坪井善明さんが書いた2冊のヴェトナム・岩波新書から学ぶ
昨年から編集してきた「ベトナム反戦のページ――知っておきたい戦後史・現代史のページ」で[坪井善明さんが描いた「現代のヴェトナムを理解するための出版物」〕という小文を書いた。
紹介した本は下記の2冊。今ごろになっての紹介で著者には申し訳ないと思うが。
『ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索』(坪井善明著、2008年8月、岩波新書、岩波書店)
『ヴェトナム――「豊かさ」への夜明け』(坪井善明著、1994年7月、岩波新書、岩波書店)
著者は、以下のような経歴の人だ。
1948年埼玉県生まれ
1972年東京大学法学部政治学科卒業
1982年パリ大学社会科学高等研究院課程博士
1988年に,渋澤・クローデル賞,1995年に,アジア・太平洋特別賞受賞
現在一早稲田大学政治経済学術院教授
専攻-ヴェトナム政治・社会史,国際関係学,国際開発論
(『ヴェトナム新時代』の奥付より)
このブログで「松坂慶子さん主演の映画『ベトナムの風に吹き荒れて』」を紹介してきたし、「ベトナム再訪問」も記事を書いてきたが、本書のなかで言われているように「団塊の世代の郷愁に近いスタンス」で手前勝手な文章であることは、明々白々だ。
坪井さんの2冊で展開しているテーマは、以前から編集子が持っていた数多くの自問・疑問――ヴェトナムの歴史、中国との関係、人民の形成史、多様な民族の存在、アメリカとの戦争、ポート・ピープル問題、カンボジア侵攻、ドイモイ政策の出発を担った人・形成史、米越国交正常化の実現、ヴェトナム国内企業の形成、日本のODA、ヴェトナム共産党の特徴などなど――縦横にわたって答えてくれている。
現代のヴェトナムを理解するための「総合的人文科学書」だ。
小文でも書いたが「ホーチミンの共和国思想」という設定は、40年近い大きな疑問を解いてくれた。
日本社会の民主的改革にとっても、大きな問題提起なのではないか。
坪井善明さんが描いた「現代のヴェトナムを理解するための出版物」
ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索 坪井善明著 岩波新書 岩波書店 2008年8月 |
ヴェトナム――「豊かさ」への夜明け 坪井善明著 岩波新書 岩波書店 1994年7月 |
ヴェトナム現代政治 坪井善明著 四六判 東京大学出版会 2002年2月 (未読) |
▽『ヴェトナム新時代』の奥付より
1948年埼玉県生まれ
1972年東京大学法学部政治学科卒業
1982年パリ大学社会科学高等研究院課程博士
1988年に,渋澤・クローデル賞,1995年に,アジア・太平洋特別賞受賞
現在一早稲田大学政治経済学術院教授
専攻-ヴェトナム政治・社会史,国際関係学,国際開発論
ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索、2008年8月、岩波新書、岩波書店
私が読んでいるあるメーリングで「現代のヴェトナムをするためにお勧めしたい本」ということで、『ヴェトナム新時代――「豊かさ」への模索』(坪井善明著、2008年8月、岩波新書、岩波書店)が紹介されていた。
簡単な著者紹介として、1960年代末の「べ平連」に参加した人物とあり、早速、図書館から借りて読み始めた。
著者は「はじめに」で以下のように書いている。
《本書は、一九九四年に上梓した『ヴェトナム「豊かさ」への夜明け』の続きとして、ヴェトナムの九四年から二〇〇八年までの現況と今後のあるべき体制について記している。四〇年付き合ってきたヴェトナムが、今「新時代」に入ってきているのを肌で感じている。この時点で、自分の見方と今後の指針を示しておきたかった。ヴェトナムに関心のある人びとに、何らかの参考になれば望外の喜びである》
まずはこちらの不勉強ぶりを謝っておきたいが、前著があることも不明だった。しかし読み始めて、「第6章 ホーチミン再考」にたどりついて、40年ほど前から知りたいと思った「ホーチミン」の生き方、理念について、これほどまでに的確に分析した本はないのではないかと思った。
著者は、共和国の思想・イデーをもった「共産主義者」としてのホーチミンを描き出している。
彼がソ連や中国にいて活動していた時に(その時代の行動は、いくつか本が出ていると本書で紹介している)、「このような国にしてはならないと思ったのではないか」、と考えていた私にとって、強烈な共感・共鳴心がわいてきたのだ。
ホーチミン廟(2009年撮影) | ホーチミンの家(ホーおじさんの家)(同左) |
ハノイの「ホーチミン廟」を訪問したときに感じた違和感、それと対比したつつましい政務した家、どちらが本当の「理念」なのか、個人的に怒って見ていたことを思い出す。
ヴェトナムの党内での「ホーチミン思想」の描き方の変遷よりは、著者のホーチミンの足跡をたどり、「フランス共和国精神」と独立宣言に入れた「アメリカ合衆国憲法」の「幸福追求権」の理念の分析は、若い世代に読んでほしい。
独立・自由・幸福の意味
この「独立」は、長年のホーの夢である。ヴェトナム民族がフランス植民地から解放され独立国となることを意味している。ただし、従来のヴェトナム史が掛り返したように、中国の脅威からヴェトナムのアイデンティティを守るために「独立」した、という古い意味での「独立」ではなかった。ヴェトナムは中国の宋、明、元、清の各王朝の侵略や支配に対して、軍事的な反乱を起こし、中国軍を敗退・撤退させたという歴史を持っているが、結局、「独立」を達成した後は、中国を模倣した王朝体制を敷いただけだった。しかし、今回の「独立」は、独立した後に、近代的な主権国家という「独立国」を建設するものだった。世界の列強に伍して生きていく力を持つ主権国家の建設を「独立」に込めたのである。それは単に制度としての「民主共和国」だけではなく、その独立国家を担う新しい人民のイメージを構想していたのである。
「自由」はフランス革命の標語「自由・平等・博愛」の影響と、アメリカ合衆国の「生命・自由・幸福を追求する権利」の影響を受けていることは自明であろう。単に国家が独立して主権を持って国際社会で自由に発言・活動するだけでなく、国民一人ひとりが自由を謳歌しなければならないことを意味している。この時、自由を謳歌する国民の一人ひとりが、「共和国」という秩序を下から作る主体となることを暗に要求されていた。責任を伴って正しい判断を下すことの出来る「個人」の析出を求めている。そのような個人を生み出す教育と、それを保障する政治的装置を伴うものこそが、近代的な国家なのである。「共和国」とは、民主主義に自由を加味したものなのだ。
最後の「幸福」は、四五年九月の独立宣言にも触れられているように、アメリカ合衆国憲法の「幸福を追求する権利」からの影響である。アメリカ合衆国憲法こそ、憲法の中に「幸福を追求する権利」を初めて明文化したものである。「幸福」の内容は多義的で一つには定まらないが、少なくとも、近代国家のもとで個人としての「幸福」を各自が追求するという意味では、極めて「近代的」な概念であろう。ヴェトナムの歴史は多くの中国からの侵略に対する闘いと、洪水や早魅など数限りない自然の脅威に対する闘いに明け暮れた歴史であった。不幸や不遇という概念は一般的に広く行き渡っていて、それに打ち勝つ歴史がヴェトナムの特徴であり、天が与えた試練を乗り越えるという意味では勇敢で英雄的だった。だが、それはあくまでも受動的なものだった。一人ひとりに「幸福を追求する」権利があるし、幸福を積極的に追求しなくてはいけないというメッセージは、極めて新鮮なものとして受け止められたのである。
国家体制の基本となる憲法では、ホーはフランス共和国とアメリカ合衆国を参照して、「ヴェトナム民主共和国」を構想したと思われる。そこには、共産主義者の顔よりも、共和主義者・民主主義者の顔がより強く前面に出ている。
一九四五年九月という時点でヴェトナム民主共和国の独立を宣言したが、ヴェトナムを取り巻く国際的な力関係は連合国が圧倒的な地位を占めていた。「民主共和国」を認知してもらうために、共産主義者の顔を消すような大胆な行動をホーチミンは取る。四五年二月、ホーは共産党を解党するという思い切った処置をした。もちろん、実体としての共産党組織は温存していたので、-種の「偽装解散」と言えるのだが、「民主共和国」の独立を認知してもらうためには、「党派の利益」を超えて、「国民の利益」を優先させるという論理を選択したのである。この点にも、共和主義者としてのホーチミンの考えの一端が覗いている。(p.196-p.198)
編集子の数多くの自問・疑問――ヴェトナムの歴史、中国との関係、人民の形成史、多様な民族の存在、アメリカとの戦争、ポート・ピープル問題、カンボジア侵攻、ドイモイ政策の出発を担った人・形成史、米越国交正常化の実現、ヴェトナム国内企業の形成、日本のODA、ヴェトナム共産党の特徴などなど――縦横にわたって答えてくれている。
現代のヴェトナムを理解するための「総合的人文科学書」だ。
先に紹介したテーマの位置を確認するためにも、以下に目次を掲載しておきたい。
▽出版社の扉裏紹介文
ドイモイ(刷新)政策採用から二十余年。米国と国交を正常化し、ASEANやWTOへの加盟も果たして国際社会への復帰を遂げた今、ヴェトナムはどこ向かっているのか。
未曾有の戦争の後遺症を抱えながら、一方でグローバル化の波にさらされる中、ひたむきに幸福を求める人々の素顔に迫り、日越関係の明日を展望する
目 次
はじめに
第1章 戦争の傷跡
1 ヴェトちゃんの死
2 枯葉剤をめぐる諸問題
3 枯葉剤被害者の第三世代
4 身寄りのない老人たち
5 ヴェトナム戦争とは
6 その他の後遺症
第2章 もう一つの「社会主義市場経済」
1 ドイモイ政策の二〇年
2 ITの普及
3 この国の「豊かさ」の条件
第3章 国際社会への復帰
1 国際的孤立
2 ASEAN加盟
3 米越国交正常化の実現
4 WTO加盟の条件
第4章 共産党一党支配の実相
1 ヴェトナム共産党の特徴
2 共産党の危機感
3 独特の国家機構
4 変わる指導部
第5章 格差の拡大
1 格差と平等意識
2 非党員でも金持ちになれる
3 疲弊する農村部
4 圧迫される少数民族
第6章 ホーチミン再考
1 愛国者ホーチミン
2 現代ヴェトナム社会におけるホーチミン
3 ホーチミン思想
4 ホーチミンの「共和国」
第7章 これからの日越関係をさぐる
1 グローバル化の中で日本の位置は
2 深まる交流
3 さまざまな問題点
4 今後の課題
終章 新しい枠組みを
1 政治体制の変革
2 工業化への道
3 日先の苦難を越えて
4 小田実の死
あとがき
ヴェトナム史略年表
主要参考文献
ヴェトナム――「豊かさ」への夜明け、1994年7月、岩波新書、岩波書店
▽出版社の扉裏紹介文
ドイモイ(刷新)政策の採用で、急速に変容しているヴェトナム。現地で暮らした体験や人びととの交流をふまえて、「変わりにくい部分」としての中国やカンボジア等との関係、共産党・国家・社会の特徴、戦争の傷跡を、そして「変わりつつある部分」としての対外開放、経済発展を多面的に描く。ヴェトナム理解のための待望の書。
▽著者が「はじめに」で書いた文章
本書は、一九八九年から九四年の五年間、ヴェトナムに暮らしたり訪ねたりした体験をもとに、「ヴェトナムの社会や国家の特徴は何か、どこからどこへと変化しているのか」を主題にしている。ただし、たんなる体験記ではなく、日本やフランスで読んだ文書や文献から学んだことと、ヴェトナム社会で暮らして理解したことを、私なりに総合して、私自身の肉声で、できるだけ〝客観的な″ヴェトナムの全体像を措こうと努めた。
もちろん、不勉強で間違いを記述している箇所もあるかもしれない。不完全な部分は読者の方からの御指摘を受けながら、後日修正していきたいと願っている。
目 次
はじめに
第一華 中国の影
l 距離の近さ
2 中越貿易と華僑
3 詩 の 国
4 「南の中華帝国」
5 親近感と反発と
6 中越戦争
7 国交正常化
第二章 南と西の隣人たち
――チャンパ、カンボジア、ラオス
1 多様な民族
2 南 進
3 チャンパ
4 クメール
5 ラーオ
第三章 ヴェトナム社会
1 識字率の高さと長寿
2 ヴェトナム社会の特徴
3 二〇〇〇年の共存
4 地縁・血縁
5 時の社会
6 外国人に対する猜疑心と不信感
7 小商人世界
第四章 党と国家機構の特徴
1 ヴェトナムがアメリカに勝ったとは?
2 貧しさを分かち合う社会主義
3 ホーチミン
4 ヴェトナム共産党
5 国家磯構の特徴
6 世 論
第五章 ドイモイ政策
1 グエン・スアン・オアイン
2 試行錯誤
3 ドイモイヘの道
4 政治民主化を争点として
5 ドイモイ政策の展開
第六章 戦争の傷跡
1 すさまじい物的破壊
2 人体に与えた傷
3 南北格差
第七章 経済発展の可能性
1 発展戦略をめぐる争い
2 三つの切り札
3 アジアの社会主義
4 発展を阻むもの
終章 援助のあり方
あとがき
主要参考文献
ヴェトナム史略年表
▽参考 「ベトナム反戦のページ」 で紹介した文献など。
2015年06月18日 坪井善明さんが描いた「現代のヴェトナムを理解するための出版物」
2014年11月05日 ベトナムへの現代的支援・異見、仙石さん、ベトナムから原発撤退を――ある編集者のブログ。
2014年10月20日 戦場の記憶、『ベトナム戦争―民衆にとっての戦場』(吉澤南著)、吉川弘文館、1999年5月1日。
2014年10月20日 オーラル・ヒストリーの実践と同時代史研究への挑戦――吉沢南の仕事を手がかりに、【特集】社会科学研究とオーラル・ヒストリー(3)大門正克、大原社会問題研究所雑誌 No.589/2007.12
2014年10月20日 ベトナム戦争の頃:『資料ベトナム解放史』(全3巻)の刊行。1970年9月~1971年3月刊行。労働旬報社
2014年10月10日 10・21国際反戦デーの紹介。
2014年10月10日 「ベトナム反戦の原点」の3冊のPDF復刻版――『ベトナム黒書』、『歴史の告発書』、『CUCHI』。
2014年10月10日 現代の罪と罰、(ベトナムにおける戦争犯罪調査日本委員会編『歴史の告発書』、1967年)「沼田稲次郎著作目録――人と学問の歩み」、沼田稲次郎・書に序す――団結と平和と人間の尊厳と》より。
2014年10月10日 ベ平連のベトナム反戦、「ベ平連関連参考文献・資料―最近の文献に出ている「ベ平連」評価 ・「ベ平連」についての記述」をUP。
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