2019年4月14日 (日)

映画「『津久井やまゆり園事件』が問いかけたものは…」の上映会を開きました。

 

 ▽追記(2019.04.16

 映画会の1時間前に「予告」を観て、これは大変、と思ったので、だれもが予告を観てと思ったしだい。

 自分たちは「生きているぞ」と叫ぶアナウンスのために。

 

 

   先日(2019412日)、NPO障害者の職場参加をすすめる会(越谷市)が主催して、映画「『津久井やまゆり園事件』が問いかけたものは…」の上映会を開かれました。山下浩志さんのFacebookで速報として発信されています。(19.04.13 AM1200

  https://www.facebook.com/hoiroshi.yamashita/posts/2072314269503869

 

   感想を一言、話した者として、以下のように映画「『津久井やまゆり園事件』が問いかけたものは…」のページを(「世一緒のページ」)UPしました、

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/syokubasanka/190412yamayurien.html

  ――「共に働く街を拓くべんきょう会」第53

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 越谷市内で上映会。半数以上が障害者でした。澤則雄(監督)のFacebookより。

 ドキュメンタリー映画 「生きるのに理由はいるの? 「津久井やまゆり園事件」――予告動画 。

   <資料>衆議院議長に宛てた植松被告の「手紙」全文

 ドキュメンタリー映画 「生きるのに理由はいるの? 「津久井やまゆり園事件」――上映会を主催希望の方へ。

 映画「生きるのに理由はいるの?」―「津久井やまゆり園事件」を議論するために。<柏井 宏之(共生型経済推進フォーラム/共同連)(2019 2 26日)

 津久井やまゆり園の事件とその日の絵日記の旅―分けられた教育・労働・福祉と「すったもんだ」の地域(作成日時 : 2016/07/29 23:57)。

 津久井やまゆり園の事件―「障害者のためのインフラ整備」の背後で問われる「異なる他者」――共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す。(NPO障害者の職場参加をすすめる会。山下浩志事務局長のブログより)。( 作成日時 : 2016/08/03 00:24

 

2019年4月 5日 (金)

「たたかいのルポルタージュ 第16号」(追悼 柳澤明朗)を発行。

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▽ 申し込みは下記へ

頒 価 600円(税込み)(郵送費別)

 〒3020011

 茨城県取手市井野44171 西村 方 

 Eメール::infonishimuraichirou.com

  

 ▽編集後記

 

 1978年に発足した現代ルポルタージュ研究会は、同人誌として『たたかいのルポルタージュ』を発行してきた。しかし、2011年に15号を出してから、何回か次号をとの声の上がったときもあったが、メンバーの高齢化もあって原稿が集まらずしばらく休んでいた。

 それでも今回は、永年にわたり当研究会の顧問をしていただいた柳澤明朗さんの死去にともない、1周忌の頃となる5月に「柳澤明朗さんと共に歩む会」を主催しようとなり、それにあわせて16号を出すことになった。

 そのため4月には完成させることにし、そこから逆算して201810月、12月、20192月の3回合評会を開き、それぞれの作品を持ち寄って活発に意見交換させてもらった。

 こうして完成させたいくつもの作品を、飯島信吾さんの協力で《1部》「編集者として、家族として ・追悼 柳澤明朗さん」《2部》「いま・ここに――『ルポの力』」に編集してやっと形になった。

 

 柳澤明朗さんの教えの1つは、ルポルタージュの書き手として、社会の動きに正面から向きあい、そこにある事実を書き続けることである。当ルポ研は沖電気争議団と一緒に歩んできたこともあり、「安心して人間らしく働ける職場を目指して」は、沖争議の貴重な闘いが今も継続していることを明らかにしている。

 一人でも多くの方に16号を読んでいただき、柳澤明朗さんと同行二人する方が増え、ルポルタージュの世界がさらに広がることにつながれば幸いである。(西村一郎)

 

 

 ▽目次

 

 《1部》 編集者として、家族として・追悼 柳澤明朗さん             

 

 同行二人~これからも柳澤明朗さんと共に~ 西村一郎 

 自らの「生」を生ききった父と母   柳澤史樹  

  ◇柳澤明朗さんのアルバム             

 柳澤明朗さん ありがとうございました 藤村記一郎 

 われらの先輩・柳さんを偲んで    石井次雄  

 孫からのお礼            柳澤清香  

 子どもたちに「平和を!」の人生   横田 静  

 灯のこころを大切に         平野好英  

 柳澤さんの想い出          加茂和子  

 柳澤さん、ありがとうございます   上田裕子  

 柳さんが書き残したメッセージ    飯島信吾  

  ◇柳澤明朗さんの主な編集・企画した出版物    

 

 《2部》 いま・ここに――「ルポの力」             

 

 だれもが人として尊重され、人として生き、

 人として働きたい=非正規社員との歩み= 相原幸雄   

 被災地・南相馬で共に生きる        西村一郎  

 「住み慣れた地域で最期まで自分らしく」の試み 小川 緑 

 書き残すことの大切さ 私とベトナム物語 小松みゆき 

 「お墓にひなんします」~続く原発関連自殺~ 西村一郎  

 「反骨の島」と風力発電          西 正和

 

518日(土)に「柳澤明朗さんと共に歩む会」を開催。

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/yanagisawa/yanagisawa-index.htm

・日時 2019年5月18日(土)14時から16時頃

・会場 池袋 日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会会議室:下の地図参照

   〒170-0013東京都豊島区東池袋1丁目443池袋ISPタマビル8

・会費 11,000円(柳澤明朗さん特集のある現代ルポルタージュ研究会編集『たたかいのルポルタージュ16号』込み)――会場でいただきます。

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2019年4月 3日 (水)

「水辺の市」(越谷市)が「ちいき新聞」(越谷市北越谷版)で紹介される。

同紙は越谷市内を中心に配布されている地域のパブリシティ・コミュニケーション紙(北越谷版、201945日付、38947部発行)

https://chiikinews.co.jp/service/area/koshigayashi/

 ほっとできる地域の憩いの場 

 ゆるやかな雰囲気が魅力

 「越谷・水辺の市」

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 見晴らしの良いウッドデッキで行われる。人気の品は午前中で売り切れることも。

 次回開催/49日(火)午前10時~午後3時 ※雨天の場合は第3火曜(416日)に順延。

・場所/葛西用水ウッドデッキ(越谷市役所東側)

・問い合わせ/TEL09042034936 越谷にぎわいの会(須長)

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/index.html

 

2019年3月27日 (水)

「五十嵐仁のページ」を更新しました。

(法政大学名誉教授・法政大学大原社会問題研究所元所長)


 


2018年――講演・報告など、(1) 著書、(2)論攷・インタビュー・談話・講演記録など(19本)、(3)講演・報告など(53回)、(4)発言・街頭演説・スピーチ・あいさつなど(18回)


http://e-kyodo.sakura.ne.jp/igarashi/kouen.htm


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以下、論攷など。


http://e-kyodo.sakura.ne.jp/igarashi/ronkou.htm


安倍異常政権の深層を衝く――3選されても嵐の中の船出となった安倍首相、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟、治安維持法と現代』2018年秋季号


国民の支持なき安倍政権――暗雲漂う3選後の船出、社会主義協会が発行する『研究資料』                      39号、201811月号


臨時国会と安倍改憲阻止の展望と課題、北海道憲法改悪反対共同センター学習交流                      集会での講演の記録で、北海道経済研究所発行の『北海道経済』592号、201811月号


戦後世界秩序の激変の下で混迷深める安倍外交、市民の意見30の会発行の『市民の意見』171号、201812月1日付


本気の共闘で改憲阻止・安倍政権打倒をめざそう――2019年の政治展望と革新懇、『全国革新懇ユース』第405号、201812月・2019年1月合併号


改憲を阻止し安倍首相に引導を渡す年に――2019年の情勢と課題、『学習の友』785号、2019年1月号               


「平成」時代の総括とこれからの日本――2019年の情勢と課題、東京土建一般労働組合『けんせつ』第2286号、2019年1月1日付


コメント:『しんぶん赤旗』24日付の記事「政治考」に掲載


「日刊ゲンダイなどへのコメント集」[「五十嵐仁の転生仁語」、1011日~315日]

2019年3月23日 (土)

高卒青年労働者が担った「高度成長期」の「職場の主人公づくり」――日立労働者群

 以下の文章は、「現代労働組合研究会のページ」《13/11/25+12/02》に書いたものだが、《沖電気・浅利さんのたたかいへの「柳(やな)さん」のコメント》(2019年2月26日 (火))で紹介した続きで読んでほしい。


 3冊目は、『明日へのうた――語りつぐ日立争議』(戸塚章介、大月書店、200112月)

 著者の戸塚さん(1937年生まれ、元毎日新聞労組・新聞労連出身、元東京都労働委員会労働者委員)は、現在でもブログ「明日へのうた――労働運動は社会の米・野菜・肉だ。」で健筆を振るっている。

 http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765

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 本書の日立争議の主人公たちは「残業拒否解雇事件の田中秀幸。中研賃金昇格差別事件の一二人。男女差別事件の五人。東京賃金昇格差別事件の四人。愛知賃金昇格差別事件の三人。茨城賃金昇格差別事件の一七人。提訴外で共同要求団に加わった三二人。茨城関連会社賃金昇格差別事件の四人。関連会社の提訴外者五人。合計八一人(男女差別事件の五人中二人は中研事件と重複)」だ。

 前出の浅利正さんも『民主文学』(19927月号)で「日立・田中裁判のあとさき」(同書所収)を描いている。


 日立争議団の皆さんがどのような人たちなのか、本書では、本文中にカッコ内に出身学校を明記している。第1章「青春」、第2章「活動」から順に拾ってみた。

 「中川進悟(都立北豊島工業高校卒)、塩沢正夫(都立中野工業高校卒)、日立工業専門学校、大川武宏(国分寺市立中学卒)、技能者養成所、日立武蔵女子高等学園、佐竹光生(愛知県立岡崎工業高校機械赤卒業)、永井孝二(中卒、日立工業専修学校)、赤川博(北海道立穂別高等学校卒)、渡部則男(北海道立下川高校普通科卒)、馬場豊彦(福島県立平工業高校卒)、宮尾則伸(都立本所工業高校卒)、中村治郎(福島県立川俣高校機械科卒)、斉藤久男(埼玉県立秩父農工高校卒)、植木日出男(兵庫県立龍野実業高校電気科卒)、大内健次(茨城県立大子第一高等学校卒)、堀啓一(山形県立酒田工業高校卒)、堀口暁子(都立武蔵高校卒)、酒井清志(長野県立長野工業高校卒)、高野勝義(埼玉県立熊谷工業高校卒)、鈴木正彦(中卒、日立工業専修学校)、真坂秀男(秋田県立矢島高等学校卒)、飯田武(日専校卒)、青田正芳(福島県立相馬高等学校卒)、井川昭雄(長崎県立長崎工業高校卒)」と。


 日本の大企業は、高度成長期に全国の農村部(都市郊外エリアも含めて)から優秀な子弟を北から南から集めて、資本蓄積(会社規模の巨大化、グローバル産業としての対外進出の原資)と大量生産・大量消費の担い手を培ってきた。

 その企業社会の変化・発展がひきおこす矛盾を一身に受けた世代が、上記に書かれた労働者階級の面々なのだ。だから戦後2回目の資本の苛烈なる攻撃を受けた、当事者だった。

 最後のインフォーマル組織による組合活動家差別事件で、現在もたたかっている明治乳業労働者の姿と、まったく共通するものだ。


 「インフォーマル組織の過去・未来」のページ

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/informal.htm

 明治乳業争議団員リポート記


 また「日本の農村に貧困化がなくなった」と書かれた岩波新書『戦後史』(中村政則著、20057月)が描いた時代の前の出身者なのだ。

 その後の「受験社会・競争社会の主人公」として人生を出発し、大学生17パーセントの「団塊の世代」の「高度消費社会」を受容し、企業社会への埋没する人生観とは、根本が違っていた。

  文部科学省 進学率/年度大学生数推移

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 本書では、このように語られている。

 「日立争議団の多くは、一九四〇年から四五年、昭和でいうと一五年から二〇年の間に生まれている。一九四五年は日本がポツダム宣言を受諾し、連合軍側に無条件降伏した年である。これで第二次世界大戦は終息した。戦争が終わった後の数年間に生まれた世代は、成長して「団塊の世代」と呼ばれるようになったが、日立争議団はそれよりさらに若干さかのぼった世代である。

 日立争議団の多くは戦争の末期に誕生し、幼年期を戦後の混乱とひもじさの中で過ごした。戦争は彼らの両親のような庶民の家庭生活を圧迫し破壊すると同時に、民主主義と個人尊重の思想を根こそぎ否定した。生活の破壊と民主主義の否定は戦争という同じ根っこから発生している。争議団員たちは幼年期に戦時体験をした最後の世代として、民主主義と個人尊重恩想の大切さを幼い頭に刻みつけて育った。

 そして彼らは教育基本法に基づいた新しい教育制度の下で小学校に入学する。四七年三月に公布された教育基本法は、前文・第一条で教育の目標を「民主的・平和的人間像」においた。さらに、教育の機会均等(第三条)、教育行政における不当な支配の排除(第一○条)を明記した。これは主権在民をうたった新憲法の精神であり、民主主義の徹底と個人の尊重を何よりも大切にしたものであった。後に日立争議団を形成することになる彼ら少年少女たちは戦後民主教育の躍動期の中で学び、「民主主義と平和」「個人の尊重」の思想を心に根づかせて学校を卒業した」


 社会運動史・労働組合運動史の側面から、また会社(資本)の側の苛烈なる攻撃対象になっていった背景を、次のように語っている。

 「六〇年安保闘争は、日本の大企業にとつても彼らなりに学ばされることが多かった。戦後急激に昂揚した労働運動は、二・一ゼネストの挫折、松川・三鷹などの謀略事件、レッドパージ、大型争議の鎮圧などであらかた沈静化した。労働運動の指導組織も「産別(会議―編集子)」が崩壊し、五〇年の総評誕生に見られるように反共的労使協調型労働組合が主導権を掘った。経営者たちはほっと一息ついていた。

 そこへ降って湧いたような六〇年安保闘争だ。息の根を止めたと思った労働運動が政治闘争化して復活した。なかでも経営者たちを震え上がらせたのが、大企業で働く青年労働者たちの台頭だった。青年労働者は高度経済成長を支える大量生産・大量消費の担い手だ。彼らが労働組合に理想を求め運動を活発化させるのは大企業の経営者にとって死活問題に思えた。

 大企業の経営者は青年労働者を労働運動に駆り立てている元凶は、日本共産党とその青年組織の民主青年同盟 (民青)だと決めつけた。共産党・民青の影響力を労働組合や職場活動から排除することが労使関係の安定、ひいては企業の繁栄につながると考えた。この大企業経営者の不安に悪乗りして、共産党・民青を今にも会社をつぶし暴力革命を企てる赤鬼集団のように描き出す反共グループや労務屋が横行した。どこの会社でも競って彼らが主催する反共講座等に人を送った。そしてますます共産党・民青に対する恐怖心と敵愾心を植えつけられて帰ってきた。それは実態がデフォルメ(対象を変形・歪曲して表現すること――編集子)された虚像だったが(中略)。


 本書は、高度成長期、その後の社会変化の中で、一人ひとりの社会変革への願い、職場の民主化、賃金・労働条件への同権化へむけた取り組みと、会社のさまざまな「隔離・差別政策」・解雇攻撃、男女差別政策とたたかい、長期にわたる争議を経て、20009月に和解した姿を描いている。

日本航空で「勇気をもって闘った」――小倉寛太郎さんに続いた人物(土井清著)

  以下の文章は、「現代労働組合研究会のページ」《13/11/25+12/02》に書いたものだが、《沖電気・浅利さんのたたかいへの「柳(やな)さん」のコメント》(2019年2月26日 (火))で紹介した続きで読んでほしい。

 

   2冊目は『俺たちの翼――巨大企業と闘った労働者の勇気と団結』(土井清著、文芸社、20034月)

 本書は、日本航空に入社し、「長時間労働に反対し、職場の人間関係における対等性をもとめ、会社側の一方的で恣意的命令・仕事はずしなどとたたかい、みずからの人生と労働組合の意味を描いた本」である。

 土井さん(1935年生まれ)は高卒後、社会の矛盾に気がつき、人間の尊厳を目指した姿を「【『沈まぬ太陽』が話題になったとき、日航労組は結成五〇年を迎える】という題して、「私の生涯の中で、四〇年前に、不当配転で強いられた釧路の生活がなければ、この歳になって高度経済成長下の企業とはなんであったのか、という問題を真剣に考えることもなかったかも知れない。もちろん労使関係について、若いころから自分なりに考えたり、日航労組の仲間たちと議論も交わしてきた。しかし自分の半生を通じて、改めてこれらの問題について考えてみようという気持ちになったのは、釧路の辛い体験が心に焼きついていたからだ。定年になって職場を退いた後、私は組合活動の経験を生かして、賃金差別撤回闘争に関連した裁判や争議の支援を続けている。その中で私が常に耳にし、また常に自分に向かって眩いてきた言葉がある。

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 「企業とは一体なんだ? 人間の可能性を破壊していくところなのか?」

 「これはわれわれ高度経済成長の時代に生きた世代に共通した難問にほかならない。しかし、実際に自分たちが生きた時代がどういうものであったのかを把握するには、自分の体験を想起しながら答えを探っても、そう簡単にできることではない。抽象的な世界を具体化して理解することは、それほどたやすいことではない。まして戦後日本という時代背景が加わると、きわめて複雑な様相をはらんでくる。

 私がそんなもどかしさを感じているとき、日本航空を舞台にした山崎豊子さんの小説『沈まぬ太陽』の連載が『週刊新潮』で始まった。一九九五年一月のことである。企業戦士の左遷がひとつのテーマとなった作品だったので、私はまるで自分のことのようにこの小説をむさぼり読んだ。小説の記述の中に、四〇年前の日本航空と自分の姿を探そうとしたのだ」と綴っている。

 前書きでは、土井さんがおかれた位置(数多くの同時代に生きた労働者・サラリーマンの仲間)を次のように描いている。

 「日航労組が政界・財界の猛攻を受けた一九六〇年代から七〇年代にかけて、実は他の大企業でも同じことが起こっていた。具体的な名前を挙げるなら、東京電力、雪印乳業、日立製作所、明治乳業、石川島播磨、凸版印刷など。まず労働組合活動への 「インフォーマル」組織を使っての介入、組合の乗っ取り、それに屈しない者に対する貸金・昇格差別、解雇、それに配転などが労働者の上に襲いかかったのだ。これに抗して地道な反撃が開始された。そしてその闘いは現在まで続いているものもある。」

 本書の柱立ては、つぎのとおりである。

 目 次

 前書き

 第1章 わが心の釧路

 第2章 消えていった海岸線

 第3章 小倉執行部の輝き

 第4章 嵐の前夜

 第5章 隔離政策

 第6章 配転事件の全面勝利

 第7章 Nの謀略

 第8章 労働運動の攻勢

 第9章 賃金差別撤回闘争に勝利

 第10章 二人の経営者

 第11章 高木社長の膿罪

 終 章 高度経済成長の光と影…

 後書き

 土井さんは「本書『俺たちの翼』は、多くの飛行機好きの仲間が日本航空に入社し、真面目に働き、低い労働条件の向上のために立ち上がった仲間たちの闘いの物語です。しかし巨大企業はその労働者たちを分断し、差別し、隔離し、苛めつくしました。でも私たちはその攻撃に負けることなく、労働組合に結集して普通に、元気に生きてきました。」と書いて本書を締めている。

 編集子がびっくりしたのは、「第7章 Nの謀略」だ。巨大企業における労働スパイとしての謀略か! 映画のワン・シーみたいだ。

2019年3月22日 (金)

19万のアクセスがありました。

昨年3月28日(水)に以下のような情報を発信しています。
 今後ともよろしくお願いいたします。
▽17万のアクセスがありました。 18/03/28

2019年3月13日 (水)

写真で見る「水辺の市 2019年03月12日(火)の風景」をUPしました。

  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/mizubenoiti/190312mizubenoiti.html

 

 

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  晴天に恵まれたこの日。少し暖かいのはいいし、ノリのいい音楽でアンコールの声も大きく響いたタンク☆ポップさんの野外ミニライブ。

〈セットリスト〉

 1

 ・お水のテーマ

 ・越谷の葱

 ・冷たい風

 ・never for get

 ・てくてく

 ・金のなまず

 

 特別ミニライブ

 ・越谷の葱

 ・元気玉

 2

 ・key person

 ・わっしょい

 ・道

 ・恋はポップコーン

 ・旅立ちの唄

 ▽今月の「ファン集合!」

 ▽髙橋越谷市長さんからもご挨拶!

せんげん台世一緒(障害者就労移行支援事業所)の利用者のみなさんで、手作り小物、無農薬野菜などを販売。(出店者を募集しております。参加は自由です) 

「べしみグループ」はこの日も手作り小物やパンなどの「販売講習」をしました。

 ▼毎週火曜日に出店している「春日部・内牧の“農の達人”:鈴木」さん。

 ▼instagramで発信している「ピカぽん商店」さん

安心して横になって、もみほぐしていただいた後の「よかった」感じが出ています。

 ▼「みうら健康カイロ」さん 

手作りの「ヨモギ餅」を始め、春を呼ぶお花を持ってきました、と語りかけてくれました。

 ▼「色季クラブ」さん(松伏町の生活クラブ組合員さん)。 

今月もきれいに咲いた「小さな花」群を出品して、春の気分を呼ぶ空気を醸し出しています。▽細かい名札で名前を表示しています。 

 ▼「ピコティ」さん 

いつでもおいしい新鮮な野菜の販売をして、好評です。

 ▼「キッチンとまと」(ワーカーズコレクティブ)さん

 ▼NPO法人さいたまNPOセンター越谷事務所さん

恒例の出店者の姿と味自慢の品々、たしかな一品が、お客さんの安心を呼ぶようですね。

 ▼「お茶のみすゞ園」さん/▼「花畑さん」――私も毎週、火曜日にお店を出しています。/▼イシザキフーズさん/▼「にじさんぽ」さん/▼「万(よろず)屋」さん/▼「むらさき屋」さん/▼「お手玉屋」さんのみなさん。/▼取材に訪れた「地域新聞社」の記者さんをパチリと1枚。

◆出店の申し込みは、下記へどうぞ(越谷市内の企業・団体・個人以外の参加もフリーです)

    E-mail  : shokuba@deluxe.ocn.ne.jp  (世一緒事務所)

    TEL&FAX  :048-975-8636(須長) 

2019年2月26日 (火)

沖電気・浅利さんのたたかいへの「柳(やな)さん」のコメント

 以下の文章は、「現代労働組合研究会のページ」《13/11/25+12/02》に書いたものだが、昨日書いた「たたかいのルポルタージュ 第16号」の紹介した続きで読んでほしい。

   

    http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/16-b577.html

 

 

 

 ◇電気、日本航空、日立における人間の尊厳のたたかい 

――1970年代から1980年代の労働組合運動をになった世代[大企業組合の現状を知るための情報―2]、PDF版としてUP

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-3.htm#okidenki

 

 このサイト(「現代労働組合研究会のページ」)では東京争議団、千代田総行動(のちに東京総行動)、総評全金の北辰電機などにかかわった人たちと労働組合を紹介してきた。

 今回は社会の矛盾を肌身で感じて社会運動としての労働組合運動をになった人たちの本を3冊、ご案内する。

 

 1冊目は『たたかいと愛と、これからも――短編小説とルポでつづるふたりの五十年』(浅利勝美・浅利正著、一粒書房、20134月)

 

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 197811月、沖電気で起こった会社側の「企業競争に勝ち残れない」と、従業員の一割にあたる1500名の首切り合理化とつづく指名解雇事件があった。

 当時の状況を今崎暁巳さんは『何をみつめて跳ぶのか――沖電気指名解雇をこえて』(労働旬報社、1980年)で、「血の入れ替えを行おうとする会社の姿とその若き労働者への指名解雇の姿」を描いた。

 浅利正さん(1959年秋田県角館高校定時制卒)は職場の中から、争議を支援したことから仕事を干され、「仕事を取りもどす訴え」を東京都労働委員会に起こし、3年余にわたるたたかいで仕事を取り戻した。

 みずからもルポとして「小さな背中で見つづけたもの」などを書いている(初出は下記のルポ同人誌、本書所収)。

 

 さらに浅利さんは“1978年秋、中央労働学院の「ルポルタージュ教室」に学んだ。その時の主任講師が今崎暁巳先生だった。その年の11月、私が勤める沖電気が大量の指名解雇を強行した。今崎教室の受講生で沖電気争議団の事務所を訪問取材し、教室終了後も勉強を続けようと「現代ルポルタージュ研究会」を設立。機関誌創刊号で「特集沖電気争議」を”発行し、同人メンバーと現在『たたかいのルポルタージュ』を15号(2011年)まで発行し続けている。

 

 同誌の13号に浅利さんは「定年退職の日」(同書所収)を書き、そのあとがきに、私の大先輩の文が掲載されている。

 

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 筆者の「柳さん」は、先に紹介した『たたかいのルポルタージュ』編集長として尽力し、高度情報社会・大量消費社会・企業社会に振り回されない生き方を創造するために、文化・コミュニティ・人間としての絆づくりの視点から、一人ひとりに分け隔てなく、さまざまな編集プラン・企画・構成を語りつづけていた。

 

人間を人間らしく扱え・まともな労働を

柳沢 明朗

 

 いわゆる「一人争議」として、このことを主張して差別され続けた浅利さんが、節を曲げずに誇り高い労働者の働き方を掲げきって定年退職を迎えた。人間の尊厳、人格の尊重を根底にすえた近代社会の人間関係、働き方、職場や労使関係を提起した労働人生の完結だった。

 二〇世紀の価値観を時代と企業社会に打ちつづけた技術者・労働者魂を尊敬せざるを得ない。

 退職の日に出会う元同志。仲人もしたという同志が〝裏切り″代価として得た出世。その管理者との出会いを淡々と描く退職の日に「ご苦労さん」と涙が滲んだ。なんという人生の違いだろうか。小倉さん〔小倉寛太郎=「沈まぬ太陽」のモデル〕の場合も、働き手を分断していく資本の悪しき衝動の手先が登場するが、酷似した事実に怒りが湧く。

 共通した点をもう一つみた。狂気のような異常な外地たらい回しの先々で、人の絆を作りサバンナクラブなどで、仕事を起こしていく小倉さん。同じく流罪先の職場での「仕事をしないことが仕事」の仕打ちのなかで、技術者魂を発揮して、独学で身につけたパソコンを駆使して基板設計実績データの整備をする浅利さん。その五年が誇りだという。次の担当者に引き継ぐときの「浅利さんは天才だ」という継承者のコトバが、自己の技術・労働の主人公となって創造した働き方の評価を示す場面でうれしい。

 小倉、浅利、松謙さん〔沖電気争議団事務局次長〕の三人の姿は、人生丸ごとをかけて、企業社会の論理に人間の論理を打ち込み、対峠したものだといえよう。これこそ、西ルポがいうように「近代の普遍的価値である人間の尊厳」の実現への挑戦にほかならない。

 もともと「おれたちは奴隷ではない。人間だ」という権利主張が団結の土台だ、労働運動だと、いわれ信じてきていた。英国で「組合を裏切ったことがあるか」と問われた、破廉恥な犯罪者が「オレはそれほどの悪人じゃねえ」といったという話を授業のなかで聞かされた。

 この燃えるような権利感情に打たれて生涯を労働法を商売にして食ってきた。だから三人の生涯、価値観に感動し、励まされる。

 仲間とともに生きる三人の人生・存在がなかったら、これらの問題提起や考え方、価値観が観念論、卓上の空想、願望になってしまうところだった。幸いなことに私は、夢のように描いていた労働法、労働運動が持つ役割、機能を手にしたり、見たりできた。しかも、誇るべき友人として、わが人生の価値の証として持つことができた。その継承のための価値の発見・確認と表現が今回の特集号の質ではないか。

 沖電気争議の特集で出発し、ともにルポし記録し続けたこの雑誌だからこそできることだと思うし、何よりの浅利さんへの記念号だと思う次第だ。(元労働旬報社社長・「現代ルポルタージュ研究会」顧問)

(『たたかいのルポルタージュ』一三号「あとがき」 二〇〇〇年三月)

 

 ▽追加(2013.12.06

  柳澤明朗のページ

 

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/yanagisawa/yanagisawa-index.htm

 

 

 

 

 特筆すべきことに『たたかいと愛と、これからも』は、前半が浅利勝美さん自身の生活リアリズムにもとづく、「短編小説集」だ。

 あるページに「職場のなかでのたたかい、裁判、そして経済的苦労とさまざまあったが、子育てのうえでの苦労があまりなかったのは幸せなことだった」と書いてあった。

 イクメンと呼ばれる時代には、まったく不向きな男たちの姿も描かれている。

 私が書いておきたいと思った、「1960年代から社会変革をめざした、一人の生活者の人間として女性としての姿」も随所に描かれている。ぜひ御一読を

2019年2月23日 (土)

柳澤明朗さんの追悼を含む「たたかいのルポルタージュ」第16号を編集中。

1週間ほどかかって、A5版・128ページ(本文14Qの2段組み)の会報(「たたかいのルポルタージュ」第16号、現代ルポルタージュ研究会編)のDTP作業を行った。

 私が1970年前後から20数年ほど所属した出版社時代の社長さん、「柳澤明朗・労働旬報社社長」の追悼文(201945日逝去)を含んだ号になっている。

 「柳(やな)さん」は1934(昭和9)年生まれで、早稲田大学大学院労働法ゼミを終了して、のちにベストセラーの『どぶ川学級』『教育は死なず』『日フィル3部作』を企画した編集者であり、60歳定年後は「ぞうれっしゃの合唱団づくり」などで全国を回っていた。

 その足跡を残しておきたいと「現代ルポルタージュ研究会」のメンバーが企画して、発行することになった。

 4月上旬までには、出版できるのではないか。その時が来たら、お知らせします。

 

 

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  ◇たたかいのルポルタージュ 第16号/目次

 

《1部》 編集者として、家族として
    ・追悼 柳澤明朗さん 
 
 同行二人~これからも柳澤明朗さんと共に~ 西村一郎   八
 自らの「生」を生ききった父と母   柳澤史樹  二一
  ◇柳澤明朗さんのアルバム           二九
 柳澤明朗さん ありがとうございました
                   藤村記一郎 三七
 われらの先輩・柳さんを偲んで    石井次雄  三九
 孫からのお礼            柳澤清香  四二
 子どもたちに「平和を!」の人生   横田 静  四六
 灯のこころを大切に         平野好英  四七
 柳澤さんの想い出          加茂和子  四九
 柳澤さん、ありがとうございます   上田裕子  五一

 柳さんが書き残したメッセージ    飯島信吾  五三
  ◇柳澤明朗さんの主な編集・企画した出版物   五九 

 

《2部》 いま・ここに――「ルポの力」 

 だれもが人として尊重され、人として生き、
 人として働きたい=非正規社員との歩み=   相原幸雄   六四        
 被災地・南相馬で共に生きる         西村一郎       七七
 「住み慣れた地域で最期まで自分らしく」の試み小川 緑 九二
 書き残すことの大切さ  私とベトナム物語    小松みゆき 一〇三
 「お墓にひなんします」~続く原発関連自殺~ 西村一郎  一一四
 「反骨の島」と風力発電            西 正和  一二四

 

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