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2012年10月

2012年10月18日 (木)

オリンパスもインフォーマル労組が会社乗っ取り――インフォーマル組織物語Ⅹ

 

 オリンパスの新旧社長は元組合幹部

 

 昨年から新聞・テレビなどで報じられている「オリンパスの乱脈経営」の主人公たちが、あの名だたる総評全国金属に加わっていた元労働組合幹部たちだということが、分かってきた。

私は編集者時代から労働問題を「小説のような社会」として、とらえている。

以前、小説家・清水一行さんに企業小説の材料を提供したことがあるが、「企業小説」の舞台・深部が労働問題なのだ。

 

 昨年、『今崎暁巳さんと私』(PDF版)の編集に参加し、そこに文章を寄せられた、下村三郎さん(元全金理学電機支部、のちに全日本金属情報機器労働組合〈JMIU〉)が、機関紙「金属労働新聞」JMIUの機関紙、1210日号)に下記のような文章を寄せている。

 機関紙はWEB上で読めないので、沖縄県労連の「働く仲間の労働相談センター ☆管理人のよもや話 管理人のまったく個人的感想などを記したブログ」に掲載しているモノをそのままUPする。

 労働組合・ユニオンの側の対応の遅れを痛感するが。

 

  企業をなくしたのは「インフォーマル組織」だ

 

 下村さんによると、「かつてオリンパスの労働組合は全国金属に加盟し、たたかう姿勢と経営をただす気骨を持っていた。しかし、オリンパスの経営者はそれを嫌う。山武、北辰電機などがインフォーマルグループによって労働組合が変質させられる時期、オリンパスでも組合の「体質改善」が進む。組合のトップが今話題の菊川元社長だ。高山新社長は八〇年代、八王子工場の組合支部長だった。たしか全金東京西部地協の副議長だった事もある」と記している。

 

 ここでもインフォーマル組織(グループ)というキーワードが浮上している。「体質改善」という名で企業内労組の実権を奪い、会社の主権を乗っ取り、フォーマル組織のTOPに立つ。

 明治乳業と同じパターンだ。

 この結果、これまで追及してきたように、この組織がかかわると、そののち会社がおかしくなる。

 職場の民主化をもとめた人たちへの「企業破壊分子」だという暴力的攻撃や“職場いじめ”を組織したグループみずからが、「とばし行為」のように犯罪に手を染めている。

 「満足化社会」の達成のために、「法人乗っ取り」と「エゴ社会」の先兵となっている姿が浮かび上がっている。

 

 

20111226

オリンパスよ、お前もか

 

日本が行動成長を遂げ、諸外国から経済は一流、政治は二流などと言われ、日本的経営が賞賛された時代があった。

その日本的経営が成功した要因として、「三種の神器」にあるとされた。「三種の神器」とは、終身雇用、年功序列型賃金、労使協調である。

今や、終身雇用と年功序列型賃金は風前の灯となっているが、労使協調はとりわけ大企業において今なお健在であり、場合によっては協調を超えて癒着とさえなっている。

このような労使協調・癒着は、経営陣がまともな経営をしている場合はともかく、経営陣が悪事を働いていている場合においても、労働組合に経営のチェック機能が働かず、時としては悪事に加担し、ひいては大リストラに導いたり、起業の消滅さえ招来する。

全日本金属情報機器労働組合(JMIU)の機関紙「金属労働新聞」1210日号に、労働組合の役割を考えさせてくれる一文を、元副委員長の下村三郎さんが書いているので紹介したい。

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オリンパスよ、お前もか

 

  いまこそ本物の労働組合が必要

 

「オリンパスよお前もか」「高山君 とうとう貧乏くじを引かされたな」。テレビ、新聞で毎日、オリンパスの「損失隠し」の報道を見ながら思う。

 もう二年ほど前か、朝日の声欄に「働く者軽視の企業に未来なし」とかいた。当時JALJR西、日本郵政など「官から民」となった企業の不祥事が相次いでいた。今年は東電はじめとした電力会社の「安全神話」胡座(あぐら)をかいた結果の大事故だ。

 ただ、いずれも問題の根源には、本来なら経営の暴走や安全無視をただすべき労働組合がその役割を果たしていないことがある。JALJRは労働組合を分裂させ、電力会社はレッドパージや正論を吐く労働者への差別や隔離で組合を会社いいなりの組織にした。それが、儲け第一、安全軽視の経営を許した。

電力会社の組合は、いまも経営者顔負けに原発推進、早期運転再開を主張する。

ところでオリンパス。かつてオリンパスの労働組合は全国金属に加盟し、たたかう姿勢と経営をただす気骨を持っていた。しかし、オリンパスの経営者はそれを嫌う。山武、北辰電機などがインフォーマルグループによって労働組合が変質させられる時期、オリンパスでも組合の「体質改善」が進む。

そのあとの組合のトップが今話題の菊川元社長だ。高山新社長は八〇年代、八王子工場の組合支部長だった。たしか全金東京西部地協の副議長だった事もある。いまから九年ばかり前、オリンパスが茨城・協和町の子会社・東京金属に「会社解散」を仕掛けた時、何度か新宿のオリンパス光学本社に抗議要請にいった。その時に対応したのが、当時、総務部長だった高山氏。交渉の冒頭に彼は「理学の下村さんですね」といった。

「労働組合」は、もう産別組織からも脱退していた。歴代の組合トップが経営の中枢・トップに座る。こうした企業と労働組合に正常な労使対等の関係は生まれない。それでは経営のチェック機能も失われ、コーポレートガバナンスも働かなくなる。カメラや内視鏡の技術は優秀でも、経営は目先の利益追求だけに走る。オリンパスも横河電機に吸収された北辰の撒を踏むのか。

 いま、つくづくと本物の労働組合の必要性を痛感する。まともな労働組合こそ企業を守ると。

 

働く仲間の労働相談センター ☆ 沖縄県労連

http://okinawakenroren.org/

 

 

管理人のよもや話 管理人のまったく個人的感想などを記したブログ

http://okinawakenroren.org/kanrinin-blog/2011/12/1226olympus.html




 

 ▽参考

インフォーマル組織の過去・未来

 

2012年10月17日 (水)

どこに消えた『サスコミ』グループ――インフォーマル組織物語Ⅸ

 1980年代に「影の労働界」の中心を占めた、『サスコミ』グループ。

 私たちは、雪印食品争議を通じて暴露していた(『自立する労働運動――知られざるインフォーマル組織』、1983年)。

 その『サスコミ』グループに犯された企業群は以下の通り。

 福島第一原発事故を引き起こし、民主党の反原発代議士たちに「恫喝」を行っている東京電力労組が表紙を飾っていたのを記憶する(東電鶴見火力、電力労連という名前が出ている)。

 ▽サスコミによく出る労組名

昭和電工川崎、東電鶴見火力、タイコー電機、東芝、全化同盟川崎化成、基金、セガ、エンタープライゼス、日本航空生協、小野田セメント、雪印乳業、雪印食品、味の素、プリマ民主、レナウン、伊藤製パン、日清紡、モービル石油、油研工業、凸版製本、凸版印刷、細川活版新労、大目本印刷、図書印刷、東京書籍、北辰電機、大日本インキ、第二精工舎、ニコン、松下電器、三豊製作所、日本ケミコン、川崎重工、三晃印刷、空航グランドサービス、セントラル自動車、富士工業、日本金属工業、三菱重工、東京化学、旭硝子、日本鋼管、三菱重工、AGS民主、全金同盟タイコー、日本ユニカー、ブリヂストンタイヤ、東急車輌、小松製作所、カシオ計算機、立川スプリング、全トッパンムーア、久保田鉄工、丸菱総業、プラチナ万年筆、日本ビクター、日本電子連合、航空同盟、新日鉄労連、電力労連、自動車労連、モービル石油(アメリカ合衆国)、全トッパンムーア(マレーシア)、八重洲無線

『サスコミ』の発行母体は、当時の新聞では、このように書いている。

 1、『サスコミ』は月刊誌、定価500円(現在700円)、創刊は1976年7月、市販はされていない。

 2、『サスコ…』のサスとは、Social-Academy-Seminar(ソシヤールアカデミーセミナー)の英単語の頭文字をとったもの。会員組織であり、『サスコミ』(SASCOMI)は、この機関紙。

 3、発行所は「社労研」(社会労働運動研究所)東京都新宿区四谷1の8、佐伯千成ビル7F(1980年1月より)法務局には登記されていない団体。

 4、社労研所長に気賀健三慶応大学名誉教授。民社党を支える学者グループ民主社会主義研究会議(民社研)メンバーが常連執筆者の大半を占めている。

 5、社労研はSAS(サス)学校という研修会を東京、大阪、神奈川などで開催している。参加者は同盟系労組の中堅幹部、会社の意をうけた社員ら。

 6、SAS学校長は気賀健三社労研所長が兼任。副学校長は吉田忠雄明治大学教授。 講師に宮田義二鉄鋼労連会長、中村卓彦同委員長、高畑敬一松下電器労組委員長、畑良雄自動車労連副会長など。

  
 150313sasukomi027


私が、《Windows95》以前の労働界の話を書くために、インターネット上で調べたら、『サスコミ』は1件しかヒットしなかった。

 http://library.main.jp/index/jst25112.htm
 

  121017ags5491



 それは航空界の労組の一つで『翼の下で-民航労連・AGS労働組合30年のあゆみ』(民航労連AGS労働組合30年史編集委員会、発行社:あかつき印刷、平成06年09月10日 1994年)だった。

 その中の「【第7章 第二次分裂攻撃】――AGS民労の旗揚げ民労の組織拡大の手段/『サスコミ』誌の坂井レポート」と書かれている。

「インフォーマル組織」に犯され、『サスコミ』グループに企業破壊された事例のひとつに「全金北辰電機労組」がある。

当時、そのリーダーが『サスコミ』に顔写真を出して弁舌を振るっていた。今、存命するならば70代のはずだ。

北辰はその後、横河電気に合併・吸収されている(1983年には業界3位で住友グループの株式会社北辰電機製作所と合併、横河北辰電機株式会社と改称。1986年にCIを実施し、現在の横河電機株式会社となった)。

企業破壊者は、職場の民主化をかかげたメンバーではなく、労働組合を乗っ取ったインフォーマル組織のリーダーたちだったのではないか(その影でリードしたのは、だれなのか。企業小説のレベルの話だと確信している)。

ある読者の方からの疑問を以下に答えておきたい。

消えた『サスコミ』グループの話を取り上げたが、私はこのグループ(昭和ヒトケタから20年生まれ)がその次の世代(団塊の世代)も含めて「企業のフォーマル組織の実権」を握って、日本国の権力に入り込み、日本企業や自治体の活力を奪っているのではないか、と思っている。

不正義と自己中心社会の中心部に、連綿とつながる「インファーマル組織の遺伝子」が入り込み、実権を握り締めて離さない集団がいる。その一例が、前回レポートした「明治乳業の役員構造」だ。

追記

ダンボール数箱に入った『サスコミ』グループなどの資料は、当時、国労(国鉄労組)へ総がかりで襲いかかった攻撃のために「勉強したい」というある弁護士に送った記憶がある。しかし残念ながら、国労は「芹澤寿良のページ」で紹介してきたとおりだ。

  

  ▽追記(参照、13/10/25

 

  大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-d631.html 

  

   ▽追記「インフォーマル組織の過去・未来」をUP――現代労働組合研究会のHP 

 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-82a1.html

 

 

  ▽追記 あるtwitterで書かれた「サスコミ」  (14.0910

 

        http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/twitter-c054.html

 

 

2012年10月13日 (土)

「目が見えない 見えにくい 弱視の方への 相談支援」のポスター・NPOひかりの森(越谷市)

 ほぼ毎日のように「目が見えにくい方や中途失明の家族・当事者」の相談が増えていますが、「NPO 視覚障がい者支援協会 ひかりの森」では、新しいポスターを作りました。

  Web

 

 

 内容は、以下の通り。

 ポスターを貼らせていただけるところがあれば、下記にご連絡ください。

 

目の病気や糖尿病などで急激に視力を失ったり、著しく視力が低下したり、視野が狭くなると、たちまち日常生活が困難になってしまいます。 

 精神的に孤立し、引きこもりになってしまう人も見受けられます。 

 当協会では、病院で受診された後、ご相談を受け付けています。

 

*相談内容* 

 ・日常生活 

 ・福祉サービス 

 ・家族関係 

 ・訓練、リハビリなど

当事者、ご家族、友人、どなたでもどうぞお気軽にご相談ください。 

◆電話相談 月~金 午後3時~5時 

◆来所相談 電話で予約後、相談室でお話をお伺いします。

 

 「NPO 視覚障がい者支援協会 ひかりの森」

  代表松田和子

  住所〒343-0816

     埼玉県越谷市弥生町1丁目9番地山崎ビル2F

  ホームページ

http://npo-hjkarinomori.com/

  (詳細はこのホームページで検索できます。)

  hikarinomori@cameo.plala.or.jp

 

追記 

明日(2012年10月14日)、◆NHKラジオ第2放送「聞いて聞かせて・ロービジョンブラインドネット」で「地域活動支援センター ひかりの森」の取り組みが放送されます。

再放送日:10月14日(日)朝7時30分から

 

NPOひかりの森が開催する講演会と点字教室のお知らせ

http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-449e.html

 

追記 東武よみうりWEB版に、以下の記事が出ている。参照してください。

中途視覚障害者専門相談窓口設置を・NPO法人ひかりの森が呼びかける―― 2012.5.21 (越谷市)

 

2012年10月12日 (金)

柴野徹夫さん(ジャーナリスト)が「朝日新聞」(夕刊)に登場

 朝日新聞の夕刊を断っていたので、以下の記事を見逃していた。

 10月10日(水)に先輩たちとの飲み会があり、話題として提供された。そこで「柴野徹夫 朝日新聞」とYahooで検索すると、以下の記事があった。

 全文は、ID登録しないと読めないが、簡単なのでおすすめ。

20129290300分)

 http://www.asahi.com/national/intro/TKY201209280366.html

 

顔写真の下のコピーには、“各地の原発のルポを書いてきた柴野徹夫さんは「(原発が立地する地域には)住民を管理監視するネットワークがありました」と語る”元気な顔が見られる。

 

監視網「TCIA」〈原発とメディア:245

原発問題を追及してきたジャーナリストや原発反対派からは「電力業界に監視されてきた」との声が上がる。ジャーナリスト柴野徹夫(75)は日本共産党の機関紙記者だった1974年から、原発のルポ記事を書いてきた。記事をまとめた「原発のある風景」の増補新版を昨年、出版。その中…

 

編集委員・小森敦司さんが追っかけている「TCIA」については、以下のように話しを紹介している。

TCIAについて柴野は「その部課のコンピューターには、地域住民の戸別リストが詳細にデータ化され、購読紙、学歴、病歴、犯罪歴、支持政党、思想傾向……克明に記録されている。そんな『社外極秘』コピーの一部を垣間見た」と記した。柴野に当時のことを聞くと「電力会社や警察の車にいつも尾行されていた」。柴野はいま、こう考える。「それらが何がなんでも原発を進めるという『国策』を表していた」

 

福島や敦賀での市民の「政治地図」づくりにまい進したのは、私が追及している「労務屋グループ」が、1970年代から転進して、各地の原発地帯で活動していたのだ。

当時、労務屋さんとの飲み会で、その証言を得た。

2012年10月10日 (水)

八幡製鉄所のインフォーマルグループ――インフォーマル組織物語Ⅷ

 現代労働組合研究会のサイトをオープンして10カ月になるが、本サイト内で紹介した「1960年代後半期の八幡製鉄所におけるインフォーマルグループ育成策に関する総括的文書」(芹澤寿良のページ)を再度、このブログで紹介しておく。

  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/serizawa/index.htm

 本論文の経緯は、製鉄労働者新聞社のサイトで、次のように書かれている。

  http://blogs.yahoo.co.jp/sttroshin/3579193.html

 

1960年代後半の八幡製鉄所の青年対策   資料 2010.1.102010.4.10 10回連載

  この資料は昭和40年代日本共産党製鉄委員会の代表的人物の一人宛てに匿名で送られてきた手書きの青焼き資料です。明らかに八幡製鉄所労働部で作成されたものと推測されます。昭和30代年後半から40年代前半の会社の青年層における対策が詳細に記録された貴重な資料です。青焼き原稿をワープロで編集整書して、「製鉄労働者」新聞に2010年1月10日から2010年4月10日号(1395)10回に分割して掲載しました。

 高知短大芹澤教授は、この資料の背景について、前文で解説をしています。

 参考文献『1960年代後半期の八幡製鉄所におけるインフォーマルグループ育成策に関する総括的文書』

(高知短期大学名誉教授 芹澤壽良 著201111月 高知短期大学 社会科学論集第99号抜粋)

 

 

 八幡製鉄所について、特別の感慨があるのは、学生時代に学んだ「労働問題・社会政策」の根本を占めた日本の企業だったからだが、編集子は学生が終わる時期その姿を見てみたくて、東京から夜行汽車に乗って、労働者の入門風景(朝8時位ごろだったか)を見に行ったことがある。

 『溶鉱炉の火は消えたり』(浅原健三著)で八幡製鉄所の劣悪な条件下で働いていた工場労働者たちを大いに鼓舞した本があるが、冬まだ寒いなか白い息を吐きながら黙々と働きに行くその後ろ姿は、少し違和感を感じたものだ。

 

 その後、佐木隆三の『ジャンケンポン協定』(1963年、晶文社→講談社文庫― 新日本文学賞受賞)を読みながら、“巨大企業とその人間模様の虚業的雰囲気”も学んだ。

 

鉄鋼労働組合運動史専門家の芹澤寿良さんは、畏友・下山房雄著 『現代世界と労働運動――日本とフランス』(御茶の水書房 、1997/2/1)の書評〈『大原社会問題研究所雑誌』第481号(199812月)〉 の中で以下のように、下山説(65年画期説)に触れ、その役割を担った組織が「インフォーマルグループ」であることを明示していた

“一章は、戦後日本の企業別組合の変化に関する学説を検討し、そこから産別の時代、総評の時代、同盟・JCの時代に分けて企業別組合の機能、組織の変化が組合主導路線の交代(イデオロギー)と不可欠に結合していたことを明らかにしている。

 著者が前編各章や「あとがきに代えて」の戦後日本の労働組合運動論に関わる部分において、繰り返し主張している論点(「65年画期説」)は、1960年代の半ばに基幹的な民間重化学工業部門の大企業において、労働組合の企業への抵抗組織から企業への協力組織への交代、転換(「日本的労使関係」の成立)が、強力な労務管理の誘導、左派活動家へのあらゆる差別、職場の自主的な諸活動の抑圧、組合執行部の会社派による制圧、インフォーマルグループの全国的結集など、こうしたなかで労働者多数の同意をとりつけながら行われ、その結果積極的な意義をもっていた春闘も「社会運動から管理された制度」へその性格が変化し、単産は企業別組合の連合体に変わり、雇用と生活を犠牲にしても企業を守るのが労働組合の課題とする路線が春闘をも貫いていったということである。“

 

 さらに、芹澤さんは、“「組合執行部の会社派による制圧」について指摘しておきたいことは、その主要な手段として会社派による組合役員選挙制度の相次ぐ改悪と運用、それを利用した会社側の大がかりな干渉、介入がおこなわれたことであり、評者は、これを抜きにして、「日本的労使関係」の成立もその後の安定的な展開、維持もきわめて困難であったと思っている。この状況は、今日に至るまで続いており、労働組合の役員を民主的に構成するという組合民主主義の初歩的かつ根本的な改革はかなり長期にわたって実現されていないのである。 ”と指摘していた。

 

 その役員選挙の前段に、会社側の労働部が率先してグループ育成を行う過程が書かれたものが、本文書である。

 解説文(〈高知短期大学社会科学論集99号〉投稿原稿)で、「宮田義二氏が松下政経塾の塾頭として、今日に民主党の何人かの幹部の育成に関係してきたことも、見流せない事実だ」と指摘している点だ。

 「政労使の統合社会」が生まれているのだろうと思うが、そのプロセスも知りたいものだ。

 

 本文書の時代的舞台は1960年代。いま60代から70代の人たちが現場をになっていた。昭和歴では41年、42年と明示されているが、この時代に生きていた人たちのそれぞれの思いが、インターネット上でかき消されないためにも、本文書は歴史を背負っているのだ。

 

2012年10月 7日 (日)

協同まつりinこしがや~商店街に行こう~チラシの御案内

 国際協同組合年 いま、「協同」が創る2012全国集会にむけての“協同まつりinこしがや~商店街に行こう~”のチラシができたので御案内したい。

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クリックして下さい。大きく見られます。

 

【日程】      2012年10月20日(土曜日) 10時から15時

 【会場】      蒲生日の出商店街および蒲生東町自治会館

 【企画内容】    ● 商店街での物販・展示および昔遊び体験会

           ● DVD上映会 「内部被ばくを生き抜く」

           ● 商店街・地域の語りべ会

  

お子さん向けの「スライム」(ワーカーズコレクティブ みるく)「べっこう飴をつくってみよう」(NPOファミリーリンク越谷)「餅つきの実演」(吉川・とうふ工房の翁グループ)なども予定している。

 

日の出商店街のチラシ4000枚、実行委員会チラシ3000枚、蒲生エリアを中心にまかれる。


   ◇追加ブログ(13.09.25)

越谷から明治大学、イギリスへ
  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-891d.html
 越谷から弱視の方、ロービジョンの方へ
 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-1314.html

 

2012年10月 3日 (水)

明治乳業のインフォーマル組織がフォーマル組織のTOPへ―インフォーマル組織物語Ⅶ

 20120628日(木)の明治HD株主総会で一人の株主が訴えた様子が発信されている。

 http://kotayan.seesaa.net/

以下の文章は、明治乳業争議を支援する会のサイトから引用した。

 

「大企業の労働争議で解決していないのは明治HDだけです。国際社会の中で、賃金差別や人権侵害をしている企業は通用しません。だから、日立は6件の争議をまとめて話し合いで解決しています。

 労働争議を抱えていたのでは、社内の人心は乱れ、モチベーションはあがらず、全社一丸となって働くことができません。

食の安心と安全を守るべき食品産業でこれだけの不正・不祥事を多発させている企業は明治HDだけです。

 企業不祥事の影響はステークホルダー(利害関係者)である消費者、酪農家、取引先、小売店、従業員、地域社会、社会、政府・行政・国民、投資家、債権者に深刻な打撃を与えています。

 その結果、明治HDに対するステークホルダーの信頼感は低下し減収減益につながり、従業員の解雇やリストラに向かい、株価下落の悪循環に入ります。

 株主のみなさん

 企業不祥事の根絶、長引く労働争議の解決なくして、明治HDの発展はあり得ないのではないでしょうか。

 明治HDの浅野茂太郎社長(就任予定)はじめ経営人に、その決断を株主総会で求めようではありませんか。

 株主総会で明治HDのオーナーとして声をあげていただくことを心から呼びかけます」と。

 

 その明治乳業では、現在もインフォーマル組織のメンバーが会社役員のフォーマル組織になって、実権が握られている。

 

“労働争議は10件、現在も3件が係争中で浅野茂太郎社長が賃金差別やパワハラで訴えられています。なぜ、このように明治は暴走し、反社会的企業になったのでしょうか。その原点は明治乳業市川工場(千葉)にあります。

 浅野茂太郎氏は会社の意を受けて秘密組織(明朋会)のインフォーマルの代表として、明治乳業労働組合市川支部に支配介入し、支部長選挙に立候補し、対立候補の小関守氏を破り労組を乗っ取りました。

 この行為は労組法で禁じている不当労働行為、労組に対する支配介入、すなわち犯罪行為です。

 浅野茂太郎社長が労組乗っ取り後にやったことは、食の安心・安全守れ!社員の賃金・労働条件や権利を守れ!と主張する小関守氏などの活動家集団を徹底的にイジメ、人権侵害と賃金差別を行ったことです。

 そして、労働者を「紅組」「白組」「雑草組」に差別・分断して支配しました。

「紅組」には、職制らを先頭に「赤い水虫」「赤いゴキブリ」「生産疎外者」「職場秩序破壊者」などの罵倒を浴びせ、人権蹂躙と差別の限りをつくしました。

 また、「紅組」は、「青空部隊」と蔑視し、敷地内のゴミ拾い、草取り、ドブ掃除、ペンキ剥がし等の、嫌がらせを徹底的に強いました“

「明治乳業争議を支援する会」のサイトでは以上のような経過を書いている。

 



 その文書を読むと「すでに争議団64人中10人が早死にするなど、これ以上の争議引き延ばしは人道上も許されません」と書かれた箇所があった。

 

 実は、1980年代のあるとき、「雪印と同じインフォーマル組織にやられたという」訴えがあり、千葉の元八幡駅の近くの会場で、後の明治乳業争議団の皆さんと会ったことがある。

 「赤い工場・市川明治乳業」という、労務屋さんの文書が手元にあった。

どこから回ってきたがもう忘れたが、「『学習の友』500部入っている工場」という見出しが踊っていた。

みなさん、自分よりずーっと年上の人たちだった。

 なにか、こちらが話していいのか戸惑いながら、「インフォーマル組織の構造、背景、担い手」を話した。

 しかし、みなさんは「東京争議団運動」をほとんど知らなかった。「政党の枠組み」の気分が強かった印象を持った。

 前回紹介した、「日産厚木を明るくする会」の活動を話したが、どうもピーンと来なかったようだ。

 

 こういう集団には、日本鋼管京浜製鉄所の取材に行ったときも出会った。まだ「労働組合運動をするより、議会に出て社会が変えられる」と思っているようだ。

 


 その後、東京争議団運動に加わり、活動を活発に展開しているのは、知っていた。

 『今崎暁巳さんと私』(2011年6月刊)には、作家の山形暁子さんの寄稿文がある。

  ある思い出●山形暁子

 十五~六年前、『住民と自治』という月刊誌に「松の見える町から」と題するルポ風エッセイを連載させていただいた。

 私が36年間働いた都市銀行を退職して間もなくのころだ。今崎さんがかねがねおっしゃっていた「地域に入ると、企業の中だけでは見えなかった、別のものが見えてくる」という言葉を、改めて実感したものだ。

 地域に根ざしたさまざまな運動との出会いのなかで、とりわけ印象深いのは、賃金・昇格差別とたたかう明治乳業争議団市川工場32人の男性たちの存在だ。裁判所の勧告に108も応じない卑劣な企業とのたたかいは、今もなお続いているが、1991年に発行された冊子『俺たちは負けない―人間らしく生きるために』には、連帯ある生活を創り始めた青年たちを、熱い眼差しで捉えた今崎さんのルポ「雪の下で準備する春」が載っていた。あっ、ここにも。思いがけない巡り会いだった。(日本民主主義文学会会員)

 

 何もできないが、「インフォーマル組織のフォーマル組織化」の典型例として紹介したい。昔の言葉で言えば「御用組合幹部の会社乗っ取り」の事例だ。

 その上で、会社の不祥事体質を持った役員ということが、上記ページで告発している。雪印食品の二の舞になる前に、社会的説明が必要だ。

 

   

  ▽2016.02.28戸塚章夫さんの【検証・都労委「明治乳業事件」】読み終えて

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-1b16.html

   ▽参考(13.11.01)

 

   大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織
   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-d631.html

   『金杉秀信 オーラルヒストリー』、金杉秀信著、評者:山本 潔、大原社会問題研究所雑誌 No.627/2011年1月
   

  http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/627/627-05.pdf

   

  八幡製鉄所のインフォーマルグループ――インフォーマル組織物語Ⅷ芹澤寿良のページ)

     http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-0d95.html

   『ニッポン丸はどこへ行く』が解明したこと――インフォーマル組織物語Ⅵ-2
   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-f924.html

 

  ▽「労働組合運動のガン=インフォーマル組織とどうたたかうか――その支配構造と克服の展望」、高橋祐吉、『日本の労働組合運動 5 労働組合組織論』大月書店刊 1985年(PDFにできていませんがぜひ読んでください――編集子)。 

 ▽それぞれの労働組合運動史・3

 アドルー・ゴードン著、二村一夫訳 『日本労使関係史~1853-2010』(元大原社会問題研究所所長・法政大学名誉教授)の「第11章 日本型労使関係のヘゲモニー」の部分を読んでほしい。
 インフォーマル組織は、「裏返しのレーニン主義」の母国であった、書いてある。

  追記(2014.12.27 ) 「インフォーマル組織の過去・未来」を更新
32〕必見! 倉内節子弁護士講演「不当労働行為と闘った30年――明治乳業事件から最近の労働問題まで」、労働相談センター・スタッフ日記、NPO労働相談センター(03-3604-1294)、全国一般東京東部労働組合、20141219日(ビデオを見てください。1時間6分ほど)

 

 

“ひかりの森が、全国放送されます。”

 NPO視覚障がい者支援協会・ひかりの森 松田和子理事長からの緊急アピールです。

 

NHKラジオ第2放送「聞いて聞かせて・ロービジョンブラインドネット」で放送されます。

  放送日:10月7日(日)夜7時30分から

  再放送日:10月14日(日)朝7時30分から

◆「ひかりの森」は、中途視覚障がい者やロービジョンに必要な相談・訓練・リハビリまでを提供しています。

◆全国に「ひかりの森」のようなロービジョン専門の施設が福祉給付で開設できます。

◆全国に「ひかりの森」が広がることを、願っております。

「地域活動支援センターひかりの森」

  代表松田和子

  住所〒343-0816

     埼玉県越谷市弥生町1丁目9番地山崎ビル2F

  ホームページ

http://npo-hjkarinomori.com/

  (詳細はこのホームページで検索できます。)

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