者の吉原公一郎さんとは、若いとき面識があって、何回か原稿を自宅にいただきに行った記憶がある。調べてみたら1982年の時だった(『今日の子どもと教育のゆくえ 現代非行と教科書問題』(丸木政臣共著 労働旬報社 1982.4)。


  作家という人の姿は、このような風貌をして仕事をしているのかと思った。

それは、『赤坂桧町三番地』(三一新書 1964)なども読んでいて、「日本社会の支配の深部」を追いかけていた作家だったからだ。

 

戦争法案を通し、緊急事態条項を通すという安倍内閣と財界、エリート官僚の望む姿の深部を描く作家が出て来てこないものか、期待したい。

 

話が変わるが、原作は「三一新書」で、ここの版元は今でも事業を継続している「三一書房」だ。

 

本当に大昔、なにをやっていいのかわからず、誰にも相談できないで、古本屋を歩き、読み続けていたのが、戦後、出版された「三一新書」だ。同世代としてはマイナーな、愛読者であったことも告知しておきたい。


 編集者として、この会社の編集に共鳴して、「文学、経済、思想、労働、社会」など出版・編集をやってみたいと願ったことも書いておきたい。

 

2016年2月17日 (水)

図説で見る:GDPも実質賃金も下げるアベノミクス

Twitterは大変便利なものだ。毎日のように発信されている図版に、今の世の中が映し出されている。

以下、最近発信されているものを、フォローしてみた。

 

そのなかでも重要なものとして実質賃金、GDP成長率、消費支出などの低下を告げる人々の怨嗟の指摘がある。

比例して非正規労働者は増え、大独占企業は毎年経常利益を大幅に伸長させている。

 

「GDPはマイナス」なのに「実体経済は変わらず良好」とテロップを流す、「大本営発表型NHK」は、市民の側に立っていないと断言せざるを得ない。

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昔(1970年代から1980年代)、各単産(国労、私鉄総連、全電通、合化労連、紙パ労連など)の調査マンを中心に図版で読み解く『春闘ハンドブック』(A5判80ページ、ブックレット)という春闘向け企画が毎年行われたが、今こそ重要になっているのではないか。

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企業内組合幹部として「海外大使館付きの労働官僚出身者」が連合TOPの幹部になっている今だが、足元の労働者の経済実態から出発する、ニューリーダーが出ることを期待せざるを得ない。


 ▽今の連合会長 

  神津里季生

 1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。日本鉄鋼産業労働組合連合特別本部員在任中の19904月より3年間在タイ大使館派遣。1998年、新日本製鐵労働組合連合会書記長に就任。2002年、同会長。

 2006年、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)事務局長に就任。2010年、同中央執行委員長。2013年、日本労働組合総連合会(連合)に就任。

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2016年2月16日 (火)

写真ルポ:水辺の市(越谷市)――毎月第二火曜日。葛西用水ウッドデッキで開催

 

  ▽追加(201655日):総集編―写真で見るこれまでの「水辺の市」の風景                       (20151月~20165月)

   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/koremadenomizubenoiti.html

 

 

20149月から始まった「水辺の市」。下記のようなコンセプトで開催してきた。

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/index.html

 

毎月、第2火曜日は、ウッドデッキで野菜や弁当、手作り小物、そしてあの顔、この顔が待っています。

 水辺の市(いち)では、越谷市で活動している団体や商店が集まり、にぎわいの創出を目指しています。

  市(いち)には、格安な野菜、越谷市の名産品、リサイクル品、ケーキやおこわなど、お得な商品や美味しいものがたくさんそろっています。

  カフェもご用意しておりますので、午後のひとときにまたお散歩の帰りに立ち寄ってみてください。

  きっと掘り出し物に出会えるはずです。

 

201629日(火)も好天に恵まれ、市民のみなさんが足を運んでいただきました。

 どのような雰囲気なのか、これまで写真ルポとしてUPしてきた。



 160209misuzu1


 

東武スカイツリー線越谷駅から歩いて10分ほど。越谷市役所のそばです。

 一度、「ふらっ」とのぞいてください。

 

にぎわいの会・「水辺の市」は、臨時に2月28日(日)春の宿場まつり(第4回雛めぐり)・3月19日(土)の「葛西用水おそうじ交流会」でも開催します。

 

  

 

 

水辺の市――20151月から6月の風景
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/syutensya.html

水辺の市――20157月の風景
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/7gatu.html

水辺の市――20158月の風景
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/1508gatu.html

水辺の市――20159月は雨天中止

水辺の市――201510月の風景

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/1510gatu.html

水辺の市――201511月の風景
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/1511gatu.html

水辺の市――201512月の風景
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/1512gatu.html


水辺の市――201601月の風景
http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/160112mizubenoiti.html 

水辺の市――201602月の風景

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/1602gatu.html

 

 



 

2016年2月10日 (水)

「Windows Vista 」で「windows メール」を使っている人へ

 長年、「Windows Vista 」を使っているNPO事務所から相談を受けた。


 「Windows10搭載のPCを導入したので、outolook2013のメール設定」をしてほしいということ。



 
最初は、簡単にいくよなと思って対応したが、どうも変!

 

 

 事務所の代表者からこのPCは「Windows Live メール」ですといわれて、アドレスをエクスポートし、Excelで「SVC(カンマ区切り)」保存をした。

 

 

 しかし「outolook2013へインポートする」作業をしても、「名前の部分」が表示されない。

 

新しいPCを持って自宅に戻り、あきらめて、連絡帳に一人ひとり、名前部分を入力して完成させた。

 

WEBでいろいろ検索したら、以下のように出てきた。

 

 

 
 
VISTAを利用している方は一瞬で消え去った(懐かしの)Windowsメールを利用している方がいるかもしれません。

 

indows メールのメールメッセージや、アドレス帳は、Outlook 2013に直接は移行できません。

 

   1.indows メールからWindows Live メールにデータを移行する

 

  2.indows Live メールからOutlook 2013にメールデータを移行する

 

 

 翌日、事務所を訪問して古いPCを確認したら「Windows メール」だった。

 

そうだったのだ。

 

Windows Vista 2017年春にサポート終了になるので「Windows メール」をつかっている人は、要注意!

 

  ▽追記(2016.03.20) 別のページにこのような解説があった。

  Windows メールのメールメッセージや、アドレス帳は、Outlook 2013に直接は移行できません。
  そのため、Windows Live メールを経由して、データを移行します。

 

次の項目を順番に確認してください。

 

1. Windows メールからWindows Live メールにデータを移行する

   2.Windows Live メールからOutlook 2013にメールデータを移行する

  http://www.fmworld.net/cs/azbyclub/qanavi/jsp/qacontents.jsp?PID=9210-2612#win

 

2016年2月 4日 (木)

化学産業における労働組合の旗を守った人たち

 昨年末に読んだ本だが、1970年代から「化学産業複数組合連絡会議」として組合分裂・複数組合・少数派運動として継続して「化学産業における労働組合の旗を守った人たち」がいたことを知った。

 『組合潰しと闘いぬいた労働者たち――化学産業複数組合連絡会議30年の軌跡』(編著者・化学産業複数組合連絡会議、2010213日発行、株式会社アットワークス

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  会議の発足が19782月で「合化労連複数組合連絡会議」として発足したと書かれている。

 

 総評・全金労組や全造船のたたかいは、身近に起こっていたので、熟知していたし、金属反合闘争委員会の人たちと一緒に『ねらわれた組合――インフォーマル組織とどう闘うか』(金属反合闘争委員会編・発行、198371日、初版1万部)を編集・制作したことや、「金属労働戦線におけるインフォーマル組織――[原題:「ねらわれた組合」からの脱出――インフォーマル組織とたたかう](大木兼次郎・金属機械反合インフォーマル対策委員会、賃金と社会保障 879 1983-12-10)を書いてもらったことがあった。

 

 本書は合化労連という「総評・太田薫議長」という大看板を支えて産別組織内(一部は加盟していなかったか?)に属していた以下のような組合の闘争史をまとめたもの。

 

▼闘いの軌跡
化学産業複数組合連絡会議の歴史 化学労働運動のほんりゆう

宇部窒素労働組合        春闘の先頭を駆けた闘い
新日本窒素労働組合       安定賃金反対闘争を経て、水俣病と闘い、差別是正
旭化成守山労働組合       労働運動と社会運動 公害闘争と労災闘争の取り組み
昭和電工秩父労働組合      伝統にこだわらず、新規事業で雇用確保 
昭和電工東長原労働組合     連合会から除名、主体的な運動を模索
東洋高圧労働組合        組合分裂から組織統一を果たす
川崎化成労働組合        コンビナートで首切りと闘い、職場復帰後に安全闘争
全セキスイ労働組合       少数派組合への差別をはね返し、労働条件向上の道を切り開く
東洋シリコン労働組合      企業再篇の嵐のなかで再統一
昭和電極労働組合        じん肺、職業性ガンの労災認定から集団訴訟の先がけ

日本板硝子共闘労働組合     非正規労働者との連帯
豊年製油労働組合        丸抱え御用化に抗して、ユニオンショップ解雇との闘い 
二チバン労働組合        2本立て労働条件を許さず、法廷闘争と実力闘争で勝利
内山工業労働組合        自動車会社の間接介入、5名解雇と闘い、今なお不当攻撃と闘争中 
大鵬薬品工業労働組合      薬害を未然に防ぐ
大塚製薬労働組合        業務譲渡リストラとの闘い

 

 まえがきで(30周年記念誌刊行の狙いと読者への期待 化学産業複数組合連絡会議議長 末吉 幸雄)、定年を迎えた「闘士」がつづき、その組織自体の維持ができなくなったことも次のように書く。



 「●企業内組合の弱点

 複数組合会議の各組合は、戦後の労働組合運動でトップレベルの成果と運動を作り上げてきた。しかし新たな組合員の獲得が困難となり、組合員の多くが定年退職して戦力を低下させた。一度、労働組合が分裂すれば、多くの労働者は会社ににらまれるのを避け、会社が支配する第二組合に閉じ込められる。

 労働組合の運動は本来、未加入の労働者に働きかけ、組合員を拡大して、会社との交渉力を高めていくものである。しかし、戦後の日本の労働組合はこの苦労をしないで、会社が採用した社員をそのまま組合員としてきた。組合員意識の向上、組合民主主義の徹底、資本からの独立を常に心がけていれば、企業内組合の弱点を補強していけるが、多くの労働組合でここを会社に突かれた。」

 

 しかし今も少数派として持続して、「人生をかけた闘いの主人公」として誇りを持って生きている労働者の姿がある。

 敬意をこめて「次の世代」に読んでほしく紹介したい。

 

 下記のページに、「まえがき・30周年記念誌刊行の狙いと読者への期待 化学産業複数組合連絡会議議長 末吉 幸雄」の文章と「総目次」が読めるようにした。

 

 「それぞれの労働組合運動史・論 1」のページ

  高度成長期以降の労働組合運動 Ⅰ――1960年代から2000年代の労働組合運動をになった世代[大企業組合の現状を知るための情報―4]

 

 青木慧さんの以下のルポを紹介してきたが、化学産業労働者の側から書かれた「日本労働組合つぶしの実態」を書いたものだ。


 
青木慧さんの『ニッポン丸はどこへ行く』――インフォーマル組織物語
『ニッポン丸はどこへ行く』が解明したこと――インフォーマル組織物語-2

青木慧さんの『ユニオンジャック』を読んだ人。

2016年2月 2日 (火)

“フライヤー”という言葉を「戦争法反対行動」で知った(PART2)

 

 

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 石川康宏     ‏@walumono0328             1時間前(2016.02.09)                            

 

今夜は岡山市職労の春闘学習会。取り組みの「経験主義」にかかわり「団結ガンバローを女性組合員がイヤがってる」と提起して、座は「一本じめ」での終了となる。その後執行部のみなさんとあれこれしゃべりの懇談会。10時半をすぎてのおひらきとなる。みなさん、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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ドネーションとはいかに? ここでも変革が! カンパなぞいってない!

 

ドネーション(donation)とは、「寄付」「寄贈」を意味する英単語。

 

 

 

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   twitterで続々通信されている新鮮なデザインの続きです。

 

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