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2015年6月

2015年6月30日 (火)

八ヶ岳名水会を訪問

  ▽追記(2015.08.31

 

  障害者と地域住民による”身近な仕事おこし”―TOP

 

  http://www.syokubasanka.com/

 

 

 




 先日(2015623日・〔火〕)、山梨県北杜市の「八ヶ岳名水会」を、わらじの会・世一緒のメンバーに随伴して、リフトカー3台(23名の参加)で訪問した。

 主催は「ワーカーズコープセンター事業団北関東事業本部(こちらの参加は9名、杉戸のNPOの方が2)

 高速を草加インターから入り、中央道を抜けて、須玉へ(3時間半ほどで)。八ヶ岳は雲がかかって見えなかったが、風光明媚な高原の地だった。

 

 社会福祉法人 八ヶ岳名水会のHPのTOPに――雄大な八ヶ岳の麓、山梨県北杜市及び韮崎市を中心に「たとえ障がいがあっても、地域という大きな家族の中で支えあい安心して暮らせる社会の実現」を目指し、地域生活を支援するための様々な事業を展開しています――という打ち出し文があった。

 最初は、元北杜市立日野春小学校を市から借り受けた多機能型事業所のはら樂団。

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ここで仁田坂さんの説明をみんなで聞いた。

あっという間の時間が過ぎ、元校舎内(1階部分)を案内していただいた。

 

ここまで書いてきたら、今日付け(2015630日)の《山下浩志さんのブログ:「共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す」に「入所施設から地域移行、地域生活支援から共生の地域へ踏み出す八ヶ岳名水会を訪ねて」》が詳しく書かれているので、名水会をよく知っている実践家なので、ぜひ読んでほしい。

http://yellow-room.at.webry.info/201506/article_7.html

 

 20数年前から始まった障がい者・当事者の農福連携施設づくりと<共生の地域づくり>の歩みを実際、目の当たりにして圧倒された。

 下の写真は、小学校の下のくぼ地にある諸施設と1町歩にわたる畑・水田。

 

 

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 ホームページの案内には、「スタッフ209人(H26.4現在)」と書いてあった。

 

当事者は何名なのか、なぜこれほどの施設と施設外へと進んだ事業・生き方ができたのか、知りたいことがいっぱいあるが、それも「山下さんのブログ」をことはじめとして読んで、相互交流する母体が越谷にもできることを望んだ訪問だった。

  

  ▽追加(以下のページに追加UP)

 

  「仕事おこし懇談会inこしがやのページ」

 

2015年6月24日 (水)

鶴岡生協、そしてまちづくり協同組合へ―20数年前の思いに遡って刺激的な「いのちとくらし」研究所のシンポジウム

 先日(2015619日・〔土〕)、明治大学の研究棟4階で「特定非営利活動法人非営利・協同総合研究所いのちとくらし」主催のシンポジウムに非会員でも無料で傍聴できるので参加した。

  テーマは、「地域のくらし連携について考える―鶴岡から学ぶ―」として、「鶴岡における地域連携の全体を知る機会とするため、医療福祉、生活全体や地産地消など産業のつながりなどについてご報告いただきます」と案内状には書かれていた。

 これは行って傍聴してみなければと思った。

報告者は、「庄内医療生活協同組合専務理事、研究所理事 岩本鉄矢」「生活協同組合共立社理事長 松本政裕」「社会福祉法人山形虹の会事務局長 井田智」で、「コメンテーター・関西大学商学部教授、研究所理事 杉本貴志」(敬称略)であった。

 

なぜそのように思ったのか書いておくが、1980年代から飛躍的に社会に登場した「市民生協」という言葉を積極的な意味で感じ、刺激的な影響を受けたのは、当時の鶴岡生協・佐藤日出夫さんが書いた本を読んだからだった。

それはまた「市民生協」を知る上で、数少ない実践を学ぶ書だった。

 

手元に残っていないので調べてみると、以下の4冊があった。

『鶴岡生協と住民運動』(佐藤日出夫美土路達雄編 現代企画社、1968年)

『生協奮戦記』(佐藤日出夫著、家の光協会、1970年)

『こ​こ​に​虹​の​旗​を――鶴岡生協と住民運動』(佐藤日出夫, 美土路達雄共編、民​衆​社、1981年)

『虹のロマン――共立社連邦の理念と運営』(佐藤日出夫, 武田末治 著 民衆社、19847 月)

3~4番目の本を民衆社が出版し、「生協ってなに!」という問題意識がわいてきて読み始めた(当時、珍しく「赤旗」広告に載った協同組合関係出版物)記憶がある。


 また総評などの労働組合が国民春闘から退歩していく姿を見て、「地域に生協と労働組合」(企業内組合ではなく)があるのが、これからの時代なのではないかと強烈に思ったからだった(美土路達雄先生の奮闘は農協労働者向けの論文・本があり読んでいたが)

 

のちに、今崎曉巳さんと二宮厚美さんの本づくりなどから紹介されて会った労働者出身の大阪よどがわ市民生協(吹田市)の柴田光郎専務理事さんと、共通する思いを話し合った本の著者だった。

大学生協出身者に聞いても、「小さな単協の幹部の本」、というイメージを持っている人が多かった印象だったので、「こんな人もいるのか」と共鳴した記憶がある。 

その縁で大阪よどがわ市民生協雑誌づくりを手伝い、彼の夢の一端――大阪にも産直中心だけでなく、鶴岡生協にならってホンモノの地域生協を実現したい――をよく聴かされた。

 

当時、共立社・鶴岡生協が打ち出していた諸事実――「班の原点(くらしのまじりあい、共に知恵を絞り運動・事業の核として位置づけた)を常に貫いた生協」、「灯油闘争をたたかった生協」「反ダイエーの店舗のたたかい」「中央集権ではなく地域を基礎とした生協・連邦制」「イタリアと交流している生協」――を発見するために、編集子は1990年代初頭、鶴岡地域への取材に5回ほど通ったことがあった。

大山店(当時からセンターといっていたのか、不明)という小さな店舗と「炬燵に入れる範囲の班会」の意味、冬場のブリザードに近い足元からの雪風とその中での暮らしと班会・店の大事さ、町中の住民が組合員ということ、閑散としたメイン商業プロムナードとダイエー店舗の違和感も教えられた。

地に張り付いた組合員さんの生協への信頼感は、都会の市民生協のスタイル・共同購入とも違ってつながりが大事という(編集子の聞き方が間違っていたかもしれないが)、店舗のもつ意味を強調していた。いちいちそうだろうなと感じた次第。

だからその後、多くの市民生協の側が店舗展開を実行して、その成果を得ないうちに撤退し、「個配」を事業のシステムの核にしている問題については、今でも不思議な思いはある。

 

この過程で生活クラブ生協の名物畜産企業である「平田牧場」の大版タブロイドカラー新聞形式のチラシ(班に1部と店舗組合員向け。大阪では市民生協で購入できた)を作り、新田社長さんとも面談して、佐藤日出夫さんの思い出を聞いたことがあった。

 

生活協同組合共立社のあゆみ

 http://www.yamagata.coop/about/page/detail/4/

 

歴史は2回転半、回っているが、地域から内発的に事業と複合的な組織を作っている事実には、学ばされた。

 

メイン報告者は岩本さんで、「事業協同組合方式による『住み続けられるまちづくり』」が報告された。

「鶴岡地域の特徴・歴史」、「鶴岡における協同組合運動の歴史と特徴――団体主義と個人主義、目的の手段としての事業と運動・灯油裁判、ダイエー出店反対運動・水道料金値上げ反対、市長選挙」「まちづくり協同組合設立の経過と特徴――異業種の集まりではあるが、共通の住民(組合員)が中心にすわっている」「仕事づくりを目的の一つに位置付けた、労協運動の挫折」「まちづくり協同組合傘下の組織と事業の現況――取組み業種、利用数、事業高、職員数、世帯比組織率」。

 

各加盟組織の活動の特徴と課題――(1)社会福祉法人山形虹の会、(2)生活協同組合共立社、(3)庄内医療生活協同組合――「①地域全世帯の過半数を組合員として組織、②健康な人を含む組織としての健康づくり一介護予防活動、健診事業フィットネス事業・介護予防、③患者に寄り添う医療の必然としての介護・住宅事業への発展、④医師・看護師不足による医療事業の制限」

このあと、井田さん、松本さん、そしてコメンテーターの杉本さんのコメントがあるが、全文は、「いのちとくらし 研究所報」(特定非営利活動法人非営利・協同総合研究所いのちとくらし、20159月刊予定)に出るので、読んでほしい。

気が付いたことのメモ。

1 コメントをした大高研道先生より、鶴岡地域では「購買生協」と「医療生協」が両者あい混じって、地域で事業・運動・人材交流が行われている。ほかの地域から見るとめずらしいのではないか、と。

市民生協と医療生協がいい関係にある地域はあるのかどうか、私が関わってきた経験から言えば、ほとんどない(これは私見)。だから鶴岡地域は貴重なのだ。

2 庄内医療生活協同組合は、地域の48.2%の市民が組合員。

3 事業協同組合システムを活用した「庄内まちづくり協同組合 「虹」」の存在。

 

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 『庄内まちづくり協同組合「虹」――新たな協同の和でつくる いつまでも くらし続けられる まちづくり』(20148月)より。

 △クリックして下さい。

 4 対行政といい関係ではないが、着実に「福祉行政の一端」をになっている姿(1000名を超える社会福祉協議会があるとのこと。これは民間活力、民間でできるものは民間へという保守系政府の言い分にも反しており、市民の活力をどのように引き出すかという改革すべきテーマ)

5 労協運動の挫折(レジュメに書いてある文章)

 労働者協同組合の挫折と高齢者協同組合の設立――全国的な労働者協同組合運動の動きを背景に、1984年鶴岡協立病院の新築開設時に、病院清掃業務や夜警業務の受託を前提に『直轄庄内事業団』として労働者協同組合が設立された。創設後、中央組織への指導料などの負担もあり、労働者自らが主人公とはいうものの、県の最低賃金以下の時給しか受け取れない状況が続き、数年で中央組織から独立した地域事業団に衣替えを行った。しかし、低い報酬から脱却できず、現地管理者による不正の続発もあり、労協の理念とは乖離した組織状態が続き、労協は解散し、高齢者部分が介護事業を主たる事業とする高齢者生活協同組合を設立することとなる。そのため、清掃や夜警業務は職を失うこととなるため、まちづくり協同組合がそれらの人々の雇用と業務を引き継ぐこととした。

 

そうだったのかという思いがわいてきたが、この『直轄庄内事業団』についても取材に行った経験がある。そのときのことは「出羽三山神社」の2446段にわたる上りに、「知っていれば来なかった」という記憶しか残っていない。


  最後に、これまでの経験をまとめ、新しい出版物として、若い世代に伝えていってほしいものだ。

 

 ▽追加(2015.01.01)以下の研究所報が発行されました。

  • 2015年度定期総会記念シンポジウム

  「地域のくらし連携について考える―鶴岡から学ぶ―」

  ・鶴岡から何を学ぶことができるか…杉本貴志

  ・事業協同組合方式による「住み続けられるまちづくり」…岩本鉄矢

  ・社会福祉法人からみた地域のくらし連携…井田 智

  ・生協共立社連邦運営の基本的考え方…松本政裕

  (『いのちとくらし研究所報』2015年9月25日、No52、特定非営利活動法人 非営利・協同総合研究所いのちとくらし、頒価1000円)

  お申し込みは、inoci@inhcc.org へ。

        151001inotikurasi

 

2015年6月19日 (金)

坪井善明さんが書いた2冊のヴェトナム・岩波新書から学ぶ

昨年から編集してきた「ベトナム反戦のページ――知っておきたい戦後史・現代史のページ」で[坪井善明さんが描いた「現代のヴェトナムを理解するための出版物」〕という小文を書いた。

 

「ベトナム反戦のページ」

 

紹介した本は下記の2冊。今ごろになっての紹介で著者には申し訳ないと思うが。

 『ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索』(坪井善明著、20088月、岩波新書、岩波書店)

 『ヴェトナム――「豊かさ」への夜明け』(坪井善明著、19947月、岩波新書、岩波書店)


 著者は、以下のような経歴の人だ。

1948年埼玉県生まれ

1972年東京大学法学部政治学科卒業

1982年パリ大学社会科学高等研究院課程博士

1988年に,渋澤・クローデル賞,1995年に,アジア・太平洋特別賞受賞

現在一早稲田大学政治経済学術院教授

専攻-ヴェトナム政治・社会史,国際関係学,国際開発論

(『ヴェトナム新時代』の奥付より)

 

 このブログで「松坂慶子さん主演の映画『ベトナムの風に吹き荒れて』」を紹介してきたし、「ベトナム再訪問」も記事を書いてきたが、本書のなかで言われているように「団塊の世代の郷愁に近いスタンス」で手前勝手な文章であることは、明々白々だ。

 

 坪井さんの2冊で展開しているテーマは、以前から編集子が持っていた数多くの自問・疑問――ヴェトナムの歴史、中国との関係、人民の形成史、多様な民族の存在、アメリカとの戦争、ポート・ピープル問題、カンボジア侵攻、ドイモイ政策の出発を担った人・形成史、米越国交正常化の実現、ヴェトナム国内企業の形成、日本のODA、ヴェトナム共産党の特徴などなど――縦横にわたって答えてくれている。

 現代のヴェトナムを理解するための「総合的人文科学書」だ。

小文でも書いたが「ホーチミンの共和国思想」という設定は、40年近い大きな疑問を解いてくれた。

日本社会の民主的改革にとっても、大きな問題提起なのではないか。

 

坪井善明さんが描いた「現代のヴェトナムを理解するための出版物」

 

 
ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索
坪井善明
岩波新書
岩波書店
2008年8月
ヴェトナム――「豊かさ」への夜明け
坪井善明著
岩波新書
岩波書店
1994年7月
ヴェトナム現代政治

坪井善明著
四六判
東京大学出版会
2002年2月
(未読)

 ▽『ヴェトナム新時代』の奥付より
 1948年埼玉県生まれ
 1972年東京大学法学部政治学科卒業
 1982年パリ大学社会科学高等研究院課程博士
 1988年に,渋澤・クローデル賞,1995年に,アジア・太平洋特別賞受賞
 現在一早稲田大学政治経済学術院教授
 専攻-ヴェトナム政治・社会史,国際関係学,国際開発論
 
 ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索、2008年8月、岩波新書、岩波書店

 私が読んでいるあるメーリングで「現代のヴェトナムをするためにお勧めしたい本」ということで、『ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索』(坪井善明著、2008年8月、岩波新書、岩波書店)が紹介されていた。
 簡単な著者紹介として、1960年代末の「べ平連」に参加した人物とあり、早速、図書館から借りて読み始めた。

 著者は「はじめに」で以下のように書いている。
 《本書は、一九九四年に上梓した『ヴェトナム「豊かさ」への夜明け』の続きとして、ヴェトナムの九四年から二〇〇八年までの現況と今後のあるべき体制について記している。四〇年付き合ってきたヴェトナムが、今「新時代」に入ってきているのを肌で感じている。この時点で、自分の見方と今後の指針を示しておきたかった。ヴェトナムに関心のある人びとに、何らかの参考になれば望外の喜びである》
 
 まずはこちらの不勉強ぶりを謝っておきたいが、前著があることも不明だった。しかし読み始めて、「第6章 ホーチミン再考」にたどりついて、40年ほど前から知りたいと思った「ホーチミン」の生き方、理念について、これほどまでに的確に分析した本はないのではないかと思った。
 著者は、共和国の思想・イデーをもった「共産主義者」としてのホーチミンを描き出している。
 彼がソ連や中国にいて活動していた時に(その時代の行動は、いくつか本が出ていると本書で紹介している)、「このような国にしてはならないと思ったのではないか」、と考えていた私にとって、強烈な共感・共鳴心がわいてきたのだ。

 

ホーチミン廟(2009年撮影) ホーチミンの家(ホーおじさんの家)(同左)


 ハノイの「ホーチミン廟」を訪問したときに感じた違和感、それと対比したつつましい政務した家、どちらが本当の「理念」なのか、個人的に怒って見ていたことを思い出す。

 ヴェトナムの党内での「ホーチミン思想」の描き方の変遷よりは、著者のホーチミンの足跡をたどり、「フランス共和国精神」と独立宣言に入れた「アメリカ合衆国憲法」の「幸福追求権」の理念の分析は、若い世代に読んでほしい。

 独立・自由・幸福の意味
 この「独立」は、長年のホーの夢である。ヴェトナム民族がフランス植民地から解放され独立国となることを意味している。ただし、従来のヴェトナム史が掛り返したように、中国の脅威からヴェトナムのアイデンティティを守るために「独立」した、という古い意味での「独立」ではなかった。ヴェトナムは中国の宋、明、元、清の各王朝の侵略や支配に対して、軍事的な反乱を起こし、中国軍を敗退・撤退させたという歴史を持っているが、結局、「独立」を達成した後は、中国を模倣した王朝体制を敷いただけだった。しかし、今回の「独立」は、独立した後に、近代的な主権国家という「独立国」を建設するものだった。世界の列強に伍して生きていく力を持つ主権国家の建設を「独立」に込めたのである。それは単に制度としての「民主共和国」だけではなく、その独立国家を担う新しい人民のイメージを構想していたのである。
 「自由」はフランス革命の標語「自由・平等・博愛」の影響と、アメリカ合衆国の「生命・自由・幸福を追求する権利」の影響を受けていることは自明であろう。単に国家が独立して主権を持って国際社会で自由に発言・活動するだけでなく、国民一人ひとりが自由を謳歌しなければならないことを意味している。この時、自由を謳歌する国民の一人ひとりが、「共和国」という秩序を下から作る主体となることを暗に要求されていた。責任を伴って正しい判断を下すことの出来る「個人」の析出を求めている。そのような個人を生み出す教育と、それを保障する政治的装置を伴うものこそが、近代的な国家なのである。「共和国」とは、民主主義に自由を加味したものなのだ。
 最後の「幸福」は、四五年九月の独立宣言にも触れられているように、アメリカ合衆国憲法の「幸福を追求する権利」からの影響である。アメリカ合衆国憲法こそ、憲法の中に「幸福を追求する権利」を初めて明文化したものである。「幸福」の内容は多義的で一つには定まらないが、少なくとも、近代国家のもとで個人としての「幸福」を各自が追求するという意味では、極めて「近代的」な概念であろう。ヴェトナムの歴史は多くの中国からの侵略に対する闘いと、洪水や早魅など数限りない自然の脅威に対する闘いに明け暮れた歴史であった。不幸や不遇という概念は一般的に広く行き渡っていて、それに打ち勝つ歴史がヴェトナムの特徴であり、天が与えた試練を乗り越えるという意味では勇敢で英雄的だった。だが、それはあくまでも受動的なものだった。一人ひとりに「幸福を追求する」権利があるし、幸福を積極的に追求しなくてはいけないというメッセージは、極めて新鮮なものとして受け止められたのである。
 国家体制の基本となる憲法では、ホーはフランス共和国とアメリカ合衆国を参照して、「ヴェトナム民主共和国」を構想したと思われる。そこには、共産主義者の顔よりも、共和主義者・民主主義者の顔がより強く前面に出ている。
 一九四五年九月という時点でヴェトナム民主共和国の独立を宣言したが、ヴェトナムを取り巻く国際的な力関係は連合国が圧倒的な地位を占めていた。「民主共和国」を認知してもらうために、共産主義者の顔を消すような大胆な行動をホーチミンは取る。四五年二月、ホーは共産党を解党するという思い切った処置をした。もちろん、実体としての共産党組織は温存していたので、-種の「偽装解散」と言えるのだが、「民主共和国」の独立を認知してもらうためには、「党派の利益」を超えて、「国民の利益」を優先させるという論理を選択したのである。この点にも、共和主義者としてのホーチミンの考えの一端が覗いている。(p.196-p.198)

 編集子の数多くの自問・疑問――ヴェトナムの歴史、中国との関係、人民の形成史、多様な民族の存在、アメリカとの戦争、ポート・ピープル問題、カンボジア侵攻、ドイモイ政策の出発を担った人・形成史、米越国交正常化の実現、ヴェトナム国内企業の形成、日本のODA、ヴェトナム共産党の特徴などなど――縦横にわたって答えてくれている。
 現代のヴェトナムを理解するための「総合的人文科学書」だ。
 先に紹介したテーマの位置を確認するためにも、以下に目次を掲載しておきたい。



 ▽出版社の扉裏紹介文
 ドイモイ(刷新)政策採用から二十余年。米国と国交を正常化し、ASEANやWTOへの加盟も果たして国際社会への復帰を遂げた今、ヴェトナムはどこ向かっているのか。
 未曾有の戦争の後遺症を抱えながら、一方でグローバル化の波にさらされる中、ひたむきに幸福を求める人々の素顔に迫り、日越関係の明日を展望する

目 次
 はじめに

 第1章 戦争の傷跡
   1 ヴェトちゃんの死 
   2 枯葉剤をめぐる諸問題  
   3 枯葉剤被害者の第三世代  
   4 身寄りのない老人たち  
   5 ヴェトナム戦争とは  
   6 その他の後遺症  

 第2章 もう一つの「社会主義市場経済」
   1 ドイモイ政策の二〇年  
   2 ITの普及 
   3 この国の「豊かさ」の条件  

 第3章 国際社会への復帰
   1 国際的孤立  
   2 ASEAN加盟  
   3 米越国交正常化の実現  
   4 WTO加盟の条件  

 第4章 共産党一党支配の実相
   1 ヴェトナム共産党の特徴  
   2 共産党の危機感  
   3 独特の国家機構  
   4 変わる指導部 

 第5章 格差の拡大
   1 格差と平等意識  
   2 非党員でも金持ちになれる
   3 疲弊する農村部 
   4 圧迫される少数民族 

 第6章 ホーチミン再考
   1 愛国者ホーチミン  
   2 現代ヴェトナム社会におけるホーチミン
   3 ホーチミン思想 
   4 ホーチミンの「共和国」  

 第7章 これからの日越関係をさぐる
   1 グローバル化の中で日本の位置は 
   2 深まる交流 
    3 さまざまな問題点 
   4 今後の課題

 終章 新しい枠組みを
   1 政治体制の変革 
   2 工業化への道
   3 日先の苦難を越えて
   4 小田実の死 
 あとがき
 ヴェトナム史略年表
 主要参考文献


ヴェトナム――「豊かさ」への夜明け、1994年7月、岩波新書、岩波書店

 ▽出版社の扉裏紹介文
 ドイモイ(刷新)政策の採用で、急速に変容しているヴェトナム。現地で暮らした体験や人びととの交流をふまえて、「変わりにくい部分」としての中国やカンボジア等との関係、共産党・国家・社会の特徴、戦争の傷跡を、そして「変わりつつある部分」としての対外開放、経済発展を多面的に描く。ヴェトナム理解のための待望の書。

 ▽著者が「はじめに」で書いた文章
 本書は、一九八九年から九四年の五年間、ヴェトナムに暮らしたり訪ねたりした体験をもとに、「ヴェトナムの社会や国家の特徴は何か、どこからどこへと変化しているのか」を主題にしている。ただし、たんなる体験記ではなく、日本やフランスで読んだ文書や文献から学んだことと、ヴェトナム社会で暮らして理解したことを、私なりに総合して、私自身の肉声で、できるだけ〝客観的な″ヴェトナムの全体像を措こうと努めた。
 もちろん、不勉強で間違いを記述している箇所もあるかもしれない。不完全な部分は読者の方からの御指摘を受けながら、後日修正していきたいと願っている。


目  次
 はじめに

 第一華 中国の影
   l 距離の近さ
   2 中越貿易と華僑
   3 詩 の 国
   4 「南の中華帝国」
   5 親近感と反発と
   6 中越戦争
   7 国交正常化
 第二章 南と西の隣人たち
    ――チャンパ、カンボジア、ラオス
   1 多様な民族
   2 南  進
   3 チャンパ
   4 クメール
   5 ラーオ

 第三章 ヴェトナム社会
   1 識字率の高さと長寿
   2 ヴェトナム社会の特徴
   3 二〇〇〇年の共存
   4 地縁・血縁
   5 時の社会
   6 外国人に対する猜疑心と不信感
   7 小商人世界

 第四章 党と国家機構の特徴
   1 ヴェトナムがアメリカに勝ったとは?
   2 貧しさを分かち合う社会主義
   3 ホーチミン
   4 ヴェトナム共産党
   5 国家磯構の特徴
   6 世  論

 第五章 ドイモイ政策
   1 グエン・スアン・オアイン
   2 試行錯誤
   3 ドイモイヘの道
   4 政治民主化を争点として
   5 ドイモイ政策の展開

 第六章 戦争の傷跡
   1 すさまじい物的破壊
   2 人体に与えた傷
   3 南北格差

 第七章 経済発展の可能性
   1 発展戦略をめぐる争い
   2 三つの切り札
   3 アジアの社会主義
   4 発展を阻むもの

 終章 援助のあり方

 あとがき
 主要参考文献
 ヴェトナム史略年表

 

▽参考 「ベトナム反戦のページ」 で紹介した文献など。

 

2015年06月18日 坪井善明さんが描いた「現代のヴェトナムを理解するための出版物」
 2014年11月05日 ベトナムへの現代的支援・異見、仙石さん、ベトナムから原発撤退を――ある編集者のブログ。
 2014年10月20日 戦場の記憶、『ベトナム戦争―民衆にとっての戦場』(吉澤南著)、吉川弘文館、1999年5月1日。
 2014年10月20日 オーラル・ヒストリーの実践と同時代史研究への挑戦――吉沢南の仕事を手がかりに、【特集】社会科学研究とオーラル・ヒストリー(3)大門正克、大原社会問題研究所雑誌 No.589/2007.12
 2014年10月20日 ベトナム戦争の頃:『資料ベトナム解放史』(全3巻)の刊行。1970年9月~1971年3月刊行。労働旬報社
 2014年10月10日 10・21国際反戦デーの紹介。
 2014年10月10日 「ベトナム反戦の原点」の3冊のPDF復刻版――『ベトナム黒書』、『歴史の告発書』、『CUCHI』。
 2014年10月10日 現代の罪と罰、(ベトナムにおける戦争犯罪調査日本委員会編『歴史の告発書』、1967年)「沼田稲次郎著作目録――人と学問の歩み」、沼田稲次郎・書に序す――団結と平和と人間の尊厳と》より。
 2014年10月10日 ベ平連のベトナム反戦、「ベ平連関連参考文献・資料―最近の文献に出ている「ベ平連」評価 ・「ベ平連」についての記述」をUP。

2015年6月 3日 (水)

全国一般東部労組大久保製壜支部のたたかいの意味―「8時間労働制の実現」をめざしたのが、メーデーの起源だ

2015512 ()に「非正規労働者の12時間労働反対のストライキ――全国一般東部労組大久保製壜支部」を紹介した。

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/12-c03a.html

 

その後、以下のような別の動画があることが分かった。スローガンは、――“日比谷メーデー 東部労組デモ「大久保製壜所に行くぞ! 8時間労働制を守れ!」”

2015/05/20 に公開

201551日 日比谷メーデー

東部労組組合員は、日比谷メーデーの日比谷野音での本集会とデモを終えたのち、全員で大久保製壜支部のストライキ支援に駆け付けた。

大久保製壜所は8時間労働制を守れ!

https://www.youtube.com/watch?t=43&v=pCI7R1Dtb6M

 

「8時間労働制の実現をめざしたのが、メーデーの起源」であり、以下のような柱立てで『メーデーの話』(絲屋寿雄著 発行:196945日、労働旬報社)を編集した人物こそ、別の紹介ブログで書いた川崎忠文さんだ。

 この本を私にぜひ書くようにとすすめてくれたのは労働旬報社の川崎忠文君である。
 「いつもメーデーの一ヶ月くらい前になると、あらゆる労働組合の人たちから『メーデーについて書かれたよい本はないか』とたずねられる。そのたびに、『誰かそういう本を書いてくれないものかなあ』とおもいながら又一年を経過してしまう」と彼は言うのである。
 そこで川崎君と相談して、(1)国際的なメーデーのはじまり (2)日本のメーデーのはじまり(3)戦前のメーデー (4)戦後のメーデーというような順序で、メーデーの歴史をいろんなエピソードをいれながらおもしろく書くこと、とくに労働者がメーデー行進の際にうたう労働歌、闘争歌などにまつわる物語をおりこむこと、「メーデーの物語」であると同時に簡単な「日本労働運動史」として学習の教材にも使えるものであること-というようなプランで早速執筆し、来年のメーデーまでに間に合うよう書き上げようということになった。(後略)》 

 http://www15.ocn.ne.jp/~pro_song/maydaynohanasi_book.html

 

 20111126 ()

『回想の川﨑(川崎)忠文』を出版する――PARTⅡ

20111114 ()

『回想の川﨑(川崎)忠文』を出版する。

http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/cat22989866/index.html

 本追悼文集の中に、ご本人が書いた―「時間労働」の希釈化とその問題点―があるので、一読を。

 

 『メーデーの話』

 国際的メーデーのはじまり
1.
第一インター大会と八時間労働制
2.
国際的メーデーのはじまり
3.
酒井雄三郎のメーデー通信

戦前のメーデー
1.
日本における労働組合の芽生え
2.
平民社のメーデー茶話会
3.
「富の鎖」と「革命の歌」
4.
大逆事件と「冬の時代」
5.
ロシア革命を激励したメーデー集会
6.
日本の第一回メーデー
7.
女工哀史と添田唖蝉坊
8.
第二回メーデー
9.
「赤旗の歌」伝来記
11.
「インターナショナル」の歌
12.
コミンテルンの成立と世界の革命運動
13.
日本共産党の歴史
14.
第四回メーデー
15.
第五回・第六回メーデー
16.
「同志よ固く結べ」
17.
「労働農民党讃歌」など
18.
第七回・第八回メーデー
19.
第九回・第十回メーデー
20.
第十一回メーデー
21.P
Mの発足と第一回音楽会
22.
第十二回メーデー
23.
満州事変と天皇制軍部独裁
24.
第十五回メーデーとメーデー撲滅運動
25.
二・二六事件とメーデーの禁止

戦後のメーデー
1.
戦争直後における国際統一戦線のたかまり
2.
敗戦と日本人民の解放闘争
3.
メーデーの復活、第十七回メーデー
4.
産別十月闘争から、二・一ストへ
5.
二・一ストにたいする禁止命令
6.
第十八回メーデー
7.
片山内閣と三月攻勢
8.
第十九回メーデー
9.
政令二〇一号反対闘争
10.
第二十回メーデー
11.
第二十一回メーデーと朝鮮戦争
12.
総評の結成とその性格
13.
朝鮮戦争と世界平和運動のたかまり
14.
うばわれた人民広場-第二十二回メーデー
15.
講和条約・安保条約の締結
16.
血のメーデー、第二十三回メーデー
17.
サンフランシスコ条約の発効
18.
破防法反対闘争
19.
第二十四回メーデー
20.
基地反対闘争の高揚
21.
原水爆禁止の叫びと第二十五回メーデー
22.
「うたごえ運動」の発展
23.
第二十六~二十九回メーデー
24.
勤評反対闘争と警職法闘争
25.
安保改定反対闘争と三池闘争
26.
労働者作曲家「荒木栄」
27.
今日のあらたなたたかいへ

 連合や全労連、全労協の組合員はもちろん、それにかかわらない多数のワーカーズ、青年・女性労働者のみなさんに一度、読んでほしい本だ。

 

 

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