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2014年7月

2014年7月30日 (水)

中西五洲さんの思い出

労協連総会とセンター事業団総代会(「日本労協新聞」201475日号)の冒頭で理事長の永戸祐三さんは、20131116日、91歳で死去した中西五洲さん(1922〔大正11〕年生まれ)を追悼して、次のように講演の中で語っている。

 “中西さんとは、激しくやりあったこともあったが、中西さんは、自立的、自主的に大衆運動を考えようとしていた人だった。

 学生時代、治安維持法違反で検挙され投獄された。戦後、失業対策事業に就労し、「松阪職安事件」で逮捕された時、中西さんに聞こえるように自発的なデモがおこった。中西さんはその時、「仲間を信じられる」と思い、事業団でも「自立と協同と愛の人間に育とう」、また「育てるような環境としての組織でなければ」、と主張した(人だった)。“

 


 「昔軍隊、今総評」とマスコミで評された時代(編集子が知っているのは1970年代から)、総評大会で反主流として演説したのは、細井宗一(国労革同)さん、引間博愛(全自運のち運輸一般)さん、紙パ労連の人など、本当に少なかったなかで中西五洲さんはニコヨンさんの労働者を組織した全日本自由労働組合(全日自労)委員長として、「失業と貧乏をなくすための労働組合を」と滔々と演説し、総評の岩井事務局長に迫っているのを記憶する。

 1980年代になると三重県で市民生協をつくりだし、町づくりをすすめる労働組合、社会的責任を持つ労働組合運動としての「民主的改革路線」など、不思議と主流派の中にも、問題意識がつながる労働組合リーダーだった。

 編集子も松阪職安事件をベースにした『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』(1986年刊)の編集・制作に参加した。その前に出た本が、『日本の労働組合運動をどう建てなおすか―労働戦線統一/春闘再構築/大衆運動の法則性 』(198111)だ。
 

 民主的改革をめざす全日自労のたたかいの経験は、シーアンドシー出版時代に、次の本でまとめた。執筆者は木下武男さん、手島繁一さん、矢吹紀人さんだ。

 『皆でたたかった50年―全日自労三重県本部の歴史』(全日自労建設一般三重県本部、 協同総合研究所、1996年)

 

 

 ▽参考:『皆でたたかった50年―全日自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって、手島繁一、『協同の発見』、19966月号、第51

 

  http://jicr.roukyou.gr.jp/publication/1996/51-14.pdf

 

民革路線については、「黒川俊雄慶応義塾大学教授の還暦記念論集」に永山利和さんがまとめて執筆した文献を以下にUPした。

 

 労働組合運動の民主的改革路線、中西五洲・永山利和、労働組合の民主的改革、19853

 それぞれの労働組合運動史・論Part 

 

 

 その後は、ジャーナリストの岩垂弘さんが「第148回 新たな挑戦・労働者協同組合― もの書きを目指す人びとへ」で、以下のように業績を紹介していることなどでも有名になった。

 

 http://www.econfn.com/iwadare/page256.html

 

 

事業団の設立は各地に伝播した。一九七九年には三十六の事業団の代表が熱海市に集まって事業団の全国組織「中高年雇用・福祉事業団全国協議会」を結成した。そのうち、事業団を協同組合の一つ、労働者協同組合と位置づける方向が協議会内で強まり、それに伴って一九八六年には名称を「中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会」と変えた。さらに、一九九三年には「日本労働者協同組合連合会」と改めた。

この事業団方式を生み出し、全国に広げてゆくうえで強力なイニシアティブを発揮したのは中西五洲氏である。同氏は全日自労の委員長を務めたあと、中高年雇用・福祉事業団全国協議会、中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)全国連合会、日本労働者協同組合連合会の各理事長を務めた。

 

協同総合研究所を創立した折にともに尽力した法政大学経営学部名誉教授の角瀬保雄さんが、『理想社会への道』(20052月)発刊のときに発表している文章があるので、ぜひ一読してほしい(非営利・協同総合研究所いのちとくらし「研究所ニュース」発行日20050516日)。

 

中西五洲『理想社会への道』

   

   ▽追記 生前、最後の発言かもしれない。 

   ○元全日自労中央執行委員長、中西五洲氏に聞く、「全労交通信」第15号(20131020日発行)

 

    http://zenroukou.jimdo.com/2013/11/02/元全日自労中央執行委員長-中西五洲氏に聞く/

 

 

 

 

  ▽追記

  続・中西五洲さんの思い出 

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-2462.html

   ◇これまで書いてきたものやUPしたものを一挙PDF化した。ご一読を。              (2015.02.23)

      中西五洲さんの思い出――主な論文・エッセイ抄(PDF、A4判、95頁)

     それぞれの労働組合運動史―その4

 
 

  

  ▽追記 2015.02.13

   大衆運動における法則性――中西五洲さんの思い出・その3

 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-8936.html

 

 

 

 

 

2014年7月28日 (月)

「モンドラゴンの光と影」を一挙にUP

  「ファゴール倒産」(2013年10月)ニュースで関心が高まったスペイン・モンドラゴン。30回近いスペイン・バスク訪問を体験している著者が、その歴史、アリスメンディアリエタの協同組合哲学、「モンドラゴンの神話」などを分析し、今日の「市場競争と失敗」から協同組合論として何を学ぶかを提言する。

 

「石塚秀雄のページ―モンドラゴンMCC」

 

編集子としては、以下のような「アリスメンディアリエタの理論闘争」の一部を、昔、協同総合研究所づくりに参加したとき、味わった経験がある。

しかしアリスメンディアリエタのスケールの大きいたたかいは、見事なものだ。その問いの意味を著者は、「革命後にどのような労働生産形態を考えているのか、どのような社会システムを考えているのか」と解している。

 

徐々に拡大しつつあるモンドラゴン協同組合にたいして、政治的批判が旧左翼や新左翼、ETA(「バスクと祖国と自由」、民族自立政治組織。現在では一般的にはテロリスト組織と見なされている)などからの批判がなされ、アリスメンディアリエタはそれへの理論的な対応を迫られました。

旧左翼とは主としてマルクス・レーニン・スターリン主義者たちで、労働者協同組合にたいしていまでもなされるような批判をしてきました。すなわち、労働者協同組合は、階級闘争を否定するプチブルの運動であり、労働者を搾取し、私的所有を肯定しているという批判です。アリスメンディアリエタが政府から、協同組合運動による地域振興を理由に労働金メダルが授与されたことも批判されました。アリスメンディアリエタは神学や哲学の勉強の中で、ヘーゲル・マルクス的系譜の理論、マルクスの「経済哲学手稿」、マルクスの協同組合論とレーニンの協同組合論の違いなどをよく理解していました。しかし、一方、批判者たち自身は自らのよってたつべきそれらの理論をあまり知らなかったのは、アリスメンディアリエタにとっては不幸なことであったことでしょう。

 また労働組合主義者からもモンドラゴン協同組合に対して批判が行われました。アリスメンディアリエタは労働組合主義を認めていましたが、労働の問題は労働組合主義だけでは解決しないと考えていました。つまり社会での働き方は賃労働だけではないと考えていました。つまり、働く人々には農民・漁民・自営業者・協同組合労働者など多用な形態があると考えていました。また、バスク独立派といわれるETAは、1965年に武装闘争派(ETA6)とそうでない派と分裂しましたが、ETA6からはモンドラゴン協同組合は「労働者階級とバスク民族への二重の裏切り者」と批判されました。また新左翼とは、新マルクス・レーニン派、トロツキスト派(トロツキーはソビエト赤軍総司令官だった。亡命先のメキシコでスターリンにより暗殺される)、毛沢東派(文化大革命支持派)などですが、彼らからはモンドラゴン協同組合は「スペイン新植民地主義の手先」と批判されました。これらの批判はいずれも労働者協同組合の存在について否定的なものでありましたが、一方、彼らが彼らの革命後にどのような労働生産形態を考えているのか、どのような社会システムを考えているのかは、アリスメンディアリエタに対して明らかにはできませんでした。

 

モンドラゴンの光と影

《第1回》協同組合研究誌〔季刊にじ〕、石塚秀雄、JC総研、2013年夏号、No.642

 1 初めにバスクにありき

 2 モンドラゴンの概要

 3 スペインにおける協同組合の歴史

 4 スペインの協同組合の形成

 5 労働者協同組合としてのモンドラゴングループ

 6 バスク協同組合運動の思想的背景

《第2回》協同組合研究誌〔季刊にじ〕、石塚秀雄、JC総研、2013年秋号、No.643

 1 アリスメンディアリエタ小伝

 2 アリスメンディアリエタの協同組合哲学

《第3回》協同組合研究誌〔季刊にじ〕、石塚秀雄、JC総研、2013年冬号、No.644

 1 モンドラゴンの世界的影響力

 2 「モンドラゴンの神話」

 3 「協同組合とコミュニティ―モンドラゴンから世界へ」

 4 社会の持続的発展をめざして

《第4回》協同組合研究誌〔季刊にじ〕、石塚秀雄、JC総研、2014年春号、No.645

 1 モンドラゴンの大きな躓き

 2 家電部門での市場競争と失敗

 3 債権者会議のゆくえ

 おわりに―失敗に学ぶ

  モンドラゴンの評価、協同組合論の再検討事項

 

2014年7月23日 (水)

越谷から「花をたずねて」ウオーキング

 2008年ごろ、花の季節を堪能するために電車を利用して、越谷駅から気軽に行けて、きれいな花を見つづけていたときがあった。

 とにかく地元も知らず、埼玉県内外を中心に歩き回った記録だ。  

 どなたかの参考になればと思う。PDF版でつくってみた。

 

  越谷から「花をたずねて」ウオーキング   (PDF版)

 

  ●茂林寺のサクラソウ(2008/04/14)

  ●あしかがフラワーパークのフジ・大藤(2008/04/28)

  ●鴻巣駅近くのポピー乱舞風景(2008/5/26)

  ●梅雨の合間にアジサイ、ショウブを見てきました――本土寺(松戸市・JR常磐線北小金駅)(2008/06/16)

  ●行田市の「古代蓮の里」では、蓮が豪華絢爛に咲いていた――古代蓮の里(行田市・秩父鉄道行田市駅)(2008/07/07)

  ●ニッコウキスゲを見に尾瀬へ――尾瀬沼(福島県の沼山峠より)(2008/07/15~16)

  ●富弘美術館に行ってきた――群馬県みどり市東村(2008/08/6)

  ●鉄道博物館は今日もいっぱいでした――さいたま市大宮区(2008/09/08)

  ●真っ赤なサルビアの花を一杯見てきました――さいたま市西区(2008/10/13)

  ●国営昭和記念公園の秋を見てきた――東京都立川市緑町(2008/11/22)

  ●花田苑など越谷の秋も紹介してみたい――埼玉県越谷市(2008/11/29)

  ●幸手市の権現堂のさくらと菜の花のコラボレーション――埼玉県幸手市(2009/04/06)

  ●国営ひたち海浜公園の紅葉したコキアの群生を堪能――茨城県ひたちなか市(2009/10/19) 07/04/04

  ●近所の桜が満開――07/04/06(これは地元のご紹介)

  ●越谷・旧日光街道沿いに今も残る古商家

2014年7月14日 (月)

「キッチンとまと(お弁当屋さん)」のページをオープン

  ▽追記(2016.10.13) 「開店20周年記念の集い」を紹介。

   http://www.kitchentomato-workers.com/161009-20syuunen.html

 

 

 ▽下記文章への追記(2016.03.20

 PCを使わないで、スマートフォンを愛用している人が多いので、以下、スマホ向け入り口のページをUPした。  

     http://www.kitchentomato-workers.com/smartphone.html

 

 

 

  2012年10月、ワーカーズコープ(労協)の呼びかけなどで始まった「協同まつりin こしがや」。第1回の場所は越谷市蒲生東町にある「日の出商店街」。

  協同まつりinこしがや~商店街に行こう~チラシの御案内 

 

 その場所は昭和40年代に建てられた1000軒以上の新開地の建売1軒家が立ち並ぶ中にある、いまでは古いマーケット。  

 きっかけは越谷市の家賃補助の支援もあり、ワーカーズ・コレクティブの「キッチンとまと」のお弁当屋さんがあったことであった。  

 オープン当時の紹介文が『機関誌WAVE』( 47号、2011年10月15日、埼玉ワーカーズ・コレクティブ連合会)に載っている。  

 「キッチンとまと」は、1995年に始まった「お弁当屋さん」。要望が強く、この地に再オープンしたのは、2010年5月。  

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     クリックしてください(大きくなります)。      

 

     「キッチンとまと」のページ  

 「キッチンとまと」のモットーは、以下のとおり。

  ・無添加の食材を使用していますので、当日中にお早めにお召し上がり願います。

  ・各種お弁当・オードブルなど、ご予算に応じて請けたまっております。

  ・安心して召し上がっていただける食材を使用し、毎日手作りしています。

  ・「地産地消」をモットーに、米はすべて越谷産、野菜もできるだけ越谷産を使用しています。

   代表の須長こう子さんは、「1食でもお届けします」と「とまとカー」(お弁当を宅配する車)の写真を見せながら、にこっ、とした。  

 越谷市内に展開する「ワタミの宅食」は新聞チラシで大量に宣伝しているが、「越谷生まれの素材を使い、つくる人、運ぶ人の顔が見られる」キッチンとまとのお弁当は、口コミで着実に広がっている。ぜひおススメ。

   ◆ご注文、お問い合わせはこちらまで (日替わり弁当のご注文は、当日10時まで)   

    TEL.FAX O48-987-8088 〒343-0841 越谷市蒲生東町18-13 日の出商店街  

     (営業時間/朝9時~夕方4時まで)

     日替り弁当:580円 おかず430円 半ライス530円 休業日:土・日・祝  (休業日でも、前日までにご注文いただければ、お届けします。1食でもどうぞ)  

 須長さんの夢は「越谷市内に市(いち)」をつくること。生産者や市民たちが作った野菜や手づくり小物など、なんでも毎月1回でも売りに来る、昔からの「市(いち)」。

 「越谷にも昔、あったのよ」と語調を強めた。

  そこは子どもから大人まで楽しめる場にしたい、と願っている。

 事業的には、越谷エリアにある9つ(2014年7月現在)のワーカーズ・コレクティブの「複合型事業で、もっともっと市民の声にあったW.CO(ワーコレ)にしたい」と語っている。

 1人でも参加できるワーカーズ・コレクティブはあなたの身近にある。参加しませんか、すぐお電話を。

   越谷エリアにあるワーカーズ・コレクティブ

 

  ▽追記:「越谷水辺の市のページ」をオープン  (2014.10.12

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-5c7e.html

 

 

 

 

2014年7月13日 (日)

産業別単一組織とは(JMIUの経験)

  ▽追記(2016.07.31) 

   「日本型産業別組合の可能性」を追求――小林宏康さんの問題提起  

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-eb2f.html

 

 

 「たたかう全金」というアピールを総評時代(高度経済成長時代・低成長時代と呼ばれた昭和の時代)に行った組織があった。
 後者の総評も忘れさらえようしとしているが、いまこそ若い世代に「全金」を覚えてほしい。

小林宏康さん〔元JMIU(全日本金属情報機器労組)副委員長〕は、その総評全金時代に、全国金属の機関紙などの教宣部をになった人。

小林さんはある会合で「全金が全金同盟と合併していくとき、たたかう伝統を残すために定年前、全日本金属情報機器労組の結成に参画した」と話している。

 

非正規労働者4割近い時代に、「既成労組」の側の、自己改革をともなう「非正規労働」問題への真剣な対応を強調しながら、「たたかう伝統」の継承を自負するJMIU(全日本金属情報機器労組)の組織化活動などを検証している。

また企業別組合の弱点とその克服の方向を、日本の現実をふまえた産業別組合の構築、「連合組織から単一組織への前進」と考える筆者の主張を、一つの討論素材として提起している。

 

それぞれの労働組合運動史・論Part

 

非正規・未組織労働者の組織化と産業別組合の強化―すべての労働者のための労働組合へ―、労働総研クォータリ-No.7677、小林 宏康  (PDF版)

全国金属―JMIUの産業別統一闘争―「日本型産業別組合の可能性」について―、小林宏康 (PDF版)

〔第2部 日本の産業別組合組織――事例研究、労働運動総合研究所 全文〕 (PDF版)

 

思い起こすと、1970年代に高揚した春闘時、毎年のように「春闘総括座談会」に登場していただいたのは総評全金のリーダー、佐竹五三九書記長(のちに委員長)さんだ。

戦後、総同盟(高野派?)のメンバーで総評全金をつくったときから活動をしていた行動的で開明派の労働組合運動家だった。

映画「ドレイ工場」の制作にもかかわっている。

 

当時、佐竹さんは欧州の諸労働組合との交流があり、フランス総同盟(CGT)の教科書を翻訳して出版したいと話があり、「慶応義塾大学・黒川俊雄先生」に相談して、出版したのが、下記の本だ。

 

『労働組合運動と経済学』(フランス労働総同盟、黒川俊雄訳、労働旬報社、197810月、¥1,680 (税込・当時)

『労働組合の組織と活動』〔フランス労働総同盟、黒川俊雄訳、労働旬報社、197902月、¥1,680 (税込・当時)

 

ずいぶんモダンな仕事をしたもんだ。

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