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2010年12月26日 (日)

「今崎暁巳さん逝く」

 ▽追記:今崎暁巳さんと私[2018720 ()

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-a56a.html

 

 1215日、ドキュメンタリー作家の今崎暁巳さんが、ご逝去されました。80歳でした。

葬儀は家族葬ですませたそうです。

 

以下のように、数多くの単行本とテレビ、映画などのシナリオを書き続けていました。

 謹んでご冥福をお祈りします。

 

 なお、2011年6月4日(土)に「故・今崎暁巳さんと語り合う会」を開く、実行委員会(実行委員長・柳沢明朗さん)が有志で作られました。

 決まりしだい、呼び掛けさせていただきます。

 

□1960年代末から70年代

『コブだらけの勝利――闘う青年労働者』 (労働旬報社、1969)

『職場の青春―闘う信越放送労働者』(労働旬報社、1970)

『めしと団結―たたかう関扇運輸労働者』(労働旬報社、1970)

『いのちの讃歌 』 (労働旬報社、 1970/12)

『伊那谷は燃えて―辰野事件。その被告と家族』 (労働旬報社、1972) 今崎暁巳著・ 辰野事件千代田守る会協力

『千代田丸事件―ドキュメント』 (現代史出版会、1974)

『吼えろ青春―70年代に生きる青年労働者』 (労働旬報社、1975)

『友よ!未来をうたえ―日本フィルハーモニー物語 』(労働旬報社、1975)

『三菱帝国の神話―巨大独占企業の現場・労働者群』(労働旬報社、1976)

『若者はいま歩みはじめる―高校生活への挑戦』(労働旬報社、1978) (若者とともに生きかたを考えるシリーズ〈1)

『友よ!未来をうたえ〈続〉―日本フィルハーモニー 』(労働旬報社、1977)

『新たな連帯を求めて―現実に迫るルポを』(学習の友社、1978/07)  

『いのち萌え―おかあさん身体がなければよかったね』 (労働旬報社、1979)

 

□1980年代

『なにをみつめて翔ぶのか―沖電気指名解雇をこえて』(労働旬報社、1980)

『この人生に愛なくば―いのちと自立のうた』 (労働旬報社、1981)

『故郷は緑なり』 (1982) (労働旬報社、1982/2)

『ドキュメント・日本航空―国民の翼をめざして (労働旬報社、1982)

『われら熱き日々をいま!―ルポ・青春の群像 』(新日本出版社、1983)

『新世界へ―日本フィルの旅立ち』 (労働旬報社、1984)

『高校生の午後―ある受験生の旅立ち』 (労働旬報社、1984) (青春ライブラリー)

『暮らしのルネッサンス―生活をつくり変える女たち』 (労働旬報社、1984)

『暮らしと女と街づくり―協同のネットワーク』(現代社会を考えるシリーズ (6)) 今崎 暁巳・二宮 厚美共著、労働旬報社、 1986/1)

『お母さんきれいだね』(日本生協連、1986年)

『すてきな出会い―協同する私たち』(全国大学生活協同組合連合会、 1987/7)

『すてきな大学―キャンパスに協同を求めて』 (UNICO BOOKS) (全国大学生活協同組合連合会、1989/1)

『夢を、もっと大きな夢を―東都生協「産直物語」』(富民協会、1989/10

 

□1990年代

『生活ごいっしょに―ふれあいからつながりむすびつきへ』(労働旬報社、 1990/3)

『人生いつも素人―弁護士尾崎陞の挑戦』(シリーズ時代を創る人びと) (あけび書房、1992/12)

『いのちの証言―私は毒ガス弾を埋めました』 (ふきのとう書房、 2006/6)

『北の砦―ルポルタージュ鳥生忠佑と北法律』(日本評論社、 2009/6)

 

テレビ、映画関係・脚本(シナリオ)

テレビ

判決(日本教育テレビ、現在の「テレビ朝日」)にシナリオ作家として参加。

1962年(昭和37年)1016日から1966年(昭和41年)810日に、日本教育テレビ(NET、現・テレビ朝日)で放送されたテレビドラマ。全200回。

 

脚本

「娘たちは風にむかって」(監督: 若杉光夫、配給: ほるぷ 1972)

「あしたの火花」(1977)監督:橘祐典  日本造船機械労働組合と共同映画の提携作品)

「巣立ちのとき 教育は死なず」(脚本・監督はこの作品がデビュー作となる板谷紀之、1981)

「日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」(神山征二郎氏と今崎暁巳さんの共同執筆、監督:神山征二郎、1981)

 

原作

「日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」(1981)

 

スクリプター/記録

「巣立ちのとき 教育は死なず」(1981)

  (以上はこれまで判明したテレビ、映画・脚本、出版物、そのほかです。訂正があればご連絡ください。事務局・飯島信吾)

 

 

  ▽追記   
   今崎暁巳のページ

◇「ある編集者のブログ」より           

「今崎暁巳さん逝く」 10/12/26
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-084c.html

「今崎暁巳さん逝く」Part2 10/12/29
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-0157.html

「今崎暁巳さん逝く」Part3 11/01/07
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/part-01e7.html

今崎暁巳さん(ドキュメンタリー作家)の主な雑誌掲載のルポ・評論集を発見 11/01/22
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-f885.html


今崎暁巳さんのルポ論が残したもの――プロレタリア文学のルポ論を継承するために 11/07/09
http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-802c.html

 

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コメント

大学時代からの心友のひとりだった今崎くんの死は痛恨の極みです。
同じ時代をともに生きてきた人間として、かれの人生の軌跡を、こころの奥深く刻み込んで、よくぞ己が信条をつらぬきとおしたものと称賛の言葉を送りたいと思います。ご冥福をお祈りします。

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