2023年1月27日 (金)

「東京新聞」元旦号へのインタビュー記事を読んで、UPしました。

   ▽民主主義再生の動きそのもの、みんなが「わがこと」として――「東京新聞元旦号トップに「協同労働」、なぜですか」 (「日本労協新聞」編集部が聞く、「日本労協新聞」、2023年1月25日号、No.1305)。(PDFで読めます)

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/matuzawa/bookret.html#230125toukyou-sinbun

 >東京新聞は元日号1面トップで連載「まちかどの民主主義」を始め、第1回で「協同労働」を取り上げました。そのねらいなどについて、経済部斉場保伸部長、政治部高山晶一部長、経済部山口登史記者に本紙・松沢常夫が聞きました。

 230125toukyousinbun11

 230101toukyou21  
 出だしの発言もいい、⇔ 政治部高山部長 東京新聞は今、「民主主義の再生」に力を入れています。異論に耳を傾け、少数意見も尊重しながら、時間をかけて合意を形成していくことが民主主義の本質だと思っていますが、ここ10年ぐらいの国政では、それがかなり劣化してしまっている。
 岸田さんにしても、原発60年超運転可、敵基地攻撃能力保有など、 熟議を経て国民の大部分の人たちが合意する一致点を見出していくということが軽視され、閣議で決めて押し通そうとしている。
 そういう状況がある中で、 いろんな人たちが相手の立場を尊重しながら話し合って合意を見出していく作法…民主主義のあり方を再生しようという動きが地域の方にあるのではないか

2023年1月26日 (木)

「浅見和彦のページ」(前専修大学教授)を更新・UP(PDF版)しました。

 「日本の労働組合の変貌と現況」特集 ■「一億総活躍社会」の現実を問う」 社会政策学会誌『社会政策』第11巻第3号、ミネルヴァ書房、2020年03月30日   

 「日本の労働組合の変貌と現況」の脚注を写真ページに掲載しました。研究者は偉い。

http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm

 230121asami31

 230121asami32  

 230121asami33

 

  ◆書評 『労働組合とは何か』(木下武男著)――[出典]『女性労働研究』第66号(出版社: 女性労働問題研究会、2022年4月15日)

  「鼎談:ユニオニズムの創造に向けた理論と実践 浅見和彦/木下武男/今野晴貴」、『POSSE』(48号、2021年8月)

  「イギリスは今 ブレグジット(EU離脱)をめぐる労働組合運動の状況」(【アジ連10.25講座報告】、「虹とモンスーン:アジア連帯講座のBLOG」、2019年11月19日)

 

 さらに、「虹とモンスーン:アジア連帯講座」の中に、面白い時代変化が書かれているので、わからないことを聞いてみた。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/asamikazuhiko/index.htm#nijihe230121

 

 ▽浅見先生へ

 以下の中の「共産党」とは何の数字ですか。まさか党員?

 トロツキストの進出は前に聞いていましたが、面白い事実ですね。

 イギリス労働組合指導層の変化

 >全国組合の指導部には左派の人たちが多い。全体として労働組合は後退しているのに、役員のトップだけは左翼が多い。

 振り返ると、1970年代は共産党が強かったが、1980年代以降、共産党の分裂・後退とトロツキスト諸派が進出してくる。とはいえ、職場の活動家層が 1970年代のように厚みがあるとは言えない。

 >イギリス共産党(CPB/769人)も、 国民投票でも EU 離脱支持した。

 

 ▽返信

 「769人」というのは、共産党の党員数です。

 イギリス共産党の党員数のピークは、戦時中の1942年の5万6000人です。ソ連の正式参戦のタイミングです。

 もともとあったイギリス共産党(CPGB)というのが1991年に解散しました。

 ユーロコミュニズム派の指導部だったので、解散を主導したわけです。

 その後、民主左翼(DL)になり、さらに改組して、現在は第3党の自由民主党の事実上の支援団体になっています。

 CPGBの解散以前の1988年に、現在あるイギリス共産党(CPB)が結成されて、769人いるという意味です。

 

 巨大全国組合の書記次長クラスの専従役員や大企業の専従ショップスチュワードなどに結構いたので、人数の割には影響力が不釣り合いに大きかったのです。

 ただ、親ソ派の流れも合流しているので、いまだに古くさい話をしたりしていますね。

 やはり勢力が弱いので、有力な組合幹部や社会運動の幹部も、共産党から労働党や新左翼への乗り換え、あるいは離党がパラパラあります。

 「モーニングスター」は、このCPBの系列紙です。

 発行部数は六千から七千部くらいです。

 大きな都市の駅のキオスクやスーパーの一般新聞の売り場などにもおいてあります。

 党員数の10倍の発行部数ですから、労働党の左派系などの読者もかなりいるのでしょう。

 私の本(『労使関係論とはなにか イギリスにおける諸潮流と論争』[旬報社、2021年06月15日])の248~249ページに少し書いてあります。

 最近の話では、CPB系の青年共産同盟(YCL)が数年前まで100人くらいだったのですが、2年くらい前から500人をこえていますので、「769人」が近々2倍になるのではといわれています(笑)。

 浅見和彦

 

2023年1月16日 (月)

27万0381のアクセスがありました。 

2023年1月15日 (日)

27万0381のアクセスがありました。 

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-ed2a35.html


 ▽2021年10月16日 (土):25万0582のアクセスがありました。
 以下が本年の5月でした。
 >24万1571アクセスがありました。(2021.05.08)。
 >2020年12月14日 (月):23万0402のアクセスがありました(2020.12.14)。

 以下が本年の4月でした。
 >21万アクセスがありました(2020.04.05)。

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-93790c.html

2022年12月28日 (水)

「NPO 共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ」(春日部市)をUP。

 「NPO 共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ」(春日部市)を作成してほしいと吉田久美子理事長さんから依頼されたのは、先月の28日。
 文面には「検証委員会の報告もホームページに載せたいので焦っている部分もあります。」と書かれていた。
 そこですぐに武里駅の「かがし座」を訪問して打ち合わせ。
 前々から気になっていた「わら細工ニュース」を半年分いただいて読み込んでみて、15日にレジュメとホームページのフォーマットを持参して説明してきた。
   http://www.kagashiza.com/

  221208kagashitop11

 

 その柱建ては
 1 「かがし座のNPO発足における位置づけ」、2021年度の事業・活動報告を載せる。
 2 ユニークで新鮮な広報活動、とくに「ニュースわら細工」は、そのまま毎号UP。twitterなどSNSは告知する(古いHPも)
 3 「わら細工」への参加者の声を出す。
 4 「パタパタ」と「ぶあく」の紹介
 5 その他

 そのうえで「検証委員会の報告」をUPしていく、という同意を得て、昨日、その文面が送られてきたので、告知したいと思います。
 それにかかわって、読者の為に、2本を入れておきました。
 ▼「介助現場における虐待事件 に関する検証」報告(2022年12月22日)――特定非営利活動法人 共に生きる街づくりセンター・かがし座 。NPOのページも参照。
 ▼サービス利用者である障害者と提供者が真摯に対等な関係作りをめざして、みんなで学びあい――朝日先生から、「障害者虐待防止の為に」を。NPOのページも参照。
 ▼「わらじの会みんな一緒のクリスマス2022開催」から、今、考えること――山下浩志さんのfacebookより。

  230105kagashizatop2

 

 ▽追記(2023年1月5日)

 年を超えて、「NPO 共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ」(春日部市)をいただいたデータや歴史を読み込んで、完了した。

 http://www.kagashiza.com

 

 昨年末に紹介したテーマの柱に肉付けして、以下のようにUPしている。

 ケア・システム わら細工とは?(当法人の介助システムです)「ケア・システム わら細工のページ」へ。

  http://www.kagashiza.com/kaijyo.html

  230105kaijyosyabosyuu

 

 パタパタってどんなところ? 一緒のところにある「ぶあく」ってなに。「パタパタ・ぶあくのページ」へ。

  http://www.kagashiza.com/patapata-buaku.html

 埼玉県立大学 学生介助ボランティアサークル「necco」の紹介――Youtubeで発信!

  http://www.kagashiza.com/#230105necco

  230105warajinokaiyoutube

 月刊「わら細工ニュース」(2022年12月号)を発行しました。「わら細工ニュースのページ」へ。

  http://www.kagashiza.com/warazaiku-news.html#warazaiku221220

 

 WEBを検索すると「山下浩志さん」が書かれた歴史的経過と人情物語が、各所にあるが、一部紹介した。

 2010年04月28日:わらじの会略年表―しがらみはいかに編みなおされてきたのか――「山下浩志さんのブログ」(共に学び働くブログ(新))より(下記URLの下の方)

 http://www.kagashiza.com/kaijyo.html

 facebookで検索をすると、以下のように登場している。

 https://www.facebook.com/search/top?q=%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%B5%A9%E5%BF%97%E3%80%80%E3%81%8B%E3%81%8C%E3%81%97%E5%BA%A7

 

 ▽主なページとURL

  「介助現場における虐待事件 に関する検証」報告(2022年12月22日)――特定非営利活動法人 共に生きる街づくりセンター・かがし座 。NPOのページも参照。  

 http://www.kagashiza.com/#gyakutaihenotaiou221228-1

 NPO 共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ―TOP

http://www.kagashiza.com

 NPO共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ―「わら細工」ニュース

http://www.kagashiza.com/warazaiku-news.html

 NPO共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ―NPOの事業と活動

http://www.kagashiza.com/npo-mezasukoto.html

 NPO共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ―ケアシステム・わら細工とは

 230105kagashizatop3

http://www.kagashiza.com/kaijyo.html

 NPO共に生きる街づくりセンター・かがし座のページ―「パタパタ」と「ぶあく」のご案内

http://www.kagashiza.com/patapata-buaku.html

 

 230105warazaikumap

 

 

 

2022年11月19日 (土)

『旬刊社会通信』が書く自民党・旧統一教会・日本会議・松下政経塾・富士政治大学・連合

 先日、越谷まで「旧統一教(協)会」と私がこれまで追及してきた《インフォーマル組織、雑誌「サスコミ」、労務屋グループ、富士政治大学》の関係について、別の媒体で書きたいという若いフリーライターの方が訪ねてきた。

  http://e-union.sakura.ne.jp/union/informal.html

  221119informal

 このページは最近リニューアルしたので読んだのだろうが(こちらも新発見などはないのだが)、facebookでは発信していない『旬刊社会通信』を紹介したい。

  221118syakaitusin

   本誌は岩井章さんと向坂逸郎さんの系譜で、「社会主義協会」なのか不明なのだが、最近の「旧統一教会、富士政治大学、連合・天野会長につながる諸問題」を論説している分析を読んだ。

 「マインドコントロール(洗脳)の社会ーー自民党・旧統一教会・日本会議・松下政経塾・富士政治大学・連合」、山下俊幸(旬刊社会通信、社会通信社発行人=滝野忠、NO.1373、2022年12月1日号)

 http://shakaitsuushin.cool.coocan.jp/mokuji/mokuji.html

 

 昔は、「社会新報」(当時、日本社会党機関紙局)の記者や「しんぶん赤旗」の記者が追っかけてくれたが、統一教(協)会との関係は不明だ。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%96%B0%E5%A0%B1

 

以下の私のブログも参考に。

▽2016年12月16日 (金):『旬刊社会通信』の存在を知ってよかった

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-cb95.html

2022年10月31日 (月)

「生誕120年 住井すゑ、95年の軌跡」を見てきた。

 先日(29日(土))、「生誕120年 住井すゑ、95年の軌跡―金輪際いつぽんきりの曼珠沙華―、日本近代文学館】」(駒場東大前下車)を松澤常夫さん(元「全日自労機関紙「じかたび」編集長。『私の童話』のインタビューをまとめた人、労働旬報社刊[1988年12月1日]のちに新潮文庫[1992年8月1日])と一緒に行った(その後、最近まで「日本労協新聞」編集長)。

 展示に関する「編集の意図」について、3人の編集委員の文章があるので参照。

 【編集委員 江種満子・金井景子・中谷いずみ(日本近代文学研究者)

 主 催 公益財団法人 日本近代文学館】

 https://www.bungakukan.or.jp/cat-exhibition/13909/

 221029sumii1

 内容はあまり書かないほうがいいのかもしれないが、たたかう「女流作家」として、戦前期、戦後直後、『橋のない川』の執筆、生誕85周年の武道館講演会、抱樸舎づくり、牛久沼生活、映画「橋のない川」をめぐる激動、執筆活動の流れも、ナマ原稿の実物として展示されていた。

 第1部 奈良から東京へ――投稿少女から長編「相剋」の作者へ

 第2部 東京・思想のるつぼへ

 第3部 牛久沼のほとりで――書き、耕し、育む日々

 第4部 「橋のない川」に橋をかける

  Ⅰ 「橋のない川」とともにある犬田卯

  Ⅱ 創作メモと原稿(第5部以降)

  Ⅲ  「橋のない川」劇化と映画化

 第5部 対話の時空――拠点としての「抱樸舎」

 ※展示タイトルの俳句「金輪際いつぽんきりの曼珠沙華(まんじゅさげ)」は、牛久で住井の隣家に暮らし、親交のあった俳人の平本くらら(元「風土」主宰)が庭の曼珠沙華に住井の印象を重ねて詠んだものです(句集『円座』所収)。

 

 松澤さんに聞くと、当時、「じかたび」の1500号記念として、「80歳以上の社会発信をしている女性」として、本部から住井さんに直接にお願いして、お話を聞かせていただき、のちに単行本として『いのち永遠に新し』(櫛田ふき、住井すゑ、石井あや子、矢島せい子、労働旬報社、1985年8月)にまとめる編集段階でこちらが参加した。この本は、当時、寿岳章子さん(日本の国語学者他)が朝日新聞にエッセイを連載していて、すぐに取り上げていただいて、読者が広がった本。

  http://e-kyodo.net/#221031jikatabi-1

  220509inotitowani

 その本の新刊をもって牛久沼の「住井さん宅」を訪問して行ったのが初対面だった(ゲラを読んでいただいたはずだが)。

 牛久駅(常磐線)からタクシーに乗ったら、運転手さんもよく行っているところだと話してくれて着いたところは、農家の集落の中を通って、大きな庭にある2階建ての家だった。

 娘さんがいると聞いて行ったので、お迎えしていただいた方が、長女さん(次女は増田れい子さん・ジャーナリスト、毎日新聞「おんなの新聞」元編集長)のようだが、玄関の入り口に「販売用のたくさんの出版物」が置かれていて、どうぞ「2階へ」と案内された。

 通された和室は、12畳ぐらいあるような広さで、2人はだまって、待っていたら和服姿の住井さんが入っていらっしゃった。

 「この人が住井さんか」と思ったのが、最初の記憶。

 「何を話したのか」、まったく記憶に残っていなく帰ってきたのだが、最後に鰻をごちそうになったはずだ。

 それからまた半年後か(?)に松澤さんから「インタビューをしに行くので一緒に行かないか」と声がかかり牛久までいって、こちらも自由に聞いていいということなので、数問、聞いてみた(中身は『私の童話』の最後のインタビューのページに出ている)。

  インタビュー中に住井さんから「土と共に生きている人間に出会わなければ、いい編集者になれない」(正確ではないが)といわれたことが記憶に残っている。

 これが2回ほど続き、1987年の夏ごろ、少し話ができるようになったので大胆に(!)、『橋のない川』の描き方の一つの秘密は、「孝二とお祖母(おばあさん)の・ぬいの描き方にあるのではないか」と尋ねてみた。

 221031hasinonaikawa

 住井さんはすぐに「何か企画になるはずなので、考えて持ってきて」と言われ、暑い夏の間、『橋のない川』6冊(7巻は1993年)を読み返して(高校生時代から読んでいたので)、提案したのが『私の童話』の企画書だった。

 221031bunko7satu

 その後、ゲラを運ぶなどしてお話を伺いながら住井さんから「本の体裁や表紙、挿絵は田沼茂さんにして」、とすすめてくれた上、「わかって下さい」という文章もいただいた。なにしろ、「朝日新聞」の八割広告の本は、編集者としては、2冊目だった。

 すぐに出版記念会を牛久文化会館で開いたが、呼び込みの前説に永六輔さんが先頭でやり始めたときは、びっくりした。会場は満員になるほどだった。

 221031sumii7

 その後、「じぎょうだん新聞」に松澤さんが連載していた住井さんが戦後に書いた「子どもたち向けの小説」をまとめる作業をして、2冊の『私の少年少女物語』(上・下、労働旬報社、1989年7月、11月)にも、住井さんは「若き友に」という文章を寄せていただいた。

 221005sumii31

 さて展示会に話を戻すが、展示物の中に、私の先輩(旬報社・石井次雄社長・当時)が編集した「住井すゑ対話集」(3冊)があったので紹介しておきたい。

 221031taiwa1

 数多くの展示物の中にコメント文を書いているのは、編集をした3人の方だが、幾人か過去に出会った人が出ていた、そのお一人が農民運動家の「渋谷定輔さん」(『農民哀史 上―野の魂と行動の記録』、1970年)、『農民哀史から六十年』岩波新書、1986年)。

 渋谷さんに、市民生協の仕事で短文をいただきに行ったら、「生産者協同組合のことも、勉強して」といわれたこと。

 永六輔さんはもちろん、その後、沖縄高齢協の元理事長の平田亮一さんが書いた『ほのぼの医の風景 長寿国転ばぬ先のカルシュウム』(沖縄高齢協、シーアンドシー出版、2005年7月30日)では、序文をいただいた。

 最後に、映画「橋のない川」をめぐっての激動、朝日新聞社「RONZA」(註:現在の「論座」はこの雑誌のリニューアル版、95年8月号)も掲示され、「戦争責任」に関して論評されていることが出ていた。執筆者一覧なども表示。

 研究者としては、当然の営為だと思う。

 このことに関してWEBを探すと、このような論評もある。「農山漁村が衰え、差別的な言説が跋扈(ばっこ)する今こそ、住井の表現と向き合いたい。」⇔同感だ。

 武道館を埋めた作家がいた 戦争責任には沈黙 「差別」横行する時代に再評価を(共同通信社、2019/06/19)」

  https://nordot.app/513924894760109153?c=39546741839462401

 

 盛り上がりに水をさしたのは95年8月の『RONZA』戦後50年特集「表現者の戦争責任」。戦時中の住井が忠君愛国物語を書き、戦争を賛美したではないかと責めた。これに対して住井は「書いたというより、書かされちゃうんですよね、あの頃は」「それ書かなくては生活できない」と釈明した。さらに、責任のとり方を追及されると、「『橋のない川』を書くことがいっさいの自分の反省であり、もう、ここにすべてを書き込めると思って始めた」と応じている。

(中略)

 住井については、いまだにまともな評論が見当たらない。貧しく弱い者に寄り添い続けた文学は貴重だし、農村を舞台にしたおびただしい作品群は、その時代の農村事情を知るうえで、史料的価値も大きい。

 農山漁村が衰え、差別的な言説が跋扈(ばっこ)する今こそ、住井の表現と向き合いたい。(女性史研究者・江刺昭子)

 

 

 

 2022年9月17日(土)―11月26日(土・祝)

  https://www.bungakukan.or.jp/cat-exhibition/13909/

 

 開館時間      午前9時30分~午後4時30分(入館は午後4時まで)

 観 覧 料      一般300円(団体20名様以上は一人200円)、中学生・高校生100円

 休 館 日      日曜日・月曜日(祝日は開館)・9/20・9/22・10/11・10/27・11/24

 編集委員      江種満子・金井景子・中谷いずみ(日本近代文学研究者)

 主  催      公益財団法人 日本近代文学館

 

 向い風の中の曼珠沙華たちへ――「住井すゑ」の世界

 

 住井すゑは晩年、石牟礼道子との対話(「蛽独楽の旅」、「週刊金曜日」1994年3月18日)において、自身の発想の原点とも言うべき興味深い逸話に触れている。

 3、4歳の頃、自分でうんこが出るのが嫌でたまらず、出すまいとしては失敗して着物を汚した。現場を見たことがないから大人たちもするということが理解できなかった。6歳の時に、天皇が大和へ大演習で来た際に、耳成山に建てた御陵の便所から人々が天皇のそれを拾って家宝にするという話を聴いて、「天皇も同じことをするという事実」を知った。食べたものは一定の時間が経つとうんこになる。時間の加減でそうなるなら、時間というものこそが人間にとって絶対的なものだと気付いたという。

 その絶対の法則があるのに、なぜ人は「時は金なり」という考え方に支配され、「時間は命である」ことを忘れるのかーー住井は深く問いかける。

 幼児期の問いは、90年の時間の中で、答えを探して弛みなく言葉を引き寄せ、文が書かれ、また新たな問いを産み出して来たのである。

 今年は住井すゑが生誕して120年、没後25年に当たる。

 今日、住井が「橋のない川」7部作の作家として記憶されているのは疑いない。しかし、奈良大和に生まれ育った住井が、この地を舞台とする大長編「橋のない川」を描くに至る軌跡は、時代と斬り結び、暮らしの中で自身を鍛え上げ、その中から言葉を紡ぐ時間の先にしかない。そのことを私たちに教えてくれたのは、2013年と2014年の2度にわたって日本近代文学館に犬田章氏(住井すゑの長男)より寄贈された住井すゑ・犬田卯関連資料である。これらの資料から私たちは、児童雑誌への投稿者として始まり、やがては農村に視座を据え、社会の底辺に生きるおんな・こどもの声を丁寧に拾い上げながら、近代を根底から問い直す 大きな問いを繰り出しつづけた住井の足取りを辿ることが出来る。

 これは、混迷を極めるwithコロナの時代に、人や地域、メディアに大きな影響を受け・与えつつ、文壇の誰にも類似しない、ただ一人の方法で時代に立ち向かった「金輪際いつぽんきりの曼珠沙華」・住井すゑの、人と言葉の豊かな世界を届ける展覧会である。

(編集委員 江種満子・金井景子・中谷いずみ)

2022年10月23日 (日)

「松澤常夫:ブックレットのページ」にワーカーズコープの皆さんの読書会をUPしました。

  ◆「岩波ブックレット」第2回読書会開かれる――「日本労協新聞」(2022年10月15日号、No.1296):「すごい「反対」受けたけど 『みんなで話し合う』という『格闘』」(「日本労協新聞」前編集長 松沢常夫、全文、PDFで読めます)
   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/matuzawa/bookret.html

 220421book_20221023171401
 岩波ブックレット「〈必要〉から始める仕事おこし 『協同労働』の可能性」(労協連編)の登場人物たちと語り合う「読者会」2回目を、日本労協新聞主催で8月31日にオンラインで開きました。コーディネーターはブックレット筆者でもある松沢常夫労協新聞前編集長。
 発言者
 橘髙由美さん(千葉・浦安地域福祉、浦安・明海学童 寄り道カフェ)
 松崎愛さん(北海道・苫小牧ぽっけ地域福祉)
 村崎忍さん(ワーカーズコープ山口)
 岡元かつ子さん(センター事業団相談役、埼玉・深谷、 とうふ工房)
 金山ふみさん(福岡・大野城居場所 ほっとのたね)
 松沢常夫さん(労協新聞前編集長)
 ◆「岩波ブックレット」第2回読書会開かれる――「日本労協新聞」(2022年10月15日号、No.1296):「すごい「反対」受けたけど 『みんなで話し合う』という『格闘』」(「日本労協新聞」前編集長 松沢常夫、全文、PDFで読めます)
   http://e-kyodo.sakura.ne.jp/matuzawa/bookret.html


 岩波ブックレット「〈必要〉から始める仕事おこし 『協同労働』の可能性」(労協連編)の登場人物たちと語り合う「読者会」2回目を、日本労協新聞主催で8月31日にオンラインで開きました。コーディネーターはブックレット筆者でもある松沢常夫労協新聞前編集長。
 

 ◆「岩波ブックレット」第2回読書会開かれる(下)――「日本労協新聞」(2022年10月25日号、No.1297):反対されても「やる」という勇気、どこから――『みんなで話し合う』という『格闘』(PDFで読めます)
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/matuzawa/bookret.html#20221025dokusyokai-2%E3%80%80

 上の「松澤常夫のページ」(「祖国と学問のために」、「じかたび」、「日本労協新聞」の編集を長年実践)で、毎日のように読み込まれているのは、「じかたび・全日自労のページ」です、一度訪問してください。
  http://e-kyodo.sakura.ne.jp/matuzawa/jikatabi.html


 WEBで「全日自労」、「じかたび」の歴史的な事実は、このサイトでは読めます。
 ▽2017年4月30日 (日):君は知っていますか「全日自労」という労働組合
  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-630a.html

2022年10月19日 (水)

ベトナムから帰国した小松みゆきさんと食事会

 昨日(9月18日(火))は、ベトナムから30年ぶりに日本戻ってきた小松みゆきさん(著書:『ベトナムの風に吹かれて』2015年9月、[角川文庫]、『動きだした時計: ベトナム残留日本兵とその家族』、白石 昌也, 古田 元夫他、めこん、2020年5月)と食事会を希望した村田憲生さん(1980年半ば以降のベストセラー雑誌:「月刊ファミコン」創始者の一人。現役の編集者)と一緒に、会ってきた。

   ▽2022925 ():月刊『ファミリーコンピュータMagazine』(略称は「ファミマガ」)を創刊した友人の紹介。

  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-36d395.html

 

  こちらも合わせて、1970年代初頭の「旧労働旬報社を自主退職した社員」(「和議」で解決することが決まり、社規模の縮小のため。その後私は復職)だった。

 会食した場所は、新宿御苑前の中華レストラン「礼華」(らいか)さん。村田さんのゴチでいただいたが、中華「懐石料理」風(私の感想)で、品のある味付けなので女性たちは喜ぶ味付けだと思う。

 名物のフカひれは、味といい形もしっかりしていて、10数年ぶりに堪能した。

 221018kmatu

 221018kmatu41
 

 3人で食事をしたのは、映画「ベトナムの風に吹かれて」(松坂慶子主演、2015年10月17日公開)上映のために帰国した時以来だから、7年ぶり。

 まず小松さんが帰国した背景などを話してもらったが、もっぱら旧労働旬報社の面々の情報交換になったのは、「中小企業出版社」とはいえ1970年前後には「60人」を超す編集者・営業マン・発送・倉庫のメンバーが参加していたので大変。
 1960年代末の木檜哲夫代表が40代だという話には、3人ともびっくり(頭の形やステテコ姿で仕事をしていた)したりしていた。代表は大正15年(1926年生まれ)で総評弁護団(今の労働弁護団)づくりの「裏方」を担った編集者だった。

 221019vietnam

 221019vietnam2

 長い年月なので、お亡くなりになった先輩たちも多く、やむを得ない人生の流れには、「知らなかった」と悔やんでいた。
 

 話は飛び飛びながら、最後にこれからについて、小松さんが「ベトナム戦争終了時に日本に来たポートピープルの事実とその発掘をすすめていきたい」と語ったことが記憶に残り、散会した。

 221018kmatu3

 小松さんが表彰されている。
▽公益財団法人「社会貢献支援財団」(日本財団)
受賞者紹介:第51回 社会貢献者表彰、社会貢献の功績
 https://www.fesco.or.jp/winner/h30_51/winner.php?wid=12419

2022年10月 4日 (火)

吉原公一郎さんの「遺稿集と遺筆目録」をいただいた。

 先日(9月24日(土))、神田神保町で「故・吉原公一郎」さん(1928年6月22日 - 2021年8月6日、死去 作家)の娘さんに会った。

  220924yosihara3
  私が過日に書いた文章を読んで、メールが送られてきて、いくつかやり取りをしていた。
  ❖2016年2月27日 (土):吉原公一郎原作の映画「日本列島」を観てきた
  http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-40e1.html


   吉原さんは、自分が若い時期に読み込んでいた作家。
 『松川事件の真犯人 ジョージ・クレーと九人の男』三一新書 1962 のち祥伝社文庫
 『小説日本列島』三一新書 1963
 『赤坂桧町三番地』三一新書 1964
 その後、『謀殺 島田常務怪死事件』(ダイヤモンド社 1979年)を読んだり、先輩の本づくりで自宅に原稿をいただきに行ったこともあり、「作家という人はこんな暮らし方をしているのだ」と教わった。
 のちに、雑誌『まなぶ』(労働大学、1982年11月、491号)が「特集:"丸がかえ"御用組合化とたたかう」を発刊のときには、データや資料を提供した。
 《資本の組合"丸がかえ"作戦――インフォーマル・グループを中心に /共同討議
  富士政治大学校にみる洗脳教育 / 曽戸正明
  謀略の機関誌『サスコミ』とは何か / 吉原公一郎
  核づくり、組織づくりで対抗 / 浜崎忠晃》
  http://e-union.sakura.ne.jp/union/informal.html#20141022manabu


 つづけて、日本航空の労働問題のシンポジウムのまとめなどで、出会っていた。

 娘さんは(還暦を超えていると自ら話していた。現職はイベントやカタログ・デザイナー)、「父の仕事を残すために、テーマごとに段ボールに整理して、単行本以外の主な執筆原稿と遺筆目録」を1冊にまとめていて、この数か月で自主出版した、出来立ての本をいただいた(なんと四六判、600ページを超える)。
 「あまりにページが増えて、本文ポイントの級数を下げたり、紙質を軽いものを探して造本(フランス装)した」と話していた。

  220924yoshihara11

 

 彼女からいただいメールでは、「防衛・内調関係は父の晩年に親交のあった研究者たちがおりますので、そちらと相談していますが、下記に関しては、アクセスすべきところがどこか考えあぐねているところです。
 ・JR労働組合関連(浦和電車区事件などの調書、裁判記録等も含め)
 ・日航労組と御巣鷹山墜落事故、羽田沖墜落事故等一連の航空会社&航空機問題
 ・戦後GHQ時代の事件関連(松川・三鷹等一連の事件など)
 ・ロッキード・グラマン関連と一連の謀略関連
 特に日航労組に関しては故藤田日出男氏はじめ組合の方々とも深い親交があり、カンパを募っての機関誌発行もしておりましたが、藤田氏が急逝し、組合も解体されたと聞き及んでおりますので、コンタクト先が皆目見当がつかない状態です」とアドバイスを求められていた。
 私には応える情報が少ないので「学生時代の先輩で日本航空第一組合で闘った人(波多野章さん )がいるので、聞いてみる」という返事をして。その結果、24日(土)に神保町の「カフェ古瀬戸」にて3人で面談した。

  220924yosihara1

 話の中身は結論だけ、「11月中に吉原家に訪問して、段ボール5~6個を開けてみよう」ということになった。
別れ際、「自分の親が作家とはいえ、遺稿集と遺筆目録づくりをするなんて、今どきエライ人がいる」と思って来ました、と話して別れてきた。
 【注】研究者の方で、「日本航空の現場、企業分析」などに関心がある方がいらっしゃたら下記へ、ご連絡ください。
sin_ryo11731アット(@に変えて)yahoo.co.jp

2022年9月26日 (月)

神保町の町中華「成光」と旧々社屋(労働旬報社)の紹介

 facebookの「大衆食堂、町中華、洋食屋が大好きな人」グループ(2022年9月20日(火))で、神田神保町(専修大学前交差点を皇居方面へ、1本目の角・さくら通り)の老舗の町中華「成光」が紹介されていた。
 https://www.facebook.com/photo?fbid=8086649224742931&set=gm.1774792059548969&idorvanity=1580326845662159


 1972年から1980代初頭まで、会社(労働旬報社)があり、そこから徒歩3分ほどなので、毎週2回ほど食べていた。

 2022年9月 24日(木)に久しぶりに神保町で人に会うので、行ってみた。

 220924seihikari

 220924sikou1

 味は、昔と変わらず「ちょっと濃い目の醤油味のラーメン」でおいしかった。

220924sikou2

220924sikou4

 その向かい側(九段方面へ)の木造の建物は「鰻屋」の老舗の道を入った先の8階建てのビル(都ビルの先。1978年宮城県沖地震の時は、このビルとぶつかった)にあった。
 2階が事務・営業・書店品出し、7階が編集部だった(1971年に「和議騒動」もあり、前の所在地・港区西久保巴町からこの地に移転)。私も1年ほど他でアルバイト生活をした

 

 この時代の仕事の一端を過日書いているので、気になる方は読んでください。
 その文中に、著者に関して(会って話をしてみたい方の一部だが)、これも書いておいた。
 

 ▽2020年6月 6日 (土):国民春闘をめざして『春闘読本』を編集していた
   http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-ed2a35.html


 5 毎年、この著者に書いてもらいたい人という意味で、編集子にとって得難い存在の方を探して、「政治社会情勢、春闘、労働者の現状と未来」を忌憚なく発言していただいた。渡辺 洋三(東京大学名誉教授)、高内 俊一(『現代日本資本主義論争、1973年』) 、青山 四郎(経済学者)、鎌倉 孝夫(埼玉大学名誉教授)、森 恭三(『記者遍路』朝日選書、1974、戦後の朝日新聞労組委員長)、沼田 稲次郎(東京都立大学元総長)、樋口 恵子(女性史研究家)、吉原 公一郎(作家)、金子美雄(日本賃金研究センター所長)、孫田良平(日本労働ペンクラブ)、板垣保(労働ジャーナリスト)、青木慧(ジャーナリスト)、水沢透(経済ジャーナリスト) の各氏だ。

 

«月刊『ファミリーコンピュータMagazine』(略称は「ファミマガ」)を創刊した友人の紹介。

無料ブログはココログ