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2012年5月30日 (水)

黒川俊雄さん(慶應義塾大学名誉教授)のHPを作成――現代労働組合研究会HPⅨ

黒川俊雄さん(慶應義塾大学名誉教授)は、論文検索によると、戦後直後に【山中篤太郎教授「中小工業の本質と展開」――国民経済構造矛盾の研究、三田学会雑誌 411112)、 96102 194812】を書かれている。

NHKテレビ朝の連続テレビ「梅ちゃん先生」の時代である。慶応義塾大学がある田町駅界隈も、あのような雰囲気だったのではないか。

 

黒川俊雄さんは、1923年に東京の神田で生まれ、1948年に慶應義塾大学を卒業し、その後、慶應義塾大学教授・桜美林大学教授として、社会政策・労働問題の教鞭をとってきた。

大学の定年後も、労働総研(労働運動総合研究所)・協同総研(協同総合研究所)の代表を歴任して、労働問題・賃金問題・労働組合運動や新しい協同組合づくり(ワーカーズコープ)の研究を行っている。

著作と論文は、ホームページ(HP)のTOPと「黒川俊雄さんの仕事(論文)・PDFファイル」のように多数書かれおり、現在も最賃制などを基軸に、論説を展開している。

 

黒川俊雄のページ

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kurokawa/kurokawa-index.htm

 

その後、多数の論文と単行本を書かれているが、黒川先生を私たちの紹介してくれたのは、1960年代の労働旬報社代表・木檜哲夫さんだ。

木檜さんは、当時、総評弁護団の組織づくりに参加し(裏方として)、編集者として弱小出版だった「労働旬報社」を出版社らしい会社につくりあげた編集者・代表。

激動の60年代後半期に『労働法律旬報』『賃金と社会保障』『日本労働年鑑』(法政大学大原社会問題研究所)をベースに、野村平爾、沼田稲次郎両先生方を中心に、東条守一・山本博・久保田弁護士など多くの「労働弁護士」と友好な関係があり、労働法出版社として、日本で貴重な、なくてはならない位置を築いた。

その背景もあって、当時の総評本部(岩井章事務局長や大田薫議長)や国労、全逓、自治労などの出版物を世に送り出した。

一方、単行本(取次を通す)の旺盛な出版活動を展開し、『ベトナム黒書』『教育黒書』などの黒書シリーズや『東京争議団物語』『松川十五年』などの記録・ドキュメントなども発行しながら、法律系(早稲田大学野村平爾ゼミ出身)出身編集者なのに社会政策・労働問題研究者(大河内一男、塩田兵平衛、中林賢二郎など)との交流も深かった人で、そのお一人が黒川さんだった。

 

黒川さんの『現代労働問題の理論』(196811月初版)も木檜さんの企画で笠原紀彦さん(元大月書店編集者)が編集し、私が慶応大学まで原稿を取りに通い、ゲラを持参したことを覚えている。

 

内容で一番、関心をもったのは、貧困化論の論文につづく「新中間層論の理論」(第一編第5章)だった。

 

当時、革新勢力が伸長し、大学では「全共闘」運動が活発化していたが、労働問題・労働組合運動の関心が“国鉄・全逓・電電などの公共事業体や大企業の生産労働者主体論”であったなかで、高度成長経済で生まれた管理労働者・技術労働者などの「新中間層」労働者をどうみるかが書かれていた。

さらに出版、マスコミ労働や医師・看護労働、教育労働、公務員、障害者(児)教育などの専門的・精神的労働の位置、増大するサービス産業労働者(商業労働者)の意味も深めるテーマだった。

 

私は、「大学の労働力再生産工場反対」「産学協同反対」をスローガン化している学生運動家に比して、「自分たちはどのような仕事を選択する」のか、自分の進みたい道と「知り合ったマルクス理論」との矛盾を感じていた。

とくに左翼系の人たちが一律に人間をとらえ「危機が深まって、労働者階級は団結する」というテーゼに違和感を感じていた。

その時代に読んだ論文だった。

 

「新中間層の理論」を読みながら、私たち(のちに「団塊の世代」といわれた)の少なくない人は「生産労働者」になるのではなくて、「新しい中間層」として、社会に登場するのではないか、そのとき労働問題・労働組合の側は、どうみるかという見方をあたえてくれた論文だった。

 

第五章 新中間層の理論 

はじめに 

 新中間層の問題がいまさらなぜことあらためて問われねばならないのか。かつて第一次世界大戦後のドイツでこの新中間層あるいは新中間階級の増大がレーデラーなどによって強調され、また、マンハイムなどによってその階級的な利害を超越して統合する媒介的な機能をはたす独自な意義が主張された。ところが第二次世界大戦後のアメリカでは、「アメリカ人はすべて中間階級である」とか「新中間階級が次の支配階級になるであろう」とかいう一種の独断にたいする反論として、ミルスなどによって、増大する新中間階級は、客観的にはプロレタリアート化してはいるが、賃金労働者とともに社会主義意識をもつようにはならず、むしろ権威あるものについていく「後衛」(Rearguarders)として、現代社会を特徴づける心理的性格をつくりだすうえで主役を演ずるようになった、と説かれている。ここにいわゆる「大衆社会」の形成が論じられ、マルクス主義の否定または修正が叫ばれる論拠がひそんでいる。しかも従来、中間層または中間階級の問題ほど、マルクス主義批判の道具にされたものはそう多くはないであろうし、そこには、ミルスにいたるまで、一貫して共通したマルクス主義にたいする無理解がみとめられる。ところが中間層の問題については、マルクス主義者自身のあいだでも、多くの誤った公式論が主張され、少なからず、問題が混乱させられてきた。 

 そこで本稿は、マルクス主義の立場から中間層とくに新中間層の問題はどのようにとりあつかわれるか、ということを明らかにし、とくに現代アメリカ社会学における中間階級研究の権威として知られているミルスの批判に及ぼうと思う。

 

   

  慶應義塾大学最終講義をホームページにUP――黒川俊雄のページ更新

 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-1540.html

 

  1980年代半ばごろの労働組合論の姿――黒川俊雄のページ更新

 

   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/1980-0840.html

 



  ▽現代労働組合研究会のHP

 

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111210roudou-index.htm

 

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