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2011年9月15日 (木)

『からむす』(電機産業に働く人の同人誌)に書く松謙さん

先日、以下の文書が挟み込んだ『からむす』(CARAMUSU、19号、2011.9、A5判、184P)が郵送されてきた。

 

“お元気ですか

   はたらく人々の「生きる、はたらく、団結する」に拘る日常です。

  近況報告として、この本を贈呈します。松謙(P142~に松謙手記)“

 

松謙(松本謙司)さんは、今年6月の「今崎暁巳さんを偲ぶ会」で何十年ぶりかに再会した人物。

私たちは「沖電気の指名解雇」の争議で出会い、私は、当時、今崎さんの『なにを見つめて跳ぶのか――沖電気指名解雇をこえて』(1980年)、争議解決後に『企業社会の扉をひらけ――ドキュメント沖電気争議』( 中山森夫・矢吹紀人著、1987年)』の編集・出版に参加したしたことがある。

彼はその争議の間に発行していた「沖電気指名解雇を撤回させる会」の「はたらく」編集長だった(機関紙名がうろ覚えだが)。

 

110915okidenkikaramusu

『からむす』で松謙さんは、「「人間らしい働き方で過労死をださない職場を 沖電気の過労自殺 労災認定を勝ち取る」を10ページにわたって書いている。

事件は、2009年8月3日に過労自殺した「中島稔さん」(仮名・当時35歳)の労災認定を勝ち取るまでの家族・職場の「沖電気の職場を明るくする会」(OAK)の活動レポートだ。

会社は「中島稔さんの自殺は業務によるものではないので労災申請には協力できない」と主張。それに対して遺族の労災申請への支援を行い、「過労死」で著名な川人法律事務所とともに奮闘し、2011年2月、労基署が「大きなプロジェクトへの配置転換があり、恒常的長時間労働が続いたことにより、うつ病を発病し自殺に至った」と労働災害に認定。

この結果やっと会社側は「業務上の死亡」を認め、遺族補償を家族(74歳、福島在住のお母さん、一人暮らし)に行った。

おかあさんは、あんなに元気な子がと「無念」だったろうと思わざるを得ない。

 

さて松謙さんのレポート読みながら“労働組合のI委員長はお母さんに「そんなに仕事をしていなかった」と放言”(同書149ページ)と書かれている。

この労働組合委員長を名乗るIさんは、「インフォーマル組織の教育」を受けている人だなと思った。詳しくは書けないが、マズローの欲求理論・5段階欲求論をベースに、能力主義・自己実現論の教育システムが、日本的企業社会の基軸にある。

その論(情報の共有化論)から外れた人に対して、徹底的な人間的無視を図る集団形成をつくるシステムだ。

 

最後に『からむす』の本号は、「東日本大震災特集」だ。「原発さえなかったら」(海老根弘光)、「福島の怒りを共有し原発からの撤退を」(酒井清志)、「東海第二発電所もあはや原発震災」(中村敏夫)なども掲載されている。

 

本誌は、「著者一言紹介」に書かれているものを読むと、沖電気の卒業生だけではなく、富士電機、東芝、NEC、日立などの定年者が多いようだ。

中にはそのあとの世代の人も書かれているが、「80年代」から自主的で大衆的な労働組合運動が実践できていれば、もっと違ったものとして現在あるのではないかと思った。

 

『からむす』の発行元は「日本民主主義文学会電機ペンの会支部 〒105-0073 東京都港区三田3-2-20(電機懇談会内、TEL03-3455-6006、FAX03-3451―3595)、販価600円」

*販価は頒価ではないかと思う。 

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