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2011年9月

2011年9月30日 (金)

くの字点(くの2字分)の発見――DTP・InDesign5において-3

 

 平仮名の「」の字を延ばしたように書き、2字以上の仮名、もしくは漢字と仮名を繰り返す、これは昔の本に使われ、私たちは編集上、基本的に使わないこととしていた。

 

しかし今回は学術書のDTP作業の引用文で、『内地雑居後之日本』(1899年、明治32年刊)の本文にある。

 

 さてなんと読むのか、これも分からなかった。そこで昔、「々」を勉強したことがあり、検索してみたら、本文近くに「踊り字」の表記があり、そしてその中に、それは「くの字点」と読むことがわかり、さらに「Unicode」の「U+3033」、「U+3035」だとわかった。

 

大昔、活字の現場に何回も入っていたが、文選労働者はすばらしことをスイスイとこなしていたんだなと思った次第。

 

くの字点(くのじてん)

 

<> <> <> <> <> <> <> <> <> <> <> <> <> <>

 

記号

 
 

Unicode

 

 

 
 

JIS X 0213

 
 

文字参照

 

 

 
 

名称

 
 


 
 

 

 
 

 

 

 

 

U+3033

 
 

1-2-19

 
 

&#x3033;
  &#12339;

 
 

くの字点上

 
 

 U+3035

 
 

1-2-21

 
 

&#x3035;
  &#12341

 
 

くの字点下

 

 

 

  ▽下記サイトに「InDesign・DTP早わかり」を一挙にUP。

 

   現代労働組合研究会のページ

 

2011年9月21日 (水)

「句読点の半角モノ」・禁則処理――DTP・InDesign5において-2

 大先輩の編集・校正者と組んで、四六判で240ページほどの本のDTPをすすめている。ご本人の仕事歴は、50年近い。なおかつ活版時代からの専門家。

 今回の指示は、組版で本文中にたまにある「半角の句読点を全角モノにすること」、という注文。

 

 20年ほど前から若い世代のデザイナーたちと仕事をやってきたが、月刊誌を作っている時、全ページの句読点を半角ものでゲラを出してきたことがあり、直してもらったことがある。

 彼らはMACのAdobe IllustratorQuarkで「コンピュータ関係のムック本」や「自動車関係」の若者向けの仕事を中心にやっていた。

こちらの指摘について、最初は「ポカ―ンと、全角モノになおすんですか」と顔をしていた。とにかく「ツメ打ち」がはやっていた時代だから。「おじさんに従うか」という感じだった。

 

今回は、「禁則処理」がされているんだということがすぐに分かったが、どうしたらいいのか模索した。

 解説テキストの『演習デザインInDesignCS4』(技術評論社、2010年1月)の索引の「禁則処理」を見つけた。しかし読んでも、こちらのクエスチョンの解は書いていない。

 

 「ニーズに応じて書いてほしいな」と不満が出てきたが、「段落」から入ることが分かった。

 これがわかったので、以下のように「本文中の句読点の半角モノを全角モノ」へ変更できた。

 

本文中に句読点が半角になった場合→「半角前後を黒に反転して」→「書式」をクリック→「段落」をチェック→下段の方に「禁則処理」があり→「マドの“強い禁則処理”」をクリックすると「禁則を使用しない」をクリック→本文中は全角になる。

 

追記

 

ページ内で処理する方法がある。

 

本文中に二分になった句読点(。・、)の1行を反転して、ページTOPにある、上の縦「T」の100パーセントを拡大して、追い出す。

 

1行ですまない場合があるから複数行、100パーセントを拡大する。


140211indesign_t_3

▽参考になりましたか。

 

   下記サイトに「InDesign・DTP早わかり」を一挙にUP。

   現代労働組合研究会のページ

 








 

2011年9月19日 (月)

NPOひかりの森支援コンサート開かれる。そしてホームページを開設。

  9月18日、越谷市中央市民会館で「第2回ひかりの森演奏会2011 メロディーの光あふれるコンサート」が聴衆者・150名ほどが参加して、開かれた。

 開会のあいさつは、主催者の隅田弁護士(越谷市弥生町・事務所)から行われ「事務所が近いので、松田さんに何か手伝いうことがありませんか」という声かけから始まったこと。

 ひかりの森の日常的な姿・とりくみを紹介ながら、「私も少しでも力を貸したいと思って、本コンサートを開催しました。みなさんもぜひお力を貸してほしい、賛助会員になってほしいと訴えがあった」

 NPOひかりの森理事長の松田和子さんから、お礼の言葉があり、「大変のお力添えをいただきました」と感謝が述べられた。

 

 

 

 当日は、バイオリン、ファゴット、ピアノの三重奏で「愛のあいさつ」からはじまり、ピアノ演奏、珍しいファゴットの紹介とバイオリンとの協奏、そして会場のみなさんと一緒に歌う場面も会った。

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一奏者一

 

★バイオリン・戸田貴子

 

★ファゴット・江黒未希

 

★ピアノ・伊藤幸子

 

 ひかりの森に通所するメンバーも多く参加し、軽やかでなめらかな演奏に聞き入っていた。

 本演奏会は『毎日新聞』(東部版)や『埼玉新聞』でも紹介されたので、子どもも一緒に聞く若いお母さんたちの姿が見られ、印象的だった。

 受付では多くの人から賛助会員の申し込みをいただいた。

 

 

 さて最近、相談が多くなっているNPOひかりの森では、多くの市民・県民のみなさんへ、「NPO視覚障がい者支援協会・ひかりの森ホームページ」を立ち上げた。ぜひご参考を。

 

2011年9月15日 (木)

『からむす』(電機産業に働く人の同人誌)に書く松謙さん

先日、以下の文書が挟み込んだ『からむす』(CARAMUSU、19号、2011.9、A5判、184P)が郵送されてきた。

 

“お元気ですか

   はたらく人々の「生きる、はたらく、団結する」に拘る日常です。

  近況報告として、この本を贈呈します。松謙(P142~に松謙手記)“

 

松謙(松本謙司)さんは、今年6月の「今崎暁巳さんを偲ぶ会」で何十年ぶりかに再会した人物。

私たちは「沖電気の指名解雇」の争議で出会い、私は、当時、今崎さんの『なにを見つめて跳ぶのか――沖電気指名解雇をこえて』(1980年)、争議解決後に『企業社会の扉をひらけ――ドキュメント沖電気争議』( 中山森夫・矢吹紀人著、1987年)』の編集・出版に参加したしたことがある。

彼はその争議の間に発行していた「沖電気指名解雇を撤回させる会」の「はたらく」編集長だった(機関紙名がうろ覚えだが)。

 

110915okidenkikaramusu

『からむす』で松謙さんは、「「人間らしい働き方で過労死をださない職場を 沖電気の過労自殺 労災認定を勝ち取る」を10ページにわたって書いている。

事件は、2009年8月3日に過労自殺した「中島稔さん」(仮名・当時35歳)の労災認定を勝ち取るまでの家族・職場の「沖電気の職場を明るくする会」(OAK)の活動レポートだ。

会社は「中島稔さんの自殺は業務によるものではないので労災申請には協力できない」と主張。それに対して遺族の労災申請への支援を行い、「過労死」で著名な川人法律事務所とともに奮闘し、2011年2月、労基署が「大きなプロジェクトへの配置転換があり、恒常的長時間労働が続いたことにより、うつ病を発病し自殺に至った」と労働災害に認定。

この結果やっと会社側は「業務上の死亡」を認め、遺族補償を家族(74歳、福島在住のお母さん、一人暮らし)に行った。

おかあさんは、あんなに元気な子がと「無念」だったろうと思わざるを得ない。

 

さて松謙さんのレポート読みながら“労働組合のI委員長はお母さんに「そんなに仕事をしていなかった」と放言”(同書149ページ)と書かれている。

この労働組合委員長を名乗るIさんは、「インフォーマル組織の教育」を受けている人だなと思った。詳しくは書けないが、マズローの欲求理論・5段階欲求論をベースに、能力主義・自己実現論の教育システムが、日本的企業社会の基軸にある。

その論(情報の共有化論)から外れた人に対して、徹底的な人間的無視を図る集団形成をつくるシステムだ。

 

最後に『からむす』の本号は、「東日本大震災特集」だ。「原発さえなかったら」(海老根弘光)、「福島の怒りを共有し原発からの撤退を」(酒井清志)、「東海第二発電所もあはや原発震災」(中村敏夫)なども掲載されている。

 

本誌は、「著者一言紹介」に書かれているものを読むと、沖電気の卒業生だけではなく、富士電機、東芝、NEC、日立などの定年者が多いようだ。

中にはそのあとの世代の人も書かれているが、「80年代」から自主的で大衆的な労働組合運動が実践できていれば、もっと違ったものとして現在あるのではないかと思った。

 

『からむす』の発行元は「日本民主主義文学会電機ペンの会支部 〒105-0073 東京都港区三田3-2-20(電機懇談会内、TEL03-3455-6006、FAX03-3451―3595)、販価600円」

*販価は頒価ではないかと思う。 

2011年9月13日 (火)

脚注(数字)の付け方の発見――DTP・InDesign5において-1

 最近、DTPの仕事をやっている。○○歳の手習いではあるが、もしあのときに覚えていればという反省をしながら。

 この間の奮闘については、「InDesign・DTP早分かりに書いておいたが、今回は本格的な本づくりだ。

 なんと数字の脚注をつけることの発見でバタバタ・困難に陥った。

 

 解説テキストの『演習デザインInDesignCS4』(技術評論社、2010年1月)をもっぱら参考にしたが、索引を見たら「脚注」の項目がない。それではもしかして「ルビ」から入るのか、調べたら書いてない。

 

 さて困った。

 いつも勉強しているインターネット上の「InDesignの勉強室」で「脚注」を検索してみた。そうすると《2005-07-18 ()付け:CS2では、脚注の機能が追加されました。適用方法も、テキストを選択し、書式メニューから[脚注を挿入]を選択するだけと簡単です》と書かれているが、図と日本語を読むだけではわからない。

 

 それでは今は「ルビ」=「脚注」(活版の時代に仕事を始めた世代なので、私は別物と理解していた)なのではないかと判断して、InDesignCS5の「ルビをつけるページ」をさわり始めた。

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 本文に反転表示マーク→文字(ページ、レイヤーなどの項目表示の下段にある)→項目表示(文字パレットの右、▼≡←4本線)をクリック→ルビ表示→ルビ位置と表示をチェック→ルビ(R)に全角ひらがな入力のまま(1)とする(半角で(1)で入力すると90度右回りになる)。

 次に「種類」で“グループルビ”(最初の表示は“モノルビ”)を選択し、「揃え」は“右肩つき”(最初の表示は1-2-1(JIS)ルール)を選択。そして「位置」は、最初の表示のまま“上/右”を選択し、[OK]をチェック。これで縦組みの中に「数字脚注」は付く。

 

 インターネット上の「DTPページ」を探したりしていたので、この発見に5時間ほど休み休みかかった。

 

 次は数字脚注の二桁だ。

 「ルビの位置と間隔」の下に「ルビのフォントとサイズ」がある。それをチェックすると「フォント」「サイズ」「水平比率」「垂直比率」、そして「組数字」の変更可能な数字の「0」桁を「2」桁にしてみた。

なおかつ上記の最初の「ルビ(R)に全角ひらがな入力のまま(1)とする」を半角数字の「(10)」(カッコは全角モノ)でやってみた。見事、クリアした。

 

 学術書などのDTP(ここではInDesignだが)には、特有な決まりがあるはずだが、その初歩的な「数字の脚注を付ける」が、解説テキストやインターネット上で探しにくいので、後輩のためにUPする。

 
 

 

 ▽12.08.29追記 

 本ブログで検索が多いので、これを読んだ「InDesignのテキスト編集者」は、是非、解説を入れてほしい。

   

  脚注(数字)をショートカットで――DTP・InDesign5において-

 

 

2011年9月12日 (月)

日進館(万座温泉)のすすめ――コンセプトの中軸に「高齢者多数社会」を置く温泉宿

「標高1,800m、星に一番近い温泉――。白濁の名湯をゆるりと堪能」とうたう万座温泉・日進館の温泉を楽しんできた。

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熊四郎洞窟の上から撮った日進館

 今回で3回目だが、前回は真冬の1月末、雪真っ白の世界を観に行ってきた。毎年、「日本秘湯の会」に参加している温泉や「10年前には雪があった温泉宿も今はない」、という事実から、ここ万座温泉がいいという結論からだった。

 

 昨年の夏、第1回目はほとんどショックな感じをあたえられた。食堂は200名近く入る「和洋中バイキング」で、食事の湯治客は“平均70歳代”、――8割近くが“女性”。それはなんと「温泉付きデイサービス」の風景だった。

 

 さらに夜はフロント前のフロアーで、優に100人を超える観客を前にして「音楽コンサート」が開催される。冬の時は埼玉県三芳町の「男性二人の親子歌手」( 山田龍二&大輔さん)、飛び入りで歌ったのは私の前の世代ではなつかしい松島アキラさん本人。それも[湖愁]だった。次の日は、日進館社長ご本人の歌声コンサート。

 

 今年の夏は、「原子力発電について知ろう」(講師・神田英輔さん)という超まじめな講演会。少ないだろうと思った湯治客は、この日も100人を超えていた。

 神田さんは、「日本国際飢餓対策機構・特命大使」として頑張っているようだが、ウラン採取現場の状況、マスコミ・地方自治体をも毒す原子力マネーの実情、数万年後にも被害を与える可能性の高い使用済み核物質の事実など、丁寧にパワーポイントを使って解明。この日は、70歳代の男性グループがうなづきながら聞き入っているのが見られた。

 

 私たちは、上野発の特急「草津号」で万座鹿沢口まで行き、バスで40分ほどで行ったが、「読売旅行」「クラブツーリズム」などのバスでの団体旅行が玄関に入ると多数かかげられていた。また「新宿発日進館着」というバスもある。お風呂場で聞いていると、名古屋の人たちが来ていた。日本全国からきているようだ。

 

 コンセプトの中軸に「高齢者多数社会」を置く温泉宿に敬服した。温泉もいいのでぜひおすすめ。

 

   

 

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大浴場“長寿の湯”内にある「苦湯」

2011年9月 6日 (火)

柴野徹夫さんの本がTV画面にくっきり――鶴瓶の家族に乾杯

  昨日の夜(2011年9月5日)、「鶴瓶の家族に乾杯」を観ていたら、本ブログで紹介した(2011年1月10日)沖縄県・読谷の反戦平和彫刻家が登場した。先週の放送では、「彫刻で有名なおじさん」の話があった。

 

 その時から「金城」という名前が出ていたので期待していたが、放送中に鶴瓶さんのテーブルの前に赤い本が置いてあった。それが柴野徹夫・金城實著の『鬼――沖縄のもの言う 糞から金蠅』だった。

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鶴瓶さんは、巨大な高さ7メートル、長さ6メートルの巨大シーサーを観るために出るときもきちっと本を持っていた。

 

 本放送は、毎週(総合 月曜 午後8時~)に放映されているが、再放送があるので、来週の11日(日曜)午後105分から観られるはず。

 

 

 

 金城さんの彫刻の実像が多数みられるので、ぜひ、おすすめ。

 

 原発をこの地球上からなくそうと、現在、講演をしまくっているジャーナリスト・柴野徹夫さんにとっては。これも朗報だ。

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左が柴野さん、右が金城さん

気になっていた柴野徹夫さん自身のブログ:「編集長のブログ」を紹介するチャンスがなかったので、上をクリックしてほしい。 

 

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