2021年5月 8日 (土)

24万1571アクセスがありました。(2021.05.08)。

>2020年12月14日 (月):23万0402のアクセスがありました(2020.12.14)。

以下が本年の4月でした。
 >21万アクセスがありました(2020.04.05)。

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-93790c.html

 >▽17万のアクセスがありました。 (2018年3月28日 (水))

 >昨年10月22日に以下のような情報を発信しています。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 ▽16万のアクセスがありました。 (17/10/22)

2021年4月28日 (水)

映画『狼をさがして』を観て、「松下竜一 その仕事」を読んだ。

  韓国の女性監督(キム・ミレ監督)が描いた『狼をさがして』(1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビルで時限爆弾が爆発した)を渋谷駅近くで4月上旬に観てから、松下竜一(ドキュメント作家、1937年2月15日 - 2004年6月17日)が書いた本を4冊読み続けた。

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    http://eaajaf.com/

 最初は、『狼煙を見よ 東アジア反日武装戦線“狼"部隊』(河出書房新社、1987年1月)、『怒りていう、逃亡にあらず』(河出書房新社、1993年12月)の2冊を読んだ。同時代に生きたものとして、「なぜ」という気持ちからだった。
 本を読んだあと、それぞれの当事者、映画の主人公:大道寺将司は2017年5月に、泉水博は2020年3月に、作家の松下竜一は2004年6月、それぞれ亡くなっていることを知った。なんと歴史に挑んだ人生の終焉を知らない自分だった。

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 その後、「松下竜一 その仕事」(全巻解説 山口泉、河出書房新社)、全30冊が出版されており、そのうちの2冊:『ルイズ 父に貰いし名は』(講談社、 1982年1月)、『久さん伝 あるアナキストの生涯 』(講談社、 1983年7月)を読んだ。
 前者はアナキスト・大杉栄と伊藤野枝の残した子どもの人生体験、後者は大正時代の「アナ・ボル論争」に登場した大杉の同行者だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E8%AB%96%E4%BA%89

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 松下竜一の最初の本・『豆腐屋の四季』(講談社、1969年4月)は、出版社のアルバイト中に出たことを知って、“無名の人も本になるんだ”と記憶して、後年、ドキュメント・ルポの本とは何かを学ぶために読んでいたが、その後、30冊もの本を書いていた作家だと、今知った(追加で『巻末の記』、河出書房新社、2002年3月)。

 しかし、松下竜一が作家として、「アナキズムに生きた人生」を描いた真意はわかるような気がする。
 出版業界では、「総合書」「文芸書」「人文・社会科学」「医学書」「実用書」「教科書」「児童書」と別れて、それぞれ仕事をしているが、多くの「隠れアナキスト人」の宝庫なのではないかと思う。
 1960年代から出会った業界だが、「自己決定の世界」をそれぞれの分野で突き進んだ著者・編集者が多かった。
 私の先輩の一人も、労働法・労働問題の編集者だったが、1960年代末ごろ、浅草・田原町駅近くに住んでいて「梁山泊」のような労働運動家集団が住むアパートでまじって、生活していた。そこに連れられて行って、アルコールをコップ酒で飲んだシーンを今でも思い出す。(以上、敬称略。出版年は、初版発行を探した)

 

 

2021年4月21日 (水)

SNSを使った双方向の労働運動を――“プラットフォーム”型の新しいユニオン(労働組合)運動づくり

 編集子は、以下のようなページをつくって現代版「日本労働組合期成会」をつくることを夢見ている人間の一人。

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 その先駆けが始まっている。それは川村雅則さん(北海学園大学教授)たちが始めた「プラットフォーム」のページで「労働情報の交流・発信のプロジェクト」は、一つの情報発信の見本です。
 http://roudou-navi.org/

 2019年末に「業種別職種別ユニオン運動」研究会の運営委員会で提案したもの(一部訂正)は以下の通り。やれるところからやり始めてもらいたい。
 ▽但し、このコンセプトを完成する「スキル」は、私にはありません。また動画などの編集は、できません。
 よって「できる人」を配置する必要になります。
 そのファンドも問われます。


SNSを使った双方向の労働運動を。――“プラットフォーム”型の新しいユニオン(労働組合)運動づくり
  あなたが入れる業種別・職種別(産業別)ユニオンへ 

◆基本的コンセプト
 1 情報集積型・複合型・地域型の労働世界の構築。
  
 2 そのツールは、SNSが基本的になる。

 3 名称は:デジタル・ユニオン・ジャパン(DUJ)(仮称)

 4 「TOPページのイメージ」はNHKの「特設サイト バス」だ。
  https://www3.nhk.or.jp/news/special/bus/index.html
 5 基本的な担い手は、青年たちで、女性たちだ。

◆どのようなページをつくるのか
 1 TOPのキャッチコピーは
  「デジタル・ユニオン・ジャパン(DUJ:仮称)に入ろう」

 2 SNSを使った、双方向ツールとして、オープン。

 3 NPO的活用としての「業界分析・仕事の分析」(今野晴貴さんの手法、ベンダー・保育など)
  
   ▽今野晴貴の記事一覧 - 個人 - Yahoo!ニュース

   https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/

 4 青年・女性たちの「ナマの声」、発信、対談、ルポ的表現。

 5 日本全国の「労働」の発信。

 6 木下先生の「勉強のべーじ」(労働講座でのレジュメ、各種資料、媒体提供)

 7 「労働世界の歴史――読んでみよう労働の文献」


◆具体的には、

 1 SNS(twitter、Facebook、Instagram)のユニオン側の発信を見られるようにする。

 2 SNS(twitter、Facebook、Instagram)で働く現場・暮らし・お悩みを表現できる、ようにする。

 3 動画を使って、編集し発信する(藤田さんがやり始めたが)

 4 NEWをつくり出す(若い人向けに――コロナ禍の労働、保育労働、公務行政におけるワーキング・プア、バス労働における現状、建設現場、アニメ現場など)

 5 海外情報での比較(ドイツ、フィンランド、パリの年金スト)。

 

2021年4月14日 (水)

『中小企業労働運動に生きて――個人加盟労組と協同と』(永瀬博忠著)を思い出して

 私としては、編集者として忘れられぬ人がいる。その人は「全国金属労働組合の個人加盟・地域型労働組合活動家でリーダーだった」。その記録(一部だが)を再現したい。名前は「永瀬博忠さん(1941年生まれ)」。二つの論文を書いていただき、1冊の単行本[『中小企業労働運動に生きて――個人加盟労組と協同と』(シーアンドシー出版、 1996年)]を編集している。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#210415nagase

 永瀬さんは1960年半ばに「全国金属板橋地域支部」に加盟し、育て上げ、一時期には750人余までの組合になったこと。
 【個人加盟労働組合運動の事実は、『たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ』(山岸一章著、太郎書店、1967年)で描かれている】
  http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html#tatakaukojinkamei191130

 190821kojinkamai

 その後、《「反独占中小企業擁護論」を主張した後(全国金属板橋地域支部と豊島地域支部が合併し城北地域労組協をつくり)》、労働者協同組合運動に「傾斜していく」(浅見和彦さんによる)ことになった、稀有な体験をした労働組合運動家だ。
 以下の文章は、その研究所:「協同総合研究所」の『協同の発見』誌と組合系パンフレットで書かれたもの。この当時は、高田馬場駅近くにあった研究所事務所では、私も毎週のように立ち寄り、情報交換とそのあとの交流会を楽しんでいた時期だ。
 
 最近、古いHDD(PCの)を整理している中で発見し、3つの文章が今でも読めるのでUPした。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-4.htm#210415nagase


 「加入に際しての決意と問題意識」(永瀬博忠、『協同の発見』、1993年9月、No.18、東埼中小労組書記長、城北地域労協事務局長) 

   「地域労組運動の理論と実践の人・永瀬さんの死を悼む――地域労組からの労働者協同組合の探求」(木下武男、『協同の発見』、1995年10月、No.43)
 「城北地域労組協の運動と永瀬博忠さん」(外谷富二男、1995年10月、No.43)
 永瀬 博忠「二つの山を越えて 大腸・肝臓ガン克服記」(東埼中小労組、城北地域労組「豊島25・板橋30周年合同記念式典報告」(1991年11月)

 研究所以前に私にとっては既知の人物で、2回ほどの原稿を書いていただいている。
 テーマは「個人加盟労働組合の実情はどうなっているのか」「これからどうなるのか」だったが。
 下山房雄さん(九州大学名誉教授)との論争もあったが(中身は忘れましたが)、手元のHDDには残っていないので、国会図書館に行って、フォーローしていきたい。
 「個人加盟産業別地域労組運動の意義」(永瀬 博忠、『賃金と社会保障』、1982-10-25、852号)
 「中小企業の"谷間"からの提案――84年春闘読本 ; 現場から立て直しを考える」(永瀬 博忠『賃金と社会保障』、1983-12-10、879号)

 浅見和彦さん(専修大学教授)の以下の論文でも、以下のようにコメントが付されている。

 「戦後日本の労働組合の組織化戦略と活動――その経過と論点」(浅見和彦、専修経済学論集、42―3、2008年 03月、A5判35p)
   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm#sengonihonososhikika

 《しかしながら、 1968年には、この組織化運動に対して、 「個人加盟および産業別結集」を「機械的に絶対化する画一主義」になる傾向や、 「企業別組合の弱点だけを強調」する「セクト的傾向」があるとする共産党指導部の批判(注29ーー編集子) がおこなわれた。このため、左派潮流の活動家たちに戸惑いを生み出した。例えば、全国金属東京地本板橋地域支部の永瀬博忠は、 「この運動の推進力の1つである、この党が60年代前半の評価を微妙にながら変化させていることがうかがわれ」(注30ーー編集子)ると指摘した。 「階級的民主的強化」論にもとづいた企業別組合の評価の揺り戻しが生じたと見ることができる。
永瀬博忠「個人加盟産業別地域労組運動の意義」 『貸金と社会保障』第852号、 1982年10月下旬号。同『中小企業労働運動に生きて一個人加盟労組と協同と』シーアンドシー出版、 1996年に所収。

《永瀬博忠は、 「反独占中小企業擁護論」を主張した後、労働者協同組合運動-傾斜していく。同「加入に際しての決意と問題意識」 『協同の発見』第18号、 1993年9月号。前掲『中小企業労働運動に生きて』に所収。》

 また友人の長崎紘明論文では「石川啄木試論―郷里の意義と影響」(「山梨医科大学紀要」1995年、第12巻、1-9)
 https://yamanashi.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=776&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

 本稿を畏友永瀬博忠氏に捧げる。永瀬は病室で今年の秋韷(しゅうらく――編集子)を聞いただろうか? 学問を愛し、明治の思想家を尊び、貧しく辛い人達の絶対的な理解者であった。永瀬は人生のモラル、経済のモラルを体現している学者であった。偉大なかくも偉大な現代の思想家を失った事が、日本の貧しく辛い人達の健全な労働意欲を落胆させ荒廃させることにならぬよう祈るぽかりである。頑強な岩盤のような理解者として、崩れゆくモラルを支えていた永瀬の姿は、啄木の姿と同じように極貧に耐えながら時代の要請にこたえている懸命な姿であった。落涙を禁じえない。

2021年3月31日 (水)

『労働組合をつくりかえる』(1988年刊、労働旬報社)を一部復刻しました。

 私は1980年代末まで、労働関係の編集者だったが、これが労働組合運動に関しては、最後の単行本だ。

 木下武男さんが『労働組合とは何か (岩波新書)』を発刊したので、当時の思いを含めて書いておく。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/index.html#210318uniontowa

 

 とにかく「子育て・教育○○社」とみんなから言われる状況の中で、ナショナルセンターの「連合」が総評の負け戦をしないまま、結成されようとしていた状況の下での、「あたりまえの労働組合」ネットワークを創っていこうというメッセージと組織化を願って編集した本だ。

 木下さんがあとがきで“ 五十嵐と木下にとって大学院時代の先生だった中林賢二郎氏は、労働組合組織論の重要性をつねに強調されていた。中林氏は、日本の労働組合運動が後退局面をむかえた七年代後半、「職場の組合員、労働者をいかに思想的に強化するか、という観点のみが重視され」、「労働者の組織化の形態の問題や、既存の労働組合の・・・企業別組織の問題について、十分に考慮しない傾向があった」(『現代労働組合組織論』労働旬報社)と、みずから「自己批判」という言葉をつかいながらそれまでの労働問題研究の反省をされた。

 労働組合の運動論・組織論の発展がもとめられているこの時期に、一九八六年一月、中林先生は亡くなられた。先生の考えをどれだけ受け継ぐことができたか、まったく心もとないが、本書が、研究も立ち遅れ、実践家の関心もあまり高くない運動論・組織論の分野の議論の参考になれば幸いである”と書いているが編集子も同世代で同じ思いだった。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/nakabayasi/nakabayasi-index.html

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 目次と「PARTⅢ 労働組合をつくりかえる 木下武男稿」は下記で読めるようにした。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/index.html#tukurikaru1988

  

 その後、木下さんや手島繁一さん、浅見和彦さんなどが編集に参加した『労働問題実践シリーズ 1から8巻』(大月書店、1990年)もその後、発刊されている。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/index.html#210329hajimeni-mokuji

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 しかし、「団塊の世代」の労働組合運動への参加は、ほとんどメジャーな影響を発揮したとは言えない状況だった(『北大1969――あのころ私たちが求めていたもの』、2020年12月25日、「北大1969」編集委員会編――参照。ここで読む限り、民主主義的で良心的な人たちの多くは、労働組合運動の陣地形成の側に参加した人は少数だ)。

 これは日本型「企業社会」の進展と「豊かな社会」の幻影のもとでの「団結からの疎遠」があったと思う。また「ソ連社会主義社会」の幻滅、「大学紛争疲れ」「連合赤軍事件」などの影響があったと言わざるを得ない。

 はてさて、「現代労働組合」はどうなっていくのか、木下さんには「あだ花」と称された企業別組合の未来はどうなるのか、あと少しは見つめていきたい。

 ▽追記:21.04.03 ◆PARTⅣ「労働者=人間の顔をした労働組合づくり 高橋祐吉稿」をめぐって、学習協の辻岡靖仁氏(故人だが)がUI戦略をめぐって「民主勢力と自称する一部の学者・知識人のあいだで、企業のCI戦略から学び、労働組合のUIを提起する必要性を強調」することを批判している(『季刊・労働者教育』64号、1988年8月)。以下の下山さんのPDFを読んでほしい。
 今言えることは、どうして「審問官的発言」をできるのか。「民主勢力と自称する」とは、いつもの手法だが。

 ▽(2013.07.12)
 私家版:書評『企業社会と労働組合』(高橋祐吉著、労働科学研究所出版部、1989年3月)、下山房雄
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/simoyama/130710takahasibook.pdf

▽『労働組合をつくりかえる――労働組合の選択』――「連合」に行かないあたりまえの労働組合を(木下武男・黒川俊雄・永山利和・高橋祐吉・五十嵐仁ほか。労働旬報社、19883月)。

 

 

2021年3月19日 (金)

『労働組合とは何か』(岩波新書、木下武男著)、刊行されました。

  これまでの「木下武男のページ」のTOPページをリニューアルしました。
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/index.html

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 最新刊:『労働組合とは何か』(木下武男著、岩波新書で発刊)、2021年3月19日、刊行。

      ▽目次へ。


 ◆主な共著・「業種別職種別ユニオン」研究会づくり。
 『闘わなければ社会は壊れる: 〈対決と創造〉の労働・福祉運動論』(岩波書店、2019年6月26日)今野晴貴、藤田孝典、渡辺寛人、宮田惟史、後藤道夫、木下武男、佐々木隆治
 ▽5 年功賃金から職種別賃金・最賃制システムへの転換――新しい賃金運動をめざして ……………木下武男
『nyx(ニュクス)』 第3号、◆特集「働き方改革」、「マルクス・エンゲルスの労働組合論」 木下武男(労働社会学者/元昭和女子大学教授)
 ◆発売  2016年11月10日発行
 ◆書店注文は堀之内出版
 『建設独占を揺がした139日―関西生コン闘争が切り拓く労働運動の新しい波』、木下武男・丸山茂樹樹著、変革のアソシエ、2011年4月
 『関西地区生コン支部労働運動50年-その闘いの軌跡 共生・協同を求めて1965~2015  他人の痛みを己の痛みとする関生労働運動 』、「産業別労働運動」を日本で切り開いた連帯労組関西生コン支部、木下武男、2015年10月17 日。出版:全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部、「関西地区生コン支部50年誌」編纂委員会編、発売:社会評論社、本体3500円+税、2015年7月
 『最低賃金 1500円がつくる仕事と暮らし』(大月書店、2018年10月15日)、後藤道夫、中澤秀一、木下武男、今野晴貴、福祉国家構想研究会 編
 ▽第3章 最低賃金の歴史と思想(日本の労働運動と最低賃金闘争/ 最低賃金制とナショナル・ミニマム論/ 政党・労組・論壇は、最低賃金をどう見ているのか?):木下武男
 『月刊社会民主』(社会民主党、2020年9月、No.784)
 ▽新型コロナ問題をめぐる労働運動の課題 木下武男
 「業種別職種別ユニオン運動」研究会 が発足しました。
 ・と き 2017年6月15日 午後6時半から
 ・ところ 台東一丁目区民館第一集会室
  ▽「業種別職種別ユニオン運動」研究会の課題と役割=木下武男(『労働法律旬報』、2017年7月下旬号、1892号、発行日 2017年7月25日、旬報社)
 『労働、社会保障政策の転換を 反貧困への提言』(岩波書店ブックレット、 2009年1月9日)、遠藤公嗣、河添誠、木下武男、後藤道夫、小谷野毅、今野晴貴、田端博邦、布川日佐史、本田由紀
 ▽進む労働破壊と貧困化のなかで,若者が置かれた厳しい現状を変革していくための具体的な政策提言。『労働ビックバン 女性の仕事・賃金』(中野麻美、森ます美、木下武男編、青木書店、1998年10月1日)
 ▽「労働運動フェミニズム」と女性の連帯組織 木下武男
 ◇「関生支部の闘いとユニオン運動」
 ◇戦後における日本型労働運動=企業別労働組合衰退の根本原因、『格差社会にいどむユニオン―21世紀労働運動原論』 (木下武男著、花伝社、2007年09月)
 ◇木下武男著『格差社会にいどむユニオン―21世紀労働運動原論』・書評の論点より。

2021年3月10日 (水)

『輝いて、しなやかに――物語 男女差別裁判の40年』の著作権者を教えて。

 今、手元に1冊の「1960年代からの女性労働者の闘い」を描いた本がある。なんとかHPにUPしたいと思って、著作権者を探している。

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 本のタイトルは、『輝いて、しなやかに――物語 男女差別裁判の40年』だ。
 著者は「中西 英治(なかにし えいじ)」さん。
 
 本の奥付では、以下の通り。
 1941年広島市生まれ 3歳のとき原子爆弾被爆
 1964年明治大学文学部(ドイツ文学専攻)卒、全商工労組書記
 1973年 赤旗編集局
 2002年よりフリージャーナリスト
 版元は新日本出版社で、「2002年4月20日 初版」の本だ。

 出版社の宣伝文では、「差別なく働きたい!」 人間の平等を求めて、裁判に立ち上がった女性たちの闘いは、連なり広がってゆく。孤独から連帯へ、女性史に新しい光をあてた感動のドラマ。『しんぶん赤旗』連載に加筆したもの、と書かれている。

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 編集子は10年ほど前から「現代労働組合研究会のページ」を立ち上げ、あたりまえの労働組合・労働者の闘い・運動の歴史、労働問題・労働法・社会政策・協同組合学会などで活躍した個人の業績、労働問題・労働組合運動のBOOK紹介などをWEBとして発表してきた。
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/union-top.html

 その中で「女性労働の闘いの歴史」をUPしたいと思っていた。

 個人としては1970年代中葉の婦人労働問題研究会の編集に参加し、1980年代に東京労働争議研究会の中での「日産・中本さん」「東洋鋼鈑・立中さん」の闘いについて取材してきた。しかしその後は、他の分野の編集をしてきて、縁が薄かった。
 そこで古い友人の上田裕子さん(現代ルポルタージュ研究会)にまとまった本がないか相談したら、本書を推薦してもらった。
 その後、共産党の本部、新日本出版社に連絡したら「教えられない」といわれ、そのまま中断したままだ。
 ご連絡先をご存じの方がいれば、メールください。
 sin_ryo11731アットyahoo.co.jp(アットを@)

2021年3月 2日 (火)

埼玉県内で一番古いワーカーズコレクティブといわれている「リフォーム いと」。

 東武スカイツリー線草加駅から歩いて5~6分ほどのところにある。

  〒340-0015

  草加市高砂2-18-39 山本ビル302 TEL 048-927-7714

  http://www.ito-workers.com/index.html

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 この宣伝文では「お店兼作業場を開いて来年で30年」と書かれていますが、20周年を記念して冊子が発行されており、HPづくり(インターネット事業団の仕事:31)では苦心をしてページを制作した記憶がある。

 http://www.ito-workers.com/20nensi.html

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 一時期は、洋品店などのリフォーム対応をしていた時期もあるようですが、今は個人のリクエスト(母親の着物や洋服などから)や簡単な袖・裾直し・ウエスト直しにも希望を聞いて、リフォームしているようです。

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 何か、「もったいない」洋服を今風にデザインしてもらうことがあれば、ご相談を。

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 2015年以降からの展示会のご案内

  http://www.ito-workers.com/tenjikai.html

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2021年2月27日 (土)

「子産みの歴史」を収録した1冊の自分史をいただいた。

   古い知人の上田裕子さんから1冊の本を送っていただいた。すべて読んでいたわけではないが、「子産みの歴史」は記憶がある。

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 とにかく1970年代中葉に中央労働学院で出会った学生が中心となった「現代ルポルタージュ研究会」の歴史をベースとした本づくり。それも娘さんたちが企画・制作したようだ。喜寿のプレゼントとしては、「自分史ブーム」の中でも、最先端の企画だと思う。よかったですね。

 2021年2月4日
 現代ルポ研のみなさま
 コロナ感染症の拡大で、ご不自由な毎日をお過ごしのことと存じます。
二人の娘が、私の喜寿を祝して私が「たたかいのポルタージュ」に掲載し
た過去の作品を1冊にまとめてくれましたので、送らせていただきます。
 1979年(36歳)から2011年(68歳)までの間に書いた15本の作品ですが、働いていた総合商社での小さな、ある意味でほ、大きなたたかいの記録です。とくに「子産みの歴史」は私自身も子育てをし、保育運動にも参加しながら書いた作品ですので、拙いながらも愛着のあるものです。
 また「ソーゴーショウシヤ」と「高度経済成長を駆け抜けて、いま」は、それまでは女性労働者に目を向けていましたが、過労死をする同期の人がでたりするなかで、男性労働者にも目を向けたものです。

 私は1943年3月28日生まれですから、昨年の3月に喜寿を迎えたのですが、共働きの二人の娘は多忙を極めており、完成が年を越してしまいました。2020年という私の喜寿の年は悲しいことが続いて、いったい、喜寿とは何なのかと思っていましたが、最後に嬉しい贈り物が届きました。それが、この本です。

 すでに一度はお読み戴いたものをまとめただけですが、眠る前の睡眠薬代わりにお読みいただければ嬉しいです。

 コロナに負けず、お元気な日々でありますよう、祈念しております。

                             上田裕子

2021年2月25日 (木)

「こしがや宿のお弁当~江戸時代のもてなし料理から~」を新発売!

 今日(2021年2月24日)は、急遽、「キッチンとまと」(ワーカーズコレクティブ、越谷市)が新開発した「こしがや宿のお弁当~江戸時代のもてなし料理から~」をみなさんへのお弁当として届けるから、写真を撮ってほしいと要請され、蒲生の調理場に行ってきた。
   http://www.kitchentomato-workers.com/index.html

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 10年ほど前に「協同まつり in こしがや―ささやかな「寄る辺」崩れる地域で」を行ったところだ。
   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/shigotookoshi/hinode.html


 このお弁当は、駒崎美佐子さん代表の「こしがや地域ネットワーク13」が開発し、「キッチンとまと」が再現した弁当だそうだ。
 現場の写真には、丁寧に煮込んだ小松菜、ゴボウ、越谷産のネギでつくったお惣菜やうなぎ(宮崎産)などでつくられ、彩りもさまざまで食欲がそそられる出来栄えだった。

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 代表の須長コウさんによると「昨日に仕込みをやり、今日は朝6時半から出てきて調理した」というがんばりだ。日常的な弁当量より倍近い注文があり(写真の作業工程も2往復、行ない)、9時半には売れ切れて、電話で「もう品切れなの」とうれしい悲鳴を何回も上げながら、その後の注文を断った現場があった。
「江戸時代のもてなし料理」の弁当の表紙には「しらこばと」が描かれ、中身は 以下の通りの説明があった。
 赤飯    良質のもち米が収穫される
 ネギごつた 郷土料理。越谷ネギは甘くて荷崩れしない良質の高級ブランドとして知られる。
 鴨     宮内庁のご猟場がある
 うなぎ   かつてはうなぎ・鯉・ナマズ等川魚が名物
 玉みそ田楽 昔農家は自家製味噌を作ったことから味喝たまりをつかう料理があり、たまりはかば焼きのたれ等にも活用。
 膾(なます〉 魚の生ものと野菜を酢で和えたもの。もてなし料理には欠かせなかつた。
 小松菜の山吹和え かつては養鶏が盛んだったことから卵と地場産の青物を組み合わせた。
 キスの天ぶら キスは「鱚」(喜魚)と書くところから、大名の食卓に欠かせない縁起のいい魚とされていた。
 次回以降は、10食ほどで1食700円で制作していくとのこと。コロナ禍の下で「 みなさんの集いがあった場合、ご注文をお待ちします」と須長代表から一言。
 ◆キッチンとまと
 〒343-0841
 越谷市蒲生東町18-13
 日の出商店街
 TEL O48-987-8088
 FAX O48-987-8088
 日替わり弁当のご注文は、当日午前10時まで。

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 駒崎さんがデザインしていただいたお弁当の表紙の左下にある写真は、「越谷かるた」だ。越谷市内の小学生がこぞって、総合体育館などで「勝負」している姿が報道されていて、市内にお孫さんやお子さんを持つ人たちには、人気があるもの。ここでも「地元密着型」弁当になっている。

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