« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月

2013年8月26日 (月)

佐藤一晴さんのHPがオープンされています

  先日、ある人から「佐藤一晴さんのHP」(日本音楽家ユニオン、東京争議団事務局長、正路喜社労組、東京労働争議研究会、19322002)を教えていただいた。

 

佐藤一晴さんの検索をYahooですると、私が書いた追悼文が出てくる。

 http://jicr.roukyou.gr.jp/hakken/2002/116/116-satou.pdf

 

  追悼文集は、以下のページへ。

 

  『一晴の夢・歩んだ世界――佐藤一晴 追悼・遺稿集』(2002年11月16日刊)

  http://www.k5.dion.ne.jp/~issey211/IR-00.htm

 しかし、HPに書かれた制作プランナーの鈴木信幸さんのことばがしみじみ感じさせられた。


 
本書に掲載された「日本的風土に『統一』の思想をどう実らせるか」である(表題は編集部による)。(引用者改行)

 http://www.k5.dion.ne.jp/~issey211/IF-home.htm

原稿段階で一晴さんも校閲したが朱は入らなかった。これはしかし筆者名「会員S」とされただけで表紙も奥付もなく印刷されてしまった。(だから今になって発行日が特定できない)。実名では出せない、と判断されたことでもあったが、編集部は各自本業をもっていたことでもあり忙しさにまみれてそんなことになったのだろう。「こんな怪文書みたいなものは困るよ」とみなさんにしかられた。しかも、一晴さんはその講演にかかわって、ちょっとした災難に見舞われたとも聞いた。確かに実名では出せなかったのだ。(夕暮れの部屋で――遺稿を受けとった経過など、鈴木信幸)

 http://www.k5.dion.ne.jp/~issey211/IR-10.htm

 

 1980年代に決着がつけられないまま、今日の労働組合運動の現状を生み出した大きなテーマがそこにあったはずだ。

 

 しかし、もう一文を載せておく。現在の「首都圏青年ユニオン」の母体は「東京公務公共一般労働組合」だが、そのリーダーである小林雅之さんの推薦者が、佐藤一晴さんだ。

 長文だが、全部掲載しておく。

 

 

 

 連載 わいるどふらわー① ~花よ咲け 貧困と誇りの谷間に~作 小林 雅之 (
東京公務公共一般労働組合の機関紙、378号、2010年3月9日号)

 

赤ちゃんが立った

 

 オルグ採用面接に都職労本部を訪ねたのは八八年春だった。忘れもしない、面接には「推薦人」ご一行様が付き添ったのだ。向谷・前都職労委員長、市毛・旧東京地評組織局長、佐藤一晴・音楽家ユニオン書記長である。まるで入学試験に親がぞろぞろ付き添うみたいだが、実は連行されて「観念せい」と迫られた話なのだ。随分大袈裟な面接騒ぎだが、それほどに自治体非正規労働者の組織化は、宿願の課題として内外から期待された訳である▼聞けば、戦後自治体労働運動史で、オルグという名の専従者はあなたが最初だと言われた。金属労働運動でオルグは当たり前に思っていたが、改めてその責任の重大さを思った。あの先輩達は、みな泉下に遷られた▼九〇年八月二十二日が『都区一般』の誕生日である。目方は百七十人分。「産みの苦しみ」も二年がかり。「首切られる人たちを、なぜ入れるのか?」恵まれた正規職員のそんな無頓着で素朴な反応ならまだしも、「正規の入れ替わりに増える臨時・非常勤を組織するなど容認できるか」と立ち塞がる現場の多さに、しばしば立ち往生を余儀なくされた。思えば、有史以来そこは非正規の自立組織が共存することを許さない、正規公務員の聖地なのであった。分厚く凍りついて、びくとも動かぬ氷河が行く手を阻んでいた▼折しも、日本の労働運動は総評解体、連合と全労連の創立へ向かう激動のただ中。『都区一般』は母体の分割によって股裂き状態に遭った。草原の仔馬のごとく、生まれて直ぐにも一人立ちで歩かねば危ない環境に産み落とされたのだ▼それでも、『都職労統一派』諸氏の懸命な尽力によって着実に組織化は進んだ。都庁の職安・職業訓練校の非常勤、目黒区社会福祉協議会、墨田区のパート、と結集も膨らんでいった。ところがその動きに抗して、私の身辺には不穏な動きが忍び寄る。事務所の机はしばしば荒らされ、「子どもに気をつけるんだな」と脅迫電話が舞い込む。留守中の子ども達にまで執拗に脅迫電話が向けられた。『都区一般』を良く思わない勢力が恐れを抱いての卑劣な仕業であることは判っていた。「お父さんは正しいことしてるんだよ。挫けないで。しっかりね」 家族を励まし、活動に拍車をかけた。必死の思いで結集した労働者の前進を阻めるものなぞあるものか、そう心に誓いながら。この事件は、非正規労働運動に未来があるからこそ起きた事だと、いよいよ確信を深めることになった▼組合費でも難航した。「二百円で充分」という都職労幹部との議論。「非正規が自立して闘うためにある。それを安いほど結構だなんて。貧者の絞りだす闘争資金は、くびきを解き放す血盟の証ですよ」▼初代委員長の人選も難儀した。都職労組織部の梅田さんが突然、「丹木さんに決めた」と一方的に本人に話を付けてしまった。「江東区役所の売店の? えっ組合を何も知らない人?」 私は腹が立つより呆れてしまった。しかし急いで断っておくと、彼女は実に良く精進して、かけがえなきリーダーとなったのだ。梅田さんと丹木さんには感謝▼釈迦ではないが、赤ちゃんが生まれて、すっくと立てば奇跡だが、非正規労組に奇跡はない。だが何倍速かで成長して、早く立たねばならなかった。そうした環境ゆえに逞しく育ったのである。

 

http://www.yo.rim.or.jp/~kk-ippan/kikansi-backnumber/378/378.html

 

 制作プランナーの鈴木信幸さんの経歴もユニークなので下記のアドレスを入れておきたい。

http://www.ac.auone-net.jp/~yohane/index.htm

 

佐藤さんの「日本的風土に『統一』の思想をどう実らせるか」は、編集子として、別のページにUPしておく。

 それぞれの労働組合運動史・論 3(現代労働組合研究会のHP)

  ▽追記

   小林雅之著:東京公務公共一般の組織化とその実践を描いた本紹介

  ▽追記(2017.11.25

   職能別ユニオンの現代的課題を追求――佐藤一晴さんの想い 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-1356.html

 

2013年8月24日 (土)

ブラック企業とたたかう首都圏青年ユニオン

 先端的なブログをフォローして拡散するサイトをつくっている「意見をつなぐ、日本を変える。BLOGOS」がある。
 「五十嵐仁の転成仁語」などがたびたび転載されている。

 最近話題となっている「秋田書店にブラックジャックのメスを」という首都圏青年ユニオン山田真吾事務局長」のインタビューが「国家公務員一般労働組合のブログ:すくらむ」として転載されていた。
 編集子自身も「国公一般のツイッター」でフォローしていたが、ツイッターは140字ごとにUPされるので、読みずらかったが、以下のサイトですぐに読める。
 青年たちのたたかいがきちっと発信されている。ぜひお読みください。
 

 
 
  国家公務員一般労働組合、国の機関や関連法人の非正規職員と正規職員の労働組合のブログ、2013年08月22日 11:57
 秋田書店にブラックジャックのメスを――ブラック企業とたたかう首都圏青年ユニオン、山田真吾事務局長

★ブラック企業大賞 2013 受賞企業一覧と特定非営利活動法人 アジア太平洋資料センター(通称PARC:パルク)のDVD『ブラック企業にご用心!―就活・転職の落とし穴』と解説集もUPした。

 それぞれの労働運動史・論 3 (現代労働組合研究会のHP)

2013年8月20日 (火)

小松善雄さんも「モンドラゴン」を紹介

 先に紹介した内山光雄さんの追悼文集のなかに、私の大先輩の小松義雄さん[前・立教大学経済学部教授、現・東京農業大学(オホーツクキャンパス)教授]が「『職場の労働運動』のこと」を書いていることを紹介したが、その小松さんが立教大学経済学の定年を迎えたとき、「立教經濟學研究」で研究者たちとの超ロングな座談会で次のように発言している。

小松) 協同組合社会主義の原像はスペインのバスク州にあるモンドラゴンみたいないイメージです。それは電機産業の労働者生産協同組合です。パナソニックとまではいっていないにしても, 少なくともヨーロッパ規模での多国籍企業くらいになっているアソシエーションです。(小松善雄先生の人と学問、小松善雄教授記念号、立教經濟學研究 、62号、313 348、発行年 2009-03-10、立教大学学術リポジトリ)

 

 なんと研究者の道から、グローバルで歴史的な貴重な発見をしている。別々の道を歩んだ後輩として、石塚秀雄の思いと共鳴していただくために、「◇日本におけるモンドラゴン紹介」(石塚秀雄のページ)でUPした。

 

 出版事情が苦しい時代だが、「協同組合社会主義への道」までの研究の成果については、立教大学経済学部の紀要で多数発表されているので、編集して出版されることを期待したい。

 



  

  ▽追記(2016.04.18)以下にも小松義雄さんの論文について紹介がある。

 

 

 

 マルクスの「資本論」と国家論の関係

 

    ―― 小松善雄氏の研究の評価とそれに続く課題のために――石見 尚

 

 http://www.h5.dion.ne.jp/~asso/newpage40.html

 

 

 

小松善雄氏は立教大学、東京農業大学に教授として在職中に、「資本論」のわずかな個所に示唆されている労働者の協同組合工場に着目して、マルクスの真の意図を究明する研究を丹念に続けてこられた。以下の一連の論文がそれである。

 

・協同組合社会主義論の歴史的形成についての考察(上)オホーツク産業経営論集第6巻1号平成7年11月

 

E.ジョーンズ編集・新聞「ノーツ・トゥ・ザ・ピープル」掲載の協同組合・協同組合運動論――マルクスの協同組合・協同組合運動論に寄せて            同上

 

アソシエーションと個人的所有の再建論争――フランスの労働者社会主義における協同独占と個人的所有の把握をめぐって――、単著「オホーツク産業経営論集」第7巻第1号、平成9巻年3月

 

・土地国有化と農業生産協同組合――発達した資本主義の土地=農業政策の基本問題に寄せて――、単著「オホーツク産業経営論集」第8巻第2号、平成10年5月

 

・「資本論」の社会主義像―国家社会主義か、市場社会主義か、協同社会主義か(上)(中)(下)、単著『立教経済学研究』 第59巻第2号、平成17年10月、第59巻第3号、平成18年1月、第59年3月

 

・ロバート・オウエンと「資本論」――「資本論」の社会主義像(完)、単著「立教経済学研究」第60巻第2号、平成18年10月

 

・資本主義から協同社会主義への移行過程――古典家たちはいかに捉えていたか(上)立教経済学研究 第60巻第4号、 平成19年3月

 

        同上             (中)     第61巻1号平成19年7月 

 

        同上             (下)     第61巻2号平成19年10月

 

・パリコミューン期の移行過程論――続・資本主義から協同社会主義への移行過程(上)、単著「立教経済学研究」第61」巻第3号、平成19年1月

 

・晩年期のマルクスの移行過程論――続・資本主義から協同社会主義への移行過程(下)、第61巻4号平成19年3月

 

・マルクスの協同社会主義像――21世紀における社会主義の復権と新生によせて、単著「経済理論学会編「季刊 経済理論」第49巻第3号、平成24年10月

 

・国家・革命・社会主義――「国家と革命」はマルクスの真の国家学説を再興したか、単著「オホーツク産業経営論集」第21巻第1・2合併号、平成25年3月         

 

 以上の研究の最も新しい論文「国家・革命・社会主義」では、小松氏はレーニンがマルクスの学説を歪曲した理由を徹底的に批判している。

 レーニンは、マルクスの「国際労働者アソシエーション創立宣言」にある労働者の協同工場の意義を無視した。「宣言」の趣旨を認めることは、かれの革命戦略の邪魔であったのであろう。資本主義を超えるに必要な条件の未成熟な段階にあるロシアで、国家権力を強奪するための理屈を作りあげた。その一つは賃金労働者の経済条件の揚棄のかわりに、暴力革命による資本家、地主の廃絶、社会主義におけるプロレタリア独裁、社会主義国家の創設と存続の理論を導きだした。世界の資本主義列強によって包囲されていた状況下で、生まれたばかりの革命ロシアが存続するための苦肉の方法であったのであろうが、マルクスの理論をいちじるしく捻じ曲げ、後世に誤解をもたらしたことは間違いない。それがスターリン時代に固定化され、さらにかれの個人独裁の確立のために拡大強化された。そして多数の活動家の追放と殺害を繰り返し、マルクス主義を全く変形・堕落させてしまった。その害毒は21世紀のいわゆる社会主義国に引き継がれ、世界を混乱におとし入れている。

 

2013年8月13日 (火)

日本における産業別一般労働組合の再検討のために

 現代労働組合研究会のサイトをオープンした一つの考えは、197080年代に議論された「産業別一般労働組合」方式は、どうなったのか、という歴史の検討だ。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111210roudou-index.htm

 

 私は編集者として「ニコヨンさん」(失業対策として全国の公的就労に従事した労働者)を組織した「全日自労」(全日本自由労働組合)の方たちと何冊かの本を編集したことがある(『手記 じかたびの詩―失業と貧乏をのりこえて』、全日自労・建設一般/早船ちよ編、 19808月、『『おふくろたちの労働運動』、全日自労建設一般労働組合、1986年,『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』(1986年刊)、『皆でたたかった50年―全日自労三重県本部の歴史』(全日自労建設一般三重県本部、 協同総合研究所、1996年)ほか)。

 

 その公的就労を政府・自民党、官僚たちが終わらせようとしていた時代、一方で労働組合組織論として「建設一般労働組合運動方式」による組織化のアドバイスをしていたのが、中林賢二郎さん(法政大学)だった。

 

「資本主義の現段階=独占資本主義段階における労働組合の基本的組織形態は産業別の組織であるといわれ、これまでわが国でも、労働組合はそのほとんどが、単位組織は企業別の形態をとりつつも、これらの単組が産業別に連合して、産業別組織形態を強める方向を目指していた。

それが、このところあいついで三つ(全日自労、運輸一般、化学一般――編集子)もの一般労組の組織化が目指されるようになったのである。その契機は何であり、そこでは何が目指されているのだろうか。そして何よりも、そうした方針にはいかなる現実性、もしくは必然性があるのだろうか。また、産業別組織とそれはいかなる関係にたつことになるのだろうか」〔新しい組織形態――「一般労働組合」の意義、中林賢二郎、『労働法律旬報』、労働旬報社、(通号 951)1978.05.10

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/nakabayasi/nakabayasi-ronkou.htm

 

その後、全日自労委員長・中西五洲さんの本を編集した(『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』労働旬報社、B6判、1986年2月)が、その本のテーマには入っていなかった。

さらに知人の手島繁一さんが中心になって編集した『皆でたたかった50年―全日自労三重県本部の歴史』(全日自労建設一般三重県本部, 協同総合研究所編、46判上製、シーアンドシー出版、1996年)の中には位置づけがなかった。

 

後者の本が出たとき、出版記念の会が松坂市であり、同席した酒井謙弥さん(当時建設一般委員長)に少し話を聞いたが、展望を切り開いたようにはみえなかった(これは事業団方式から労働者協同組合方式に進んだ中西さん・永戸祐三さんなどを中心とした動きがあったから、と当時は思った)。

 

果たしてそれだけだったのかどうか。

建設一般の組織担当をしていた栗山嘉明さんが書かれた『労働組合づくり入門』(19812月、新日本出版社)を探し出して読んでみたが、残念ながら「産業別一般労組づくり」のテキストではない。

しかし以下の、酒井謙弥さん(当時・建設一般委員長)の「膨大な未組織労働者をどう戦列に加えるか」(特集・現代労働組合の基本的課題、酒井謙弥、労働運動総合研究所、季刊労働総研クォータリー、1996年秋号、No.24)では、一般労組論を展開しているので下記に掲載した。

 

「それぞれの労働組合運動史・論 3」

建設一般の1990年代の産業別一般労組づくり  (PDF版)

 

さらに個人加盟の地域労組やコミュニティ・ユニオンに取り組んでいる多くの人たちに、再度、地域を団結母体とする産業別一般労働組合方式(業種別ユニオン方式を含む)のシステム・国際労働組合の歴史(イギリスなど)・社会的存在を以下のページで学んでほしいと願う。

 

浅見和彦のページ

 

いまこそ1980年代まで戻って、労働組合・ユニオンのあり方を研究していくことが未来につながっていくのではないかと思う。

現在でも、連合のUAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)や化学一般、そして土建一般労組(東京土建、埼玉土建など)、建交労(全日本建設交運一般労働組合)、全港湾、関西生コンなどがある。

 

個性を持ったユニオン・リーダーの再来を期待して。

 

     ◇下記も参考にして下さい。(13.09.28

 

   『現代労働組合組織論』(中林賢二郎著、1979年刊)の今日的意味 

 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/1979-1533.html 

    

   追記 産業別単一組織とは(JMIUの経験) (2014.07.13)

 

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-99ec.html

 

 

 

 

2013年8月 7日 (水)

「内山光雄さんを偲ぶ」を寄贈されて

 総評時代(「連合」ができる前)、「労働組合活動家」という人たちがたくさんいた。高度成長期の社会で、大学への入学率が1割を超えていなかった時代だ。

 八幡製鉄所、石川島造船、三菱造船長崎などの著名大企業労組はもちろん、国労、全逓、全電通などの公共企業体労組、新聞・民放などのマスコミ労組、各地の地方自治体・私鉄労組など、生涯にわたって「労働者」に止まった(管理職層は別の階層)人たちが、「労働組合活動家」になった。

 

 その時代、内山光雄さん(私鉄総連副委員長、総評副事務局長などを歴任、2010年没)は北陸の地(北陸鉄道)から、『幹部闘争から職場闘争え――北陸鉄道労組の経験を中心として』(1954年)や『職場闘争・職場オルグ――続:幹部闘争から職場闘争へ』(1959年)を書いて、今流に言えば「労働組合活性化の指針」を世に訴えた。

後にベストセラーとなった『組合活動家ノート』(1965年)、『新組合活動家ノート』(1973年)を書いた(以上の本は、労働旬報社刊)。

 

 内山さんは「職場の組織づくりとして職場闘争をつよめ、 産業別統一闘争の組織化も積極的に追求し、のちの春闘の基礎づくりを私鉄総連を中心に発揮したリーダー」だ。

 『追悼文集 内山光雄さんを偲ぶ』を読むと、16人の方が文章を寄せられている。兵頭釗さんや高木郁朗さんは知っているが、私たちの先輩の小松善雄さんが『職場の労働運動』の編集経過を書いているので、いつか紹介したいと思っていた。

 

 裏方で何回か春闘講座で実務をやった経験があるが、内山さんはたいへん大柄の人で、豊富な経験をわかりやすく話し、圧倒された思い出がある。御本人に聞いたことがあるが、話のつかみや展開などは落語を学んでいたようだ。

単産研究として「私鉄総連の研究」(1970年代後半)を企画したときに、お世話になった(この文集では、高木郁朗さんが書かれている)。

その後、「観光労連の研究」を企画して、ツーリスト職場に何回かレジュメ作りでお伺いした記憶があるが、それも内山さんのアドバイスだったことも思い出した。

しかし「文集」を読むと、生涯にわたって「内山学校」をみずから開いて、組合活動家を育てていたことがよくわかる。

 

内山さんは、1970年代には妹さんが労働教育センターをつくり、その後の出版物はほとんどセンターから出すようになった。

内山さんの書かれた本Amazonによる)

 

評伝として『はじめに人間ありき―内山光雄と戦後労働運動』(池田 実・前川 清治著、労働教育センター、2002年)がある。

 

連合、全労連、全労協に分かれている今、新しい「ユニオン活動家ノート」を書き、ナショナルセンターを超える人づくりを追求する人材が出てくるのだろうか。

編集子としては期待したい。

 

『追悼文集 内山光雄さんを偲ぶ』

 『追悼文集 内山光雄さんを偲ぶ』(20121119日、「内山光雄さんを偲ぶ」編集委員会、総評退職者会気付、03-3251-0311

 

   目次

 

  内山さんのことども             兵藤 釗

 

  生涯の教師としての内山光雄さん     高木郁朗

 

  大地を踏みしめた天与のオルグナイザー  山本 博

 

  『職場の労働運動』のこと        小松義雄  

 

  地域闘争に遺した偉大な足跡       粟森 喬 

 

  職場活動こそ人間がいる         渕上貞雄

 

  内山光雄さんのご逝去を悼んで      越田智宏

 

  追悼の辞                渡邊國衛 

 

  道南バス会社更正法下の闘いと組合員読本づくり 大谷浩

 

  職場総点検運動             井田隆重 

 

  面白うて やがて身に泌む 内山節    高橋征夫

 

  内山光雄さん追悼            高橋 均

 

  自主管理社会の原典を学ぶ        佐々木啓之

 

  観光労連育ての親、そして上司として   北岡孝義

 

  “職場”と“人間”に徹した指導者       瀧井葉二

 

 

 

  感謝の言葉 在り日を偲んで       内山一枝

 

 

【参考】ブログ・シジフォス「内山光雄さんの無私の生き方は凄かった」(作成日時 : 2011/09/26 07:25

  http://53317837.at.webry.info/201109/article_28.html

 

 

   ▽追記(2015.07.20 19:15) 『路面電車を守った労働組合』―総評の伝統は消えていない

 

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-54c2.html

 

 

 

 

 

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

無料ブログはココログ