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2012年10月12日 (金)

柴野徹夫さん(ジャーナリスト)が「朝日新聞」(夕刊)に登場

 朝日新聞の夕刊を断っていたので、以下の記事を見逃していた。

 10月10日(水)に先輩たちとの飲み会があり、話題として提供された。そこで「柴野徹夫 朝日新聞」とYahooで検索すると、以下の記事があった。

 全文は、ID登録しないと読めないが、簡単なのでおすすめ。

20129290300分)

 http://www.asahi.com/national/intro/TKY201209280366.html

 

顔写真の下のコピーには、“各地の原発のルポを書いてきた柴野徹夫さんは「(原発が立地する地域には)住民を管理監視するネットワークがありました」と語る”元気な顔が見られる。

 

監視網「TCIA」〈原発とメディア:245

原発問題を追及してきたジャーナリストや原発反対派からは「電力業界に監視されてきた」との声が上がる。ジャーナリスト柴野徹夫(75)は日本共産党の機関紙記者だった1974年から、原発のルポ記事を書いてきた。記事をまとめた「原発のある風景」の増補新版を昨年、出版。その中…

 

編集委員・小森敦司さんが追っかけている「TCIA」については、以下のように話しを紹介している。

TCIAについて柴野は「その部課のコンピューターには、地域住民の戸別リストが詳細にデータ化され、購読紙、学歴、病歴、犯罪歴、支持政党、思想傾向……克明に記録されている。そんな『社外極秘』コピーの一部を垣間見た」と記した。柴野に当時のことを聞くと「電力会社や警察の車にいつも尾行されていた」。柴野はいま、こう考える。「それらが何がなんでも原発を進めるという『国策』を表していた」

 

福島や敦賀での市民の「政治地図」づくりにまい進したのは、私が追及している「労務屋グループ」が、1970年代から転進して、各地の原発地帯で活動していたのだ。

当時、労務屋さんとの飲み会で、その証言を得た。

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