2023年12月10日 (日)

ホームページが見られない。「さくらNET」からのメッセージ。

   この2~3日間、こちらが編集しているページに、添付のような画像が出てくる。
プロとして対応する以前に「さくらNET」の側の設定をクリアしなければならないようだ。

2~3日間、電話相談を待って対応したい。

 

231210sakura1

 

2023年12月 8日 (金)

茫然自失の事態 西村一郎さん(元生協総合研究所研究員)が亡くなった

  2023年12月7日(木)午後、友人の連れ合いさんからのショートメール(SMS)での突然の訃報に茫然自失(ぼうぜんじしつ)した。
   その友人からは、11月28日(火)の夕方、スマホに電話があり「自分が書いた本3冊とエッセイ(同人誌に書いた)1本」を読み込んで、「なぜ自分がルポを書いてきたか、1冊に編集してほしい」と言われた。

  231208nishimurabook


 その前日に、同人誌の前代表のUさんから「余命1か月」とメールが入っていたので、こちらにこのような要請が来たのか、と覚悟した。
 この時話したのは「食事はとれていますか」と聞くことで、精一杯だった。
 翌日(29日)、神田神保町近くにある出版社に電話して、社長さんに面会して、本とテキストデータをいただきに向かった。
 ご本人から、TELが入っていて用件はすぐに完了したが、「本から著者の意思を書き出して編集できますかね」とプロらしい考えを話してくれたが、「こちらも読みこんでどうなるか、やってみます」と帰宅。
 私も初めての経験なので、3冊を2日間で読み込んでみながら、イメージ・レジュメをつくって、DTP作業を進めてみた。アンコ(テーマの)になる部分を引き出して、大きな見出しを大幅に変えて、全体の起承転結の流れを作って作業をした。
30日(木)に娘さんから「プロフィール」がメールで送られてきたが、ご本人からは病院にパソコンをもっていってないので、と電話があった。
 さて1日から4日まで、編集・DTP作業をして、全4部構成の本文の内、3部までできたので、12月5日(火)に前代表と巣鴨駅ビルのタリーズコーヒーで会って、経過を報告して、A案・B案の説明をして、合意をして進めようと話し合った。
 このとき「ふと、この数日間ショートメールにも返信がない」と話したので二人とも「心配だ」と思わず声を出していた。
 6日(水)の午後に、自宅に「企画提案書」と「四六判・300p分の仮ゲラ」を宅急便で送ってみた。
 こちらにとっては、怒涛のような1週間だったが、あまりにも早い。
 しかし、私より若く、生協運動のなかで70代の今日まで40冊の単行本を書いている人なので、「よくがんばったぞ」とはなむけの言葉にしたい。

▽2023年12月6日(水)、彼に送ったレジュメ案(2案)。

 ❖西村一郎さんへ(元生協総合研究所研究員)

 1 以下、ご判断を。
 2 どちらにしても、
  はしがき(吹き込んでもらって、上田さんへ送ってください)
 3 本書の題名を決めてください。
  →ご希望や意見などのために、封筒を入れておきます。

 ❖Aプラン
 各地の生協の事業と実践をフォローしたいのなら、全文1冊にまとめる。
 1 A5判・480ページぐらいか
 2 300部、自主出版
 3 タイトル案「私のルポ街道」(仮題)

「同行二人」『生協の道 現場からのメッセージ』『沖縄恩納村 サンゴまん中の協同』『広島・被爆ハマユウの祈』

 ❖Bプラン
 西村さんの「依頼」について、私なりに考えてみました。
 四六判 300p
 予算内で部数を作る。
 基本は自主出版。


 「第一部 私がルポを書き続けられたわけ
  ――同行二人・これからも柳澤明朗さんと共に

 ・はじめに
一 母千枝さんに手を引かれ
 千枝さんの教育
 人生を短歌で綴り
 二 妻節子さんとの歩み
二人の赤い糸
 父親と家庭への憧れ
 家族をつないだ「ぞうれっしゃがやってきた」
 家族で歌った「ぞうれっしゃがやってきた」
・おわりに
 「私の残日録」


第2部 生協で生きてルポを書き続けたこと
 はじめに
一  生協とはなにもの
 生協の事実
 協同は人類の英知
 協同組合の原点
 これからもご一緒に
  私が生協を働き書き込んできたこと
 社会や生協の捉え方
 コロナとの共存
 生協のこれから
二 次の時代への手がかり
 子どもや孫に同じ職場で働かせたいか?
 働くことに関する問題意識は
 働くとは
 協同組合における働きがい
 職員の働き方をより高める
 協同を大切にする働き
三 種子法廃止とこれからの日本の農業を考える
 生協の目的
 種子法廃止とこれからの日本の農業を考える
 種子法廃止の背景と影響
 生協にも影響する農の変化
四 生協産直を考える
 生協のとらえ方
 産直のとらえ方
 プラットフォームとは
 五方よしの生協産直を
五 生協の産直と生産者への期待
 私の問題意識
 生協は今
 生協産直は
 生産者への期待
六 生協と地域づくり
     ――組合員リーダーの役割は
 青森県生協連
 被災地における地域づくり
 生協法と地域づくり
 地域の諸問題
 健康な地域づくりのすすめ
 生協の事例
 医療福祉生協の地域づくり
 地域づくりを進めるために
七 今一度、「生協と生協人のあり方」を考える
 シンポジウムの開催
 いずみ問題とは
 生協における働き方は
 問われた課題
八 ドラッカーとフランクルの思想も生協に
 組織のマネジメントを通して人々の幸せを願ったドラッカー
 心理面から個人の幸福を願ったフランクル
九 生協らしさを考える
 生協らしさを考える
 連帯組織のさらなる役割発揮
 多様な意見交換
十 コロナと生協を考える1 中長期の見通しも
 生協へのコロナの影響
 コロナへの対応
 中長期の見通しを
十一 コロナと生協を考える2 原点の再確認
 広島県生協連
 パルシステムグループ
 日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会
おわりに
 資料 「生協は今」の全リスト

第3部 「平和への希求」と未来を拓く「生協の産直」
一 被爆ハマユウの祈り 
 1 被爆ハマユウ
 ①ハマユウ
 ②原爆の下で
 ③ハマユウを比治山へ運んだ尾島良平さん
 ④被爆ハマユウ
 2 被爆ハマユウの祈り
 ①戦争や被爆の事実を知る
 ②社会構造の理解
 ③各自にできることからの取り組み
 ④被爆ハマユウと共に
  あとがき
二 恩納村(沖縄)のネットワークづくり
 1 モズクでつながる
 第四回恩納村コープサンゴの森連絡会総会
 協同がよりよい社会を築く
 恩納村漁協と井ゲタ竹内の協同
 生協と恩納村漁協と井ゲタ竹内との協同
 生協とは
 生協しまねと恩納村のモズクの関わり
 2 サンゴでつながる
 サンゴとは
 サンゴの再生
 サンゴの父
 恩納村漁協青年部
 恩納村漁協の教訓と生協への期待
 3 サンゴ再生の教訓を地域の活性化へ
 恩納村と生協と恩納村漁協と井ゲタ竹内の協同
 恩納村コープサンゴの森連絡会
 4 おわりに
 協同は人類の英知
 モズクとサンゴによるいくつもの協同の素晴らしさ
 協同の力で地域おこし
 協同組合の原点
 サンゴまん中の協同のさらなる発展に向けて
 5 あとがき
 
第4部 生協人からの“伝言„
 一 死んだはずの命を生協で燃やし  高橋忠信さん
 敗戦後の海戦
 東大農学部生協の職員になって
 大学生協の共済をスタート
 若い生協人への伝言
 二 自らに内在する伸びゆく力を信じ  横関武さん
 内在する伸びゆく力を信じよ
 生協への目を開かせた賀川豊彦・涌井安太郎・能勢克男
 刹那主義でなく自らの希望を持って
 これからの生協や役職員への期待
 三 ヒューマンケアを大切にする生協へ  野尻武敏さん
 機雷除去
 生協との関わり
 賀川豊彦の教え
 賀川理論をより発展させ
 ヒューマンケアを大切にする生協へ
 原爆の炎の下で
 四 生協は国民の権利と平和を守るとりでに  岩佐幹三さん
 原爆の炎の下で
 生い立ち
 生協への期待
 五 食と農と平和にこだわって  宮村光重さん
 力耕吾を欺かず
 生活協同組合論の講座
 原点にこだわる東都生協めざし
 食糧運動をたおやかに
 六 平和とよりよい生活のために 斎藤嘉璋さん、下山保さん
 生協の歴史から戦争と平和を学ぶ
 私の「戦争と平和」
 七 楽しくなければ生協ではない  大藏律子さん
 協同と自由の大切さを学び
 地域の中で育む協同
 政治の分野でも
 町内福祉村
 八 友愛にもとづく協同社会を  野原敏雄さん
 笑みの生前葬(想)
 貧困と病弱をのりこえ学問を
 同思想の原理の友愛
 研究者と同時に実践家
 続く協同組合研究
 九 平和と暮らしのために  高橋晴雄さん
 仙台空襲をくぐり抜け
 大学生協の改革へ
 たすけあい共済
 組合員と生協をつなぐ組合員の声(一言カード)活動
 十 命・健康・平和を求め  謝花悦子さん
 伊江島へ
 「わびあいの里」を訪ねて
 伊江島生協
 謝花悦子さんの歩みと願い
 十一 生協で大切にした生活者目線を地域社会にも  立川百恵さん
 六〇年代の大学生活・七〇年代の子育て
 えひめ生協の設立
 一万人の組合員で迎えた一〇周年
 組合員参加の適正規模
 十二 生協における働き方を考え続け  兵藤釗さん
 生い立ち
 東大生協の理事長に

 生協での働き方を研今究

 

2023年12月 4日 (月)

要 宏輝さんの(元連合大阪副会長、「連合のトピックス」)を紹介したい。

 新ページを作りたい(要 宏輝(元連合大阪副会長、「連合のトピックス」)と立候補したのですが、自らの手でオープンされました。
  http://kaname.news.coocan.jp/?fbclid=IwAR3yYaTL7wHi1zQ_UG-wRAaUZ2OFPA6NAFUEGbdDnx8XmeRMiLJh5Y6xc0E

 私の「現代労働組合研究会のページ」の出発期から、以下にリンクしています。
 ●2012年04月18日:「Windows95」以前の労働組合史《その3》

 7 私たちの労働組合運動史論・あれこれ  
 連合よ、正しく強かれ――「連合」労働運動の過去・現在・未来  要 宏輝(元連合大阪副会長)
     http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/120225roudoukumiaiundousi.htm

  私は、これまで以下のページを制作しています。

 「要宏輝の関生型運動論」のページ2018.10.25

   http://e-union.sakura.ne.jp/kaname/index.html

2023年11月28日 (火)

「だけだけ」の労働組合運動からの脱却を。

 X(旧twitter)を読んでいると「そごう・西武労組(連合傘下)のストライキ」から激励されて、医療系の職場でストライキを闘っている(全労連傘下)というレポートを読んでいる。

 「だけだけ」の運動では労働者のやる気が起こらないことは、「総評時代」を体験した人間として、言える。

 中西五洲さん(全日自労)などの反主流派の総評大会(1970年代~1980年代)での発言も、他者(主流派)の中で演説したから有効だった。

  東京争議団運動も、統一行動の論理を基盤として、県評・地区労に参加している自治労、国労、全金などの皆さんと「倒産争議」「首切り争議」「会社乗っ取り争議」「女性の年齢別解雇」を許さないと闘ってきた。

 ▽小林雅之著――「品川地域を原点として――青春とロマン 私が歩んだ労働組合運動」――(東京公務公共一般労働組合副委員長小林 雅之、「私が歩んだ労働組合運動編集委員会編集・発行 目黒区鷹番3-1-1 石田ビル302目黒労協内、2017年11月1日)
 http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html#shinagawa231105

《争議組合は総評運動の一大行動部隊だった》  

 小林 そうですね。当時の争議は、職場から出された失業者軍団とか労働運動の非正規軍だなどと、ひがんだ考えではなくて、むしろ日本労働運動の精鋭部隊なんだという誇りさえ抱いて闘えた時代だったからかもしれません。争議団が集まると自由闊達に、労働運動論を夜を徹して議論したりもしましたよ。もちろん争議団ですから「ご支援お願いします」と頭を下げて歩き、感謝の気持ちはいつもありましたが、だからといって決して争議団は傍流だ、正規軍じゃないなどと言う、遠慮とか卑屈さは全くありませんでした。

 加えて、東京争議団共闘には当時クビきり千人、差別千人もいましたから、総評や産別運動のなかでも一大行動部隊だったんです。これほど機動力を持つ部隊は当時といえども、そうそうなかったでしょう。平日昼間いつでも緊急動員できる力があるんですから、そりゃ総評や地評にすれば、こんな便利な動員部隊だから、それなりに扱ってくれましたよ。ある時、自由法曹団の坂本修弁護士から電話があって、「小林さん、明日あたり民事執行法が通りそうなんだ、何とか集めてほしい」って。何人くらいですかと聞けば、二百人くらいだつて。そんなの無茶だよ、なんて言いながら、実際急遽それぐらいは集めて国会へ押しかけることができた。
 薬害や水俣闘争など、幅広い運動領域へも力を注ぐことをした。当時の争議団共闘は、行動力だけでなく、レーニン・トロツキーの戦術論や戦前の解放運動などの議論を深めたりしながら、思想も高く磨いていこうとした、そんな運動集団だったように思います。

《政治的潮流の違いで排除をしない団結方針》
 小林 いま大事だったなと思うことは、組合組織は常に潮流が違うことに確執をぶつけあってきた歴史がありますから、私が事務局長になったときの就任挨拶では、『争議に潮流間問題を持ち込まないこと』を厳しく訴えました。当時は、今もそうでしょうが、争議団・争議組合は、産別や政党別に色分けされ、何かと排斥の目に遭う、辛い体験を背負っていました。『争議共闘に政治的潮流の違いを優先させれば争議を狭める』。これが私たち争議運動の基礎にある団結思想でした。新左翼系といわれた日立系列の争議団が、日立争議共闘から排除され、そのために東京争議団にも入れないで、御用組合からも攻撃されながら長期の解雇闘争を闘っていた。あるとき争議共闘に加えて貰えないかと、当時事務局長だった私に訴えてきたことがありました。
 「日共、日共と言われるとイラつく、という連中が受け入れてくれない」というのです。「それならなら、手始めにその昔い方変えたら」と提案しました。「そんなことで良いんですか」きょとんとして訊ねるので、「思想変えてまで共闘したいと思わないでしょう。互いに傷付けないよう気を配りながら運動だけは一緒にやれば充分だよね」
 この説明に納得がいったようで、暫くして彼らは日立共闘の仲間入りを果たし、東京争議団へも加盟してきました。日立争議で最大勢力のカコ労組が支援を開始し、それまで仲が良いとは言えなかった同じ日立争議の人たちも支援を広げてくれた。この争議団は力もあったし、一気に勝利していった。
 いろんな傾向の地方争議でも僕らは交流を深め、相互支援した。地方にも出かける力量もあった。全金大阪のある支部が自主生産で倒産争議を闘っていた。毛沢東派を自認するほどに、彼らの拠点だった。そこへ東京争議団の渡辺清次郎議長(故人)と事務局長の小林が尋ねた。大阪争議団共闘から、「危ない、行くのだけはやめときなはれ」、しきりに止めたが気にせず訪問した。確かに凄かった。まるで戦場の砦そのものに、塀の周囲は鉄槍の忍び返し、門衛は松明を燃やして完全武装されている。
 「日共宮本修正主義粉砕」と大看板が表に掲げられ、事務所には毛沢東のでかい写真が飾られていた。私たちは「東京では争議運動に政治信条の違いを持ち込まないでやってきた」と率直な意見交換をしました。
 二度日に訪れたときに、野外の大看板は外されていた。毛沢東の室内写真は飾ってありましたけどね。
 大阪争議団は、「どないになっとるん?」と不思議がられました。のちに東京争議団OB会でも「お前さんのときは色とりどりだったねえ」と言われました。当時、「要求の一敦が団結の大原則なんて決まりきったドグマだけで、統一が広げられると考えるのは観念論だ」とよく議論しました。要求や考えが少々違っていたっていい。まずは行動を共にする団結の仕方だってあると。もともと僕ら争議団にはそうした思想が根底にありました。
 最近の市民運動と野党共闘の新しい統一戦線のあり方を見ても、要求の完全一致が無くても、共に支援行動することを重視していけば、やがてより高い次元の統一闘争への発展も可能になる。この捉え方はいまや国民レベルの確信になっていますよね。争議運動の歴史は随分早くからこのことを実践してきたといえます。
 総行動方式を編み出された時代に争議組合が果たした役割は実に大きいものがありました。単に行動力だけでなく、戦略的行動や戦術展開を、われわれは開けても暮れても議論した。また研究者や法律家、労働運動家を幅広く集めた『争議研究会』を長年開いてきました。多くの争議事例について理論と実践面から分析して、研究成果に残す刊行も行ってきました。実践面の問題についても争議団相互で厳しい論争が展開されました。当時の総評や地評また各単産組織に向けても厳しい評価をやったものでした。そうした切磋琢磨をしながら、当時の争議組合争議団は運動論としても高い水準を獲得していけたと思います。

  今再び、労働組合運動のルネッサンスをめざして、次の世代と一緒に運動を進める時代だと思う。

      http://e-union.sakura.ne.jp/tokyo-sougidan/index.html

230503kenpousyuukai2

 

2023年11月19日 (日)

明治乳業争議に「産業別ユニオン」の旗を。

 11月17日(金)、午前中、雨の中を北千住駅東口駅前の「ピーくんカフェ 北千住店」(ここは昔風の喫茶店で150席を超える大型カフェ!なので、打ち合わせをするのに心地いい場所。20年以上前からここで人に会っている)でお二人の方に会ってきた。

  231118kitasenjyu


 二人は「日本一長い労働争議」をたたかう明治乳業争議を支援している、千葉県労連のMさん、食品一般ユニオンのSさん。
 私がブログやHPで「明治乳業のインフォーマル組織を操る資本とのたたかい」などを書いてきたので、意見を聞きたいということだった。
 ◇2012年10月 3日 (水):明治乳業のインフォーマル組織がフォーマル組織のTOPへ―インフォーマル組織物語Ⅶ
   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e225.html
 

 ▽「インフォーマル組織とは何か あたり前の労働組合を」のページに。

   http://e-union.sakura.ne.jp/union/informal.html#20180605meiji

 ◆〔5〕明治乳業争議を支援する会

   http://kotayan.seesaa.net/

   記事内検索「インフォーマル組織」

 明治乳業のインフォーマル組織を操る資本とのたたかい  (PDF)

 明治乳業争議団員リポート記 (PDF)

 〔5-2〕必見! 倉内節子弁護士講演「不当労働行為と闘った30年――明治乳業事件から最近の労働問題まで」

  ◇2016年2月28日 (日):明治乳業争議――戸塚章夫さんの【検証・都労委「明治乳業事件」】読み終えて
  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-1b16.html


 お二人のテーマ・話題は「インフォーマル組織と旧統一協会」が一つだったが、こちらは『旬刊社会通信』を紹介して(本誌は岩井章さんと向坂逸郎さんの系譜で、「社会主義協会」なのか不明なのだが、最近の「旧統一教会、富士政治大学、連合・天野会長につながる諸問題」を論説している分析)から話した。

 231116sasukomi1

 結論は、故ジャーナリスト・青木慧さんが『タカ派知識人』(汐文社、1983年11月)書いているように、『サスコミ』を発行した部隊は、旧統一協会ではなく、民社研や富士政治大学などと同根のメンバー(著名なのは◆気賀健三・慶応大学、吉田忠雄・明治大学、加藤寛・慶応大学など。今、テレビなどにウクライナ戦争で出てくる女性研究者もその系譜)。

 221118syakaitusin_20231119184701
 ◇「マインドコントロール(洗脳)の社会ーー自民党・旧統一教会・日本会議・松下政経塾・富士政治大学・連合」、山下俊幸(旬刊社会通信、社会通信社発行人=滝野忠、NO.1373、2022年12月1日号)
 http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/mokuji.html

 

   二つ目のテーマは「明治乳業争議の解決に向けて」が中心だった。
 1980年代~90年代の状況を分析するために、いくつかの「国労や明るくする会・争議団の動向」を話した。

 ◆国労の破壊と総評の解散→連合の誕生
 ◆革新政党員の多くは、「思想信条差別」解決路線で終焉→東電、関電など。IHI(石川島造船)はその後「基幹労組」を立ち上げたが無力化。
   ◆ネッスル日本→ヨーロッパ社会憲章の流れの中で、全労連の枠組みで「解決」

         ◆欧州社会憲章

           https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%86%B2%E7%AB%A0

 ◆沖電気争議→団体交渉抜きで「解決」。→「電機情報ユニオン」埼玉に最近、「定年者」が参加。
 ◆日本航空→第2組合に存在した三桁の「M青」の自然喪失。

 ◆全逓→郵産労との統一についての私見――ユニオン長崎・中島義雄
 ◆全国金属→JMIUへ(テーマ化した組織はなし)

   
 明治乳業争議団は、1980年代に東京争議団運動に参加して、初めて労働組合運動のテーマとして直面して、前者のパターンにならなかった。
 ただし「レーニン主義者は新しい組合をつくらない」というインフォーマル組織の論理の枠内で運動していたので「袋小路」に入ったままなのではないか、「政党内ではタブー」であったし、いくつか運動内で取材した経験を話してみて、こちらは大胆に「明治乳業」で働く数万人と言われる「非正規労働者」のなかに「産業別ユニオンの旗を掲げて」、団体交渉にはいる事が解決の道ではないか、と自論を聞いてもらった。
 また「60数名の争議団メンバーの中で、すでに24名の方がお亡くなりになっている」状況で定年後の「厚生年金」でも差別をつけられ、日本国憲法13条の「幸福追求権」「個人の尊厳」まで犯され続けている。
社会的に「遺族年金訴訟(各自1000万円に及ぶ賃金差別がある)で、亡くなった労働者家族の生活と基本的人権を擁護するたたかいをおこすことを考えてほしい」「明治乳業本社前で女性たちの声を発してほしい」など、要請した。
 ⅯさんもSさんも怪訝な顔をしていたが、地域社会における新しい変化には女性たちが中心になっている話を地元での体験を話した。
 さて実践部隊は、どんな方向に向かうのか。要は「争議解決」のためにも、過去の「一企業一組合論」ではないことが、時代の要請ではないか。
 【参考】「日本的労使関係と大企業の労働組合――1 戦後日本の労働組合運動と組織の概観、2 ある大企業での実践 石川島播磨とトヨタ自動車(関連企業)の事例、桜井善行稿」――『労働運動の新たな地平 労働者・労働組合の組織化』(中村浩爾・寺間誠治編、かもがわ出版 2015年08月)
  http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-atarimae-2.html#231105zousen-toyota

 160710roudouundouno_21
 ◆〔4〕アンドルー・ゴードン著、二村一夫訳 『日本労使関係史~1853-2010』(元法政大学大原社会問題研究所所長・法政大学名誉教授)の「第11章 日本型労使関係のヘゲモニー」(434p-437p・PDF版)の部分を読んでほしい。(PDF版)

 インフォーマル組織は、「裏返しのレーニン主義」の母国であった、と書いてある。
 「インフォーマル・グループ」とは、共産党の組合内派閥集団である「細胞」をお手本にしてつくられた組合内組織であった。ただし経営側と対立する存在ではなく、会社に支援され会社と協調する集団であった。レーニン主義が政治的に目覚めた前衛分子によって大衆をリードし社会主義革命へと導く戦略であるなら、戦後日本は「鏡の国のアリス」ならぬ「鏡の国のレーニン主義」、 「裏返しのレーニン主義」の母国であった。インフォーマル・グループは、革命とは反対方向へ大衆を導くことを目指した前衛組織である。組合潰しだけがこのお話のすべてではない。インフォーマル・グループに属する者は、採用、昇進、昇給、あるいは仕事の配分、さらには作業長といった監督者への選抜に際し有利な扱いを受けたのである。他方で、戦闘的な活動家は差別的に処遇された。だが日本鋼管だけでなく他社でも、労使関係を安定させ生産性を向上させるには、こうした強硬路線だけでは不十分であった。 1950年代から70年代まで、企業経営者とその同盟者である協調的な労働組合内「会社派」は、従業員の支持獲得の上で大きな成果をあげた。そのための諸方策こそ、ある意味で「日本的労使関係」の核心をなしている。

 ▽Mさんからのメール
 ★これからの闘争はインターネット作戦である。
 ★ 明治乳業はなぜ、労働組合を立ちあげなかったのか。
 ★ヨーロッパは、社会憲章が進んでいる。イジメ、差別など、EUをめざしたたかう必要がある
 ★ 明治乳業のたたかい、なぜ、非正規労働者の要求でたたかわないいのか、何人いるのか、何パーセントか、そこに依拠した運動に発展させる。賃金差別、年金差別、家族の被害を訴えないのか。今の明治乳業のたたかいには、要求闘争がない。
 ★ 産業別労働組合の視点がない。明治社前行動を見ると、男ばかりが演説している。男が出ると女が引っ込む、年配者が出ると若者が引っ込む、これを改善する必要がある。
 ★ 日本は、人脈社会で動いている。 
 ★ 勝利の方程式は、産業別労働組合の結成である。
 ★ 多くの資料、ありがとうございます。

 

 

2023年11月16日 (木)

最近の「早川征一郎のページ」(法政大学名誉教授、法政大学大原社会問題研究所名誉研究員)の主な更新。

231116burogu

 

 

 

2023.11.16:最新の更新
「非正規地方公務員=会計年度任用職員制度の抜本的改善を!」(早川征一郎稿、『日本労働研究雑誌』、202310月号、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT))

 231116hiseikitop    

2021.07.07更新
『回想 戦後大原社会問題研究所雑誌の歩み』(ワーキング・ペーパー、法政大学大原社会問題研究所、20213月、早川征一郎著)

2021.06.27更新
[読書ノート]非正規地方公務員=会計年度任用職員制度はなぜ問題か?―上林陽治著『非正規公務員のリアル―欺瞞の会計年度任用職員制度』(日本評論社、2021/2/24)を読んで=早川征一郎(『労働法律旬報』No.198620210625日号)

2020.11.02更新
「『日本労働年鑑』(第1集~第90集)の時期区分について、『年鑑』第90集,創刊100年を記念して」、早川 征一郎、(【特集】第90集刊行記念『日本労働年鑑』の歩み『大原社会問題研究所雑誌』、 202011月、745号)

「地域手当(国公地場賃金化)と地方公務員賃金、地域経済」、 早川征一郎(法政大学名誉教授)、自治労連・地方自治問題研究機機構『季刊自治と分権』、特集 地域経済と自治体の役割、第66号(20171月刊)

2020.06.22更新
社会問題の「解決」と大原社会問題研究所の調査・研究」について、 早川 征一郎(法政大学名誉教授)――研究所創立100周年に寄せて、<巻頭言>『社会政策』(社会政策学会誌、201911月、通巻第33号、ミネルヴァ書房)

2020.06.20更新
「佐方さんにお世話になって」、 (『ひたすら生きて――佐方信一 ある日ある時』早川征一郎、法政大学名誉教授・大原社会問題研究所名誉研究員、佐方三千枝編、旬報社、2020315日)

2023年11月 2日 (木)

28万0174件になりました(2023年11月2日(木))。

アクセス件数、28万0174件になりました(2023年11月2日(木))。

2023年10月28日 (土)

「木下武男のページ」(元昭和女子大学、労働社会学者)をリニューアルしました。

 20220729日(固定)
労働組合とは何か』のページを新設
(木下武男著、岩波新書で発刊)、2021年319日、刊行。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/kinoshita/index.html

 

20220320日(固定)

最新刊:労働組合とは何か』(木下武男著、岩波新書で発刊)、2021年319日、刊行。▽「はじめに」へ。 ▽目次へ。

20220729日(固定)

労働組合とは何か』のページに追加――【第二部】(つづき)課題が見えている「者の(木下武男著、岩波新書で発刊)、2021年319日、刊行。

20210605

藤美奈子さんの書評:「ユニオンは下層労働者が貧困からはい上がるための武器」――『週刊朝日』(2021611日号)(木下武男著:『労働組合とは何か』、岩波新書)書評で紹介!

  231026kinoshitatop

20231025

▽ご案『日本人の賃金』 (木下武男著、平凡社、1999820日、新書判)

20231023

後、高度成長、際化の中の女性・女性の運動 木下武男稿」『現代日本社論 後史から現代を30章』(渡治編、労働旬報社、199645日、A5判、675p+索引16p) 

20230916

労働運動フェミニズム」と女性の連組織 (労働ビッグバンと女の仕事・賃金』、 木下武男稿、木書店、199810) 

20231023

「日本の男女差別賃金と同一労働同一賃金原則」 (『ジェンダー白書2 女性と労働』、北九州市立男女共同参画センター“ムーブ”編、明石書店、2004325日、A5判)

20210328

労働組合をつくりかえる――労働組合の選 「PARTⅢ 労働組合をつくりかえる」(PDFでめます)――「連合」に行かないあたりまえの労働組合を(木下武男・川俊雄・永山利和・高橋祐吉・五十嵐仁ほか。労働旬報社、19883月)。

20231025

『組合運動の新展開 労働問題実践シリーズ 6――組合分裂・組織破とインフォーマル組織(木下武男稿、大月書店、19901214日、A5判)

20231023

労働組合運動の高揚と停像 木下武男稿」 『現代日本社論 後史から現代を30章』(渡治編、労働旬報社、1996年4月5日、A5判、675p+索引16p) 

20230722

 「現代の労働」と労働者協同組合法の法制化、木下武男(法政大学講師)、『仕事の発見』(1998年1月号 NO.25、発行:日本労協連、編集:シーアンドシー出版)
「中西五洲さんへのエール」(木下武男 稿――『理想社会への近道 わたしの資本主義改革論』、中西五洲著、同時代社、2005年1月)

20210320

◇戦後における日本型労働運動=企業別労働組合衰退の根本原因、『格差社にいどむユニオン21世紀労働運動原論』(木下武男著、花伝社、2007年09月)

20210320

◇木下武男著『格差社にいどむユニオン21世紀労働運動原論』・書評の論点より。『格差社会にいどむユニオン』 五十嵐仁(法政大学大原社会問題研究所教授)、(「大原社会問題研究所雑誌」2009年4月、606号)
あらためて労働組合論を世に問う――新しいユニオン運動のこれからのために 熊沢誠(研究会「職場の人権」代表)、(「図書新聞」2008年38日)
『格差社会にいどむユニオン』(花伝社)への疑問――新しいユニオン運動のこれからのために
なんぶユニオン(20071114日)
読書日記「格差社会にいどむユニオン-21世紀労働運動原論」
水口洋介 (20071124日読了)、夜明け前の独り言 弁護士
『格差社会にいどむユニオン』 山腰修三、學苑 828 58-59 2009-10-01 、昭和女子大学。

202226

「マルクス・エンゲルスの労働組合論」(特集 マルクス主義からマルクスへ、『nyx(ニュクス)』 第3、堀之出版、20161110日、PDF版でんでください)
 Ⅰ はじめに
 Ⅱ 労働組合の目撃者と労働組合の根源的機能
 Ⅲ 労働組合と政治
 Ⅳ 労働組合の形態転換への注視
 Ⅴ 労働者の階級形成と労働組合
 Ⅵ 終わりに

202225

産業別労働組合とは――生支部のいとユニオン運動」(PDF版でんでください)

 第1回 武建一委員長と私の出会い
 第2回 「業種別・職種別運動を大阪の地で展開」
 第3回 「苦難の闘いで見えた真の『敵』」
 第4回 「産業別統一闘争の合い言葉『他人の痛みはわが痛み』」
 第5回 「暴力に屈しない-「嘆くな。組織せよ!」
 第6回 「第一次高揚期」における組織の飛躍-「箱根の山を越えて」
 第7回 「関東における生コン労働者の闘い-『関生型労働運動』を迎え入れる生コン労組」
 第8回 「労働運動の歴史における関西地区生コン支部の位置-産業別労働組合の定着」
 第9回 「関生支部への共産党の分裂・脱退攻撃-政党の労働組合への組織介入」
 第10回 「政党による労働組合介入の思想-赤色労働組合主義」
 第11回 「戦後労働運動における『82年問題』-共産党による関生分裂攻撃の意味」

20231027

◇業種別職種別ユニオンの構想、『労働者の権利』(日本労働弁護団の機関誌)、木下武男・労働社会学者(元昭和女子大学教授)、2016年7月号、No.315。
◇次世代の業種別ユニオン――労働組合再生の方向性
、◆特集「ブラック企業vs次世代労働組合」、浅見和彦(専修大学経済学部教授)×木下武男(元昭和女子大学教授)、『POSSE』(2015105日発行、vol.28)

20211020

西生コン支部武委員長解任問題についての見解」――木下武男。

20210325

労働組合「自己改革」の道――たゆまぬ方向
 Ⅰ.労働運動「自己改革」の議論
 1.『講座 労働組合運動の理論』(全7巻)……分岐 (大月書店刊、1969年)
 2.『日本の労働組合運動』(全7巻) (大月書店、1985年)
 3.『労働問題実践シリーズ 1から8巻』(大月書店、1990年)「自己改革」の事例研究:頂点 
 4.労働運動「自己改革」の運動家
 『格差社会にいどむユニオン―21世紀労働運動原論』(木下 武男著、花伝社、2007年9月)
 Ⅱ.出版労連の「自己改革」
 1.個人加盟組織の新設
 2.内部改革論としての「受け皿」論
 3.リソースの投入
 4.典型としての波及効果
◇第6巻:「組合運動の新展開」(「労働問題実践シリーズ」・第6巻、大月書店、1990年12)――「はじめに」と「目次」(PDF)
2017114日に開催された「第2回例会」の報告が、『労働法律旬報』(2018年1月下旬号、1903+4号、発行日 2018年125日、旬報社、本体2,000円+税)に掲載される。
[特集]業種別職種別ユニオン運動(第3回)   (クリックしてください)
出版産業における個人加盟ユニオンの現状と支援体制
前文:司 会 後藤道夫(都留文科大学名誉教授)
報 告①
出版産業の個人加盟ユニオンの現状と支援体制 出版労連組織・争議対策部副部長/出版情報関連ユニオン書記長 住田治人(出版労連書記次長)
報 告② 
出版ネッツの歩んできた道 北 健一(出版労連書記次長) 
◆コメント◆
労働組合「自己改革」期における出版労連の先駆性 木下武男(労働社会学者・元昭和女子大学教授)

20210321

◆主な共著・「業種別職種別ユニオン」づくり。
 『闘わなければ社会は壊れる: 〈対決と創造〉の労働・福祉運動論』(岩波書店、2019年626日)今野晴貴、藤田孝典、渡辺寛人、宮田惟史、後藤道夫、木下武男、佐々木隆治
5 年功賃金から職種別賃金・最賃制システムへの転換――新しい賃金運動をめざして ……………木下武男
nyx(ニュクス)』 第3号、◆特集「働き方改革」、「マルクス・エンゲルスの労働組合論」 木下武男(労働社会学者/元昭和女子大学教授)
◆発売  2016年1110日発行
◆書店注文は堀之内出版
『建設独占を揺がした139日―関西生コン闘争が切り拓く労働運動の新しい波』
木下武男・丸山茂樹樹著、変革のアソシエ、2011年4
『関西地区生コン支部労働運動50年-その闘いの軌跡
共生・協同を求めて19652015  他人の痛みを己の痛みとする関生労働運動 』
「産業別労働運動」を日本で切り開いた連帯労組関西生コン支部、木下武男、2015年1017 日。
出版:全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部、「関西地区生コン支部50年誌」編纂委員会編、発売:社会評論社、本体3500円+税、2015年7
『最低賃金 1500円がつくる仕事と暮らし』(大月書店、20181015日)
後藤道夫、中澤秀一、木下武男、今野晴貴、福祉国家構想研究会 編
▽第3章 最低賃金の歴史と思想(日本の労働運動と最低賃金闘争/ 最低賃金制とナショナル・ミニマム論/ 政党・労組・論壇は、最低賃金をどう見ているのか?):木下武男
『月刊社会民主』(社会民主党、2020年9月、No.784
▽新型コロナ問題をめぐる労働運動の課題 木下武男
「業種別職種別ユニオン運動」研究会 が発足しました。
・と き 2017615日 午後6時半から
・ところ 台東一丁目区民館第一集会室
▽「業種別職種別ユニオン運動」研究会の課題と役割=木下武男(『労働法律旬報』、2017年7月下旬号、1892号、発行日 2017年725日、旬報社)
『労働、社会保障政策の転換を 反貧困への提言』(岩波書店ブックレット、 2009年19日)
遠藤公嗣、河添誠、木下武男、後藤道夫、小谷野毅、今野晴貴、田端博邦、布川日佐史、本田由紀
▽進む労働破壊と貧困化のなかで,若者が置かれた厳しい現状を変革していくための具体的な政策提言。
『労働ビックバン 女性の仕事・賃金』(中野麻美、森ます美、木下武男編、青木書店、1998年101)
▽「労働運動フェミニズム」と女性の連帯組織 木下武男

20210320

「いいじゃないですか」のまし――日本労働年鑑」編集者・佐方信一さんを追悼。
◇追悼文集『ひたすら生きて 佐方信一 ある日ある時』が読めます。◇佐方三千枝編(発行:2020年315日)。

20210320

◇若者/非正規はどうたたかうか――関西生コン労働組合、業種別労働組合の経験から学ぶ。コロナで加速する解雇、賃下げ、補償なき休業。
・と き 2021131日(日) 午後2時から4
・ところ 大井第二区民集会室 JR大井町駅下車7分
・主 催 いのち守る!改憲・戦争阻止!大行進運動 中部・南部の会 第12回定例会」

20210320

◇「生運動」の弾圧の背景とねらい――「ドキュメンタリー映画 棘――埼玉上映会」(2020年81())でのコメント。

 

2023年10月26日 (木)

「婦人労働から女性労働へ」のページを増補・更新しました。

   自分が労働関係の編集者時代にできなかった分野(女性労働)のページ編集をしてみた。まだつづくように。

 ◆あたり前の労働組合を―婦人労働から女性労働へ

  http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html

  231026jyoseitop  

 

 差別待遇、結婚退職強制、労働時間・生理休暇・産休・育児などの権利するために、『婦人労働者の権利』(籾井常喜著・東京都立大学教授:当時)▽労働旬報社、1967年4月10日、労旬新書11

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#231026hujinroudou

  初めて体系・理論的に分析――「講座現代の婦人労働」(黒川俊雄, 嶋津千利世, 犬丸義一編 労働旬報社, 1978年6月~12月、全4巻、四六判箱入り)

 ◆「婦人労働問題研究会」から「女性労働問題研究会」へ。

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#231011hujinroudou-3

  「労働運動フェミニズム」と女性の連帯組織 (『労働ビッグバンと女の仕事・賃金』、 木下武男稿、青木書店、1998年10月) 

   http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#230916kinoshita

  「日本の男女差別賃金と同一価値労働同一賃金原則」 (『ジェンダー白書2 女性と労働』、北九州市立男女共同参画センター“ムーブ”編、明石書店、2004年3月25日、A5判)

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#231023gender-3

  「戦後、高度成長、国際化の中の女性・女性の運動 木下武男稿」『現代日本社会論 戦後史から現代を読む30章』(渡辺治編、労働旬報社、1996年4月5日、A5判、675p+索引16p)

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#231023jyosei-3

  『たたかいのルポルタージュ』――総合商社で働き、子産み、そしてたたかった記録・ルポルタージュ(上田裕子著、姉妹社、2021年1月発行、自家版)

 二〇〇七年 十四号 傍聴記:兼松男女賃金差別事件 彼女たちが立ち上がった理由

 二〇一一年 十五号 国連女性差別撤廃条約第六次日本報告の審議に立ちあって

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#231015gendairupoken

 ◆「女性の読者」を意識した本づくり――1980年代の出版状況の大変化に抗して(労働旬報社、シーアンドシー出版時代)

 http://e-union.sakura.ne.jp/union/union-jyosei.html#230916jyoseimuke

 

2023年10月18日 (水)

谷村新司さんが亡くなった。合掌

   まったく残念。私はシーアンドシー出版として、市民生協の雑誌を編集する(1989年から)前には、同世代なのになじみがなかった。
 1960年代後半から出会った編集者・著者は、大正半ば~末年、昭和8~9年世代、そして昭和13年から18年世代(西暦で書かなくて申し訳ない)。
 これら先輩と同じ時代に生きていたので、先輩世代の歌(演歌、石原裕次郎、軍歌など)を覚えるのに一生懸命だった。
 こちらが40代のときに、30代の編集者・ライターの男・女のメンバーから、アリスなどをカラオケで教わった側だ。大阪での編集会議の折に、たまに新幹線の安売りグリーンチケットを買って、座席のイヤホーン出力口にイヤホーン・プラグを差し込み、「新幹線アワー」みたいな番組で「アリス・ショー」を1時間聞くのが楽しみだった。

 その後、北海道に戻った友人のTさんから、「それぞれの秋」を知っているかいうメールが来て、学生運動を担った人は「幸せだな」と思ったことがる。
 https://www.youtube.com/watch?v=KAedVP6UrXY

 それぞれの秋 歌詞
 歌:アリス

 作詞:谷村新司
 作曲:谷村新司
 発売:2005-10-11 19:12:14

 陽溜まりの坂道に立ちどまり
 通りすぎる学生を見ていた
 俺もあの頃はあんなふうに
 きらきらと輝いて見えたろう
 授業にも出ずに お茶を飲みながら
 くだらない夢を話した
 突然おこった不精ひげのおまえも
 噂では苦労していると
 今も忘れられないのはあの時の言葉
 幸せになろうなんて思っちゃいけない
 愛した女ひとりと 苦労を共に出来たなら
 そんなささやかな人生も きっと悪くはない
 夢 散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋

 たしか去年の初夏の頃 届いた一通の手紙には
 旅好きなあいつのおふくろから
 痛々しいほどの細い文字
 ある雨の朝 見知らぬ町で
 自ら命を終えたと
 母に残した一行の言葉
 悲しみだけが人生
 今も忘れられないのは あいつの口ぐせ
 人は自分の死に場所を捜すために生きる
 ささやかに生きている友達の人生とは一体何んだろう
 あざやかに死んだ友達の人生とは一体何んだろう
 夢 散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋

 今では二人の思い出も 忘れかけるほどの毎日
 ふと立ちどまる道端に 悲しいほど赤い落日

 夢 散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋
 夢 散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋

«『たたかいのルポルタージュ』――総合商社で働き、子産み、そしてたたかった記録・ルポルタージュ(上田裕子著、姉妹社、2021年1月発行、自家版)

無料ブログはココログ